第七十九話

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第七十九話
五の線2 第七十九話
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中継が終わり撤収の作業を手伝っている相馬は背後に人の気配を感じた。
「岩崎さん…。」
「…相馬くん。ちょっと話があるの。」
「え?でも俺バイト中やし…。」
2人のやり取りに気がついた安井は「いいよ10分だけなら」と言って気を利かせた。
2人は会館の外に出た。
「そう言えば相馬くん、テレビの報道カメラマンのアシスタントしてるんだったね。」
「あぁ。」
「まさかこんなところでばったり会うなんて思ってなかった。」
「あ…そう?」
「…今日はありがとう。」
「え?」
「何か…私、途中で頭が真っ白になってしまって…。」
「あぁよくある話やわ。テレビの生中継のインタビューなんか普通の人経験せんもん。そこで話すことがそのまま電波に乗って不特定多数の視聴者に伝わるんやから、緊張せんほうがおかしいわいね。岩崎さん、無難にこなした方やと思うよ。」
「そうかな…。」
「そうやって気にせんで。」
「相馬くん…私に助け舟出してくれたでしょ。」
「え?何のこと?」
「ほら、真っ白になってた時、相馬くん私の方見て頷いてくれた。」
「あ…そんなこと俺したっけかな…。」
「あの時、周りの空気がすごく重たく感じた。何、ここで詰まってんだ。さっさと求める言葉をよこせって。記者の人は笑顔だけど目は笑ってないし、急に押しつぶされそうになった。」
「言ったがいね。結果的に岩崎さんはそれを無難にこなした。結果オーライや。」
「あの時、私、瞬間的に思ったの。」
「何を?」
「この人達は私じゃない方を見てる。」
「え?どういうこと?」
「岩崎香織っていう人間の言葉がほしいんじゃなくって、発言の中身だけが目当てだって。」
相馬はこれに答えなかった。
「そうよ。マスコミの人たちは自分たちが求める言葉だけがほしい。シナリオに沿ったものしかいらない。だから発言者が誰であるかなんてどうでもいい。最終的に形にさえなってればそれでいいのよ。」
「…そんなもんやって、テレビって。放送時間も制限されとるし、今日のこれだって生やろ。ぶっつけ本番やからヘマしたくないんやって。ほやからほら、岩崎さん三波さんとがっつり打ち合わせしとったいね。」
「打ち合わせしてて、あそこであの対応?緊張するかもしれないってことが分かってるんなら、もうちょっと何かしようがあるんじゃない?」
相馬は答えに窮した。
「相馬くんだけだった。私の目をちゃんと見ててくれたの。」
「…んなこと無いと思うけど…。」
岩崎は会館外に設置されていたベンチに腰を掛けた。そしてため息をついた。
「大丈夫なん?参加者の人ら。」
「うん。今日は事前の打ち合わせ通り、宣伝のためだけに来てもらったの。だから大丈夫。」
相馬はこの岩崎の発言に疑問を抱いた。彼女の言うとおり、あの場の参加者全員が仕込みによるものだったとしたら、なぜその中のひとりである老婆が、岩崎を動揺させるような発言をしたのか。
「え?あれ全員仕込み?」
「うん、そうよ。…あ、ごめん。ひとりを除いてね。」
「あ…そう。」
相馬は岩崎の横には座らず、ポケットに手を突っ込んで地面に転がる石ころを蹴飛ばした。
「今日も岩崎さん、いい感じやね。」
「え?」
「昨日に引き続いて、垢ぬけて洗練された感じや。」
岩崎は自分の服装を確認した。
「…ありがとう。」
「三波さんも何かでれでれしとったよ。」
「やめてほしいな…。目が笑わない笑顔を見せる人って私嫌い。」
相馬は失笑した。
「ところであれから長谷部の方はどうなん?」
「え?」
「昨日の今日で何なんやけど、あれから長谷部とコンタクトとったん?」
軽く頷く岩崎を見て相馬は口元を緩めた。
「さっきまで会ってた...。」
「おー。何か新しい発見あったけ?」
「…ううん…別に…。」
岩崎の頬に赤みがさしたのを相馬は見逃さなかった。
「あれ?それ何かかっこいいじ。」
相馬は岩崎の華奢な腕に巻かれたものを指差した。
「あ…これ…?」
「うん。なんか今日の岩崎さんは全体的にさっぱりした感じねんけど、破れたそのジーパンとかそのブレスレットとかが、引き立っとる。」
「あ、ありがとう。」
「まぁ…うまいこと行くといいね。」
岩崎は照れくさそうに目を伏せた。
「あぁ、そうそう。話しもとに戻すけど、さっきマスコミは岩崎香織個人の言葉を期待してないっていったがいね。」
「うん。」
「正直、マスコミなんかそんなもんやからほっとけばいいよ。それに視聴者の人らも岩崎香織って個人の言葉を期待しとるか分からんし。」
「…うん。」
「顔が見えん多数のことを気にするよりも、岩崎香織っていう一個人の言葉がほしい人間だけに、その言葉を伝えてあげればいいと思う。」
「え?」
携帯電を見た相馬は安井が気を利かせた時刻が迫っていることを確認した。
「あの、これ俺の勘ねんけど。」
「え?」
「あの…一応、鮮度が良い経験者としてねんけど…あくまでも憶測ねんけど…。」
「何?そのはっきりしない感じ。」
「その…もっともっと長谷部とコンタクトとったほうが良いと思う。」
「え?」
「なんか…そんな気がする…。あ、あぁ…じゃあバイトに戻るわ。」
そう言い残して相馬は安井達が待つ方へ戻って行った。
岩崎は遠くに消えゆく相馬の背中を見つめた。
「あれ…。」
一筋の涙が頬をついたい、風がそこに清涼をもたらしたかと思えば、次の瞬間、溢れだしたそれによって彼女の瞳は熱を帯びていた。こらえようと歯を食いしばるもそれは止めどなく流れ出てくる。
「…そうしたいよ…私も…。」

