第二十一話

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第二十一話
五の線2 第二十一話
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墓参りを終え帰宅する途中の事である。卓が運転するワンボックスカーの後部座席にだらしなく座っていた相馬の携帯にメールが届いた。長谷部からのものである。

件名はウマー。本文には最高の味としか書いていない。メールには2枚の画像が添付されていた。彼が最高の味と評するのはどうやら画像にあるうどんのようである。ひとつはうどん全体を収めた画。もう一つはうどんの麺を箸ですくい上げたところを接写で抑えた画である。

長谷部は、かつて石川の庶民的グルメを紹介するブログを書いていたことがある。独特の視点でレポートされる記事の内容が面白いとか、掲載される写真が本当にうまそうだとかと、読者から評価を得ていた長谷部はアフィリエイトで一山当てることを画策した。しかしそこでもいつものちょっと手を出して、すぐに止めてしまう病気が発症したのか、彼はその更新を僅か半年で止めてしまった。どうもアフィリエイトでの長谷部の収入は雀の涙程度であったようだ。

しかしブログ読者が評価する、彼の写真センス自体は衰えていない。不覚にも彼が送ってきたうどんの写真を見て相馬は食欲をそそられてしまった。

「あれ?」

写真をよく見るとうどんを箸ですくい上げる手の奥に長谷部がよく着ている緑色のポロシャツが写り込んでいる。まさか自撮りの構えでこのカットを撮ったのだろうか。そうだとしたら随分と器用な写真の撮り方をするもんだと相馬は感心した。

「どうした。周。」

運転席の卓が声をかけた。

「なーん。友達からメールや。」

そう言って相馬は信号待ちの卓に携帯を渡し、長谷部のうどんの画像を見せた。

「うおっ美味そう。うどんつやつややがいや。」

「どこねんろ。」

「ねえねえ、お母さん。今日の夜はうどんにでもせんけ。ほら俺が釣ってきたキスは天ぷらにしてさ。」

尚美ははいはいそうしましょうかと、卓に適当に合わせている。

「なあ周。このうどん掬っとるのがお前の友達か。」

「うん。そうや。」

「何て子や。」

信号が青になったので卓は携帯を相馬に返した。

「長谷部。」

「あー長谷部君か。あれや。南米系のハンサムボーイ。」

「まあ一般的には…。」

「何回かウチに来た事ある子や。」

「うん。」

ハンドルを握っていた卓はしばしの間沈黙した。

「周。お前、バイトとかも良いけどもうちょっと学生らしくいろんな友達といろんな経験したらどうや。」

「何なんいきなり。」

「今ぐらいしか自分の好きなことできんげんぞ。」

「分かっとるよ。」

「分かっとらん。」

「なんねんてお父さん。何が言いたいが。」

「自由な時間ってもんはお金で買うことはできん。その貴重なもんが今のお前には腐るほどある。こんな恵まれた機会にありながら、それを上手く使ってないお前が不憫なんや。」

「なにぃね。別に俺、今の学校とバイトの生活で充分満足しとるよ。」

「周。お前の彼女とかおらんがか。」

「はい?」

唐突な卓の問いかけに相馬は妙にそわそわし出した。卓から渡された携帯はポケットにしまって、車窓から外を眺めていたにも関わらず、それを取り出して画面をこねくり回し出した。

「おらんが。」

「知らんよ。お父さんには関係ないやろ。」

「お前何ムキになっとるん。」

「うっせーわいや。」

「はっはーん。さては片想いってやつか?」

「止めてくれま。そんな話親の前ですることじゃねぇやろ。」

男2人のこのやり取りを母の尚美は笑みを浮かべながら聞いている。

「その長谷部君はきっと女の子と一緒やぞ。」

「何でそんなこと言えらん。」

「年頃の男が男同士でうどんなんか遥々食いに行かんわい。この写真撮ったんは女や。なぁお母さん。」

尚美はそうでしょうねと卓の意見に同意した。

「お前もそろそろウチに女の子でも連れて来いや。」

こう言って卓は軽く笑い相馬の返事を期待せず、そのまま運転した。

長谷部の女癖の悪さを考えれば、卓の見立てももっともなところだ。しかしそんな長谷部も今は岩崎という女性にぞっこん。さすがの長谷部も岩崎との距離を縮めるまでの繋ぎとして別の女を垂らしこむことなんかしないだろう。

学校もバイトも休みの日にはいつも家でゴロゴロし、DVDを見たり、ひたすらベッドに寝転んでスマートフォンを弄ったりしている相馬は、父のお節介とも言える干渉に反感を覚えた。だが一方で父が言うこともなんとなく理解できる。そのため相馬は無言になった。

彼はふと京子の姿を思い出した。顔立ちそのものが露わになるショートカットという髪型にも関わらず、彼女の顔は相変わらず愛らしく魅力的だった。流行りの要素を取り入れたボーダーのTシャツにマキシスカートというファッションセンス。女性らしい体の線がくっきりとした出で立ちは男ならば思わず目が行ってしまうことだろう。そんなぱっと見魅力的な彼女は、自分に飾ることなく接してくれていた。

