第百二話

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第百二話 前半
五の線2 第百二話 前半
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第百二話 後半
五の線2 第百二話 後半
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「え…い・岩崎さん?」
横に座っていた京子は相馬の第一声に驚きを隠せない様子だ。
「あ…おじゃましました。」
相馬は電話を切ろうとした。
「待って。」
「え?」
「…ありがとう。」
「え…。」
「相馬くんが言ったとおり、自分だけを見てくれる人に私の思ってること話した。」
「あ…おう…。」
京子が相馬の顔を覗き込む。彼は彼女に頷いてみせた。
「けど…。」
「けど?」
「彼…私の隣で戸惑ってる。」
「…え…ちょ…待って…。」
どういうことだ。自分の思いを告げたならば後はその返事を聞くだけだ。まさかこの展開は土壇場で長谷部が岩崎を受け入れることが出来ないとの判断を下したためのものとでも言うのか。相馬は言葉に詰まった。
「それだけ。ついでだから相馬くんに報告しとこうと思って。長谷部君に替わるわね。」
自分はよりによって岩崎の告白のタイミングで長谷部に電話をかけてしまったというのか。相馬は気まずくなった。しかしそれにしても何故、その最悪なタイミングでかけた電話に長谷部ではなく岩崎が出たのだろうか。
「おう…相馬…。」
「わりい長谷部。俺電話切るわ。」
「待てま。」
「え?」
「ありがとう。」
わけがわからない。岩崎も長谷部もなぜ自分に礼を言うのか。
「よく分からんけど、お前、俺のこと彼女に推してくれとってんな。」
「…あ…。」
「本当にありがとう。おかげで俺は彼女の気持ちとかいろいろ聞くことができた。」
「おう…。」
「俺は彼女にできるだけのことをやってあげたいと思う。」
良かった。岩崎からの告白は成功のようである。胸をなでおろした相馬は隣りに座る京子に再度頷いてみせた。
「けどな…。」
「あ?」
「本人前にしてここで言うのもなんやけど。正直、俺だけで受け止めきれるかわからん。」
「え?」
「わからんげん。…なぁ相馬…。」
「…なんや。」
「お前も力貸してくれんけ。」
「え?俺が?」
「ちょっと…相馬くんは関係ないじゃない。」
麗が横から口を挟んだ。
「いいから。黙って。」
「何で?だってそんなことしたら…。」
ちょっと待ってくれと言って携帯のマイクを指で抑えて彼は麗を見た。
「俺ひとりでそのイマガワって奴をどうこうできるなんて思えん。何をどうするのが下間さんにとってベストか、第三者の客観的なアドバイスがほしい。」
「でも…。」
「下間さん。俺は君をなんとかしたいんや。」
長谷部の真剣な眼差しに麗は黙った。
「相馬ってああ見えて大局観とかけっこう良いげんて。んでそん中で自分がどう立ち振る舞えばいいかの判断が優れとる。こういう奴は情勢を客観的に見る力に優れとる。俺はいま冷静に物事を考えられる状態にない。ほやからあいつの力を借りたい。」
「でもそれって、私がいま長谷部君に言ったこと…相馬くんにもって話じゃない?」
長谷部は頷く。
「だってイマガワって奴はその家政婦の息子に何の躊躇いもなく二発の銃弾を撃ち込むことができる恐ろしいやつねんろ。そんな奴相手に俺らみたいな素人がなんかできるとは思えん。」
「…どういうこと?」
「ちゃんとした人の力を借りんといかん話や。」
「ちゃんとした?」
「うん。」
「え?それってどういうこと?」
「警察の力を借りる。」
「え?」
麗の身体が硬直した。
「ほら京子ちゃんおるやろ。」
「う…うん…。」
「あの子の親父さん県警のそこそこのポジションやったはずや。」
「え?」
「相馬も京子ちゃんももともと剣道部で警察の人に知り合いが居るとかおらんとか言っとったくらいやから、なんかのツテがあるはずや。そこを頼るのもいいかもしれん。」
「警察…。」
麗の顔が青ざめた。
「どうしたん?」
「まさか…片倉って…。」
「え?何?下間さん京子ちゃんの親父さんのこと知っとらん?」
「あ…いえ…別に…。」
「とにかく可能性がある方に協力を仰ぐのが一番やと思う。」
長谷部は携帯を再び耳に当てた。
麗の方は半ば呆然とした様子である。
「そんな…。」
「あぁ相馬すまん。いまお前どこにおらん。」
「俺?俺はその…。」
「どこいや。」
「あの…京子ちゃん家…。」
「へ?」
長谷部は素っ頓狂な声を出してしまった。
「悪いか…。」
「い・いや…別に…。」
電話の向こう側の意外なシチュエーションに長谷部はドギマギした。しかし彼は何かを閃いたのか思わず手を叩いた。
「ってことはそこに京子ちゃん居れんな。」
「あ…ああ。」
「こいつは願ったり叶ったり。」
「あん?」
「お前ら2人、今からちょっとだけ身体貸してくれんけ。」
「今から?」
「おう。どうしても力貸して欲しいげんて。」
「どういう力ぃや。」
「知恵とコネ。」
「知恵とコネ?」
「確か京子ちゃんの家ってお前の家の近所って言っとったな。俺、彼女の家知らんし、お前んち今から行くから頼む。」
そう言って長谷部は一方的に電話を切り、サイドブレーキを降ろしてアクセルを踏み込んだ。
「警察…。」
再びこの単語を漏らした麗の表情は浮かないものである。
「下間さん。君はツヴァイスタンの人間。どういう経緯でその国交のない国の人が岩崎香織っていう別人を語ってここに居るのはわからん。けどそれは明らかにマズいことや。」
「…。」
「法律の云々は俺は良くは分からんけど、警察にこれがバレたら君は多分強制送還とかなんかになる。」
「長谷部君…あなた…私を警察に売ろうってわけ…。」
「違う。それ以前に君にはイマガワっていう恐ろしい重しがある。何の躊躇いもなく家政婦の息子に二発の銃弾を撃つことができるような奴や。ある意味ヤクザなんかよりもたちが悪い。まずはこの危険なものから君を遠ざけて、安全を確保せんといかん。」
「そんなこと言ったって…。」
「何言っとれんて!下間さんに何かがあったら元も子もないやろ!」
長谷部は麗を一喝した。
「下間さん。なんで俺に自分の生い立ちのこと喋ったん。」
「え?」
「正直疲れとれんろ。岩崎香織を演じるのが。」
「…。」
「正直、さっきの話は未だに信じられん。でも…反面嬉しい。」
「嬉しい?」
「だって仮面をとってくれたんやから。本当の君を知ることができたんやから…。」
麗は沈黙した。
海側環状線にある長谷部の車は速度を上げた。
電話を切られた相馬は複雑な表情だった。
「長谷部どうやって?」
「今から俺ら迎えに来るって。」
「え?」
「あいつ京子ちゃんち知らんから俺んちに来るって。」
「何しに?」
「なんか分からん。でもなんかいつもと様子が違う。」
「どう。」
「本気で俺らを頼っとる。」
「俺ら?俺らって私も?」
相馬は頷く。
「なんで私も?」
「…多分、岩崎さんのことじゃないが。」
「岩崎さん?」
「うん。」
「え…まさか…あいつ香織ちゃんが下間の娘って…。」
「分からんよ。でもなんかそんな気がする。」
京子は腕を組んだ。
「それで知恵とコネか…。」
「知恵っていうのもよく分からんけど、コネって…。」
「周のコネってアレじゃないが。」
「あん?」
「ほらテレビ。」
「あ・おう。」
「さしずめ私は文脈から言ってお父さんの方面かな。」
「警察か…。」
「周ってバイト先の人と連絡とれらん?」
「まぁ一応。携帯は知っとる。京子ちゃんは?」
「…一応お父さんやし。」
「…行くか。」

