第二十話

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第二十話
五の線2 第二十話
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県警本部公安課の一室には重たい空気が立ち込めていた。片倉は右足を小刻みに動かしながらホワイトボードに貼られた顔写真達を眺めていた。

片倉の傍に座って彼と同じホワイトボードを眺めていた公安課ベテラン捜査員である冨樫正司が口を開いた。

「えっ?神様?」

「おう。神様から警察携帯に直電。」

「警察携帯?」

「これってあれじゃねぇが。」

しゃがれた声であるがそれとは裏腹の恵比寿さんや大黒さんのような柔和な表情である冨樫の表情が一変した。

「…あれかもしれませんね。」

「あんまり内輪のこと疑いたくねぇけど。調べてもらえっかな。マサさん。」

「わかりました。」

そう言うと冨樫は部屋を後にした。

「フルフェイスのヘルメットのため、顔は全くわかりませんが、バイクジャケットは特定できました。」

とっさに撮影した走り去るバイクの写真を分析していた神谷はこう言った。

「ナイス。そのジャケットがいつどこで購入されたものかすぐに調べてくれ。バイクは盗難車でもそこから何かの手掛かりが手に入るかもしれん。」

「はい。」

神谷も冨樫同様部屋を後にした。

部屋には片倉ひとりが取り残される形になった。彼は目を瞑り深呼吸した。そして再び目を開きホワイトボードに貼られた顔写真たちと目を合わせた。瞬間、彼は冨樫が腰をかけていたパイプ椅子を蹴り上げた。そしてあたりの壁やボード類を何度か殴った。

「くそったれ‼︎」

一連の物に当たる行動にケリをつけた彼は力無く椅子に深く身を委ね、両脚を机の上に上げた。そして両手をだらしなく降ろし目を瞑って何かを考えている様だった。

「片倉。」

声の方を見た片倉はすぐさま立ち上がり敬礼した。

「部長。ご苦労様です。」

「やらかしたな。」

「はい。すいません。」

「下間は結局誰とも接触しなかったのか。」

「はい。どうやらガセだったようです。」

土岐は倒れていたパイプ椅子を起こし、埃を払ってそこに腰をかけた。

「貴重な備品だ。あまり粗末に扱うな。」

「申し訳ございません。」

土岐は溜息をついた。

「例のお前がカマをかけさせた木倉町での傷害事件の被疑者だが。」

「はい。」

「死んだ。」

「え?」

「北署の留置所内で首を吊って死んだ。」

「どういうことですか。」

「見張りの目を盗んで自分のTシャツを千切って紐状にし、それで首を吊った。」

「まさか…。」

片倉は言葉を失った。その片倉の様子を確認した土岐は続けた。

「小松の件だが。若林の奴自殺として処理したそうだ。」

「自殺ですか。」

「首もない遺体を自殺ってのは少々強引だと思わんか。」

「はい。長尾の件といい随分とあからさまな処理です。」

「で、コンドウサトミの手掛かりを持つ人間が自殺。」

片倉は黙った。

「挙句の果てにはお前が照準を合わせられた。」

「面目次第もありません。」

「イヌがいる。」

「おそらくは。」

土岐はまたもため息をついた。

「内憂外患とはまさにこの事です。」

「後がないな。」

「挽回します。」

「時間はないぞ。」

「分かっています。」

土岐は立ち上がりホワイトボードを眺めた。

「さっき公安調査庁から連絡があった。」

「公調ですか?」

「金沢銀行にファックスを送っていたそうだ。」

「は?何の?」

「コンドウサトミの捜査事項照会書だ。ウチの名前でな。」

「何で?」

「こっちにイヌがいるのは何となく分かっていたが、あそこもどうやらイヌがいるそうなんだ。そこでそれを篩いにかけるためやったそうだ。そうしたらまんまと引っ掛かった。俺らは公調が照会書を送った事実は知らない。公調はあえて終業間際の金沢銀行にそれを送った。しかしそれは何処かで犯人側に漏れた。だから金沢銀行には公調作成の照会書が残っていない。今は公調でもイヌ探しをしているそうだ。」

