第二十四話

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第二十四話
五の線2 第二十四話
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相馬はデパートの裏口に横付けされた車から降りた。助手席側の窓が開かれ、運転席に座る卓が声をかけた。

「思いっきり遊んでこいよ。」

助手席に座る尚美は笑みを浮かべている。

「お母さん悪い。うどんとキスはまた今度。」

「そんなもんより楽しんできまっし。キスはお母さんが全部いただきます。」

「え?俺の分は?」

卓が間髪入れず尚美に問いかける。

「お父さんも今日は遅くなるんでしょ。今日は揚げたての天婦羅を私が全部いただきます。」

相馬はそれじゃと言って昭和デパート1階にあるカフェに向かった。

ここ昭和デパートでも夏のバーゲンセールが開催中である。百貨店と言うだけあって、ここに入居するアパレルショップは所謂有名ブランドのものが多い。ブランドは客を選ぶ。しかしセールとなれば話は変わる。高級品をこの機会に少しでもお値打ちに手に入れんが為、石川県内全域、若しくは富山方面からもいつもとは異なる客層が大挙していた。

その様子を横目に相馬は京子が待つカフェに入った。店内を見回すと奥の席で携帯を触っている京子がいた。タータンチェックの半袖シャツにベストを羽織り、ボトムスはジーンズである。そして頭にはパナマ帽を被っている。昨日とはまた一風変わった雰囲気の京子を見て、相馬は素直に彼女の姿に惹かれた。

「うす。」

こう言って相馬は彼女の向かい側に座った。

「うす。」

京子は携帯を触りながら相馬に向かって敬礼した。

「どうしたん。急に。」

「いや…別に…。なんか暇やったから。」

携帯をしまった京子は面白くなさそうな表情をした。

「私は暇つぶしの相手ですか?」

「いえ。違います。」

「そんなこと言うんやったらまぜてあげんよ。」

「すいません。僕に京子さんの買い物のお手伝いさせてください。」

京子は妙に素直な相馬を見て笑みを浮かべた。

「ここね、プリン美味しいげんよ。周も食べてみたら。」

「お、おう。」

相馬は京子の薦めに応じて、プリンとコーヒーのセットをオーダーした。ここでの相馬には落ち着きがなかった。

大学生にもなれば男は女性と何かしらの接点を持ち、所謂童貞を捨てるために必死になって活動する。その象徴的なものが合コンと言われる出会いの場である。男はその場で如何に異性の気をひくかという事に全身全霊を注ぐ。1番手っ取り早く気を引くにはやはり見た目だろう。顔の造りは如何ともしがたいが、それを補う事は誰でもできる。それが身なりである。

ただ流行りの服、ブランド品を身につければいい訳でない。ストーリーが重要だ。例えば相馬と京子が今身を置くこのカフェのような場所は、寛ぎの空間と最高のコーヒーを提供するのが本来の立ち位置であろう。しかし盛りのついた年頃の男はこのカフェをひとつのファッションとして仕立て上げる。嫌味の無い小綺麗な服装に洒落たカフェ。そこで英字新聞を読んでいる男。携帯が震えそれを手にして席を離れる。外で話す話し声はこれまた英語。帰り際どんな車に乗っているのかと見てみると、意外や意外、ロードバイク。これぞ非の打ち所がないナイスガイである。洒落てマナーもありインテリ。環境と自分の健康管理もできる男の出来上がりだ。

他人にどう見られたいか。その最たる自己演出方法は見かけの充実なのである。自分という存在が持つストーリーを気にさせるアイキャッチにこそ全てがある。自己演出に長けるものは他者の気を引くことに長けている。人は見かけが全てという言葉はなかなか言い得て妙だ。

相馬はこのような他人の気をひく自己演出という面に縁遠い人生を送っている。何故なら今、目の前に座る女性がまさに意中の女性であるからだ。そう高校生の時から好きだった。幸い京子の方も相馬のことを好いてくれている。あくまでも他人を介しての情報だが。それに胡座をかくとでも言うのだろうか、相馬は自分を演出してまで彼女の気を引こうとは思わなかったのだ。

しかし先程の長谷部のメールをきっかけに、それが思い込みだと相馬は気がついた。相馬は彼女に対して自分に抱く気持ちを確認していないどころか、自分が抱く気持ちを彼女に告げてすらいない。目の前の京子は自己演出方法に長けている。誰が見ても洒落ていて可愛い。それは自分に対するものなのか、それとも自分以外の男に対するものなのか。前述のようなナイスガイが京子の前に現れたら一体どういうことが起こってしまうだろう。

