第二十六話

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第二十六話
五の線2 第二十六話
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某コーヒーチェーン店の隅に男が座っていた。

「ちっ。」

肘をついてノートパソコンの画面を見ていた彼は舌打ちし、それを閉じた。

「お待たせしました。」

スーツ姿の男性が彼の向かい側の席に座った。

「別に待ってませんわ。」

パソコンを鞄にしまった男はそこから封筒を取り出した。

「ほら。」

「これは?」

「報酬ですよ。」

スーツ姿の男は何も言わずそれをそっと受け取った。

「追加で仕事発注しますよ。」

「何です?」

「もう一回あそこに付けてくれませんか。」

「え?」

「さっき取り外されたんです。」

「はや。」

「想定通りなんですけどね。」

「そうですか。まぁこっちは金さえ貰えれば言う通りに仕事しますよ。」

彼は財布から一万円札を5枚を取り出した。

「手付金。明日にでももう一回付けてください。」

「明日ですか。」

「はい。」

「あんたも随分とお好きですね。」

「まあね。」

スーツ姿の男は現金を受け取った。

「しかしまぁ何で小松なんですか。」

「はい?」

「七尾に来いって言っとったでしょ。始めの電話で。まぁ七尾よりか遥かにこっちの方が近いからこっちとしては都合いいんですけどね。」

男は冷めたコーヒーに口をつけた。

「七尾よりもこっちのほうが人がいますから。」

スーツ姿の男はこの台詞に笑みを浮かべた。

「確かに。田舎に行けば行くほど他所者は何かと目につく。身をひそめるには人が多いところの方がいいですからね。」

「小松のような製造業の工場が多いところは短期の工場労働者とかが多いでしょ。そいつらはつまり流れ者ってとこだ。土着の人間にありがちな変な繋がりはあいつらにはありません。金沢みたいな田舎のくせに都会ぶったところの方が案外人の目ってもんが光っとるんですよ。そう考えると小松って所はなかなか良い。」

スーツ姿の男は辺りを見回した。店内には何名かの外国人の姿が見える。2人もしくは複数でこの店を利用している者は少なく、利用者のほとんどが一人であった。

「しかしあんたがこんなに助平な人だとはね。」

「悪い?」

「いえいえ。男ですからしょうがない。ちょっと人とは違った性癖をお持ちやってだけです。」

「何言ってんだ。あんたもでしょうが。」

「何言ってんですか。俺はあんたの依頼通りあいつの様子を見張っとるだけですよ。」

「でどうです。何か動きはありますか。」

スーツ姿の男はニヤリと笑った。

「家庭に問題有り。」

「ほう。」

「男ですよ。若い男と良い感じになっとるらしいですよ。」

「マジで。」

「ソースは家内です。」

男は顎を撫でながら不敵な笑みを浮かべた。

「分かりました。それはそれで記憶に留めておきますね。」

スーツ姿の男はようやくコーヒーを一杯オーダーした。

「で、橘さん。教えてくれんですか。」

「何です?」

「何で片倉のことを知りたがるんですか?」

「相馬さん。それは言わない約束でしょう。」

「いやいや。やっぱりちょっとね。近所の馴染みの人間に探りを入れるっちゅうんは正直気がひけるんですわ。」

「ほう。」

「まぁほんであんた俺にちょこちょこ色んな頼み事してそこそこの金をくれる。こんなに金払いが良い頼み事が続くと、ひょっとして俺はなんかマズイことに加担しとるんじゃ無いかって思うんですわ。」

