第七十六話

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第七十六話
五の線2 第七十六話
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「つまり一色は朝倉の工作活動を阻止するために、マルホン建設とドットメディカルを結びつけた。ドットメディカルに入り込んだ今川に主要な立ち振舞をさせることで、影の存在であろうとする奴を表舞台に引っ張りだし、よからぬことをせんように監視の目が行き届く体制を構築させた。これがもうひとつの一色の意図するところやったんです。」
「なるほど。それが警察に潜入した潜入捜査官ってことですか。」
「はい。しかし、残念ながらあの事件で一色は落命。熨子山事件から三年で事態は確実に彼奴等にとって有利な展開となっとる。」
「石川の企業、官庁、病院の情報を抑えてそれを人質にとっている状態ですね。」
「はい。」
「しかしですよ。古田さん。そこまであなたが状況を把握しているんだったら、なぜ警察は動かないんですか。」
「と言うと?」
「自分はあんまり警察の捜査のこととかよくわかりませんが、古田さんが言うその推理をもって、朝倉や今川をさっさと逮捕すればすべてが丸く収まるんじゃないですか。」
腕を組んだ古田は納得するように頷いた。
「確かにあなたの言うとおり、ひとつひとつを着実に潰していくってのは正攻法なんかもしれん。」
「えぇ...ってか普通どんな仕事もそんなもんじゃないですか。」
「いや。従来通りの警察ならそうやるはずや。」
「従来通り?」
「はい。」
「え?じゃあ古田さんがいまやろうとしていることは従来通りではないと?」
「ええ。」
「どういう点で?」
「佐竹さん。ワシらの仕事は一般の経済活動と違うのはご存知ですね。」
「まぁ警察って特殊な仕事ですから。」
「そう。特殊です。一般の経済活動っていうのはゼロから1を生み出すことが仕事です。翻ってワシらはその逆。ゼロから1を生み出すような仕事じゃない。むしろ1を作つくらせんようにすることが仕事。んでもしもその1を作り出してしまったら、そいつをゼロにする。こういうのは医者が病気と向き合うのと似とると思いませんか。」
「医者ですか。」
「はい。病気には二通りの対応方法があります。ひとつはあなたが言ったような、表面に現れた状況に対して物事を処理していく対症療法。んでもう一つはその病気の原因そのものを制御する原因療法や。」
「対症療法と原因療法。」
「先に断っとくと、ワシは別にあなたが言う対症療法を否定する立場じゃあない。風邪で39度の熱が出て意識が朦朧としてどうにもならんっちゅうげんに、解熱剤もなんも投与せんと自然治癒力っちゅうもんを活用して原因療法に専念しろなんて言わん。熱が出たら解熱剤。咳が止まらんがやったら咳止め、下痢が止まらんがやったらそれに対応した薬を投与してやらんと、患者の体力が持たんくってそのままコロンって逝ってしまうかもしれん。ほんなやったら表に出た症状を抑え、そん中で患者の自然治癒力を引き出し、風邪を治す。」
「じゃあ俺が言った正攻法で良いじゃないですか。目下のところ朝倉と今川を逮捕し、その影響下にあるものの弱体化を図るって感じで。」
「ですからそれは従来通りの発想なんですよ佐竹さん。」
「はい?」
「いままでその方法で公安警察はその手の工作活動の芽を摘んできた。しかしそれで奴らの工作活動は弱体化するどころか、むしろ年々その手口が巧妙化し、尚且つ浸透具合が酷くなっとるでしょう。そんな現状を踏まえてまだ対症療法が妥当だと思われますか。」
佐竹は口ごもった。
「対症療法をするだけで自然治癒力に頼るあまり、原因治療を怠った。結果、病状は深刻の度合いを高めとる。そんな状況でさらに問題の先送りをすることが妥当だとでも?」
「いえ…。」
