第七十三話

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第七十三話
五の線2 第七十三話
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「朝倉は鍋島の使用者やったんですよ。」
「雇い主ってことですか?」
「このあたりはちょっと複雑でしてね。単純な雇用関係じゃないんですわ。」
そう言うと古田は相関図の朝倉忠敏の名前から放射状に伸びている線を指でなぞった。
「え?今川?」
「はい。」
「今川って、まさかあの今川ですか。」
「ええそうです。佐竹さん。あなたが久しぶりにワシに連絡してきて、いの一番に素性を聞きたいって言った男の名前ですよ。」
「今川が朝倉・鍋島のふたりとどういう関係が。」
「同志。」
「同志?」
「鍋島はどうかはわからん。ほやけどこの今川と朝倉は同じ目標を持っとるのは捜査済み。」
「目標って…。」
「今川の経歴は佐竹さん。あなたに会って話した通りや。」
「ピッカピカのエリートコースでしょ。」
「ええ。ほやけど何でか分からんけどこんな裏日本の糞田舎の医療関係の会社の役員として、現在活躍中。変でしょ。」
「ええ。」
「しかも今現在はマルホン建設の買収をしようと工作。」
「はい。」
「この今川がいま、なんでマルホン建設の買収を企んどるか。そこを探ってみると朝倉との共通の目標が浮かび上がってくる。」
「それはなんですか。」
「マルホン建設はドットメディカルの提携をもって復活した。それは三年前、金沢銀行の山県支店長と一緒に善昌と交渉した佐竹さんならご存知でしょう。」
「ええ。」
「あの提携話の裏に一色の企てがあったこともあなたは知っとるはずや。」
「はい。マルホン建設に外部の血を入れることで役員体制の刷新を図り、本多慶喜の影響力を排除。そしてドットメディカルの先進的なノウハウとマルホン建設の建設ノウハウの融合を図り、V字回復を狙う。その放漫経営からの脱出を善昌に任せることで、彼の面目躍如も兼ねる。これですよね。」
「そうです。それが一色の企てのひとつやった。」
「え?ひとつ?」
古田は頷く。
「え?どういうことですか。」
「佐竹さん。ドットメディカルって会社は医療関係のノウハウを蓄積しとる。それは医療機器や医療設備関係に留まらず、医療のシステムにも及ぶ。」
「はい。その医療システムの責任者がCIOの今川です。」
「そう。ドットメディカルはマルホン建設と提携する前はプロパー営業による業績拡大を図っとった。確かにその業績の伸びは目覚ましいところがあったんやけど、その成長の度合いは想像の範囲内。ところがマルホン建設と提携するようになってからは、想像以上の業績拡大が起こった。腐ってもマルホン建設や。あの会社の信用力は絶大。高齢者施設建設をはじめ、医療施設の改修、それに伴うシステムの入れ替えなど恐ろしい勢いで仕事を受注して、マルホン建設はかつての公共事業頼りの体質から一気に抜けだした。」
「はいそうです。」
「その恐ろしいまでの急成長の中、今川の企てが進行しとった。」
「今川の企て?」
「ええ。」
「なんですかそれは。」
「佐竹さん。あなた金沢銀行のシステムもドットメディカル謹製のもんやって言っとったね。」
「ええ。」
「それが今回、何らかの不具合を起こしとる。」
「はい。山県部長の社員情報を勝手に書き換えたり、コンドウサトミという顧客情報を忽然と消し去った。」
「あなたはそれがドットメディカルによる金沢銀行に対する間接的な脅迫行為じゃないかって、私に言いましたよね。」
「ええ、ですが違うんでしょ。」
「確かにワシはあのときあなたにそう答えた。」
「え?まさか…。」
「あれはあの場での事、実際のところあなたの読みは正しい。」
「え?」
「それですよ。」
佐竹は眉間にしわを寄せた。