 

時計を見た京子は相馬の誘いに頷いて応えた。
21時になろうとするドットメディカルの一室にはまだ明かりが灯っていた。
パソコンと向き合う今川は時折送られてくるユニコードを変換し、それに返信をする作業をしていた。
Это тот факт, что Юрий знает о местонахождении Набэсима.
ユーリは鍋島の居場所を把握しているということだな。
 
возможно
おそらくは。
 
Является ли капитан знает подробности?
キャプテンはその詳細を把握しているのか
 
Нет
いいえ
 
汗を拭った今川は大きく息を吐いて天を仰いだ。
ー執行部はどうすると言うんだ…。このまま放っておけば悠里は期限までに何らかの方法で鍋島を片付ける。それが執行部にとっては面白く無いんじゃなかったのか?
今川はパソコンの画面を見た。
ーさっきから執行部は悠里の周辺状況を聞くだけで、鍋島排除の停止命令を発してこない。執行部からストップがかかればいつでも悠里にその命令を言い渡せるのに…いったい何を企んでる…。
再びメールが届いた。
 
План после даты Набэсима исключения?
鍋島排除の期日後の計画は?
 
Запустите пример массива
例のアレを実行します
 
"Пример"?
例の?
 
Ни в коем случае не делать этого тоже не знаете?
まさかこれもご存知でないのですか?
 
