第百七話

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第百七話
五の線2 第百七話
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「え?相馬周が?」
「はい。突然私の家に電話かかってきて、古田さんを紹介して欲しいと。」
「…そうですか。」
「これもアレですか?」
古田は懐に忍ばせてあった封筒の中から便箋をとりだして、それに目を落とした。
「…わかりません。ほやけど西田先生。おたくの教え子がワシの素性に気がついたのは確かや。」
「そうですね。」
「一般人が警察関係者に用事があるときは何かの困り事を抱えとるって相場は決まっとる。」
「ええ。」
「市民が困っとる状況をワシは放っておけんですわ。」
「じゃあ。」
「ワシから相馬に電話します。あいつの番号教えて下さい。」
相馬の携帯番号を聞いた古田はメモを取り電話を切った。
「なんです。古田さん。」
神谷が尋ねる。
「相馬周がワシと連絡を取りたいと。」
「相馬周?」
「はい。」
「…え?さっき理事官から麗と長谷部によって拉致された可能性があるって報告が入った、あの相馬ですか。」
古田は煙草に火をつけ、深呼吸をした。
ー周が西田経由で古田さんにコンタクト…。となると拉致の線は薄いな。半強制的に連れ去られるような状況下で他者との連絡をとることなんて普通許されるもんじゃない。だがどうして下間麗はこの段階で周を連れ去ったんだ…。しかも長谷部という男の力を借りて。まわりまわって麗のほうから警察の方にコンタクトをとる形になっているじゃないか…って…まさか…。
「神谷警部。」
「あ…はい。」
「あとは警部にお任せしてよろしいでしょうか。」
「え?」
「ちょっくらワシは外に出てきます。」
ーそうだ…。古田さんは警察官じゃない。ただのOBだ。しかも片倉課長のエス。古田さんに指示を出すような権限は僕にはない。
「これから先も当初の警部のシナリオどおり。こっちはこのまま徹底的に今川を追い詰めてやりゃ良いと思いますよ。こんだけネタがSNSで一定のところに拡散しとるんや。執行部・朝倉・世間・警察の目が一斉に今川に注がれる。どんな人間でもこうも監視の目がきつくなったらKOですわ。」
「ですがそうなったら最悪、今川が自ら命を絶ってしまうなんてことも考えられませんか。」
「それは大丈夫。」
「え?」
「警部。あんたはあんたの判断を信じてやりゃあいい。」
神谷は唾を飲み込んだ。
「あんたの下にはマサさんっちゅうベテランがおる。マサさんと相談してあんたが決断すればいい。」
古田は冨樫を見た。
「なぁマサさん。」
「古田さん。どえらいプレッシャーかけますね。」
「プレッシャーじゃないわいね。」
「じゃあなんですか。」
「信頼や。」
「…ふっ。」
古田は二人を背にした。
「古田さん。」
神谷の声に古田は足を止めた。
「気をつけて…。」
彼は右手を上げて神谷に応え、そのまま部屋を後にした。
「警部。」
「なんですか。」
「警部。今川の自殺を気にかけましたね。」
「ええ。」
「それはきっと別の人間が対応しとると思いますよ。」
「え?なんでそんなこと言えるんですか。」
「…勘です。」
「勘?」
「なんか臭うんですよ。」
「どういうことですか。」
「このimagawa。とんでもなく大きくて、深い作戦のような気がするんです。公安畑のワシらにも気づかれんように、相応の人間が動いとる。そう感じるんです。」
「それは僕もなんとなくそう思ってますけど。」
「しかもそいつは警察内部に入り込んだツヴァイスタンのエスに気づかれんように実行せんといかん。imagawaの連中が直接連絡をとりあうようなことをしとると。どっかからそれが漏れる可能性がある。」
「ええ。」
「そう言う時は日本人らしく呼吸で意志を確かめあうしかない。」
「呼吸ですか。」
「はい。阿吽の呼吸ってやつですよ。」
「阿吽って…。」
冨樫はキーボードのF5ボタンを押下した。ブラウザの読み込みバーが伸びてページが表示された。
「あ…。」
「なんですか。」
「至急報3が来とります。金沢銀行融資部の橘が不正を働いていたとのリーク情報です。」
「え?橘が不正?」
パソコンの画面を覗き込んだ神谷は記事を読み込み、顎に手を当ててしばらく考えた。
「金沢銀行の橘が外国人を親戚縁者に持つ連中を中心に、消費者ローンを不正に実行。その背景に…今川からの資金提供…。」
「警部…これ。よう読んだら金沢銀行は関係機関に通報済みやって書いてありますね。」
「確かに…ってことは、すでに当局は今川をマークしてガサ入れの準備をしているってことですか。」
「そうでしょう。」
「あ…。」
「どうしました。」
「まさか…。」
何かに気がついたのか口をあんぐりと開いている神谷を見て、冨樫はニヤリと笑った。
「さあ警部。今川をパンクさせてやりましょうか。」
神谷たちがアジトとする部屋を出た古田はエレベーターに乗り込んだ。そして携帯電話を取り出した。
「相馬周からワシに接触してきた。」
「…。」
「かねてからの予定通り事をすすめる。」
「…。」
「そうや。今日明日がヤマや。」
「…。」

 

