第二十三話

ダウンロード
第二十三話
五の線2 第二十三話
24.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 17.2 MB

局でコンビニ弁当を掻き込んで、そのまま自家用車に乗り込み北陸自動車道を走った。金沢西インターから敦賀インターまでは約1時間半だった。インターを降りてかれこれ50分ほど車を走らせただろうか。黒田は敦賀半島中程にある山間にいた。

彼の目の前には朽ち果てた木造家屋が片手で数える程度があるのみで、それらは側の樹木とほぼ同化している。村内案内図のような鉄製の看板が確認できるが、それも錆びなどで何をどう表記しているのか分からない。辛うじて「瀬嶺村」という村名が確認できる程度である。

黒田は車をアイドリングさせたまま、それから降りた。草木が鬱蒼と生い茂るここでは日光が遮られるため、先程まで居た金沢のような厳しい暑さはない。その代わりと言ってはなんだが、蝉の鳴き声が耳をつんざく。集落を覆う背の高い木々にそれらが居るのだろう。それらが発する鳴き声はまるで音の瀑布のようでもある。時折黒田めがけて虻が飛んでくるが、彼はそれを軽く叩いて、人間の侵入を拒むように生い茂る草木を踏みつけて集落の道無き道を進んだ。

一棟の瓦屋根が朽ち落ちた建物の前に立った黒田はそこでカメラのシャッターを切った。

その建物には蔦のようなものが張り付き、異様なオブジェと化していた。

「20年も放置しとると、こうも荒れるもんかのう。」

黒田に同行していた齢70と思える老人が口を開いた。

「見事な荒れようですね。」

「しゃあないわ。此処にはもともと人が住んどらんかったからな。」

「はい?」

「瀬嶺村は1970年に廃村になったんや。」

「何でそんなところに仁川家は住んでいたんですか。」

「ワシが世話させてもらったんや。」

「世話?」

「明治から戦前まではここには結構人間が住んどってな、ほらあそこ見てみぃや。」

老人は朽ちた建物の側に無造作に放置された農機具を指差した。その農機具は黒田も歴史の教科書で見たことがある朽ちた千把こきであった。

「人間ちゅうもんの生きる根性とでも言うんかのう。こんな痩せた土地でもみんな手を携えて生活を営んどったんやわ。ほやけど戦争が終わり、農地改革があってこの辺りの土地は全部小作人に売っぱらった。って言ってもただ同然なんやけどな。」

「そうですか。ここは元はあなたの土地だったんですね。」

「おう。正確に言うと親父のもんやった。ワシは今は金沢で商売して生活しとるけど、40までは瀬嶺村と金沢を行ったり来たりしとったんや。見てお分かりの通り、ここはえらい辺鄙な所や。時代の流れっちゅうもんには逆らえん。人はここを捨てて都会の方に行きたがる。そりゃあそうや。こんな中世みたいなど田舎に敢えて住んどる意味なんかないわい。ほやからあいつらの土地を買い戻したんや。」

「買い戻した?」

老人は頷く。

「その昔は小作人として働いてもらったんや。どこかに行く言うんやから餞別ぐらいはやらんとな。」

「なんと気前の良い…。」

「言っとくけどこれもワシじゃねぇげんぞ。全部親父がやったことや。」

黒田は素直に感心した。

「親父が生きとったころはワシは瀬嶺村と金沢をしょっちゅう行き来しとった。金沢で商売しとったからな。ほやからこの土地がウチに戻ってきてもどうすることもできん。親もワシも今更田んぼなんかできんからな。」

「そうですね。」

「そんな時にあいつがうちを訪ねて来た。」

老人はどっこいしょと倒木に腰をかけた。

「あいつな。残留孤児でな。」

「残留孤児?」

「そうや。あいつがここに来た時は35やったかな。日本語もろくにしゃべれんかった。」

「何でその残留孤児があなたのところに?」

「近所にな、世話好きなおっさんがおってな。そのおっさんがワシのところへ連れてきたんや。お前さんは都会の人やからわからんかも知らんけど、その手の人ちゅうんは、ちょっとだけ世話してあとは知りませんって人間が多いんや。」

「はぁ。」

「そん頃はワシの親がバタバタ死んで、ワシに子供が出来たぐらいの時やったなぁ。ほんなてんやわんやな時に近所のおっさんがこいつの面倒見てやってくれ言うんや。確かにワシには親父が残してくれた資産はあるけど現金がない。それに自分と同じくらいの歳の人間を養えって無茶やと思わんか。しかも日本語なんかさっぱりねんぞ。」

「ですが世話をした。」

「おっさんの話聞いとるとな、どうやらこいつの両親は戦争で死んだらしいげんて。ほやけどあれやな、人情ちゅうもんは万国共通って言うんかのう。あそこの国のひとに育ててもろたらしいんや。で、国交正常化を機に育ての親が故郷に帰れゆうて送り出してくれた。ほやけどこっちに来ても身寄りがない。言葉も何も通じん。当てもなく乞食同様各地を転々として、そのおっさんに巡り会った。」

「そうですか。」

「あんたな。考えてもみいや、外国の人間が我が子と同じように目の前の男の面倒を見てきた言うんに、日本人のワシが他当たって下さいなんて言えるわけねぇやろ。」

「…そうですね。」

「幸いワシにはこの瀬嶺村の土地とか建物がある。ほやからここをあいつに貸した。」

黒田はため息をついた。

「あいつは生きるために必死やった。自分には畑を耕すくらいのことしかできん。そう言って毎日必死で働いとった。ほやけどそれだけやと正直食っていけん。まともな金が入る仕事をせんといかん。ほやからワシがあいつに日本語を教えたんや。」

