第百十五話

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第百十五話
五の線2 第百十五話
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「相馬君。」
「はい。」
「君は熨子山事件に関心を示しているんだったね。」
「え?」
「一応、僕の耳に入っているよ。」
「そ、そんなことまで…。」
「済まないな。俺らの代のいざこざに君たちまで巻き込んでしまって。」
「…。」
「相馬くんだけじゃない。片倉さんも長谷部君も下間さんも。」
その場にいた四人は佐竹と目を合わせないように顔を伏せた。
「だけどもうすぐ決着をつけるから、心配しないで。」
「え?どういうことですか?」
「鍋島と決着をここでつける。」
「え!?」
佐竹は携帯電話を取り出した。
「つい数時間前からSNSで拡散された『ほんまごと』。こいつの存在を君は知っているよね?」
「え?」
「熨子山事件は終わっていない。真犯人は鍋島惇だ。」
「さ・佐竹さん…。」
「ここに書いてある熨子山事件のレポートは、確度の高い情報だよ。ただ鍋島の背後にツヴァイスタンが絡んでいたっていうのは俺も知らなかったけどな。」
咄嗟に麗は佐竹から目をそらした。
「まぁ俺にとってはあいつの背景がどうだとかは、はっきり言ってどうでもいい。熨子山事件は村上と一色、この俺の同期ふたりが死んでいる。そしてその戦友の死に鍋島が深く関与している。この事実だけで充分だ。あいつから直で事情を聞かないといけない。」
「事情…ですか。」
佐竹は頷く。
「ああ事情を聞く。」
「事情を聞いてどうするんですか。」
「決まってるだろ。一色がやろうとしていたことを俺が代わってやるんだ。」
「え?それは…。」
「とっ捕まえて法の裁きを下す。」
「とっ捕まえる?」
「ああ。」
「え?でも佐竹さんがですか?」
「うん。」
「そんなん無理ですよ。」
「なんで?」
「え?だって佐竹さん警察でも何でもないじゃないですか。それに鍋島さんは未だ行方知らずです。」
「そうだね。」
「警察が捜索しとるんです。そんなら警察に任せておけばいいじゃないっすか。」
「駄目だ。」
「なんで?」
「言ったろ。俺らには俺らの決まりがある。」
「え?」
「部内の揉め事は部内で処理。部長の責任でね。部長の一色がいなくなった今、誰かがその代わりをしないといけない。」
「え…でも…。」
「一度作られた決まりは守らないといけない。守らないとなし崩し的になんでもありの世の中になる。」
「あの…。」
「相馬くんも剣道部をまとめたことがあるだろ。一色が熨子山事件の犯人だって報道があって、部内で意見が別れた。一色はそんな人間じゃないってあいつのことを擁護する連中がいる傍ら、なんて厄介な先輩と関係を持ってしまったんだって頭を抱える連中。そいつらが自分たちの主義思想をぶつけ合うと部内に亀裂が生じる。それを君は一色なんて男は過去の人間。あのとき偶然ただ稽古をつけに来ただけ。確かに自分らにとっては立派な戦績を収めた憧れの先輩なのかもしれないけど、一色は一色。俺らは俺らって感じで一切関係ないって言って部内をまとめたんだろ。」
「…はい。」
「その時、相馬くんは一色擁護派から結構やられたのかもしれない。でも結果として君の判断が正しかったんだ。だから大会でベスト4までいった。そしてみんな受験に失敗すること無く高校を卒業することができた。」
「…。」
「相馬君。君は君なりに剣道部の掟を守ったんだよ。部内の揉め事は部長が責任を持って収めるってやつをね。」
相馬は京子の顔を見た。彼女は彼に頷くだけだった。
「方や俺らの世代はそれをまだ成し遂げていない。」
「でも…。」
「たかが剣道部内の取り決めにそこまで躍起になるなって言われるかもしれない。けどね…。」
佐竹は拳を握りしめた。
「代々受け継がれてきた伝統や習慣を俺らの代で勝手に放棄することはできないんだ。理屈じゃないんだよ。理屈じゃなんだ。」
