第八十話

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第八十話
五の線2 第八十話
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「Dos攻撃?」
「はい。」
松永は即座にパソコンを開いてその用語の意味を調べた。
DoS攻撃は、コンピューティングにおいてサーバなどのコンピュータやネットワークリソースがサービスを提供できない状態にする意図的な行為をいう。サービス妨害攻撃と訳される。サーバなどのコンピュータ機器にある脆弱性を攻略するものと、サーバの処理能力やネットワーク帯域に対して過剰な負荷をかけるものがある。 複数のコンピュータを攻撃側に巻き込む類型としてDDoS攻撃がある。」※出典:ウィキペディア「Dos攻撃」https://ja.wikipedia.org/wiki/DoS攻撃
「その可能性があると冨樫は言っとります。」
「片倉。悪いが俺はその手のIT関係の話は得手じゃない。」
「理事官。俺もです。」
「その俺が素人なりに思うんだが、いま攻撃を受けているのは一般ユーザーが石電の情報を見るための公式サイトだろう。」
「ええ。」
「つまり原発の運用などの根幹的な部分には影響はない。」
「確かにそうです。しかし折しも、先日のノトイチ運転差し止め運動の署名を受けて、石電はそれはそれとして原発の運転を止めるようなことは微塵にも思ってないと言ったばっかりです。会見での社長の言い方が気に食わないとか、目先の利益を追い求める連中だと、面白く思っていない連中は沢山居ます。そこでこの攻撃です。自社のウェブサイトのセキュリティ管理もままならん会社が、原発なんて代物をちゃんと管理できるのかっちゅう声が必ず上がります。」
松永は目をこすった。
「マサさんが言うには、この手の攻撃はおそらく数時間で止むやろうっちゅうことでしたが、復旧には時間がかかります。つまりその間、攻撃側は石電のIT担当とかセキュリティ担当の注意をそらすことができるちゅうことです。」
「デコイか。」
「はい。」
松永は腕を組んだ。
ここで彼の携帯に連絡が入った。
「まて片倉、エスからだ。」
「理事官。私はあと数分でマサさんと合流します。合流後、またかけ直します。」
「あぁ頼む。」
彼は一旦片倉との通話を切った。彼の携帯を呼び出すのは石電に入り込んでいる潜入捜査官の辰巳であった。
「どうした。」
「非常事態が起こりました。」
「非常事態?」
「コンドウサトミに施設に入り込まれました。」
「なに…。」
松永は思わず絶句した。
「守衛交代時に入場許可申請書を精査した段階で判明。用件は納品。行き先は保修計画課、菅由人。ブツは書類。」
「菅…?書類…だと…?」
「現在、この書類の行方を追っています。」
「何かの動きがあるとは思っていたが、まさかコンドウ自らが入り込むとはな…。」
「はい。予想を飛び越えてきました。」
「原発の厳重な警備の目をこうもあっさりと掻い潜るとは…。」
「おそらく先日報告があった、所謂特殊能力によるものとしか現状は説明がつきません。」
「奴の目の件か。」
「はい。」
松永は立ち上がった。
「監視カメラは。」
「それが…。」
「なんだ。」
「破壊されています。」
「なん…だと…。」
携帯を持つ松永の手は震えた。
「施設各所のカメラは所々で物理的に破壊されています。因みに守衛室のものは守衛自らが線を抜き取ったようです。」
「守衛自ら…。」
「よってコンドウサトミの姿も、あいつがどこで何をどうしたか詳細不明。」
「なんてことだ…。」
「現在施設内では厳戒態勢を敷き、防護課は総出で警備している状態。」
松永は膝から崩れ落ちるように椅子に座った。
「渦中のコンドウは。」
「入場許可申請の動きを見る限り、すでに敷地には居ないものと思われますが、まだここにいる可能性は捨て切れません。そのための厳戒警備体勢です。」