 

 

彼女はブレスレットにそっと手を当てて肩を震わせた。
「インチョウ。すごいですよ。アクセス数半端ないです。コミュのアカウント数もリアルに伸びています。それに伴ってコメントも半端ないです。このままじゃパンクしますよ。」
「それは良かった。君もテレビに出てよかったじゃないか。これで君も一躍有名人だ。」
「いえ、俺なんか影に隠れていますよ。岩崎が画面に映し出されてからのアクセスが凄いんです。」
「何言ってんだ。君の発言が呼び水になっての岩崎だろ。あの中継は君と彼女の連携で功を奏しているんだ。素直に自分の卒のないインタビューを誉めたまえ。」
「光栄です。」
「君はそのまま共同代表として事務局メンバーを統率して、ご新規さんの囲い込みをしておいて。」
「はい、わかりました。」
「僕はちょっと別件があるから、これで。」
そう言って仁川は電話を切った。
「バギーニャの効果は予想以上らしいよ。」
振り向いた彼の目の前にある長机にはノートパソコンが並べられ、その1台1台に男が張り付いていた。この部屋には仁川を含めて6名の人間がいる。
「じゃあ僕らも始めようか。」
その場にいる皆が一斉にパソコンを操作し始めた。静寂の部屋にキーボードを打つ音だけがこだました。
「このタイミングでコミュの大々的な宣伝。SNSで岩崎の画像がばんばん拡散。」
「ローカルネタにもかかわらず、一躍全国区ですね。トップヒットキーワードに岩崎とかコミュってのが上がってきています。コミュのサイトも繋がりにくい状態です。」
「SNSってのがまさかこんなに強力なツールとはね。」
「拡散が拡散を呼んで、さっそく掲示板にも岩崎スレみたいなもんが立っとります。」
「マジかいや…。」
SNSの発言を追いながら、彼は器用にハンドルを操り車を運転する。
「しっかしあの婆さん。鋭いコメントやったな。」
「あれですか。麗の出自を匂わすやつですね。」
「あぁあの時、明らかに麗は動揺しとった。」
「...あの婆さんも課長のエスですか。」
片倉は返事をしなかった。
「マサさん。表で大きなことが起こっとる時は、その裏で別の事が起こっとるとかって言うがいや。」
「そうですね。気味が悪いです。」
こう言って冨樫はマウスの手を止めた。
「え?」
冨樫はSNS上のある人物の発言に息を呑んだ。
「どうした。」
「ちょっと待ってください。」
彼はあるサイトにアクセスした。
「あ…。」
「何ねんマサさん。どうした。」
「503 Service Unavailable…。」
「あ?」
「アクセスが集中してサーバーが落ちてます…。」
「何?どこの?」
「まさか…。」
「おいマサさん。どういうことや。」
「石電のウェブサーバーが落ちとるんです。」
「なに?」
「コミュじゃなくて石電のが…。」
「石電やと…。」
「課長。不味い感じがします。すぐチヨダと連絡とって下さい。」