「あなたが。」

「大変やった。ほやけどもともとの頭の作りが良いんかの。2年で普通に会話できるようになったわ。ほんで直ぐ街の方の工場に仕事を斡旋したんや。そこで奥さんと出会って見事結婚。ほんで生まれたのが征爾や。」

黒田は手にしていたペットボトルに口をつけた。

「征爾が生まれた時のあいつの喜び様ったら、もう凄い凄い。毎日我が子の様子をワシに報告しにくるんやからのぅ。それからの仁川家は慎ましながらも幸せな家庭やった。」

黒田は老人の言葉を聞きながら再びカメラを手にしてシャッターを切った。

「征爾も今のあんたと同じように、この村の様子を写真で収めとったよ。」

この言葉に黒田は動きを止めた。

「征爾はな。写真が趣味やったんや。征爾の親父も写真が好きでな。親父のお下がりで田舎の風景写真をよう撮っとった。慎ましく生活する中で、唯一の楽しみが写真。征爾は新聞配達とか牛乳配達のバイトしてこつこつ金貯めて、自分の好きな写真を撮るために時々県外まで行っとったんや。」

20年前の土石流災害は近畿地方の山間で起こった。その地域は古くからの日本の伝統的農業を継承し、その牧歌的風景が評価される景色を有していた。そのためそこはカメラ愛好家の中で人気の場所であった。しかし土石流は全てを破壊したのである。

「ほやほや。腕は結構なもんやった筈やぞ。地元の新聞社のコンテストでも入賞しとったからなぁ。」

「え?そうなんですか。」

「おう。嶺南新聞やわ。」

「いつ頃?」

「えーっと…征爾が高1んときやったと思うなぁ。授賞式の写真であいつ写っとった筈や。」

「嶺南新聞ですね。」

黒田はメモを取った。

「ほやけど、そんな征爾が災害で行方不明になって、悲しみにくれる両親もあれから間もなく死んだ。」

「事故でしたっけ。」

「ほや。いまあんたと通って来た山道でな。」

「どんな事故だったんですか。」

「なんやブレーキも踏まんと崖から落ちたって噂や。」

「え?ブレーキも踏まずにですか?」

「おう。ほやから征爾の事を苦にして自殺したんと違うかって言われとったんや。」

老人は深い溜息を吐いた。

「折角、この国で幸せな生活を送っとったって言うげんに、何であそこの家はこうも辛い目に遭うんやろうなぁ…。」

老人の頬を伝うものがあるのを黒田は見逃さなかった。

「あんたは知らんがんか?征爾のこと。親が事故で死んだんはしゃあないとしても、せめて征爾のことぐらいははっきりさせてくれんか?生きとるなら生きとる。死んどるなら死んどる。それぐらいは分からんと、ワシは死んでも死にきれんわいや。」

「…。」

「あんた、征爾のこと調べてるんやろ。なんか教えてくれま。な。あんたなんか知っとれんろ。教えてぇな!」

「…すいません。今は未だ何もあなたにはお教えできることはありません。」

「あ?今は?あんた今って言ったな。今はっちゅうことはその内分かるんか⁉︎え⁉︎」

黒田は口を噤んだ。

感情が高ぶった老人は黒田の袖を掴んでお前は何かを知っているなと詰問した。しかし暫くして彼はその場でうなだれた。そして嗚咽ともいえる呻き声を発した。黒田はその様子を見守るしかなかった。

「…すまん。取り乱してしもた。」

「いえ…こちらこそお役に立てなくて申し訳ございません…。」

正気を取り戻した老人は手にしていた肩掛けカバンからおもむろに1台のカメラを取り出した。

「それは?」

「征爾の親父が使っとったカメラや。征爾が死んどったらこれを供えてやってくれんか。」

そう言うと老人は黒田にそれを手渡した。

「もしも生きとるならこれで写真撮ってワシにそれを送ってくれんか。生きとるがんにここに来んがやったら、あいつはあいつなりの事情があっての事やろ。ワシは深入りせん。」

黒田は手渡されたカメラを強く握りしめた。そして老人の目を見てこう言った。

「必ず。」

コメントをお書きください

コメント: 2
  • #1

    J.J (木曜日, 29 1月 2015 21:38)

    五の線2から聴いています。何度も繰り返し聴いてはストーリーを楽しんでいます。先が気になりますね。

    金沢へは二度ほど行ったことがあります。香林坊の交差点の名前は覚えています。風景が思い出されて懐かしかったです。

    五の線も聴く予定です。陰ながら応援しています*\(^o^)/*

  • #2

    yamitofuna (日曜日, 01 2月 2015 08:30)

    J.Jさんへ

    この度はコメントありがとうございます。
    2からお聴きになっている方には、前作の続編ですので少々とっつきにくい内容となっていますが、
    お聴きくださっているということで大変ありがたくコメントを拝見しました。

    このお話は石川の地名をところどころに出しています。(架空の地名もあれば、本当の地名も)
    その中で金沢に二度起こしになられたJ.Jさんのように、本当の風景も思い起こしながらお聴き下さいますと、この裏日本特有のちょっと陰鬱な雰囲気を感じてくださいますと嬉しく思います。
    気が向いた時で構いません。また感想や何気ない質問等を是非お寄せ下さい。
    今後共よろしくお願いいたします。