松永は深い溜息をついた。
「菅はどうなんだ。」
「守衛からコンドウサトミの照会の電話があったそうですが、彼自身見に覚えのない納品物だと言って、受取拒否をしています。」
「それは確実なのか。」
「はい。実際、菅はコンドウが入場した時刻から一度も持ち場を離れていませんので、おそらく確かでしょう。」

 

松永は頭を抱えた。
「従前よりマークしている総務部の尾崎の動きは。」
「エージェントには何も変わったところはありません。現在、当社ウェブサイトのダウンを受けて本社とテレビ会議中です。」
「コンドウ入場後の尾崎の動きは。」
「尾崎に関しては私がぴったりマークしています。何ら不審な点は今のところありません。」
「どういうことだ…。」
「とにかく、コンドウが持ち込んだ書類と言われるものが気になります。」
「マルバク…。」
「えぇ…その可能性も捨て切れません。三好がその探索を行っています。」
「マルバク処理班は。」
「事が明るみになればホンボシらに付け入る隙を与えるだけ。」
「不要か。」
「われわれでなんとかします。」
こう言って辰巳は一方的に電話を切った。松永は頬に手を当てて考えた。
「工作エージェントの尾崎が何らかの形でオンサイトシステムに侵入し、マルウェアを感染させるようなことをしないよう、こちらは三好を通じてワクチンを予め投与。尾崎自身の動きは辰巳によってマークさせる中、鍋島が原発サイトに侵入…。尾崎と鍋島が接触した形跡はない…。菅とか言う人物も…。」
自室をウロウロとする松永の足が止まった。
「コミュは岩崎の登場でSNSで祭りの状態。一方で公式サイトがDos攻撃…。デコイの可能性…。となると…まさか…尾崎の存在自体がデコイ…。」
部屋の隅にあるロッカーを彼は思いっきり殴った。
「くそっ!!」
再び、松永の携帯が震えた。彼は即座にそれに出た。
「合流完了。理事官。どうでしたか。」
「鍋島が原発サイトに侵入。」
「え?」
「詳しい説明は後だ。奴は何かを敷地内に持ち込んだようだ。」
「理事官…それ…マルバクの可能性は…。」
「捨てきれない…。」
「マルバク処理班を出します。」
「待て。やめろ。」
「なんで。」
「露見する。」
「何言っとるんですか!?」
「エスが自分らで何とかすると言ってるんだ。」
「はぁ?そんなこと言って当のエスに何かがあったらどうするんですか!」
「落ち着け!片倉!」
片倉は松永の一喝に黙った。
「いいか、三好の存在も、あいつの水先案内人の存在も石電には伏せてあるんだ。石電からの正式な要請がされてもいないのに警察が物々しい装備で原発に乗り込んでみろ。それこそ原発反対派はおろか石電にも、世間一般にも不信感を持たれる。それはいままでのエスの苦労を水の泡にする愚行だ。」
「しかし…んなこと言ってもですよ。現に危険がすぐそこにある。」
「だから落ち着け。いいか、俺はこう思うんだ。このタイミングであいつらはド派手なことはしない。」
「どういうことですか。」
「仮にマルバクが設置されたとしても、おそらく原子炉建屋内やそれに準ずる重要施設を爆破するようなことはしないはずだ。」
「なぜそんなことが言えるんですか。」
「いまそれをやってみろ。それこそ奴らと俺らの戦争になる。一般の人間と公権力の戦争だ。戦争になればどうだ。あいつらは即座に鎮圧され全てが終わる。」
「当たり前です。」
「そうだろう。そんな無謀なことをあいつらがすると思うか。」
片倉は黙った。
「それに考えてみろ。いまコミュには世間の耳目が集まっている。なぜ奴らはこのタイミングでそんな宣伝を仕掛けた。」
「それは…。」
「そう、一気にコミュの勢力拡大を図るためだよ。それなのにここで原発の重要施設を爆破し、報道され、即座に警察にガサ入れられて、自滅するようなことをするか?」
「…いえ。」