「そっちは任せたぞ。片倉。」
「どうねんて相馬。」
ハンドルを握る長谷部は電話を切った相馬に声をかけた。
「わからん。とりあえず古田さんから俺んところに電話かけてもらうよう言った。」
「違うって。そんでその古田って刑事にお前、なに頼むんやって。」
「わからん。」
「はぁ?」
「わからん。けどこのおっさん、一色さんともなんかの接点あったんやから、下間さんのことも何かしら知っとるかもしれん。」
「だから、そんな回りくどい事やって何なれんて。その何?チヨダ?とかっていう部署の京子ちゃんの親父さんと直に連絡とってどうすりゃいいんか聞いたほうが手っ取り早いがいや。」
「長谷部君。それって多分違うと思う。」
麗が口を挟んだ。
「なんで。」
「長谷部君。そのままハンドル握ってルームミラー見て。」
「え…。」
「後ろに1台の車いるでしょ。」
「う・うん。」
「多分、あれ警察よ。」
「え?」
思わず長谷部はアクセルから足を浮かせた。
「駄目よ。そのまま走って。」
間髪入れずに指示を出す麗に長谷部はアクセルを踏み込んだ。
「う・うん…。」
「さっきから気になっていたの。同じ車じゃないけど、私らの後ろに必ず車が走ってる。」
「え…。」
「長谷部君。さっき私言ったじゃない。」
「何を。」
「京子ちゃんのお父さんが所属するチヨダっていうところは、ただの公安部署じゃないの。同じ警察の組織の中にいても、誰もその人らがどういった仕事をしているか知らないほど秘匿性が高い部署なの。」
「それがこれと何の関係があるって…。」
「いい?秘匿性が高いってことは、そこで何かの大きなアクションを起こしたらいけないってことなの。目立った動きをすれば、それはどこからか外に漏れる。そう、同じ警察内部に。」
「同じ組織内に情報が漏れるって言うけど…それっていわゆる情報の共有化ってやつじゃ。」
「違う。違うの。いい?相手はチヨダよ。普通の会社と一緒にしちゃいけないよ。あそこは本当に誰も何をやっているのか知らないの。知られたら最後、あの部署の存在意義はなくなるの。だから同じ組織内の人間すら欺くことだってする。」
「うーんどういうことなんか俺にはさっぱりよくわからん…。」
「とにかく今は京子ちゃんのお父さんとコンタクトを取ることは得策じゃない。相馬くんの考えに私は乗るわ。」
「ねぇ周。」
二人のやりとりを横目に携帯を見ていた京子が相馬に声をかけた。
「うん?どうしたん。」
「ほんまごとねんけど…至急報3上がっとる。」
「次はどんな内容け。」
「当の今川登場。」
「…え。」
相馬は自分の携帯でほんまごとにアクセスした。
「今川って奴、下間さんちだけじゃなくって、金沢銀行まで操ろうとしとってんね。」
「ちょ…。」
「それにしても何なんかねー。この金沢銀行って。守衛殺されたり、総務部長が遺体で見つかったりとか…挙げ句の果てには現役の部長がこの今川と…。」
京子は携帯を手にする相馬の様子がおかしい事に気がついた。
「周?」
「なんで…。」
「ねぇどうしたん周。」
「…この橘ってひと…。」
「え?」
「この橘って人…知っとる…。」
「え!?」
「俺の親父の友達…。」
ほんまごとが表示されている携帯電話の表示が切り替わった。見覚えのない番号からのものである。
ー来た。
唾を飲み込んだ彼は受話ボタンを押下した。
「はい…。」
「相馬周さんですね。」
「はい。」
「古田です。」
「は・はじめまして…。」
「はじめてじゃないですよ。」
「あ…。」
ーこの古田って人もあの時の俺、覚えとる…。
「で、私に話とはなんでしょうか。」
「あの…。」
「下間麗のことですか。」
いきなり核心を突く言葉を発した古田に、相馬はこの時すでに何もかもが相手方に見透かされていることを悟った。
「もう…それを…。」
「相馬さん。そのまま車を金沢北高へ向けて走って下さい。」
「え?北高?」
「いいから。」
「なんで?」
「いまあなたらが警察の前に出ると捜査がややっこしくなる。」
「でも。」
「あんた達4名の身の安全は確保されとる。その証拠にあんたの後ろに車がつけとるはずや。」
後部座席の相馬はそのまま振り返った。長谷部の車の後方30メートル先に1台の車がつけていた。
「心配はない。あんたらの動向は警察によってしっかりマークされとる。そいつら以外の人間があんたらに接触することは難しいがになっとる。」
「でも…なんで北高…。」
「理由はいま言えません。」
相馬は長谷部に北高に進路を取るよう指示した。
「とにかく北高に来てください。そうすればなんとかできるかもしれん。」
「かも?」
「はい。こっから先はシナリオにない部分。あんたもワシもその場の判断で凌ぐしかない。」
ーシナリオ…。
相馬の脳裏に3年前の北高で京子が一色に尋ねたやりとりがよぎった。
 
「その必勝の形に相手をおびき寄せたり、試合の主導権を握れば合理的ってことですよね。」87
「ああ。」
「でもそれができん時はどうすればいいんですか?」
「…それは勘がモノを言う。」
「勘…ですか?」
「ああ。それは反射神経以外のなにものでもない。」
 
「古田さん。ここからは想定の範囲外ってことですか。」
「うん?」
「必勝の形はこの先にはないってことですか。」
電話の先の古田はしばらく黙ってそれに答えた。
「そうです。ここまではある程度は想定内とも言えるでしょう。」
「ということは僕や京子ちゃんが下間さんと会って…。」
「一色からの手紙を受取った人間はあなただけじゃありません。」
古田は相馬の言葉を遮った。
「え?」
「ワシもあいつからその手紙をもらった人間のひとりです。」
「僕らだけじゃない…?。」
「とにかくこっから先を詮索しとるほど、いまは悠長な情勢じゃない。なんとしてもimagawaを終結させる。相馬さん。あんたがまずワシと連絡を取ろうとした判断は正解や。」
「どういうことですか。」
「ワシの勘がそう言っとる。」