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第1話

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第1話
五の線3 1話
3-1.mp3
MP3 オーディオファイル 20.8 MB

 

車に乗り込む音
エンジンを掛ける音
発進する音
ジングルが流れ、それっぽいテイストのニュースに仕上げる
「ちゃんねるフリーダムを御覧の皆さんこんにちは。「ニュースを読む」のコーナーです。今日も気になるニュースをゲストコメンテータの方と、深く掘り下げてお届けしようと思います。今日も司会を務めさせていただくのは小野原教行(おのはらのりゆき)です。」
「本日のゲストは毎週金曜担当の評論家の大川尚道(おおかわなおみち)さんです。大川さん本日もよろしくおねがいします。」
「大川です。よろしくお願いします。」
「今日、大川さんと掘り下げるニュースは「拉致問題」です。」
小野原ニュースを読む
「先ごろ政府のもとで行われた有識者会議では、自国民保護の名のもとに自衛隊を派遣し、拉致被害者の奪還作戦を実行するのは自衛権の範疇にある行為であり、現行憲法下で可能であるとの見解が示されました。この見解を下に、政府は今後米国と連携して、該当国にさらなる圧力をかけていく方針です。一方、国民の間にはこの政府の方針は軟弱であると不満が上がっています。先日も首相官邸前で早期の実力行使を求める1万人規模のデモが行われました。しかし政府は時期尚早であるとして今すぐの実力行使をするつもりはないとのことです。」
「大川さん。大川さんはこの動きをどう捉えられますか。」
「国際社会を説き伏せるための下準備がまだだってことです。ほら勝手に作戦行動なんか起こしてみなさいよ。日本をよく思っていない国から、あの手この手の反日プロパガンダが起こっちゃうじゃないですか。それにツヴァイスタンとは一応いまのところ友好ムードです。ひと昔の前のようにあからさまな敵対行動をとるのは得策ではないかと思います。」
「そうですが拉致被害者に残された時間は限られているんですよ大川さん。」
「そこは政府も重々承知だと思います。ですが拉致被害者奪還作戦って本当にシビアなんです。人質を奪還するんですよ。しかも相手国に乗り込んでね。」
「ええ。それはわかります。」
「実は本当にまずいのは我が国が人質奪還作戦を検討をしているなんて情報が公開されてることなんです。普通この手の作戦行動は秘密にされるべきもので、公にされるものじゃありませんよ。」
「…確かに大川さんのおっしゃるとおりですね。作戦が公にされているなんて異常ですね。相手国にとっては作戦の実行時期だけが問題ってことになりますから対策を講じやすいわけですね。」
「ええ。はっきり言って、このあたりが我が国のボロいところなんです。せっかく防衛予算を充実してきたのに、肝心のインテリジェンスの面でなっていないわけです。」
「今おっしゃったインテリジェンスですが、政府はいちおう予算拡充をこちらのほうでも図っていますが。」
「インテリジェンス機能については一朝一夕でなんとかなるもんじゃありませんよ。だって戦後70年以上もそのための機関を我が国は持っていませんでしたから。NSCが発足したのは6年前です。まだ道半ばと言った具合ですよ。」
「ですがなんでしょうかね…今回のような拉致被害者の奪還作戦のような行動を起こすために、我が国は安全保障体制の整備を行ってきたんじゃないですか。」
「6年前に政府が安全保障体制整備の政策転換を打ち出したときは、正直私も胸が高鳴りましたよ。いよいよこの国も本気を出してきたって。ですがどうも遅々として行動を起こさない。むしろ行動を起こすどころか、まだ金が足りないとか言って増税ばっかりで国民に負担を強いる一方です。」
「大川さん。増税は経済の話題になりますので、またあとでお願いします。」
「ああ。そうでした。」
車は止まる
検問のようだ。
パワーウインドウを開くと警察官が声をかけてくる
「すいませーん。飲酒運転の取締しとるんでね、ハアーお願いできますかー。」
「はぁ~。」
「はいOKでーす。じゃあ運転免許証おねがいしまーす。」
「はい。」
「えーっと…お名前お願いします。」
「椎名賢明(しいなまさあき)です。」
「はいありがとうございましたー。えーっとここんところお花見とか新年度とかってことでお酒を飲む機会が多くなるかと思うんですけど、飲酒運転は絶対にせんといてくださいねー。」
「はい。」
返された免許証をカバンに片付けた彼は窓を締めスマートフォンの画面をちらりと見た。
齢50ほどの男性が画面に映し出されている。この男が番組の司会を務める小野原という人物のようだ。
小野原の横には口ひげを蓄え、色付きのメガネをかけた男が姿勢よく座っている。この男が大川らしい。
「ええ。ですから政府は現実的に対応していると思いますよ。ですがそれがこのまま突っ走ると国民感情との乖離がひどくなっちゃう。ここをなにかの形で埋めないと次の選挙を待たずに鵡川(むかわ)総理は引きずり降ろされるかもしれません。」
