第七十八話

ダウンロード
第七十八話
五の線2 第七十八話
79.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 17.5 MB
黒田は他の記者とは一線を画するように、ひとりカメラマン控室で夕方のニュースを見ていた。
トップニュースは芥川賞の話題。それに政治・経済のトピックが続いた。20分ほどキー局による全国ニュースが放送され、地方ニュースの枠に入った。目立った話題はない。どこそこでこんな取り組みがありましたとか、誰々が県庁を表敬訪問しましたといったことぐらいだ。
CMが入り、先程まで糞真面目な顔をしてニュース原稿を読んでいたアナウンサーが、急に不自然なぐらいに作り笑顔となって口を開いた。
「さて、続いては今注目を集める新しいコミュニケーションのかたちと題して特集をお届けします。荒木さんはSNSって利用していますか?」
「はい。友達と連絡をとりあうために使っています。」
「えーSNSはソーシャル・ネットワーキング・サービスと言って、インターネット上の交流を通じて社会的ネットワークを構築するというものです。いま、このSNSがネットの枠から飛び出して、リアル則ち現実の世界でも人々の交流を促進する取り組みがここ石川県から起こっています。」
男のアナウンサーがそう言うと動画が流れた。
街角でスマートフォンを触る様子を何カットか入れ、今や携帯電話市場におけるスマートフォンが占める割合は飛び抜けてきている。そこで街角インタビューが入る。どういったことにスマートフォンを利用していますかと。老いも若きも男も女も皆、口々に具体的有名どころのSNSサービスを挙げる。ここでSNSの仕組みを図を示して再度説明。
「まるでスマホ持つのはSNSをやるためだって煽ってるみたいな触れ込みだよ。」
黒田は呆れた顔をした。
ここで再度街頭インタビュー。何名かの人物が「コミュ」と口ずさむ。その中のひとりに「コミュ」について更に聞くとその人物がざっくりとした説明をする。気になった取材班はコミュを運営している人物に取材を行ったということでインタビュー映像となる。画面に映し出されたのは小洒落た青年だった。
ー仁川じゃない…。
彼の横に表示されるテロップは「コミュ」 運営共同代表者村井 司とあった。
「名刺にソーシャル・ネットワーキング・サークルとありましたけど、SNSってソーシャル・ネットワーキング・サービスの略称ですよね。」
「はい。そうです。」
「サービスじゃなくてサークルって言うには何か理由があるんですか?」
「はい。僕らがやっているのはSNSというツールを利用して繋がりを持った人たちを、リアル世界で再度結びつけるお手伝いです。」
「再度結びつける?」
「ええ。実際に会って繋がりをリアルに感じてもらうんです。」
映像が切り替わって、コミュという団体がどういったことを具体的に行っているかの説明映像となる。
SNSは主義主張が似通ったいわば友達が集うネット上の空間。そこではお互いがどんな人間かという妙な探りあいはない。各々が自分の好きなように意見を発表し、それを友達が共有し認め合う。しかしそれはあくまでもネット上での文章のやり取りであるため、あまり深い意見の交換にはならない。深い共有を得るにはやはり実際の人間同士が会って、直接話しをするのが一番だ。そこでコミュはその斡旋を週一のミーティングの場を設けることで行っている。
「既にオフ会というものがこの世にはありますが、それとは何が違うんですか?」
「われわれのコミュは基本的にオフ会と変わりません。参加者の目的も様々です。リアル世界で親睦を深めたいって人もいれば、ハンドルネーム某さんって本当はどんな人かって確認するためだけに来る人もいます。ひょっとするとここで良い出会いがあるかもしれないと何かの期待を抱いてくる人もいるでしょう。僕たちはコミュ参加の動機は全く問いません。」
今までのオフ会と何ら変わりがないコミュという団体が最近注目を集めている一番の要因は何なのか。取材班はそれを調べるべく本日コミュに立ち会うとして映像はここで終わり、再び二人のアナウンサーが画面に映る。
「えーそれではコミュが開催される現場と中継がつながっていますので呼んでみたいと思います。現地には今回の取材を担当した三波記者がいます。三波さーん。」
「はい。」
「三波さん。先ほどの映像でコミュは今までのオフ会と変わりがないとのことでしたが、どうして最近注目されるようになったんでしょうか。」
黒田が嫌うコネ社員の三波は若干緊張した様子で、事前の打ち合わせ通りに中継先で原稿を読み上げる。」
「はい。コミュはSNS派生のオフ会です。それが何故最近注目されるようになったのか。」
ーおいおい。映像もアナウンサーもお前も同じフレーズ繰り返し言うんじゃねぇよ。
黒田はうなだれた。
「そのヒントはこの方に聞いてみましょう。岩崎さんよろしくお願いします。」
岩崎がフレームインすると、黒田は彼女の美貌と小洒落た装いに一瞬見とれてしまった。画面の彼女の胸元あたりに「コミュ広報担当 岩崎香織」とある。
「ネット上のコミュをネットコミュとすると、オフ会のようなコミュはリアルコミュと言えます。このリアルコミュでの発言にはルールが有るんです。」
「それは何ですか?」
「じゃあそれを知ってもらうためにこちらへどうぞ。」
