第七十二話

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第七十二話
五の線2 第七十二話
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「佐竹さん。熨子山事件は解決に至っとらん。」
「…。」
「どこかのタイミングであなたにはあの事件の真相を話さんといかんと思っとった。」
「…。」
「その時が来たんやわ。」
テーブルに置かれた村上のジッポーライターを手にして古田は間をとった。
「結論から言いますよ。」
佐竹は固唾を飲んだ。
「村上隆二は鍋島によって殺された。」
「…。」
そう言うと古田は1枚の写真を佐竹に差し出した。
黒のコートを纏った男がエレベータの中に入ってきたところを抑えた監視カメラの画像であった。
「鍋島...。」
「流石、高校時代に同じ釜の飯を食った仲ですな。一目見てこいつが誰だか分かったか…。」
「十河さんの話では病院の監視カメラは画質が悪くて、犯人の判別ができない状態だったって聞きましたけど。」
「あれは嘘や。」
「え…。」
「あれは鍋島の存在が割れると都合が悪い県警上層部がでっち上げた情報や。」
「でっち上げ…。」
「ああ。わしら現場の人間は作られた情報の上で踊らされとっただけや。ちなみに当時、村上が入院する外科病棟で見張りについとった男は、あれから2週間後日本海に打ち上げられた。警察はそれを自殺として処理した。」
「え?」
「この事実が何を物語っとるか勘のいいあなたはわかりますね。」
額に手を当てて佐竹は目を瞑った。
「そう。あの事件で村上が行ったと思われる犯行の全てがコンドウサトミこと鍋島惇によるものやった。そしてその鍋島の犯行を県警上層部のある人物がすべてもみ消した。県警内部の人間を消してまでもね。つまり一色もまたその県警上層部人間に間接的に葬られたってことです。」
「なぜ…。」
古田は頭を振った。
「残念ながらすべての動機はまだ解明できていません。ですが様々な人間の証言や証拠を積み重ねて推理すると、それが一番説得力がある。」
こう言って古田は一冊のノートを鞄の中から取り出して、それを佐竹に見せた。
「熨子山事件の人物相関図です。」
目の前に出されたものは鉛筆書きのものだった。消しゴムで何度も消しては描いた跡がある。ノートの見開き中心部には左から鍋島惇、村上隆二、佐竹康之、赤松剛志、一色貴紀の名前が縦に書かれ、それぞれの名前の横に赤鉛筆で線が引かれていた。
「ワシはあんたら五人の関係性をそこの赤線から五の線と呼んどる。」
「五の線?」
古田は頷く。相関図はその五の線から放射状に様々な人物名が結び付けられ、その関係性はぱっと見でさっぱりわからないほど入り組んだ複雑なものだった。佐竹が知る名前もあれば、聞いたこともない名前もある。
「そもそもあの三年前の事件の発端は、一色の交際相手やった山県久美子が穴山と井上っちゅう輩に犯されたことから始まっとる。」
「はい。その穴山と井上は村上の指示で久美子を。」
「ほうや。三年前、村上があんたに言ったことをそのまま額面通りに受け取ればね。」
「と言うと?」
「事件後の取り調べであんたはワシに当時の村上とのやり取りを話してくれましたよね。」
「あ、ええ…。あの時のことは正直あまりはっきりと覚えていないんですが…。」

 

