第六十四話

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第六十四話
五の線2 第六十四話
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出勤早々ドットメディカルの自室で窓の外を見ながら携帯電話で会話をする今川がいた。
「ええ。なので小池田の件はボツです。ここでむやみにこちらが動いては、相手にいろいろ勘ぐられますので…。ええ、そうなんです。橘のやつが浮足立ってしまってこっちに報告を上げてこなかったってのが主因です。…いえ、ですが鍋島と橘が直接コンタクトをとるとどこで足がつくかわかりませんので、それだけは避けたいですね。はい、ごもっともです。申し訳ございませんでした。以後、こちらからも緊密に連携をとるよう心がけます。」
「もういいんじゃないか。」
「え?」
「鍋島にはそろそろ退場してもらおう。」
「え?本気ですか。」
「ああ、まずいネタが上がってきた。」
「どういうことでしょうか。」
「公安はお前の周辺を洗っている。俺はそれに便乗し、公安よりも先にお前の情報を手に入れる体である協力者に依頼を掛けていた。公安より角度の高い情報を手に入れて、こちらサイドで握りつぶすために。」
「ええ、存じ上げています。」
「協力者の情報は確度が高かった。お前個人の情報もさることながら、3年前の熨子山事件の周辺も調べあげてきた。」
「え…。」
今川は絶句した。
「協力者は当時の県警上層部の誰かが、鍋島の存在をもみ消したと推理している。」
「それはつまり…。」
「事件発生当初から一色の名前を出して公開捜査に踏み切ったり、捜査終盤で三好警備課長が突然更迭されたり、コンドウサトミという人物が鍋島惇であると断定され、本人死亡のまま書類送検、鍋島惇がこの世から消されたというのも、組織内部の邪な輩が計算して行った犯行の可能性があるとな。」
「その主犯格の人間はあなたであると。」
「そう捉えるのが妥当だな。」
「それはまずいですよ。朝倉さん。」
「ああ。まずい。だから鍋島を消せと言っている。」
今川は唾を飲み込んだ。
「鍋島をそろそろ葬ろうっていうのは、こちらから既に下間へ打診をしてあります。その気になれば悠里を差し向けることも可能です。」
「方法はお前に任せる。しかし今回の小池田のようなヘマは許されない。」
「承知しております。そちらは警察の根回しをお願い致します。」
「うむ。例の日を待って実行せよ。チャンスは一回しか無い。」
「はい。」
そう言って今川は通話を切ろうとした。
「まて。」
「はっ。」
「くれぐれも下間で終わるようにしろ。」
「…はい。」
「上流の痕跡は残すな。始末が悪ければこっちまで火の粉が飛んで来る。」
「…協力者が突き止めた真実を鍋島の死を持ってスケープゴートにするということですね。」
「そんなことは俺は言っていない。」
「要は協力者から美味しい情報だけ吸い上げて、その他の情報は根も葉もない創作だといってもみ消すってことですね。」
「言葉を慎め。情報の精査だ。」
「ふっ。あんたは極悪人だ。」
「何がだ。」
「これを気に鍋島も下間も切ろうとしている。」
「ふっ…。それはお前の創作だ。まさかお前はそんなことを企んでいるのか?」
「佐竹がコンドウサトミについて赤松と連絡を取り合っているって情報を橘を介して鍋島に伝えた時から、あいつの様子はちょっとおかしい。こっちもあいつの単独行動が目障りでしたからね。」
「おまえに嫌われたら、生きていくのがちょっと辛くなるな。」
「しかし、俺もあんたには気をつけないといけないかもしれない。」
「そのセリフそのままお前に返すよ。」
こう言って電話は切られた。
ため息をついた今川は再び携帯電話を手にした。
「Я」
「Вы есть то, что?」
「Убить Набэсима」
「Вы что-нибудь делать в спешке」
「"Инструкция с」
「понимание」
「Рано или блеск, это утилизация」
「Это хорошо в Юрий」
「Да, Не оставляйте следов」
「Да, сэр」
7月16日水曜日は朝から茹だるような暑さである。バスから降りてくる企業戦士たちは皆一様に額に汗を浮かべている。1日の始まりだ。そのような蒸せる出勤風景とは対象的な光景が金沢の中央公園にあった。ところどころにホームレスがベンチの上で横になっている。彼らの表情には何故か暑さを感じない涼し気なものだった。
ひとりのスーツ姿の男がコンビニ袋をぶら下げて公園に入ってきた。そして空いているベンチに腰を掛けてそこからサンドイッチを取り出し、それを食べだした。
ひとりのホームレスが男に近寄ってきた。すさまじい臭気が男の鼻を攻め立てる。彼は食事を中断した。
「くせぇ。」
ホームレスは男の言葉に何の反応を示さず、横に座った。
そして一冊の丸められたフリーペーパーのような雑誌を男の横に置いた。
「何だよ。」
「こいつにはいい情報が載っとるんや。買ってくれんけ。」
「けっそんなにうまい話が載っとるんやったら、あんたそれネタに商売すればいいんじゃねぇが。」
ホームレスは黙った。
「はじめっから何か恵んでくれって言ったほうが素直でいいと思うぞ。あ?」
男はポケットに手を突っ込んだ。そして煙草の箱を取り出した。
「ほい。」
「え?」
「やるよ。火は自分でいいがにしな。」
男は雑誌を手にとった。
ホームレス姿の男は煙草の箱に目を落とした。フタを開けると電子マネーのカードが幾重にも重なって収納されている。彼はそれを懐にしまって中央公園から姿を消した。
彼が居なくなったのを確認して、男は渡された丸められた雑誌を広げた。そこにはICレコーダーがセロハンテープで貼り付けられていた。
男はそれを剥ぎ取り、雑誌をパラパラとだけ眺めて立ち上がった。
「ご苦労やったな。」
そう呟いて男はそれを近くのゴミ箱に投げ捨て、ICレコーダーにイヤホンを繋げそれを耳に装着した。
「マルホン建設に外部監視の目を入れさせようと、山形有恒を介してドットメディカルの血を入れさせたのは一色の企て。当初はその思惑通りに事は進んでいたと思われたが、まさかあそこに既に今川が入り込んでいたとはな。」
「ノーマークでしたよ。あいつは。」
「仕方がない。公安マターだ。」
「部長は当時からツヴァイスタンと今川の関係性をご存知で?」
「知るわけないだろう。チヨダは本部長もすっ飛ばしだ。」
「やっぱりそんなもんなんですな。」
「ああ。そんなもんだ。」
 