「これはね…縦割りお役所の負の側面でもあるんですよ。相手方の工作活動は年々巧妙化し、その対応には人出と金がかかる。だから予算を多くつけてくれってね。」
「え…。」
「要は対症療法にかこつけて、予算の増額の名目に利用してきたってこと。」
「そんな…。」
「そりゃあ原因不明の難病で原因治療が施せんちゅうがなら、対症療法だけでの対応は通るかもしれん。ほやけど件のimagawaはそうじゃない。」
「…原因治療が施せる、解決可能な事件だと。」
古田は頷く。
「だから佐竹さん…。ワシは泳がせとるんですよ。」
「泳がす…。」
「そう。」
「泳がせるということは、その先には...。」
「関連する人間の一斉検挙。」
「一斉検挙?」
「そう。一色が熨子山事件の時にマルホン建設、本多、仁熊会に一斉にメスを入れたように、今回も包囲して一斉に叩く。」
「そんなことできるんですか。」
「できる。」
「なぜ?」
「そうしろとワシはある男から指示を受けとるんや。」
「或る男?」
「はい。その男の名は一色貴紀。」
「一色?」
鞄の中から古田は白の長3封筒を取り出した。
「なんですそれ。」
「これは一色の遺書なんです。」
「え…。」
「この遺書に、いまワシがやっとる捜査の指示が書かれとった。ワシはこの指示の通り動いとるだけ。」
「え…ちょっと待って下さい。その遺書っていつ書かれたもんなんですか。」
「熨子山事件の半年前。」
「は?」
「佐竹さん。あなた北高の西田先生覚えとりますか。」
「西田…。ってあの西田先生ですか。」
「そう、あの西田先生です。これは一色が自分にもしものことがあったらワシにって言って西田先生に渡したもんなんですわ。」
封筒をペラペラと振って古田はそれを鞄にしまった。
「熨子山事件発生時、ワシは一色の高校時代のことが気になって北高に聞き込みに行きました。そこで対応してくれたのが西田先生。んでそんときにこれ渡されたんですよ。事件が一息ついたら開くようにってね。」
「そんな馬鹿な…。」
「こいつはね、これがこうなったらこうしろとかって言う事細かな指示じゃない。もっとおおまかなもんや。この手紙がワシによって開かれると言う状況が、何を意味しとるかと言うところから始まって、熨子山事件に関する一色の見立て。その後こう言った具合に事態は展開するだろうという予想。それに基いてざっくりとこう動くのが効果的じゃないかっちゅう一色なりの戦略が書かれとるんですよ。」
「戦略…。」
「ワシはあいつのその戦略に則って動いとる。自分の判断でね。」
暫く古田の顔を見つめていた佐竹は口元を緩めた。
「どうしました?」
「あいつらしい。」
「ん?」
「あいつらしいですよ。そのやり方。」
「どの辺りが?」
「全体を俯瞰してこういう方向性で攻めるのが良いと思う。この戦略を執るのは自由意志だ。そして行動も個々人に委ねる。その辺りがですよ。」
「…。」
「何もかも自分色に染め上げるような設計主義な鍋島に反して、一色はいつもそうだった。その手紙でもあいつの主義が生きている。」
「あなたが十河に言ったイデオロギーの衝突ってやつですか。」
「はい。」
「人間は不完全なものであると認めるところから出発し、一定の方向性だけを提示し、あとは自然に任せるっちゅうやり方ですな。」
古田のこの言葉に佐竹は呆れた表情を見せ、ため息をついた。
「あれこれと指示してくれたほうが楽なんですよ本当のところ。自分で考える必要がありませんから。こっちは指示通りに動いただけ、責任は指示を出した人間にある。って事になればこっちはこっちでいくらでも逃げようがある。けどあいつはそれをここに来ても許してくれない。」
「しかしあなたはその一色の意志を受け継いだ。だから赤松さんと一緒に考えた結果、昨日、あの時間に鍋島の存在を確認するために熨子山の墓地ヘ行った。」
「はい…。」
「どうしてそこまでしてあなた達は一色のために動くことができるんですか。」