「金のことはあなたは気にしなくていいですよ。大丈夫。」

卓にコーヒーが給仕された。彼はそれを啜った。

「相馬さん。お金に関しては心配はいらない。」

こう念を押すように橘は言い、彼はおもむろにタバコを吸い出した。

「あんたの為だ。これ以上首を突っ込まないほうがいい。」

コーヒーカップを傾げていた卓の手が止まった。

「あんたは苦労してきたんだ。ハンデを克服し、早々に結婚し、子供をもうけて家庭を築いているんだ。そんなあなたはここでその生活を壊すようなことはしないほうがいい。」

「苦労…ね…。」

「普通の生活をしていたらこんな金はそうも簡単に手に入らない。この金はね、あんたみたいな苦労をしてきた人間しか貰えない給付金なんですよ。」

「給付金…。」

「近藤さんの気持ちを汲んでくださいよ。」

「近藤さん?」

「ええ。」

「橘さん。あんた前からその近藤って人の名前時々出しますけど。誰なんですかその人。」

橘は手にしていたコーヒーカップをソーサーの上にそっと置いた。

「私も詳しくは知りません。」

「え?」

「ただこれだけは言えます。近藤さんはあんたの事を知っている。だから私にあんたに対して給付金を与えるよう指示を出した。」

「金主(きんしゅ)は近藤さんってことですか。」

「はい。」

「それじゃあ、近藤さんにも直接礼をさせて貰えんですか。お願いしますよ橘さん。」

近藤という人物はその申し出を受け付けないと橘は言った。しかし金をもらっている以上、なんの礼もしない訳にはいかない。そう食い下がる卓に橘は折れた。

「一応打診だけしてみます。ですが期待はしないでください。」

「ええ。」

「私もちゃんと会ったことが無いもんでね。」



入館証をICリーダーに翳して山県久美子は店が入っているビルを後にした。最高の空調設備が整った環境についさっきまでいた彼女にとって、7月の夜の熱気と湿気は不快以外のなにものでもなかった。彼女はハンカチで首元に滲み出てきた汗を拭い、金沢駅のホームへと足を進めていた。時刻は22時。ショッピングビルは21時に閉店となるため、そこの客らしき人影はほとんど無かった。目につくのはひとしきり買い物をした大きなショッピングバッグを抱えている者。何処かで食事でもしたか満ち足りた表情のカップル。この辺りで酒を飲んでご機嫌な様子の服装に無頓着な壮年男子といった具合だ。何れにせよ日中のような人混みは無い。疎らである。

「山県久美子さんですね。」

背後から自分の名前を呼ぶ声が聞こえたので、彼女は振り向いた。そこには男が立っていた。

「誰?」

「佐竹と言います。」

「佐竹?」

「お父さまの部下にあたります。」

「お父さん?」

「ええ。」

「銀行の?」

「はい。」

「何のご用ですか。」

佐竹は頭を掻いた。

「大変申し訳ないんですが、お父様をお家まで連れて行ってくれませんか。」

「はい?」

「部長は今、ご自分の車で寝てらっしゃいます。」

「え?寝てる?」

佐竹に近寄った久美子の鼻腔にアルコール臭が入り込んできた。思わず彼女は眉間に皺を寄せた。

「すいません。さっきまで部長と一緒でしてね。部長は歩くことも覚束ない感じで、私が取り敢えず車まで運びました。」

そう言うと佐竹の足元がふらついた。

「ああっ。」

とっさに久美子は佐竹の体を支えた。

「ははは。すいません。私は結構酒は強い口ですが、部長の本気の飲み方に付き合って流石にやられましたよ。」

「すいません。父がご迷惑をおかけして。」

佐竹は自分を支えていくれている久美子の手を解いて、壁に手をついて元の体勢を取り戻した。

「よかったらどうぞ。飲みかけですが。」

久美子はカバンの中からミネラルウォーターのペットボトルを取り出し、それを佐竹に渡した。彼は申し訳ないとそれを拝借して栓を開けようとした。

「まさか…。」

「何です?」

「間接キス…。」

「あ。」

「冗談ですよ。有難く頂戴します。」

佐竹は豪快にそれを飲み切った。

「ふうーっ。サッパリする。」

「本当に父がご迷惑をおかけしました。」

久美子は佐竹に頭を下げた。

「カメラ。ありました?」

「え?」

「部長から話を聞きました。」

「そうなんですか…。」

久美子はカバンの中から設置されていた小型カメラを取り出して佐竹に見せた。

「これ。どういう事なんですか。」

「わかりません。ですがそれは事実です。」

「藤堂って誰なんですか。」

佐竹は黙った。

「何で私が監視なんかされんといかんの‼︎」

久美子はカメラを床に叩きつけた。

「久美子さん。お気持ちは分かります。」

そう言うと佐竹は床に転がったカメラを手にとった。

「あなたの事はこの私が守ってみせます。」

「え?」

佐竹のこの突拍子も無い申し出に久美子はどう対応して良いか分からない顔をした。

「命懸けである人を救う。かつて僕の友人にそういう熱苦しいまでの熱い奴がいました。」

「はぁ。」

「ほら、いじめられっ子とかいたでしょ。久美子さんのクラスにも。」

唐突な問いかけに久美子は反応に苦慮しながら曖昧に応えた。

「まあ。」

「この子をイジメから解放させようとするとき、あなたならどうします?」

初見の女相手に突然こんな意味不明な問いかけをするなんてこの佐竹という男、父と同じく相当酔っ払っているのか。久美子は差し障りのないよう適当に佐竹に答えた。

「イジメをする親分をとっちめる。」

「そう。正解。大将首を取る。」

佐竹は白目を剥き舌を突き出して自分の首を指で切るジェスチャーをした。その滑稽な表情を初対面の人間におくびもなく見せる、目の前の酔っ払いである彼に久美子は自然と笑みを浮かべた。「なにその顔。」

