第八十六話

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第八十六話
五の線2 第八十六話
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「鍋島現認!?」
冨樫と神谷が詰める部屋。その六畳間で横になっていた片倉は飛び起きた。2人はこの片倉の言葉を受けて表情を強張らせた。片倉は通話内容を2人と共有するためにそれをスピーカモードに切り替えた。
「おう。ついさっき岡田から連絡が入った。藤堂らしき男が山県の家にふらりと現れたらしい。」
「で。」
「家の近くで携帯で山県んちに電話して、中に誰がおるか探ってそのまま姿を消した。」
「どんな格好しとるんや。」
「全身黒尽くめ。頭にはニット帽。んで丸サングラス。」
「丸サングラス…。」
「サングラスで顔の様子がよく判別できんかったけど、口元が金沢銀行にあった藤堂の写真と似とったらしい。」
「丸サングラスは鍋島のシンボル的なアイテムや。」
パソコンを操作した冨樫はディスプレイに熨子山事件当時使用された鍋島の顔写真を表示させた。その写真も丸のサングラスをかけている。
「ああ。」
「奴はいまどこにおる。」
「わからん。」
「は!?」
「ほやけどあいつはあれに気がついたってことや。」
「久美子の店のカメラか。」
「おう。あそこに設置されたカメラは過去の映像を垂れ流しするだけのもんやってことに。」
「ちゅうことはあれか。相馬卓がこっちのエスやってことも。」
「おうさっきバレたと思われる。」
「よし。土岐部長に言ってキンパイをかける。」
「まて。」
「あ?」
「県警は動かすな。」
「なんでや。」
「今は昨日の原発事件で人員が割かれとる。」
「でもあの事件のホシは鍋島や。狙う相手はおんなじや。」
「ほうや。ほやけどそれに集中してしまうとあっちが手薄になる。」
「あっち…。下間らか…。」
「おう。もしもこの鍋島の登場が警察の捜査の撹乱を狙うあいつらの企てやったらどうする?」
「それは不味い。」
「ただでさえコンドウサトミとか藤堂豪とか鍋島惇っちゅう人間がごっちゃになっとるんや。そこで鍋島のキンパイなんかかけてみぃや。現場は混乱する。」
神谷は警察無線の音量を上げた。
「本部こちら羽咋北署。コンドウサトミに関する情報は今のところなし。」
「えー金沢銀行周辺の聞き込みで藤堂に関する情報なし。」
無線の中にコンドウと藤堂の名前が入り乱れている。
「ほやから目下の鍋島はこっちサイドでなんとかした方がいいと思うんや。むしろ。」
「…相馬卓が危ないか。」
「おう。」
「鍋島には得体の知れん特殊能力があっしな…。」
「あんなもん使われたら、相馬につけとる警備の人間なんか赤子の手をひねるようなもんや。」
「わかった。トシさん。あんたは何かうまいことやってあいつらをこっちに匿ってやってくれ。」
「わかった。」
「相馬を匿う場所はこっちで何とかする。」
電話を切った片倉はそれを手にとって再度電話をかけた。
「片倉です。」
「どうした。」
「鍋島が尻尾を出しました。」
「…来たか。」
「imagawaはこのまま捜査継続。現場の混乱を防ぐためにもキンパイはしません。」
「わかった。良い判断だ。」
「われわれimagawaプロパーでなんとかやります。」
「頼む。」
「ついては理事官にお願いが。」
「なんだ。」
「相馬周をお願いします。」
「名うてのSPを既に派遣している。片倉。」
「はっ。」
「心配するな。京子にも付けてある。」
「あ…。」
「お前の娘にもしものことがあったら、俺は確実にお前に殺される。」
「あ…その…。」
「家族の心配はするな。お前は捜査に専念しろ。」
「ありがたいお言葉です。」
「いいか片倉。これは雪辱戦でもある。ミスは許されない。例の件は明日、執行する手はずとなった。」
「いよいよですか。」
「ああ。」
玄関のドアが開かれたのを察知し相馬尚美は部屋を出た。玄関には靴を脱ぐ卓の姿があった。
「どうしたのこんな時間に。」
「あぁ…。」
「体調でもわるいの?」
尚美は心配そうな顔をして卓の額に手をやった。
「熱は無いみたいだけど。」
「尚美。」
玄関に腰を掛けたまま卓は言った。
「しばらくこの家、留守にしよう。」
「え?」