「ヒト・モノ・カネが経済活動の源泉です。しかしそれだけで経済が動いとったのは過去の話。いまはここにもう一つ、情報っちゅう要素が加わっとる。んでその情報をここ石川県でかなりの割合で抑えとるのがドットメディカル。」
「まさか…。」
佐竹は何かに気がついたようだ。彼の首筋には汗の粒がにじみ出ていた。
「そう。あの会社はその気になればそれらの情報を止めることができる。あんたの会社だけじゃない。ココらへんの地域経済も、県警の情報も自分たちの良いようにできる。」
「まさかひょっとして…十河さんが言っていた、県警の指紋情報が書き換わっていたって話もドットメディカルのシステムが絡んでいるんですか。」
「はい。」
佐竹は思わずため息をついた。
「なんで朝倉も今川もそんな事を…。」

 

「佐竹さん。これがスパイっちゅうもんなんですわ。」
「左の人が右に転向するのはよく聞く話ですど、右から左ですか。」
車を運転する神谷は前を見ながらボソリとつぶやいた。
「まぁレアケースやな。」
「それにしても富樫さんってなんであんなにIT関係の知識があるんですか。ひょっとしてもともとそっち方面の専門職だったとか。」
「マサさんは勉強したんや。更の状態からな。」
「勉強?」
「ああ。ホンボシを落とすために。」
「いや、勉強って感じでどうこうなるほどの知識量じゃないですよ。それに実践でもばっちりじゃないですか。」
「神谷。人間やる気でなんとかなるもんや。」
「いやいや...やる気って…。」
「神谷。人間やるかやらんか、その意志の強さが行動の一番の源泉なんや。」
「まぁ…。」
片倉はそう言うと車の助手席の裏につけられていた小さな何かの端末を引き抜いた。
「えっ?何ですそれ。」
「GPS」
「え…それって勝手にとって良いんですか…。警察車両の装備品でしょ。」
「ああ。付け替えるんや。」
「え?」
鞄の中から小さな端末を取り出した片倉はそれを引きぬいたものと置き換えて設置した。
「三年前の熨子山事件の時、このGPSの存在がホンボシの存在を明らかにした。」
「え?」
引きぬいたGPSの発信装置を握りしめた。
「あれは俺の異動の内示が降りた頃の話や…。」
県警本部の喫煙所に入った片倉はそこで古田と偶然出会った。
「おうトシさん。」
「これはこれは、警備部の片倉先輩じゃありませんか。」
「けっやめれま。」
「何やら朝倉部長の引き立てのようやがいや。」
「あーあ、少しは楽な部署に行きてぇって思っとってんに、これで人生さらにハードモードやわいや。」
「なんじゃそれ。」
「人生を生き抜く難易度が上がったってこと。
「どういうことぃや。」
「トシさんはいいわいや。やわら警察やめて自由の身やろ。けど俺はガテン系の巣窟警備部。プロレスラーみたいなガタイの連中を束ねるなんちゅうんは、ちょっと荷が重めぇな。」
「はっ、何言っとれんて。おめぇ公安やろいや。」
タバコを咥えた片倉の動きが止まった。
「警備課じゃなくて公安課やろ。公安行って、三好の周辺を洗えんろ。」
「…なんでそれを。」
「松永から聞いとる。」
「え?」
「どうやらワシもなかなか足を洗えんらしいわ。」
古田の言葉が片倉に全てを悟らせたようだ。片倉の表情が凛としたものに変わった。
「まさか…トシさんもか。」
古田は頷いた。
「Imagawa。」
「なんやそれは。」
「本件捜査のコードネーム。今後はこれでお前とのやり取りは統一する。」
「…わかった。」
「早速やけどお前に注意してほしいことがある。」
「なんや。」
「お前、熨子山事件の時、通信指令で部長の車のGPS情報を真っ先に調べようとしたやろ。」
「おう。」
「あれを逆手に取れ。」
「え?」
「お前、あの時気が付かんかったか?」
「何のことや。」
「なんで一色は自分の車にテストとしてGPSを搭載しとったか。」