「あ、ウケた。」

久美子はそんなことないと言わんばかりに白々しく咳払いをした。

「でもね。その僕の友人ってのはねそれだけじゃ無かった。」

「何です?」

「その親分を作り出した、親とか周辺の環境とかまで変えてしまおうとした。」

「へぇ随分と大胆な人ですね。」

「そうですね。大胆です。」

「ちょっと斜め上のような気がしないでもないけど。」

「斜め上ね。いい表現かもしれませんね。」

「それは成功したんですか。」

「どうでしょう。」

「はい?」

「あいつ…その途中であることがあって死んでしまったんですよ。」

「え…。」

「ああいえ、気にしないでください。」

「すいません。」

「まぁ結果としてイジメはなくなった。あいつの死は決して無駄死ではなかったってわけです。いじめっ子には相応の制裁が課されました。そしていじめられっ子の前に立ちはだかっていた壁は取り除かれ、彼は尊厳を持ってクラスのみんなに迎えられた。」

「じゃあ成功じゃないですか。」

佐竹は苦笑いを浮かべた。

「ひとりの人間が命を懸けたという事実が周囲のみんなを動かした。生贄ってやつですか。」

「生贄…。」

「熱苦しいその何て言うのかな、正義感とでも言うんですか。それをもってただひたすらに進むあいつを見ていて、僕らのような普通の連中には何かガツンと響いたんですよ。あいつは確かに居なくなってしまったけど、何処かで俺らを見ているような気がするんです。時々思い起こすんですよ。あいつの真剣な眼差し。」

「そうですか。」

「はい。でもですよ。そんな命懸けの教訓も歳とともに風化してくる。」

「風化ですか…。寂しいですね。」

「あいつが死んで3年後。いじめっ子が復権し、再びいじめられっ子を良いように扱うよう画策し始めた。」

「そんな酷い。」

「命懸けでいじめから救った彼はもういません。そうなればどうするのが良いのでしょうか。」

ただの酔っ払いと思っていたが、佐竹という人物はそれほどひどい状態ではないようだ。話の内容が案外わかりやすい。支離滅裂な事を言っているわけではない。久美子は彼の問いに真面目に答えようとしたため、それには暫しの沈黙を要した。

「いじめられっ子が強くなって、そのいじめっ子と対決する。」

「正解。」

「やった。」

久美子は小さなガッツポーズを取った。

「でももうひとつ答えがあると思うんです。」

「なに?」

「3年の月日がいじめられっ子を成長させた。しかしいじめっ子もそれ以上に強くなっていたら?」「それは…。」

「助けが必要です。当時の周りの人間を味方に付けるんです。」

「でも風化しているんでしょう。その友達の教訓。」

「鋭いですね。でもその教訓を未だ心に刻んでいる人間もいる。」

佐竹は久美子の手を取った。

「久美子さん。僕は一色の高校時代の同期です。」

「え?」

久美子は絶句した。

「あいつの死は無駄にしない。今度は俺があんたを守ってやる。」

「え?え?…何で…。」

「あんたには身の危険が迫っている。嘗てあんたと一色を絶望のどん底に陥れた張本人が動き出した。」

「え?」

「俺はあんたの事は何も聞かない。とにかく一色が居ない今、あんたを守るよう手を尽くさせてもらう。」

金沢駅構内には通りがかりの酔いどれ男たちの騒ぐ声が鳴り響いていた。

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コメント: 2
  • #1

    英男 (金曜日, 20 2月 2015 23:25)

    パート1より、聴いております。
    すべてダウンロードして、アイフォンに入れて、何度も聴いております。
    とても面白いストーリーで、更新されるのがとても楽しみです。
    応援しておりますので、これからも頑張ってください!!!

  • #2

    yamitofuna (日曜日, 01 3月 2015 13:09)

    英男さん

    はじめまして。Podcastでのレビューも頂戴しましてありがとうございます。
    このお話は長編のためなかなかとっつきにくいと思いますが、
    英男さんのように新しいリスナーさんからコメントを寄せられると、大変嬉しいです。
    この五の線2も1同様長丁場の話となる予定です。
    どうぞ最後までご視聴下さいますようお願い申し上げます。
    またお気軽にコメント、もしくはダイレクトな声をお寄せ下さい。