「だろう。だから俺はそこまで最悪な状況にはならないと判断している。むしろ…」
「むしろ?」
「これすらもデコイとして、何か別のことを仕掛けてくるような気がする。」
能登第一原子力発電所内は厳戒警備体制だった。ノトイチの警備員は増員され、隈なく敷地内に目を光らせている。何者かが敷地内に侵入した。その侵入者は敷地内の監視カメラを破壊し何かを持ち込んだのだ。侵入者は記録上は原発から出たとこになっている。しかし、その記録自体に信憑性が無いため、警備員達は侵入者が持ち込んだものと、侵入者自身がまだ何処かに潜伏していないかを探している。
「おいおいややっこしいことは勘弁や。」
「何でこんなことになるんや。」
警備員達は口々に煩わしさと不安を言った。
一般の警備員や施設防護課の中には、持ち込まれたものが爆発物の可能性があるとか、侵入者が殺人犯であることは伏せてある。このような情報を表に出してしまえば、警備の士気は浮足立つ。よってこれを知る人間は三好と辰巳だけに留めた。
もしものことがあると警備員にも原発自体にも重大な危険が振りかかる。ここの警備員の殆どが高齢者。その年令を鑑みればいざというときの対応力に不安がある。よって辰巳は警備のプロである三好だけを単騎施設内の巡回に回し、他の警備員達は要所要所で待機、周辺に目を光らせるという作戦を採った。
「何か変わった様子はないですか?」
巡回する三好は敷地に立つ警備員に問いかけた。
「いや…何も。」
「そうですか。」
「しっかし昨日配属になったばっかりなんに、あんたも早々にこき使われて大変やね。」
「まぁ…でも、仕事ですから。」
「まぁあんたみたいに若い人間もおらんと、警備の仕事もハリボテになってしまうさかいな。」
「え?どういうことですか。お父さん。」
「お父さん?ははは嬉しい呼び方してくれるねぇ。」
警備員はごきげんな様子で三好に力こぶを作ってみせた。
「おお。すごい。」
「ワシとかここの他の連中も昔は漁にも出とって力には自身はある。いまでもそこいらの若い連中とかよりもえらいもんや。けどほら、瞬発力っちゅうんかな。とっさの動きがやっぱり鈍うなっとるんや。頭の回転も遅うなっとる。ほやさかい、あんたみたいな若い人がおってくれると、こっちは心強いんやわ。」
三好は苦笑いを浮かべた。
「体力仕事はわしら。頭を使う仕事はあんたら若い連中ってことやな。」
「何言っとるんですか。年をとれば俺らみたいな世代よりも、お父さん世代には知恵っちゅうもんが備わっとるでしょう。」
「まぁ…知恵って言えるか分からんぞ。ただの経験則とか勘かもしれん。」
「そういうのも大事やと思いますけどね。」
ふと彼の前にフェンスが立ちはだかった。鍵がかけられている。フェンスの先には雑草が生い茂っていた。
「あの、此処から先って確認しましたか?」
「いや、鍵かかっとったし、そっから先には誰も行っとらんと思って見てないわ。」
「そうですか。」
そう言うことならばその対応で良いだろう。警備員の判断を尊重して踵を返した三好は次の瞬間足を止めた。
「何…?」
何かに気がついたのか彼は再び振り向いた。
ー雑草が何本か折れとる…。
薄暗くなってきていた辺りを三好は懐中電灯をつけて再度確認した。そして彼はフェンスの金網の所々を指でなぞった。
ー土…。
彼はフェンスを見上げた。正味3メートル程度の高さである。
ー乗り越えられん高さでもない…。
「ちょっと俺、この先確認してきます。」
「え?鍵かかっとるから邪魔ないんじゃないけ?」
「念のためですよ。」
そういうと彼はマスターキーを取り出して鍵を開け、屈みこんでそこに生えている雑草を手にとった。
ーやっぱりや。根本から折れとるやつが何本かある。しかもこいつはそんなに時間は経っとらん。
見上げると高台の天辺に向かう一本のコンクリート階段があった。
ーこの先は予備電源か。
三好は帽子をかぶり直し、警棒を握りしめて慎重に階段を登り始めた。