「のっぴきならん事態が発生したんや。」
「なに?それ。」
「村上さんの関係のことや。」
「村上さん?…村上さんってあの村上さんのこと?」
「ああ。お前も覚えとるやろ。あの人が眠っとる墓に行った時のこと。」
「ええ。」
「あれは2年前の盆の時期やった。」
2年前 7月15日
熨子山墓地公園で相馬家の盆の墓参りを済ませた卓と尚美は、道具一式を抱えて無縁墓地の前に立った。そして2人はそこにしゃがんで静かに手を合わせた。
「相馬卓さんと尚美さんですね。」
突然自分の名前を呼ばれた2人は振り返った。そこには髪を短く刈り込んだ強面の男が立っていた。
「ここには村上隆二さんが眠っとる。そのこと誰に聞いたんですか。」
「あんた誰や。いきなり何なんや。」
「あぁ申し遅れました。わたくし藤木といいます。ワシも村上さんには生前世話になった口でしてね。」
「え…?」
「あぁでもワシは残留孤児じゃありません。個人的に繋がりがあって、ここには参らせてもらっとるんです。」
「なんで俺らの名前と俺の出自を?」
「…ねぇあなた。この人ちょっと気持ち悪いわ。」
尚美は卓に耳打ちした。
「生前、村上さんからあなたのことは聞かされとりました。」
「村上さんから?」
「ええ。あの人が支援する残留孤児らの中で、定職につき結婚もし、家を建て、子供を大学まで出しとる成功事例のひとつとしてね。」
「…んで、あんたは村上さんとどういう関係が?」
「ワシはちょっとあることがきっかけでね、切っても切れん関係になったんですわ。その詳しいことはここでは言えません。」
「はぁ。」
「ところで相馬さん。ワシの質問に答えてくれませんか。」
「え?なんでしたっけ。」
「ここに村上さんが眠っとるって言うこと誰に聞いたんですか。」
「え…橘さんです。」
「橘さん?」
「ええ。知り合いの橘って人からです。」
「え?そのひとと村上さんって何か特別な関係でも?」
「いえ。その人はただの私の友人です。」
「ただの友人がどうして村上さんの事知っとるがですか。」
「橘さんがある人から教えてもらったらしいんです。」
「或る人?」
「ええ。」
「誰ですか。」
「コンドウさんです。」
「はい?」
「コンドウサトミさんです。」
「コンドウサトミ?」
「ええ。」
「あ…あぁそうですか。その方が…。」
藤木は黙って無縁仏の墓をしばらく見つめた。
「相馬さん。ワシは村上さんが本当にあんな事したってなかなか思えんがですよ。」
「それは私もです。」
「きっとなんかの間違いや。」
「私もそう思います。」
「百歩譲って仮に本当に村上さんがあの事件の犯人やったとしても、ワシは村上さんを病院で殺した人間が許せん。」
「同じく。」
「ワシは村上さんの仇をとりたいと思っとるがですよ。」
「仇を取る?」
「ええ。村上さんが人を殺したかどうかはどうでもいい。ワシはあのひとを殺した人間をこの手で捕まえる。」
「でも…。」
「ワシは村上さんを殺した人間を知っとる。」
「え?」
「相馬さん。あんたワシに力貸してくれんけ。」
卓は尚美を見た。彼女は困惑した様子である。
「ちょ藤木さん。いまあんたが言っとることってあんたがやることじゃなくて警察がやることじゃないが?」
「ほうや。ほやけど警察ばっかり当てにできっかいや。現に警察に保護されとった村上さんが殺されたんや。ひょっとすっとあん中にもややこしい奴が居るかもしれん。」
「でもどうやって…。」
「それはあんたがこの話にのってくれるんやったら話す。」
尚美は頷いている。
「…わかった。」
「いまその藤木さんが外に居る。」
「え?」
「あれから2年経って、村上さんの件に急展開があったんや。」
「やっと…。」
「でもまだ全然喜べん状況なんや。ある人間が俺を狙っとる。ひょっとするとお前まで巻き添えを食うかもしれん。ほやから家空けて一緒に藤木さんに匿ってもらうんや。」
「でも…そんな…急に。それに周はどうするん。」
「周は心配ない。周はこの家で大丈夫や。」
「相馬さん。早く。」
玄関の扉を開いた藤木は卓を急かした。
「でも…周は…。」
「奥さん。息子さんには指一本触れさせんように手をうってある。いまは奥さんと卓さんが心配なんや。さあ早く。」
尚美と卓は藤木に言われるがまま、必要最低限のものを鞄に放り込んで慌てて自宅を飛び出した。