第八十九話

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第八十九話
五の線2 第八十九話
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「村上…。ようやく鍋島と相見えることができそうや。」
相馬卓と尚美の2人を無事、市内のホテルに匿うことができた古田は車を運転しながら呟いた。
ーいままで自分の協力者やと思っとった人間がこちら側の協力者やった。おそらく鍋島は怒髪天を突く思いや。これで奴の感情の矛先は久美子から相馬卓に移るはず。相馬に何らかの制裁を与えるなら手っ取り早いのは、あいつの自宅に殴りこみをかけること。
ハンドルを切って古田は交差点を左折した。
ーしかし先の先を行くのがあいつの攻め方。まんまとこっちの偽カメラにハマったが、賢いあいつのことや、体制の立て直しを図るはずや。とすればこちらの目論見を察知して別の方向に動く可能性も捨てきれん。もしもあいつがワシらのおびき寄せ作戦を察知したとしたら、下間らと連携してあっちのほうで何かの動きを見せるかもしれん。
「だめや…考えれば考えるほど鍋島の行動が読めんくなる…。」
そういいながらも古田の車は相馬の自宅に向かっていた。
携帯が鳴った。イヤホン付属のリモコンを押下し彼はそれに出た。
「はい古田。」
「おうトシさん。」
「どうした。」
「今さっきドットスタッフに潜り込ませとるエスから情報が入った。」
「なんや。」
「周と京子の件、うまく行きそうや。」
「なに?」
「仁川は、いや悠里は妹の麗にコミュを脱会するよう促した。」
「それは本当のことか。」
「ああ。エスがあいつのオフィスに仕込んだやつにしっかり録音されとった。明日のコミュで麗を脱会させるよう、悠里自身が誘導するらしい。」
「で肝心の麗の反応は。」
「…それは分からん。ほやけどとりあえず麗についてはことは順調に運んどる。悠里のほうから麗を組織から遠ざけるように動いた。」
近くのコンビニに車を滑りこませて古田は息をついた。
「やったな…。片倉。」
「…あぁ。」
「一色の仕込みがここで効いたか。」
一瞬、電話の向こう側の片倉は沈黙した。
「けっ…剣道の稽古と手紙ひとつで他人の娘を協力者に引き込んで、まんまと目的達成目前や。京子にもしものことがあったらどうすれんてぃや。ったく、手段を選ばん冷酷無比な奴やわ。生きとったらあいつぶん殴ってやる。ぼこぼこにしてやんよ。」
「お前はいつでも京子を止めることができた。」
「…。」
「けどそれはせんかった。」
「…トシさん。そういうことはまた別の機会にゆっくり話そうや。」
「…あぁそうやな。」
「ただ、京子が自分の自身の頭で考えて一つの結果を出す目前までこぎつけたっていうことは評価できる。」
「おう、素直に娘を褒めてやれ。」
「…ほうやな。」
「でも、それは全てが首尾よく行ってからの話や。当の悠里はどうなんや。」
「動いた。」
「動いた…。」
「出張に行くって言ってドットスタッフから姿を消した。」
「それは…再び下間らが何らかの動きを見せるっちゅうことか。」
「まぁトシさん。この下りを聞いてくれま。親父と電話する悠里の言葉や。」
「ああお父さん。」
「期日は。」
「分かりました。」
「やっぱり疲れてるだけみたいです。」
「明日のコミュにもあいつは来ますのでご心配なく。」
「どうしました?」
「麗だけじゃなくてお父さんも変ですよ。」
「…なにせ相手は歴戦の猛者ですからね。」84
「なんや期日って。」
「わからん。次に計画しとる企みの実行日かもしれん。」
「明日のコミュにあいつは来るっていうのは?」
「麗のことやと思う。会話の流れから。」
「ふうむ…一定の間があっての『歴戦の猛者ですからね』っちゅうのが引っかかる。なんか…不安が混じったような声にも聞こえた…。」
ぶつぶつと独り言を言って古田は頭を掻き始めた。
気を落ち着かせるようにタバコを咥え、ジッポーを取り出した時のことである。彼はそれを手にしたまま動きを止めた。
「村上…?」
「は?」
ジッポーの蓋を開けては閉める。その動作を何度かして古田は何かを考えた。そして煙草に火をつけて一息つき、彼は口を開いた。
「…ひょっとして。」
「なんねんトシさん。」
「悠里は親父に何かの期日を確認した。そして悠里はそれを了承。奴はそれを即座に行動に移すため会社を後にした。」
「おう。」
「すなわち悠里は親父に何かを命令され、それを期日までに完了させるために消えた。」
「あ・あぁ…なんかさっきからトシさん、おんなじこと言っとるような気がするんやけど…。」
「片倉。コミュの定例会ってやつは明日の何時からや。」
「19時。」
「んなら今からその時間までに悠里は下間の命令を遂行するってことや。」