「村上はあんたに一色の仇をとってやったと言った。」
「でもさ、佐竹。俺は仇を打ってやったんだよ。」
「仇?誰の。」
「一色の。」
「お前なに言ってんださっきから。」
「お前こそ何も分かってないな。一色は首を突っ込んだらダメなところに突っ込んだ。だからその警告を俺がした。それでも突っ込みやがる。手に負えないからお灸を据えるために婚約者って奴にちょっといたずらさせた。一時はおとなしくなったが、それでもあいつは突っ込んでくる。だから俺は久美子にいたずらした奴らをやっつけた。」
「え?」
「それでも話し合いで済ませることはできないって言われたら、お前ならどうするよ。」
「ちょ、ちょっと待て…。お前何言ってんだ。本当に頭がおかしくなったんじゃないのか…。」
「なぁお前ならどうする?」
「おい…村上…。」
「どうするかって言ってんだよ‼︎…答えろ…答えろよ…。なぁ佐竹。答えてくれよ‼︎」
「あの時ワシはどうにもよく分からんかったんや。村上のあの発言は普通に考えれば、精神に異常を来した人間の支離滅裂な言葉や。」
「はい。」
「ほやけどあんたが十河に言った言葉で気がついた。」
「何を。」
「村上もまた、鍋島が持つ妙な力で操られとったんじゃないかって。」
佐竹はテーブルに置かれていた水に口をつけた。そして一息ついて口を開いた。
「古田さんもそう見ましたか。」
「やはり佐竹さん。あなたもそう思っとりましたか。」
佐竹は頷いた。
「佐竹さん。あんたも御存知の通り、村上という男は純粋で正義感あふれる男です。口悪いところはあるが五の線の中でもっとも平和的で理想を追い求める傾向があった。それは残留孤児の社会復帰を支援する活動を私財を投じて行っていた過去を見れば明らかです。」
古田と村上は直接的な接点はない。それなのに古田は村上の性格をしっかりと把握している。佐竹は古田の捜査能力の尋常のなさを感じ取った。
「ええ。」
「そう言う真っ直ぐな性格の人間はあの手のマインドコントロールにかかってしまうと、なかなか抜け出すことができん。ワシはその手の専門家に聞いたことがあります。」
「あの時の村上の言動は、あいつの潜在的な良心と洗脳された思考のせめぎあいだったってことですか。」
「はい。」
古田は話を戻しますと言っておもむろに煙草の火をつけた。
「佐竹さん。この手のレイプ事件っちゅうのはいろいろ辛いもんがあるんですよ。」
「え…?」
「県内の産婦人科を手当たり次第当たったんですわ。」
「ま…まさか…。」
煙を吐き出した古田は苦虫を噛み潰したような表情を見せた。
「ぶち当たりましたよ。当時、久美子がかかっていた産婦人科に。」
古田はカルテの写しを佐竹に差し出した。
佐竹はそれを恐る恐る手にした。
「妊娠です。」
そう言うと古田はもう一枚の書類を佐竹に見せた。
「これは出産前DNA鑑定書です。これによると久美子が身籠った子供のDNAの型は一色のものでないことが分かっています。」
「…ということは。」
「穴山か井上、そのどちらかが父親と類推できるでしょう。」
「…ええ。」
「違うんですよ。」
「え?」
「違うから厄介なんやわ。」
古田は相関図の中の穴山と井上のところを指差した。そこから指を移動して彼は山県久美子の名前を指す。そしてそこから派生する線のひとつをなぞり、ある人物の名前にたどり着いた時点で再度指止めた。
「え?」
「え?でしょう。」
「な、鍋島?」
「はい。」
「は?」
「一色が教えてくれましたよ。」
「え?」
「あいつの遺体の爪に鍋島のものと思われるDNAが残っていました。それをこの鑑定書のものと照合すると結果がそうやったんです。」
「そ…そんな…。」
「佐竹さん。あなたが言った鍋島の特殊能力は他人を瞬時に洗脳する事ができるってことでしたよね。その説とDNA鑑定の事実が導き出す結論はなんでしょう。」
「…そのレイプの実行犯は実は鍋島で、奴はその場に居合わせた村上と穴山と井上に嘘の情報を摺りこんだ。」
「正解。」
肩の力を落とした佐竹の様子を見た古田はカルテをしまった。
「穴山でもなく井上でもない、どこの誰だか分からん男の遺伝子を持った子供を久美子が身籠った。普通ならこの時点で交際相手である一色は久美子に問いただすでしょう。交際相手を疑ってかかるんですから辛いことですよ。しかし彼はそれをせんかった。久美子の当時の主治医がそう証言しています。あいつはただ一言『堕ろしてください』とだけ言ったようです。おそらく一色は鍋島の特殊能力のことにこの時既に気がついとったんでしょう。んで首謀者と思われる村上もまた、鍋島に良いように操られていると判断したんでしょう。今になればあの時の一色の言葉の真意がわかる。」
「なんですか、その言葉って。」
「一色はかつてワシにこう言いました。久美子のレイプ事件の事は必ずケリを付ける。しかし現状の日本の法体系では強姦罪が成立しても大した量刑が課せられん。」
「じゃあどうするんですか。」
「方法はある。やるかやらないかそれが問題だ。」
「え?」
「佐竹さん。言ったとおり久美子のレイプ事件だけを追っかけて鍋島を仮にしょっぴいても大した罰は与えられん。」
「はい。」
「それに当の久美子の記憶からは鍋島の特殊能力のおかげで、奴の存在自体が消えとる可能性がある。レイプは親告罪や。そもそもの犯罪が成立せん可能性が大や。となると別の手段がある。」
「え?どういうことですか。」
「別件逮捕。」
「え?」
「別件でしょっぴいて法の下で最高刑を奴に下す。」
「まさかそれが赤松の親父の件…。」
「それだけじゃない。鍋島はかつて別の事件で県警にマークされとった。その事件で奴はコロシの疑いがあった。それらの余罪を再度捜査し、鍋島を追い詰める予定やった。」
ここで古田は再び煙草に火をつけた。
「しかしさすがの一色もひとりだけの力で鍋島の周辺を洗い、尚且つマルホン建設、仁熊会、本多周辺までを調べ尽くすことはできん。ほやからあいつはごく限られた人間の協力を得てこれら捜査を秘密裏に行っとった。当時はワシも、あいつの直属の部下である捜査一課の課長も一色の動きは知らなんだぐらいや。」
「古田さんまで知らなかったんですか。」
「はい。」
「そんなことが…。」
「佐竹さん。一色がなんでワシらにもわからん動きをしとったか分かりますか。」
「いえ。」
「それは県警上層部におるモグラを欺くためですよ。」
「モグラ?」
「ええ。スパイのことです。」
「まさかそのモグラは…。」
「あなたも十河の話でご存知でしょう。」
「当時の県警本部長。」
「そう。朝倉忠敏。」
「どうして県警本部長が。」
古田は勢いよく煙を吐き出した。
「朝倉が鍋島の使用者やったからです。」
「え…。」