「古田さん。一色のためじゃないですよ。ただ単純にやらなきゃいけないっていう衝動が俺を動かしているだけです。なんとかのためなんて理由みたいなものは、その大体が後付ですよ。人間そんなに合理的な生きもんじゃありません。行動の大半の源泉は感情です。だって不完全な生き物ですから。」
古田はふっと息をついた。
「佐竹さん。あなたは昨日、墓地で熨子山事件発生当時にかかってきた電話番号に電話をかけた。」
「はい。」
「その電話が何故かその場に放置されとった。」
「はい。」
「これが意味するのは、佐竹さんわかりますね。」
「はい。」
「なんですか。」
「俺や赤松にはわからないように、あいつは常に俺らの行動を監視している。」
「そうです。つまりあなた達は既に鍋島の手の内にあるっちゅうことです。あなた達が鍋島の手にあるということは、今こうやってあなたと面と向かって話しているワシの存在もこの段階であいつには筒抜けやってことです。」
佐竹は口を噤んだ。
「ここでワシの方から佐竹さんに接触を図ったのはそれを逆手に取るためのこと。」
「え?」
「熨子山事件当時にさんざん現場を引っ掻き回したデカが出張ってきたとなると、あいつ厄介でしょう。」
「…まぁ。」
「あいつはいずれワシの前に現れる。現れてワシを消そうとするはずや。」
「え?」
「ワシはそこを狙っとる。」
「え?ちょっと待って下さいよ古田さん。」
「警察は鍋島惇の生存そのものは把握しとるけど、奴がどこでどう潜伏しとるかまでは残念ながら掴めとらん。つまり警察はあいつの掌の上で泳がされとる状態。いまワシらが何としてもやらないかんがは、あいつの現認や。この目で見ればその後のあいつの行動が読める。」
「その人柱に古田さんがなるっていうんですか。」
「そうです。そのためのあなたとの接触ですよ。」
「危険です。」
「あなたが単独であいつと接触するのも同じくらい危険です。」
「しかし。」
「少なくともあなたよりか逮捕術の腕に自身がありますよ。」
それはそうだ。犯人逮捕を職業的にやっていた人間と、高校時代の剣道経験しかない人間とでは天と地の腕の差があるのは当たり前。何も言えなくなった佐竹をよそに古田は立ち上がった。
「さてワシがあなたに言えることはこんだけや。」
「俺はこれから何をすれば…。」
「それはあなたが自分で考えて判断して下さい。」
「…そうでしたね。」
「あと数日がヤマ。」
「え?」
「ワシの勘がそう言っとる。」
「勘…ですか。」
「ええ。根拠のない勘ですがね。」
こう言った古田は佐竹に背を向けた。
「佐竹さん。どんな些細な事でもいい。気になることがあったらワシに連絡して下さい。ワシもあなたに報告する。」
「こちらこそ是非。」
右手を軽く上げて古田は店を後にした。
「スッポンのトシ。」
古田と入れ替わりで店内に入ってきた野本がボソリと言った。
「スッポン?」
「あの人のかつての異名だよ。一度噛み付いた事件は必ず解決させる。あの人が通る道の後には未解決なんてもんはない。」
「ということは…。」
「そうだよ。この件も必ず解決してくれるさ。」
「…。」
「だからあんたはあんたの判断を信じて動きな。」
「自分の判断を信じるか…。」
佐竹が車に乗って走り去るのを見届けた野本は店内に戻りまたも呟いた。
「あんなに捜査情報を協力者にべらべら喋ってしまう捜査員ってのも初めて見たよ。」
机の引き出しを開き野本は肩をすくめた。
「一色さん。あんたどこまで他人を信用してんだ。」
鋭い目でこちらを見つめる一色の写真に野本は微笑んだ。

 

「ふっ。」

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コメント: 4
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