「何考えとるん?」

「あ、いや…何も…。」

「どうしたん?今日の周、何か変やよ。」

「そうかな。」

お目当てのプリンが出された。彼は自分の頭に巡るモヤモヤしたものを忘れようとスプーンでそれを掬って口に運んだ。

「…っうっめ。」

「ほうやろ。」

京子に笑みがこぼれた。

「ってか、うっめ。たっだうめぇ。」

プリンにがっつく様を見て京子はケタケタと声を出して笑った。

「何や?」

「なーん。周ってなんも変わっとらんね。」

この言葉に相馬は口を噤んだ。そしてコーヒーを啜った。

「俺も変わらんと。」

「はい?」

「俺も変わらんとダメやと思ったんや。」

「何で?」

「何でって…。何でもないよ。」

「やっぱり周、なんか変やわ。」

「変わったらダメけ。」

京子も冷めてしまったコーヒーに口を付けた。

「周はそのままで良いと思うよ。」

「何で。」

「何でって…。何でもないよ。」

二人とも同じような質問をし、同じような返事をする。決してその先の会話を広げようとしない。お互い心の扉を開いては閉じ開いては閉じの繰り返しであった。

「でお父さんに何買ってあげらん?」

「そうやね。ネクタイでも買ってあげようかなって。」

「ネクタイかぁ。」

「昨日久しぶりにちゃんとお父さんと話したんやけど、何か仕事が大変みたいなんよ。」

「ほうなん?」

「ほら警察止めて商社に行ったがいね。もう結構経つけどなかなか慣れんげんて。お父さん営業ねん。いい歳やしでっかい取引ひっぱってこいってせっつかれとれんて。」

「ノルマってやつ?」

京子は頷いた。

「ほやから全国各地の取引先に行っては、お客さんを紹介してとかやっとれん。あの人車で回っとれん。ほしたら、シートベルトするやろ。それで擦れてすぐネクタイダメになれんて。」

「へぇ。」

「スーツも当然よれよれになる。そしたら商談するときも何か説得力無くなってしまうんやって。ほやからあの人、あの会社に入ってから身なりには相当気使っとれん。」

先程まで身なりについて色々と思いを巡らせていた相馬にとってタイムリーな話であった。

「やっぱり見た目って大事なんかな。」

「仕事はそうなんじゃない。」

「仕事は?」

「うん。だってそれで契約がどうとかなるんやったらそうやがいね。」

「じゃあ普段は?」

「普段?」

「うん。」

「普段なんかあの人Tシャツジーパンばっかやよ。そこら辺のおっさんと一緒やよ。」

「いやそうじゃなくて。」

「え?」

「あの…ほら…俺の普段着の事。」

「周の?」

相馬は頷いた。

「周は周。私は私。お父さんはお父さん。TPOを考えた服さえ着とればほんでいいがいね。」

「ぶっちゃけ俺そういうのセンス無いし。」

「え?どうしたん?周。」

「いや、何か俺もそっちの方勉強してみようかなって。」

「何で?」

「何か…。」

はっきりと物を言わない相馬を京子はなんとも言えない複雑な目で見た。

「本当に周は変わらんわ。」

「何が。」

「自分の思っとること何も言わんと、適当に人の意見聞いて自分で勝手に結論出す。」

「ほんなことないわいね。」

「何言っとらん。あの時もそうやったいね。」

「あの時?」

「北高の剣道部の時。周、部長のくせに皆んなにも私ら女子剣道部にも何も言わんと、こそこそしとったがいね。」

「だって京子ちゃんに直接関係ないがいね。」

「関係ないことないわいね。ウチらの先輩やよ。周に関係あってなんで私らに関係ないが。」

「だって俺部長やもん。」

「部長やから何ねん。」

「だって代々部長の間で引き継がれとらいや。剣道部の中の責任はすべて部長にあるって。部内の揉め事は部長が全部まとめろって。あのニュースが流れてウチらの中に何か変な空気流れとったいや。推薦に響くとか、面接で突っつかれるとか。」

「ほんで先生と二人だけで話し合って一色さんらは一切ウチらと関係ないって結論出したんやね。」

「悪い?」

「悪くないけど…。」

「けど?」

「私は周みたいにすっぱり切り捨てることはできんわ。だって一色さん来たことあったいね。」

相馬は黙った。

「一回しか会ったことないけど、北高剣道部の黄金期を作った部長の一色さんやよ。私らあの人が作った練習真似してベスト4まで行ったんやがいね。」

「…。」

「会ったこともない人ならまだ分かるよ。でも私らあの人に会ったことあれんよ。ほんで稽古もつけてもらってんよ。そんねんに周はばっさりその人の事切り捨ててんよ。そら確かに言うほどの繋がりはないよ。けど何かあの時の周…。」

「何?」

「いつか私も周にそうされるんじゃないかって…。」

「え?」

京子との距離を少しでも近づけようとした相馬だった。しかしそれは京子に過去の情景を思い出させることとなり、お互いの間にかえって微妙な空気を漂わせることとなってしまった。周囲の喧騒が二人の存在をかき消していた。