「はっ…その口でよく言うわ。」
「外務省のキャリア官僚であるにもかかわらず、今川は何故かわけのわからん外国勢力と手を組みました。それが何故なのか。その大体がこれを見れば分かるようになっています。」
「本人以外の情報は。」
「そのあたりもひととおり網羅しています。」
「さすがだなトシさん。丁寧な仕事だ。」
「恐れ入ります。」
「片倉はどうやらトシさんを心配しすぎだ。」
「はい?」
「あいつ、あんたの歳を気遣っている。」
「大きなお世話ですわ。」
「このネタ、片倉には。」
「まだです。ワシに依頼をかけてきたのは部長が先ですから。」
「すまんな。」
「どうするんです。」
「ん?」
「片倉らの公安と連携するんですか。」
「そうなるだろう。このネタは俺の方で処理させてくれ。俺から公安へ提供する。悪いが片倉の方には適当なネタだけ掻い摘んだものをやってくれ。」
「わかりました。」
「お得意の情報の精査ですか…。俺らは邪魔者ってことですね。」
「トシさん。」
「トシさんは孝行息子をもったな。」
 
再生を止め、片倉はため息をついた。
「言っとることと行動が反比例。いい加減くせぇ芝居はやめれや。朝倉。」
そう言って片倉はイヤホンを耳から剥ぎとってICレコーダーを強く握りしめた。