二人の姿以外に画面に映り込むのは、アイボリーの部屋の壁だけ。
どこかの会議室で収録されているのか、その背景は殺風景だった。
渋滞につかまってしまった。
ふと窓の外を眺めると犀川沿いの桜並木は満開だった。
川辺には学生らしき団体が陣取り、飲めや騒げの宴に興じている様子だった。
「平和…。」
ふと言葉が漏れた。
スマートフォンを手にした彼は動画を止め、カメラを起動した。
そして花見に興じる人々、ライトアップされて闇夜に浮かぶ桜並木を愛でながら歩く人々などに向かってシャッターを切った。
「何が楽しいんだ…。こんな寒い夜に外で飲んで…。」
「本当に楽しいのか…。この人達は…。」
「まぁ…いいか…笑ってるんだから…。」
熨子山麓の学生街。そこに椎名の住まいはあった。
築20年の鉄筋コンクリート造りの3階建てマンション。
この3階に彼の部屋がある。
一階の集合ポストを確認すると不要の広告物が山となってあった。
毎週金曜日に律儀に届けられる地域のフリーペーパー。
その中に折り込まれるチラシ。
何かしら会員登録をするはめになった、ほとんど利用しないお店からのDM。
水道工事業者のはじめはありがたかったが、今となっては迷惑なマグネット式の広告物。
一日部屋を空けるだけでこうも広告物が溜まるのか。
毎度のことながら、いい加減改善をしてほしいもんだと心のなかでつぶやきながら、彼は自宅の扉を開いた。
間取りは2DK。単身生活には十分の広さだ。
電気を付けると殺風景な部屋が明らかになった。
いま手にしている広告物以外に生活の匂いを醸し出す類のものは部屋のどこにもない。
キッチンには冷蔵庫と電子レンジ。食卓と椅子二脚。そして蓋付きのゴミ箱があるだけだった。
居間には小さなテレビが一台、壁に張り付くように設置されているだけ。ソファのようなものもない。
寝室にはシングルベッドが真ん中に置かれているのみだ。
本棚のようなものもない無機質な部屋は一見するとどこかの病室のようにも思えるほどだ。
カバンからノートパソコンを取り出して食卓の上に置き、椎名はテレビを付けた。
現場記者と思われる男が興奮した声でこちらに向かって話していた。
「御覧ください。いま現場付近は騒然とした状態です!今までに見たこともない数の救急車が狭い通りにひしめき合うように停車しています!」
場所は金沢の犀川河川敷のようだ。
そう先程まで椎名がいたあの場所だ。
人々が浮世の憂さを晴らすかのように飲めや騒げの宴に興じていたあの場所だ。
椎名はテレビの映像は見ずにその音声のみに耳を傾けた。
そして携帯電話のSNSで、「金沢 犀川」と検索をする。
関連するコメントがずらりと表示された。
そのタイムラインをざっと眺めると戦慄の報告が多数見られた。
「自爆テロ」
ホームレスらしき男がふらふらと歩き、閃光とともに突如爆発したとの目撃情報があった。
爆発当時の動画のようなものもアップされていた。
椎名はその動画をタップして画面全体で再生させた。
ビルなどの高い位置から現場を押さえた絵だった。
どんちゃん騒ぎをする一角にふらふらと男が寄っていくと、その中心地に入り込んだ瞬間彼は爆発した。
あまりにも衝撃的な瞬間だったため、動画はそこで止まった。
椎名は他の動画も見る。
そこには爆発直後の現場の様子が流れていた。
悲鳴をあげる声、うめき声、助けを求める声などが聞こえる中、為す術もなくそこに崩れ落ちるように座りこむ者がいたり、助けを求めて走り回る者もいた。
「被害の様子はまだ判明していませんが、けが人が多数いる様子です。詳細が入り次第ふたたび現場からお伝えします。」
テレビから流れてくる音声は、椎名のそこに流れている映像とはずいぶんとかけ離れた大雑把な情報ばかりだった。
椎名はライブSNSアプリを起動した。
1名が事件現場の真上から実況動画を配信していた。
現在の視聴者数はおよそ50万人。
鑑識がしゃがみこんで地面を這うように何かを捜索している様子があったり、捜査員が何かを打ち合わせしている。
その傍らでは現場を縦横無尽に駆け被害者の応急措置に奔走している救急隊員の姿があった。
テレビで流れる映像とは全く違った、臨場感溢れる映像がそこにはあった。
「テロ以前の犀川」
こう書いて椎名はSNSに先程スマホのカメラで撮った写真をアップした。
早速、何名かがその投稿をシェアしだした。
そしてみるみるうちにコメントが集まってくる。
「かわいそうに。」
「まさかこんな目に合うなんて誰も想像していなかっただろう。」
「極悪非道。」
「ホームレスには死を。」
など今回の事件に同情的な意見が大半を占める中、それとは逆のコメントもあった。
「ざまぁ。」
「リア充は逝ってよし。」
「油断しすぎだわ。」
「危機管理がなっていない。」
やがてそれらはお互いを非難し始めた。
この不毛なやり取りが開始された時点で椎名はSNSを閉じた。
「あーあ…。」
独り言を発した彼は、ノートパソコンを開いた。
「ちゃんと自分の目で現場を見ないと…。」
パソコンの画面には映像編集ソフトが立ち上がっていた。
その編集画面には先程SNSで椎名が見た、ホームレスが人混みの中にふらふらと紛れ込んでいく様子を捉えた映像が流れていた。