第三十三話

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第三十三話
五の線2 第三十三話
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金沢北署の調(しらべ)室から出てきた岡田はマジックミラー越しの今川を見て溜息をついた。彼はパイプ椅子の背もたれに身を預けて、何もない部屋の天井を仰ぎ見ている。

「どうですか。」
その場に同席していた若手捜査員のひとりが岡田に声をかけた。
「完黙。」
長尾俊孝は石川経済振興会の事務局長。石川経済の牽引役をまとめて、地元経済の発展のために関係各所へ様々な働きかけをするのが彼の主たる任務。石川経済のメインプレイヤー達と繋がりがあるポジションのため、飛ぶ鳥を落とす勢いの地元経済の一企業であるドットメディカルCIO、今川と接点を持っているのは不思議なことではない。しかし今川は長尾のことを知らないと言った。
「OS-Iは今川がHAJABに手ほどきして開発したもんやってことは、サイバー課の調べで分かっとる。その事を長尾は少なくとも死亡の直前まで何らかの形で認識しとった。」
「長尾の財布に入っとったメモの事ですね。」
岡田は頷く。
「それは見せたんですか。」
「ああ。でもダメだ。」
長年、捜査一課で様々な被疑者と向き合ってきたベテラン捜査員の岡田の目は誤魔化せない。ドットメディカルでの聴取時にOS-Iの件を今川に投げかけた時、明らかに彼の表情に変化が見られた。
「口開くと足取られるから完黙。はしかい奴ですね。」
「はげーわ。けど、黙っとるっちゅうことは何かある。」
「しっかし何で長尾はOS-Iなんてメモとっとったんでしょうかね。」
「分からんから、その開発者の今川に直接聴きたいんやって。」
「でも課長。さっさとせんとややっこしい事になりますよ。」
「分かっとる。」
長尾の死は自殺として処理済みである。遺体は遺族に引き渡されて荼毘に付された。彼の死は社会的にも自殺として受け入れられている。それなのに未だに警察の一部でが彼の死についてこそこそと捜査をしている。この事が世間的に明るみになると、いろいろと面倒な事になるのは誰が考えても明らかなことであった。
「誰でもあの状況見ればコロシやって思いますよ。それなんに署長の鶴の一声で自殺ですからね。」
岡田は捜査員の声にただ黙るだけである。
「こないだの金沢銀行の役員のあれも自殺でしょう。どうなっとるんですか?」
「分からん。」
何の前触れもなく部屋の扉が開かれた。
「しょ、署長。」
若手捜査員は咄嗟に敬礼をした。それに反して岡田は眉ひとつ動かさず若林を見つめる。若林は岡田とは目を合わせずにミラー越しの今川を見た。そして溜息をついてただただ冷たい視線を岡田に送った。
「何やってんだ。岡田課長。」
「取り調べです。」
「何の。」
「金沢銀行の守衛コロシです。」
「あの男が?」
「OS-Iは彼処にいるドットメディカルCIOの今川がHAJABという会社に作らせたもの。本件はそのOSを搭載したHAJAB端末において山県の情報が藤堂のものに書き換わったことに端を発しています。」
「あなたはそのHAJABとか言う会社の端末を動かすOSそのものを疑っていると?」
「はい。サイバー課の協力を受けて。」
若林は舌打ちをした。
「余計な事を。」
「余計な事?」
岡田は若林のこの言葉に黙ってはいられなかった。
「何が余計なんですか‼︎」
「余計な物を余計と言って何が悪い‼︎」
「署長。いいですか。OS-Iには予めウィルスが仕込まれていたんです。」
「五月蝿い黙れ。」
「このOSには一定の要件を満たした時に経営企画部長の情報が藤堂に切り替わるウィルスが仕込まれていたんです。」
「何言ってんだ課長。あなた映画の見過ぎだよ。フィクションは映画の中だけで勘弁してくれ。直ぐにあの男を釈放しろ。」
「署長‼︎ あんたこそ何言ってんですか‼︎ これを見つけたのはサイバー課の手柄じゃないですか‼︎」
「サイバーサイバーって…。それはお前の管轄じゃないだろう‼︎」
「捜査に関係するもんは他部署から協力を得て洗いざらい調べるのは当たり前でしょう‼︎」
「黙れ‼︎」
「いいえ黙りません。このOS-Iが本件にとって重要な手がかりであるのは明々白々です。」
「何言ってんだ。日頃パソコンのモニターしか見ずに、ただ机に座っているだけのもやし男の集まりであるサイバー課の戯言だ。いや。若しくはあなたの妄想だ。」
「先般貴方が自殺だと処理した長尾俊孝も死亡の直前まで何らかの形でこのOS−Iを調べていたのは分かっています。」
この言葉を受けて若林は岡田の顔面めがけて拳を突き出した。ぱっと見ひょろっとしているが、腕周りは太い。そこから繰り出される正拳突きは岡田をよろめかせた。
「自殺だと言っただろう‼︎」
間髪入れずに若林は岡田の胸ぐらをつかんだ。
「いいか。あの男を直ぐに釈放しろ。」
「駄目です。重要参考人です。」
「命令だ。」
「承服しかねます。」
「命令は服するためだけにある。あなたに拒否権はない。」
岡田は歯を食いしばった。その力が過ぎるのか彼は体を震わせていた。
「命令に背くということはどういう事か分かってますね。」
「自殺、自殺ってあんたどんだけ無能なんだよ。」
「何?」
僅かながら自分の首元を掴む若林の力が緩んだ。岡田はその機を逃さずそれを振り払った。
「長尾も小松も木倉町の男も自殺⁉︎ んなだらな事言っとんなま‼︎ オメェどこ向いて仕事しとるんじゃ‼︎」
岡田はこう言うと警察手帳を取り出して、それを床に叩きつけた。
「こんな仕事辞めてやる‼︎」
「か、課長…。」
岡田は激怒しその場から立ち去った。怒りに任せて激しくドアが閉められ、室内は静まり返った。この岡田と若林のやり取りが多少なりともミラーの先に居る今川に聞こえたのだろうか。彼はこちらの方を見てニヤニヤと笑っていた。
「おい。あいつを釈放しろ。」
「かしこまりました。」
若林は床に転がっている岡田の警察手帳を拾った。そしてそれを開き暫く見つめた。
「余計なんだよ。」
若林の口元が僅かに緩んだのを若手捜査員は見逃さなかった。

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コメント: 2
  • #1

    静岡より (火曜日, 07 4月 2015 22:16)

    久しぶりにPodcastを漁っておりましたら、見覚えのあるタイトルの続編に出会えました!
    前作の想像力を掻き立てられる描写がとても面白く、本作品にも期待大です!!
    これから序章を聞き始めますが、とても楽しみにしております。どうぞ無理のないペースで楽しめる作品を作り続けてください。

  • #2

    yamitofuna (土曜日, 11 4月 2015 07:38)

    静岡よりさんへ

    この度はコメントありがとうございます。
    前作のリスナーさんなんですね。五の線の存在を記憶の片隅に留めて置いてくださってありがとうございます。
    静岡よりさんのご期待に添えるかどうかわかりませんが、本作も最終話までPodcast配信していきます。
    本作も前作同様、お聴き下さいますと嬉しく思います。
    静岡ですか。私は個人的に川根のあたりに訪問したことがあります。大井川鉄道をロケーションとした心洗われる伸びやかな景色が印象に残っています。機会があればまたあの心の開放感を味わいたいと思っています。