第七十一話

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第七十一話
五の線2 第七十一話
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金沢駅に隣接するファッションビルの前に立った長谷部は、その建物を下から仰ぎ見た。
「え?ここ?」
「うん…。」
自分たちと同世代もしくは少し若めの洒落っ気のある男女が辺りを歩いている。
彼は岩崎の形(なり)を見つめた。
白シャツにサマーカーディガンのマゼンタ色が映える。長谷部が知る岩崎はいつも代わり映えのない服を着て、世間の流行のようなものから自ら距離をおいている存在。それが今日はこの場に相応しい垢抜けた出で立ちである。意外な一面というよりも全くの別人。彼は戸惑っていた。
「あの…どうしたん?」
「え?」
「俺…岩崎さんのことやから、てっきりここじゃなくて駅自体に用事があるんかと思った。」
「なんで?」
「…えーっと、俺、岩崎さんってこんなイマドキの場所とか洋服とか全く興味ない人なんやと思っとってんて。」
「え?じゃあ私が駅に何の用事があるって言うの?」
「え?…ほら…例えばいま、金沢駅工事しとらいね。」
「うん。」
「俺、あんまりその手のこととかよく分からんけど、岩崎さんやったら、来年4月の北陸新幹線開通に伴うその経済効果的な奴を、実際の現場見て考えてみるとか…。」
「え?」
「あ、じゃあ…地方交通網の研究とか…。」
「何?フィールドワーク的な?」
長谷部は頷いた。
「あはは。」
感情を表に出さない岩崎が初めて長谷部の前で笑った。
「そう見えるんだ。」
「あ、あ…ごめん。変な意味で言ったわけじゃないげん。」
「いいの。」
「ごめん。俺の偏見やった。」
「偏見じゃないよ。私も昨日まではこんな格好するなんて考えられなかったの。」

 