片倉は苦笑いし息を吐いた。

「あそこはあそこで随分な食い込まれ具合ですな。」

「お前が言うな。」

土岐は憮然とした。

「話は変わります。部長。煽動者の件ですが。」

「特定できたか。」

「ある程度は。」

「報告しろ。」

「インチョウとかいう人間のようです。」

「は?インチョウ?」

「ええ。正確に言うとソーシャルサークル「コミュ」の運営責任者であるインチョウです。一体何処の病院の院長先生なんでしょうかね。」

片倉は土岐に写真を差し出した。そこにはほっそりとした輪郭で直毛の頭髪を真ん中で別けた、丸メガネの男が写っていた。

「何処の病院の医者だ。」

「部長。残念ながらこいつは医者じゃあありませんよ。」

「お前、俺をからかうな。」

土岐はあからさまに面白くない表情をした。片倉は土岐に対してはただニヤリと笑うだけでそのまま言葉を続けた。

「このコミュは、ここ数ヶ月の間に石川県内で急速に流行り出したサークルです。」

「何だ。何をするサークルだ。」

「人それぞれ何かしらの悩みを抱えとります。家庭のこと経済的なこと友人関係、仕事の悩み。それら何かしらの悩みを抱えた者たちが同じ時間同じ場所に集まり、その抱えている悩みを共有することを目的としています。ですが実態は違う。彼ら彼女らの心の隙間に上手く入り込んで、その抱えている悩みの元凶は全て現在の政治経済の体制にあると吹き込む。実のところ我が国は階級社会である。この階級社会を打破するには方法はひとつ。革命しかないと。」

土岐は呆れ顔で写真を見つめた。

「今さら革命か…。」

「はい。今さらです。」

「コミュの勢力は。」

「インチョウの虜になり、今の日本には革命が必要だとか、階級社会を打破しようといった左翼的言動をほうぼうに声高に叫んどる連中は出てきています。そいつらが主にネットを使って、仲間を集めとるようです。」

「影響力は。」

「侮れません。我が国の経済情勢はあいつらが主張するように、確かに格差が拡大しています。それは察庁の報告書も認めるところです。人の悩みのほとんどの源泉が実のところ経済的なものから来ている。よってこの根本問題を解消しないことには、あいつらのような団体が跋扈する可能性があります。今後第二、第三のコミュがもしも結成されていくならば、いずれ無視できない言論集団となることでしょう。」

「ところでインチョウについての詳細はどうなんだ。」

片倉はここで再びニヤリと笑った。

「部長。インチョウという言葉の響きに何か感じるものはないですか。」

「いや…何も。」

「じゃあこれならどうでしょう。」

「何だ。」

「朝鮮語でインチョンと言えば。」

「ジンセン。」

「そう。すなわち仁川。」

「仁川?」

「この丸メガネの男はドットスタッフ代表取締役社長、仁川征爾です。」

「ドットスタッフ?ドットメディカル関係の会社か。」

「すいません。これ以上は捜査の機密にも関わることなので報告を差し控えさせていただきます。」

土岐は苦笑いを浮かべた。

「警備部長の俺と雖も、チヨダ直轄事案には首を突っ込めんか…。」

「申し訳ございません。」

「俺はお前を見守るぐらいしかできんか。」

「いえ。部長にはいろいろとご配慮いただいております。私としては部長には足を向けて寝られません。」

「ふっ。お前が俺におべっか使う時はロクなことがないと相場は決まっている。」

片倉は土岐に対して丁寧に頭を下げた。

「ロクなことがあるように私としてはベストを尽くさせていただきます。」

「なんだその殊勝な言葉は。」

「今の私は水際で犯罪を防ぐことが主たる任務です。しかし奴が動き出したからには3年前にやり残したことにもケリをつけなければと思っています。」

「熨子山事件か。」

「はい。公安という私の今の立場だからこそできる事があります。」

立ち上がった土岐は頭を掻き、大きく息をついた。

「一色にはできなかった事か?」

片倉は土岐の言葉に静かに頷いた。

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コメント: 1
  • #1

    Willette Lemaster (日曜日, 05 2月 2017 08:38)


    Very descriptive article, I enjoyed that a lot. Will there be a part 2?