記者の三波は岩崎に連れられて、会議室のような部屋に通された。そこには今回のリアルコミュに参加する面々が5名ほど居た。そこに岩崎は座り語りだした。自分は学食の蕎麦が美味いと思っていた。しかし、この間初めてその味が世間一般では不味いと言われるものであることを知った。自分の味覚がおかしいのか、それとも多数派の意見がおかしいのかを聞きたいというものだった。
それに対してある人物が発言した。岩崎の味覚がおかしいのではない。かと言って多数派の味覚がおかしいわけでもない。味覚には個人差がある。自分が美味いと思えただけで、その蕎麦には価値があったことになる。またひとつの食事を素直に美味いと思える岩崎の感覚は尊重されてしかるべきだと。
それに続いて3名の人物も同様なことを言う。そして最後にその中の老婆が発言した。
「味覚は地域とかに左右されると思います。うどんダシにも関東風とか関西風ってもんもあるぐらいですさかい。学食の味を美味いって言うあんたみたいな人も居れば、そうじゃないっていう人間もおるちゅうことは、あんたが育った地域と、その他大勢の育った地域が離れたところやったってこともあるんかもしれませんよ。。」
その場の人間は皆一様に老婆の意見に頷いた。
銘々が順番に自分の身の回りのことを皆に話す。それに対して参加者たちは反応した。
ーあれ?
カメラを回す安井の側に立って、取材の様子を見ていた相馬は岩崎の異変に気がついた。コミュではハキハキと仕切るはずの彼女が、先ほどの老婆の意見を受けて僅かながら複雑な面持ちを見せていた。
「スタジオの荒木さん。何がルールかわかりましたか。」
三波がスタジオに問いかける。スタジオはピンと来ない様子で現場に返す。
「そうですか。分かりませんか。それでは聞いてみましょう。」
三波は岩崎の横にしゃがんでマイクを向けた。
「岩崎さん。正解は?」
「は、はい。えっと…。」
動揺する岩崎を三波はすかさずフォローする。
「はい。緊張されなくていいですよー。正解は?」
「あ…。」
2秒ほど沈黙が流れた。その2秒の間に岩崎はあたりを見回す。テレビ局の人間ははやくしろといった感じで岩崎を見る。目の前にある三波の顔は笑顔であるが目が笑っていない。カメラを抱える安井の顔はライトによって逆光である。
ふとその時安井の側にたつ相馬と目があった。相馬は彼女にただ頷いてみせた。
「参加者全員に気持よく発言してもらうということです。」
「と言うと?」
「参加者全員の意見を肯定的に聞くことで、発言者が自分の主張を思う存分にできるわけです。」
この言葉を受けて三波は大げさに反応した。
「なるほどー。今、岩崎さんは学食のお蕎麦の話をしましたね。で、それに対して皆さんが肯定的な意見を言いました。」
「はい。一般のオフ会は親睦を深めるということが主な目的です。もちろんコミュでもそれは大事な目的ですが、それよりも実際の人と面と向かって自分の主張を憚ること無く言って、リアル世界での発言力を養うとことが一番の目的だと言えます。」
「発言力を養うですか。」
「はい。コミュでは発言者の意見は絶対に否定してはいけない決まりがあります。そのルールが参加者の積極的な発言を担保しているんです。」
「えー私達日本人はどうしても引っ込み思案なところがあります。そのため欧米諸国の人間と比べて議論が下手くそだと言われます。ここコミュでは、発言は全て肯定されるというルールのため、参加者が忌憚のない意見を出すことができるというのです。」
スタジオのアナウンサーがここで現場に質問する。
「三波さん。実際参加された方はどういった反応でしょうか。」
三波は参加者のひとりにマイクを向けて質問する。
「はい。日頃、なかなか自分の主張を大ぴらにできませんので大変すっきりします。」
「正直、他人の意見を全て肯定するのは結構エネルギーが必要ですけど、自分の意見も全部受けいられるんで結果的にはすっきりしますね。」
「えーこのように、参加者の皆さんは一様にすっきりするという反応です。」
「あ、三波さん。そこのおばあさんにもお願いできますか。」
三波は老婆にマイクを向けた。
「ほうやねぇいい気分転換になります。こうやって若い人らと話すのはボケ防止にも良いんじゃないですかね。」
「えーネットから形を変えてリアル世界に飛び出したコミュ。SNS疲れという言葉もありますが、ここではむしろ精神的負担を和らげるコミュニティが形成されています。これからの成長に注目です。」
こう言って中継は終わった。
ー結局、仁川は出てこなかったか。
黒田はテレビを切った。
ーやっぱり仁川征爾の名前を公に出すってのは憚られるってわけか。
ソファに転がった黒田は天井を見つめた。
「で、結局何言いたかったんだよ。三波のやつ。中身すっからかんじゃん。あれじゃ単なる自己啓発セミナーの宣伝だよ。」
「本当にテレビの通りなら、何の害もない連中なんやけどね。」
シャワー上がりの片倉は自宅ソファに身を委ねてスポーツ飲料を飲んだ。
「ふーっ…肝心要の仁川はなし。コミュには岩崎香織っていうたいそう可愛い女の子がおりますよって…。」
彼はスマートフォンのSNSアプリを立ち上げた。
「コミュに参加したらこの可愛い子が自分の話を全て肯定してくれる。」
そう言いながら彼はSNSの検索窓に岩崎とテキストを入力した。
「そんな奴らが一気に押し寄せるか…。」
検索の実行ボタンを押下したその画面には無数のコメントが表示された。
携帯が震える音。
「おう。」
「すごい勢いです。」
「そうやな。」
「トラフィックが多すぎて処理できません。」
「ああ…。」
「嫌な予感しかしません。」

 

「マサさん俺もや。」