「なにィや、テストやってんろ。このシステムがうまいこと利用されて事件の早期解決とか捜査効率が上がれば上にそれが提案できるって。」
「ほうや。表向きはな。」
「は?表向き?」
「ワシはあの時、一色が自分の車だけにGPSを搭載させとったんは、別の理由があったんじゃねぇかって思っとる。」
「なんねん。」
「自分の居所をわざと誰かに教えとった。」
「は?」
「わざと誤ったGPSデータを送信することで、データの受信側を撹乱させる陽動作戦を行なった。」
そう言うと古田は数枚の書類を取り出して、片倉の前に差し出した。そこには数字がびっしりと印字されている。
「緯度経度や。」
「は?」
「お前があの時、通信指令に開示を拒まれたGPS情報や。」
「なんであんたがこれを…。」
「imagawaに絡んだもんしゃあねぇわ。」
古田はそう言うとさらに一枚の書類を片倉に見せた。
「緯度経度を地図に落とし込んだ。」
「…待ってくれ...トシさん。」
「お前がそういう反応をするがも分かる。」
「これを見ると、事件当時、一色は熨斗子山の山頂なんか言っとらんがいや。」
「おう。」
「ドットメディカル本社とマルホン建設を移動…。」
「あいつが死んだと思われる時刻には七里の家。」
「七里はドットメディカルの社長。」
「こっから分かるんは、一色は生前、GPSを七里の車に搭載し偽のデータを送っとったってことや。」
「なんでそんなことする必要あるんや。」
「だから言ったいや。陽動作戦やって。」
「待てやトシさん。誰を撹乱させれんて。一色の車両情報を見れるのは警察内部のごく一部の人間...って…。」
「その通り。一定の権限をもった人物。もしくはシステムを管理運用する会社の内部の人間。」
「まさか…。」
「当時、間違いなく朝倉は焦っとった。」
「朝倉…。」
「ああ。」
「なるほどimagawaはあいつの討伐令でもあるんか。」
「まぁそうとも言える。」
「マルホン建設とドットメディカルを結びつける工作活動を一色がしとることは朝倉は把握しとったけど、村上や鍋島と直接会うなんて奴は考えてもおらんかった。ほやから焦るがあまり察庁の意向を無視して実名報道。被疑者一色貴紀の誕生。」
「七里は当時の一色のエス。ドットメディカルとマルホン建設を結びつけて、あの会社の体制を立て直しを一色が図ったのはあくまでも一つの側面。」
「今のトシさんの話し聞いとりゃそれぐらい察しがつくわ。」
「さすが公安課の課長さんですな。」
「…ということは…一色は...。」
「ここ県警に忍び込んだ、潜入捜査官。」
「警察の警察による警察のための潜入捜査官…。」
「モグラのモグラや。一色がどの時点からモグラになったか、察しのいいお前はわかるな。」
片倉は息をついた。
「トシさん。あんたにあいつがあのセリフを言った時からやな。」
「ああ。」
「やるかやらんか、それが問題や。」
「さっきお前にAさんの話したな。」
「…はい。」
「そのAさんはズバリ、今話したAさんや。」
「そうでしょうね。」
「Aさんがツヴァイスタンの工作員である今川と協力し、様々な企業の情報を抑えた。」
「いまはその情報が人質に捕られているって状態ですか。」
「そう。」
「まずいですね。」
「ああ、まずい。」
「その気になればその情報を止めることもできるし、消し去ることもできる。」
「そうや。」
「奴らも後はやるかやらないかそれだけが問題だって状態なわけですね。核のボタンを持っているように。」
「その通りや。テロリストが核を持ってしまったみたいなもんや。流石に飲み込みが早いな。」
「課長の話のとおりだとすると、後は意志の問題ですね。」
抜き取ったGPSを片倉は見つめた。
「意志ね…。」
「そうでしょう。」
「そうや。俺らはその奴らの意志のちからをゲリラ戦で削る。」
「はい。」
「ふっ…どっちがテロリストかよく分からんよ。」