「え?」
「いらっしゃいませ。」
こう言って売上を管理する台帳のようなものに目を落としていた山県久美子は、入ってきた客に対応するべく顔を上げた。
「あ…。」
そこにはどこかおどおどとした様子の岩崎と長谷部があった。
「うわ〜嬉し〜い。」
アルバイト店員が岩崎の側に寄って行った。
「ウチの服着て来てくれたんですね。やっぱりすっごい素敵ですよ〜。」
「あ、ありがとうございます…。」
顔を赤らめた岩崎は落ち着きがない様子であった。
「いい?私があなたにお願いしたいのは、その子がまたそこに来たらあなたが直接接客して、この世界は別に怖くないよって感じで、その子の警戒心を解いてあげてってこと。」
台帳をしまった久美子はさり気なくバイトと二人の間に入り込んだ。
「いらっしゃいませ。店長の山県です。」
久美子は岩崎に頭を下げた。
「あ…。」
「昨日はありがとうございました。オーナーから聞いています。」
「あ…ええ…。」
「今日は京子ちゃんに変わって、私が提案させていただきますね。」
ニッコリと笑った久美子の笑顔に、岩崎も笑顔で返した。
「え?京ちゃん?」
「あれ?この方も京子ちゃんのお友達?」
「あ、はい。」
「なんだ、みんな仲いいんですね。」
「え?岩崎さん、昨日、京ちゃんとここに来とったん?」
岩崎は頷いた。
「ちょっとお洒落の勉強をしてみたいんだよね。そうオーナーから聞いてますよ。」
「そうやったんや…。」
「昨日ね、京子ちゃんにこの店に連れてこられて、今の私の服装コーディネートしてもらったの。これは私じゃなくって京子ちゃんの作品。」
「何言ってるんですか。確かにコーデは京子ちゃんによるものやけど、映えとるのは岩崎さんやからですよ。」
「そんなことないです。」
「そんなことある。」
久美子は長谷部を見た。
「ね。」
「あ…はい。」
「ほらね。」
ニコリと笑った久美子は2人にソファに掛けて待っててと言い、店内の洋服を物色し始めた。
「私、正直洋服なんて興味なかったの。」
「え?」
「長谷部君が言ったとおりよ。どちらかって言うと私、フィールドワークの方が性に合ってる。それか何処かに腰を落ち着けて行き交う人をスケッチするとか。」
「あ…この間見せてくれたあれ。」
「うん。」
「じゃあなんで。」
「なんだろう。ほら、こういったら何なんだけど、長谷部君たち私の下手くそな絵、評価してくれたじゃない?」
「下手くそなんかじゃないよ。真面目に上手いよ。ってかイラストって面白いもんやなって思った。」
「ありがとう。私もそれと一緒よ。」
「一緒?」
「洋服に気を使うなんて何かチャラチャラしてる感じで全然興味なかった。むしろ軽蔑さえしていた。なのに、ひょんなきっかけで京子ちゃんにコーディネートしてもらって見方変わったの。」
「へぇ。」
「食わず嫌いだったってことか。」
「…うん。」
「決め付けって良くないね。今日はお店の人を別の目で見ることができる。」
長谷部は岩崎を見た。彼女の視線は店内を物色する久美子の姿を追っていた。
今日の久美子はカーキのスキニーパンツにグレーのTシャツ。至ってシンプルな出で立ちだが、足元は黒のハイカットスニーカーで外しを入れている。時折その長い髪の毛を手で掻き分けるさまが大人の女性の魅力を醸し出す。
「素敵だなぁ。」
岩崎は呟いた。
「…俺は、今日の岩崎さんも素敵やと思うよ…。」
「そんなことないよ。」
「いや、見かけだけじゃないよ。」
「え?」
「新しい何かに巡りあって、それにときめく人って見てて気持ち良い。」
何点かの洋服を抱えた久美子は岩崎に試着を勧めた。
「社長、そろそろ出ないと。」
アサフスで今日の通夜に使用する花の準備に追われていた山内美紀は、店の奥で携帯電話を見ていた赤松剛に声をかけた。
「あ、ああ…。そうやな。」
「どうしたんですか。社長。今朝から何かちょっと変ですよ。」
「あ?変?」
「ええ。」
「…そうかな。」
「何か、暇さえあれば携帯見てます。」
「あぁすまん。」
赤松はそれをポケットにしまった。
「美紀。」
「はい。」
「佐竹はどうや。」
「え?」
「何か変わったことないか。」
「えぇ…あ、この前ちょっと精神的に不安定になってましたけど、ちゃんと会社にも行ってるみたいなんで大丈夫なんじゃないですか。」
「今日も会社か?」
「そうですけど。何か?」
「…いや、なんでもないよ。」
臨時休業の張り紙がされたセバストポリの駐車場に1台の軽自動車が入ってきた。駐車場には1台の車もない。エンジンを切り車から降りたスーツ姿の男は、何も躊躇うこと無く鞄を抱えて店の裏側の通用口の前に立った。
瞬間扉は開かれた。
「ようこそ。中で待ってるよ。」
店主の野本は真っ暗な厨房を経由して誰も居ない店の中に男を招き入れた。
奥の席に男が座っていた。彼はスーツ姿の男に向かって手を上げた。
「やぁ佐竹さん。」
「古田さん。」
佐竹は古田の前に座った。
「銀行員が持っとる大きめの鞄にスーツ。どう見てもこのセバストポリに集金かなんかで来た体ですな。」
「いちおうそれらしく振る舞ってるんです。」
古田はニヤリと笑った。
「まぁ今日はくだらん世間話は無しで行きましょうか。」
「はい。」
「昨日、十河と接触したとか。」
「はい。」
「あらかた聞いたらしいですね。」
「ええ。」
煙草をくわえた古田はそれに火をつけ深く吸い込み、そして吐き出した。彼が吐き出す煙草の煙の一部がダウンの照明の中に揺蕩う。
「それは…。」
「あぁ、これね。」
そう言うと古田は手にしていたジッポーを佐竹の前に差し出した。
「村上の形見ですよ。」
「…やっぱり。」
「こっちも聞きましたよ。」
「あぁアレのことですか。」
「はい。」
佐竹も煙草を吸い出した。
「目ねぇ。」
「...えぇ。」
「佐竹さん。ひとつ確認してもいいですか。」
「なんですか。」
「あんた、本気でケジメをつける覚悟ありますか。」
「…もちろんです。俺だけじゃない。今ここにいない赤松もです。」
「もしものことがあるかもしれませんよ。」
「もしものこと?」
「あんたら2人だけじゃない。あんたらに関係する身内の連中にも危害が及ぶ可能性がある。」
「…。」
「それも承知であんた突っ込めるか?」
鋭い目つきで古田は佐竹を見る。ものの3分ほどその場に沈黙が流れた。
「今ならまだ引き返せる。」
佐竹は煙草の火を消し、村上のジッポーライターを手にした。
「ベストを尽くしてくれるんですよね。」
「ん?」
「警察はベストを尽くしてくれるんですよね。」
「警察ね…。残念ながら警察自体は当てにならん。」
佐竹はため息を吐いた。そして手にしていたジッポーライターを見つめた。
「じゃあ古田さん、あなたは?」
「ワシ?」
「古田さん。あなたはどうなんですか。」
古田は苦笑いを浮かべた。
「ワシひとりの力なんかははちっぽけなもんですよ。」
手にしていたライターをそっと置いた佐竹はゆっくりと口を開いた。
「充分ですよ。それで。」
「何故?」
「俺はあなたを信用している。」
「ふっ。」
「勝ち目のない戦を仕掛けるほど、古田さん。あなたは馬鹿じゃない。この店に俺を呼んだってことはどういうことか何となく察しがついています。ここまで来て俺を試さないでください。俺はあなたに賭けたんだ。」
煙草の火を消し、古田は両手を握って佐竹に改まって向き合った。
「佐竹さん。熨子山事件は解決に至っとらん。」
「…。」
「どこかのタイミングであなたにはあの事件の真相を話さんといかんと思っとった。」
「…。」
「その時が来たんやわ。」

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コメント: 3
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