佐竹はすっくと立ち上がった。
「人としての感情がどうにも収まらないんだ。」
道場の隅のカゴのようなものに収められていた竹刀を一本抜き取り、彼は人形の打込み台の前で構えた。
「たぶんあいつも同じだ。あいつも人として感情のまま挑戦している。」
「挑戦?」
「俺らの憲法に挑戦してるんだ。」
そう言って佐竹は打込み台の面めがけて飛び込んだ。
「わかった。相馬たちは佐竹と接触してるんだな。」
「はい。」
「そのまま古田を待て。」
「はいわかりました。それと先程、北署から応援の人員が到着しました。」
「そうか。それにしても最上本部長の采配は見事だな。」
「ええ。正に機を見るに敏。不在が多い若林を誰もが分かる形で捜査本部内で突如更迭。代わりに主任捜査員の岡田を捜査本部の本部長に据えました。岡田は忠実な捜査員です。若林のような妙な行動はとりません。」
「だが若林がこれをチクれば朝倉に先に手を打たれる。」
「松永理事官。何をおっしゃってるのですか?」
「ん?」
「まぁいいでしょう。」
「あ、うん。」
「最上本部長は藤堂捜索については発生署配備に留めています。」
「そうか。」
「警ら活動を徹底することで周辺住民に対する鍋島遭遇リスクを低減させる作戦をとっています。」
「なるほど。鍋島の方もPCがウヨウヨしているのを警戒して、古田の言うように人気のない熨子山方面から北高を目指すしか方法はなくなるか。」
「はい。」
「鍋島は。」
「まだです。」
「そうか。」
「理事官。」
「なんだ。」
「ひとつ気になる点が。」
「言え。」
「鍋島には刺客が派遣されています。」
「あぁそうだ。」
「北高にたどり着くまでにあいつが刺客にやられるなんて事は…。」
「ない。」
松永は即答した。
「どうして。」
「奴の特殊能力はお前も知ってるだろう。」
「はい。瞬時に他人を意のままに操ることができる能力を持っていると聞きます。」
「そうだ。となると殺す方法は自ずと限られてくる。」
「と言いますと。」
「鍋島と接近戦になって勝ち目はない。」
「確かに。奴の妙な力はサングラスを外したその目から発動されるとの報告ですからね。接近戦は危ない。」
「そうすればあいつを殺すには一定の距離を置いての攻撃しかないことになる。」
「はい。」
「鍋島の動きを刺客が把握していたとしても、奴が動き続ける限り刺客は手を出せないだろう。まさか奴が通りそうな場所にあらかじめマルバクを仕掛けるなんて芸当もできんだろうからな。」
「ならば念のためここの周辺にも目を光らせたほうがよいと思われます。鍋島の動きが止まることになるのはここ北高ですから。」
「鋭いな。関。」
「そのために我々をここに派遣したんでしょう。」
察庁の理事官室のソファーにかけていた松永は立ち上がった。
「そこに待機させているSAT狙撃支援班は直ちに全員屋上へ配置。不審な人間が鍋島を狙っていないか見張るんだ。」
「はっ。」
「併せて奴の襲来に備えて万全の体勢で臨め。指揮班はその場で指揮を執るんだ。」
「はっ。」
「あと北署からの応援部隊は教職員に成りすように指示を出せ。途端に人影が職員室から消えると怪しまれる。時々休憩を取る素振りをして窓の外の様子を窺うんだ。」
「了解。」
「あとはスリーエス(特殊部隊支援班)のお前が踏ん張れ。」
「私はあくまでも県警と察庁との調整です。」
「その調整が肝心なんだよ。」
「警視庁のSATの動きに恥じないよう全力を注ぎます。」
「そうだな。県警の縄張りにわざわざ警視庁のSATを出張らせているんだからな。ここでしくじるわけにはいかん。」
「3年前の汚名を挽回させてくださるチャンスを頂いたのです。命に変えてもこの任務、完遂します。」
「いい心がけだ。関。」
「私めもimagawaの末席で存分に暴れましょう。」
「その言葉…一色が聞いたら喜ぶだろうよ。」
松永は静かに電話を切った。眼下には東京霞が関の夜景が広がっている。
ふと腕時計に目を落とすと時刻は0時50分だった。

 

「こっちはあと4時間でケリをつけるぞ。片倉。」