Не слушайте.
聞いていない
 
今川の額から再び大量の汗が吹き出していた。
ーなんで…。なんでこんな大事なことを…。
矢先、彼の懐にある携帯電話が震えた。画面に表示される文字を見て、それを取り出した今川の手は震えだした。
「キャプテン…。」
今川は無意識のうちにキーボードを叩いていた。
Существует телефонный звонок от капитана. Как I.
キャプテンから電話あり。どうすればいいですか。
Я из
出るんだ。
 
深呼吸をした今川は電話に出た。
「はい。」
「…どうした。声に元気が無いぞ。」
「あ…いえ…ちょっと仕事が…。」
「そうか。」
「ええ…。」
「鍋島の件はどうだ。」
「下間に任せてあります。」
「その後の手筈は。」
「え?」
朝倉はため息をついた。
「言っただろう蜥蜴になれと。」
「…。」
「先の先を読まないことには後手に回るぞ。」
「先の先…。」
「明日だろ。」
「…ええ。」
「あれが起こされてからだと尻尾は切りにくくなる。」
「しかし…悠里や麗が居ないことには、コミュの実働隊の統率が取れません。」
「確かにな。だがこういうのはどうだろう。」
「なんでしょう。」
「その明日のコミュに突如反乱分子が侵入。何らかの形でその場で悠里と麗がその輩に殺されるってことになれば。」
「え?」
「どうだ。」
今川の手は再び震えだした。
「目の前で運動のシンボル的な存在が無法者によって殺害される。それに怒り狂った一部の狂信的な者たちがかねてより悠里の指示で準備していた行動を実行に移す。」
「え…。」
「どうだ。いいシナリオだと思わないか。」
「し…しかし…。」
「お前の秘密を知る3人のうち2人は見事綺麗に掃除され、あとに残るのは下間芳夫のみ。」
「下間ひとりはお前の手でなんとかなるだろう。」
「そ…それは…。」
「コミュには村井とかという男が居る。こいつは悠里の狂信的な信者だ。悠里の意志を引き継いでコミュを統率できる力を持っている。明日のコミュの決起に関しては問題はなかろう。」
「…。」
「問題はその掃除屋に誰をあてがうか…。」
「…。」
「どうした今川。何黙っている。」
「…いえ。キャプテンのあまりもの深謀遠慮でしたので…。」
「それは額面通り褒め言葉として受け止めてもいいのか?」
「…はい。」
朝倉はクスクスと笑った。
「今川。熊崎を使え。」
「は?」
「悠里ほどの実力をもった人間を確実に葬れる人間は限られている。その手の人材をカタギに見出すのは難しい。ときにはシノギの力を借りるのも良いだろう。」
「仁熊会ですか…。」
「ああ。直ぐに手筈を整えろ。あいつらも準備ってものがあるだろうからな。」
「かしこまりました。」
「後は明日の決行を待つだけだ。」
「…キャプテン。」
「なんだ。」
「…片倉の件は。」
「順調だ。これも明日こっちに来るようになっている。」
「こっちに?東京にですか?」
「ああ。貴様から送られてきた画像が示すように、あいつの精神はギリギリの状態だったようだ。」
「と言うことは。」
「ああ籠絡した。明日、県警の公安部隊は隙だらけになる。」
「…。」
「面白いことになるぞ。」
こう言い残して電話は切られた。それと同時期に再びメールが届いた。
Отчеты белый.
報告しろ。
Инструкция по делу урегулирования Юрия и Рей в завтрашнем сообществе.
明日のコミュで悠里と麗を始末せよとの指令。
Что вы будете делать?
お前がやるのか
Нет. Летучая колонна.
いいえ別働隊に
Летучая колонна?
別働隊?
Да. Jin'yuukai.
はい。仁熊会です。
Было найдено. После того, как Оставьте его здесь.
わかった。後はこっちに任せろ。
Как мне меня.
私はどうすれば?
Мы продолжаем ждать.
引き続き待機。
постижение
了解。
メールのやり取りは終わった。
ー仁熊会への手配はどうすればいいんだ。朝倉から熊崎へ確認が入ったら、俺のサボタージュがバレる…。だが執行部は任せろと言ってる…。あぁ…俺はどうすればいいんだ…。
今川は頭を抱えた。
ー下間一族を消せだと…。あいつはどこまで非情なんだ…。この調子だといずれ俺も…。
ふと彼は窓に映り込む自分の姿に目が行った。
数日前の自分の顔と比較して頬はげっそりとし、目の下が腫れ上がっている。明らかにやつれた様子だ。
「なんだ…これが俺か…。」