第十九話

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第十九話
五の線2 第十九話
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MP4動画/オーディオファイル 10.5 MB

「お休み中の所申し訳ございません。」

「どうした。」

「片倉が狙われました。」

夕暮れ時の都内某所。ゴルフ練習施設で勢いよくスイングしていた男の動きが止まった。

「…そうか。」

「幸い被害はありませんでしたが、我々の動きがあいつらの手の内にあるということを証明しています。」

「内通者か。」

「わかりません。」

「立て続けにエスが消され、極め付けがそれか。」

「申し訳ございません。」

「チヨダの眼力も俺の頃と比べて随分と堕ちたもんだな。」

「返す言葉もありません。」

男は手にしていた3番ウッドをゴルフバッグにしまい、タオルを取り出してそれで額を拭った。

「片倉を外します。」

「またか。彼奴らに二度も同じ手は通用せんぞ。それに片倉が一人になればそれこそ彼奴らの思うツボ。隙を見て彼奴らは片倉を消す。考え直せ。それよりもイヌを早急に探し出せ。」

差し出された缶コーヒーを受け取り、ゴルフ姿の男はベンチに腰をかけそれに口をつけた。コーヒーを差し出した男も彼の横に座った。

「この不手際、いずれ明るみになる。そうなればお前も俺もいよいよおさらばだ。」

コーヒーを差し出した男は何も言えない。

「それまでにケリをつけろ。」

「はっ。」

ゴルフ姿の男はおもむろにハトメ付きの封筒を取り出した。

「これは。」

「古田からだ。」

「古田?古田は片倉の協力者ですが。」

「こっちの協力者でもある。目を通しておけ。」

「…バッティングですか。」

「調べが足りんぞ松永。」

その場で松永は紐で封をしてあるそれを解き、少しだけ身をのぞかせた資料を見て驚嘆の表情を見せた。

「公調を見くびるなよ。」

「朝倉部長にはかないませんな。」

松永と朝倉の表情には笑みが浮かんでいた。



日曜夕方16時。警察の捜査は終了し山県は帰宅することとした。彼は足取り重く会社から離れた駐車場に止めてある自分の車まで歩き、それに乗り込んでエンジンをかけた。

「仁熊会の熊崎とドットメディカルの今川がときどき会っていたか…。」

彼は独り言を呟いた。

ヘビースモーカーである山県であるが、自家用車は禁煙である。そのため彼はダッシュボードにしまってあったガムを取り出しそれを噛んだ。そしてアクセルを踏み込もうとした時である、トランクあたりを激しく何度か叩かれた。とっさに山県はブレーキを踏み振り返った。

男がこちらに向かって会釈している。

「なんねんて。」

何かの弾みで事故に成りかねなかった。憤りを覚えた山県は彼に抗議をするため車から飛び降りた。

「あんた危ないがいや。」

「いやぁすいません。」

このくそ暑い時期にもかかわらず、山県の前に見える細身の男は厚手のニットキャップを深くかぶっている。それでいてサングラス。見るからに不審者である。男は山県のそばに悠然と近寄って来た。

「久美子さんはお元気ですかね。」

「久美子?」

山県の顔色が変わった。

「元気かって聞いてんだよ。」

「お前何者や。」

「まぁあれから随分な年月が経っているから、さすがのあの子も劣化が進んであの時みたいな絹のような肌触りを味わえないだろうね。」

「あの時?…。」

「残念だよ。」

「まさか…。」

山県は絶句した。

「変な動きすんじゃねぇぞ。今度は一色はいない。」

「一色…だと?」

「お前は大人しくしてろ。な。」

男は携帯を取り出してその画面を山県に見せた。

「あ…。」

そこにはアパレルショップで勤務中の久美子の様子が動画で映し出されていた。

「こ、これは…。」

「中継だよ。ストリーミング。」

「おい!お前!」

「はいはい。大きな声を出さない。」

男は携帯をしまった。

「こっちはいつでも久美子をどうとでもできる。だから大人しくしてろ。」

「馬鹿な…。」

「お前もこれ以上心の傷口を広げたくないだろう。俺のことは誰にも言うな。警察にもだ。お前が警察に俺のことを話したって事が分かったら、まず久美子をヤる。」

「ま、待て。何で久美子なんだ。俺にしろ。」

「馬鹿言え。俺はノンケだよ。久美子が良い。あいつは上玉だ。歳とっても良いもんは良いさ。」「お前…お前なのか…。」

「ああ俺だ。」

「穴山でも井上でもなく…お前なのか…。」

「ああ。俺だ。」

「貴様っ!」

男の顔めがけて山県は拳を突き出した。それは見事彼の頬に入った。

「痛くねぇ。」

衝撃でサングラスの位置がずれた。彼の目が見えた。その切れ長の目から放たれる凍えるほどの冷徹な視線に山県はたじろいだ。

「痛くねぇな。腰が入ってない。」

男は山県の腕を握り、それをそっと退かした。

「佐竹だけにはこう言っておけ。今度はお前が鬼だ。」

「佐竹?鬼?」

「じゃあな。お義父さん。」

男は消えるように立ち去った。山県は力なく崩れ落ちるように膝をついた。まだ日も高い夏のこの時間にも限らず、山県の体は震え出していた。

「あの男が…藤堂…。」