「まあ。そうとも取れる。」
「…となるとあれや。やっぱり最後の悠里のフレーズが気になる。」
「…なにせ相手は歴戦の猛者ですからね。」
「おい…待てまトシさん…。俺、いまピンときてんけど。」
「なんじゃい。」
「まさか仲間割れしとるんじゃないやろうな。あいつら。」
「仲間割れ?」
「それなら悠里がなんか不安めいた声そのセリフ吐くのも分からんでもない。」
「おい片倉。おめぇはその歴戦の猛者って奴が鍋島やって言っとるんか…って…あり得る…。」
「…まさか…粛清。」
片倉は冨樫に仁川の情報を表示させるように命じた。
「…ほうや。トシさん。あいつのツヴァイスタン時代のあれ…。」
「悠里のツヴァイスタン時代?」
「悠里は幼少期から秘密警察に出入りしとったのは内調(内閣情報調査室)からの情報で確認されとる…。」
「あ…。」
「確かに鍋島はコンドウサトミとして下間らと連携しとるように見える。ほやけど俺と神谷をバイクでぴったり付けて襲撃する素振り見せたり、直接俺はの電話に電話かけてきたり、相馬卓と直接会ってみたり、佐竹らを熨子山の墓地公園に引っ張りだしたり、下間らと一線を画する動きも見せとる。」
「ひょっとするとそれは警察側の撹乱を狙う計算されたものやったんかもしれん。けどただの鍋島のスタンドプレーやった可能性もある。ほしたら話は変わってくるな。」
「組織との協調を無視する動きが目立ってきた鍋島を下間らが粛清する方向で動いた。そう考えることも出来んこと無いな。」
「その期日が明日の19時まで。」
「十分に考えられるぞ、トシさん。」
片倉は時計に目を落とした。時刻は17時半を回ろうとしている。コミュの定例会開催まで残された時間は24時間とちょっとだ。
「片倉。ワシはいま相馬の家に向かっとる。あそこで鍋島を迎え撃つ算段やが、ひょっとすっとそこに悠里がひょっこり登場なんてことも想定せんといかんかな。」
「駄目や。そいつは一番厄介や。住宅地やぞ。そんなところでトシさんがいっぺんに2人と遭遇っちゅうとなにが起こるか分からん。いまは鍋島との直接的な接触は待て。」
「じゃあどうすれんて。」
「鍋島の動きはこっちでまだ把握できとらんけど、悠里は今んところ理事官直轄のチームが付けとる。仮に悠里が鍋島と接触を試みようとしとるんなら、トシさんが相馬ん家で鍋島を待ち伏せする必要はない。悠里は鍋島の動きを把握しとるはずや。」
古田と連絡を取り合う中、片倉の携帯にキャッチが入った。
「トシさん。ちょっとまってくれ。とにかくあんたは相馬ん家で待ち伏せちゅうことだけはやめてくれ。」
「おい。」
「いいから。頼むぞ。」
そう言って片倉は通話を切り替えた。
「はい片倉です。」
「巻かれた。」
「え?」
「悠里に巻かれた。」
片倉は頭を抱えた。
「…ってことは。」
「奴はこちらの動きに気がついた。」
片倉は額に手を当てて部屋をうろうろし出した。
「すまん。」
「待ってください理事官…。いま考えとりますから…。」
「こっちの動きを悠里が知ったとなると、今後のやつらの動きはまた読めなくなる。」
「待ってください…。」
「こうなったら隠密作戦はやめて、捜査員を大量投入するしかないか。」
「待てって言っとるやろ!!」
この大声ため、その場は空気すら沈黙したかのような静寂が包み込んだ。
「一枚岩じゃない。」
「…なに?」
「あいつらは一枚岩じゃないんです。」
「どういうことだ。」
「悠里には期日が切られとる。」
「は?」
「あいつはその期日までに鍋島をどうにかせんといかん。…そうや。悠里じゃない。鍋島や。鍋島を捕捉せんといかん。」
「だから捜査員の大量投入…」
「だめです。第一いまからそんなことやっても準備に時間が掛かる。物理的になにもできん。」
「…しかし。」
「実はこんなことをやってましたって言ったところで、無能のレッテルを朝倉に貼られるだけです。それにそれをやったら、いままで極秘に積み上げてきた捜査も協力者の労も水の泡ですよ。」
松永は何も言えない。
「理事官。あいつらは一枚岩じゃありません。鍋島を粛清するために秘密警察が動いとる。」
「…悠里が?」
「根拠はありません。勘です。」
「勘…か…。」
「ここまで来たら現場の勘で進めるしかありません。」
「どうするんだ。」
「鍋島を引っ張り出します。悠里は鍋島と接触します。悠里に巻かれたとなると鍋島をおびき寄せるしかありません。」
「その先が相馬の家なんだろう。」
「いえ。」
この片倉の否定に松永もその場に居た神谷も冨樫も息を呑んだ。
「佐竹を使います。」
「佐竹?」
「そして冨樫と神谷も。」
「えっ?」
片倉は2人を見つめて頷いた。
「んで俺はそっちに行きます。」
「何?」
「あとは現場に任せます。」
松永は黙った。
「片倉。お前、一色が伝染ったか。」
「俺はあの人にはなれませんよ。」