相馬は彼女が自分に対してなんらかの好意を抱いてくれているのは分かっている。後は相馬自身が彼女に対して自分の気持ちを素直に伝えるだけだ。世の中には女と付き合うことはおろか、出会いすらままならない男はごまんと居る。それと比べて相馬の立場はなんと恵まれた環境であろうか。しかし彼の思い切りの無さが二人の距離を保ったままにしているのである。

うじうじと考え事を巡らせている間に一通のメールが届いた。またも長谷部である。

今度のメールにも画像が添付されていた。それは卓の見立て通りの、長谷部と一緒に女性が写っているものだった。相馬は卓の勘の鋭さに驚いた。しかし次の瞬間、彼はそれ以上に驚くこととなる。

ーい、岩崎さん?

そう相馬が見ている画像には長谷部と一緒にあの岩崎がうどん屋を背景にツーショットで収められていたのである。

ーマジで?嘘やろ…。

なんと言う急転直下な展開。相馬は動揺を隠しきれなかった。メール本文には「最高です。今度はお前も一緒に行こう」と書いてある。

ーは?俺も?

意味が分からない。学内では誰とも口をきかない孤高の美女岩崎と一緒に長谷部がメシを食べ、ツーショットの写真まで撮っているという事実だけでも、そのあり得ない情景に驚かざるを得ないのに、今度は相馬も一緒にと誘っている。相馬は混乱した。そのためか彼はメールにどう返信して良いか分からなくなった。思考停止の結果、相馬はメールの返信を一旦保留した。

溜息を吐いて彼は再び車窓から外を眺めた。

どういった事がきっかけで長谷部が岩崎に接近したのか分からない。しかし現に長谷部は岩崎との距離を短期間で縮めた。この写真がその証拠である。長谷部の人一倍の行動力が成し得た奇跡なのか。考えてみればきっかけは天から降ってくるものもあれば人為的に作り出すものもある。長谷部は常に行動によってそれを創り出してきた。

ー長谷部がちゃんと結果出しとるっちゅうげんに、俺ときたら…。

京子という女性が身近に居ながら、相馬は只ひたすらに天の時を待っているだけである。彼は自分の不甲斐なさに地団駄を踏んだ。

彼女は日曜夕方のこの時間に一体何をしているのであろうか。昨日空振りに終わった買い物の雪辱を果たさんがため、再びショップ巡りでもしているのであろうか。人間の心というものは移ろいやすいもの。昨日時点で相馬の事を気にかけてくれる京子であっても、何かのきっかけで別の男に惹かれてしまうかもしれない。現に長谷部の行動で岩崎の態度に変化が現れた。正に今、それと同様の事が彼女に身の周りで進行しているかもしれない。そう思い出すと相馬は焦燥感に駆られた。

気がつくと相馬は京子に向けて今何をしているのかという主旨のメールを送信していた。

ーやべっ俺何しとれん…。

ふと我に帰った。焦ってももうどうにもできない。

暫くして相馬の携帯にメールが入ってきた。

"買い物"

このそっけない返信が相馬をさらに不安にさせた。

考えがまとまらない。どう彼女とコミュニケーションをとって良いのか分からなくなった彼が打ったメールは次のものだった。

"俺もまぜて。"

ーあー俺ダメだわ。

何の配慮もない思うままのひと言を送ってしまった相馬は項垂れた。狼狽した人間の行動というものは理屈では説明できない妙なところがある。

電話が鳴った。京子からである。

相馬は前席にいる卓と尚美の様子を伺いながら電話に出た。

「もしもし。」

「どうしたん。周。いきなり。」

「いや…あの…何か…。」

「ちょうど良かった。男の人の意見も聞きたかってん。」

「え?」

「今ね、昭和デパートでお父さんのプレゼントどうしようかって悩んどってん。」

「プレゼント?って言うか仲直りしたん?」

「あの人の誕生日もうすぐねん。これぐらいはしてあげるわいね。」

「そっか…。」

「来れる?」

このひと言に相馬は何か救われた感覚を覚えた。

「…うん。行く。」

「ほんなら一階のカフェで待っとるし来てー。」

「あ、あの…。」

「何?」

「他に誰かおらんが?」

「おらんよ。私ひとりやよ。」

電話を終えた相馬は安堵のため体の力が一気に抜けた。

「お父さん。」

卓に声をかけると、彼はイヤホンをして誰かと電話をしているようだった。

「はい。わかりました。向かいます。」

彼はこのひと言だけを言って電話を切った。

「お父さん。」

「あ、ああ。何や。」

「仕事?」

「おう。ちょっとクレームあったみたいでな。」

そう言うと卓は尚美に、このまま帰って着替えて出ると言った。

「遅くなりそう?」

「多分。能登の方まで走らんといかんげん。」

尚美は残念そうな表情を見せた。

「あの…悪いんやけど…昭和デパートに行ってもらえんけ。」

卓は黙った。

「ダメけ?」

「誰や。」

「…誰でもいいがいね。」

卓はニヤリと笑って相馬の申し出に快く応じた。