第十七話

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第十七話
五の線2 第十七話
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「周‼︎いつまで寝とるん‼︎」

母、尚美のお叱りを受けて相馬は渋々ベッドから身を起こした。時計を見ると時刻は11時半だった。1日の半分が既に終了していることに絶望したが、特段何もする事がない休日であるため彼の動きは緩慢である。のっそりと立ち上がり、彼は自室から洗面所に向かい歯ブラシを咥えながらリビングで新聞を広げた。

「お父さんは?」

「釣り。」

「またけ。」

「またです。」

時折口からはみ出てくる歯磨き粉が混ざった唾液をすすりながら、相馬は新聞をパラパラとめくった。別に世の中的には何も変わったことはない。社会面を開くと相馬は動きを止め、記事を読み込んだ。13日土曜日未明の金沢銀行での殺人事件の記事だ。犯人は金沢銀行の役員になりすまし守衛を殺害し金沢銀行内に侵入。その後セキュリティシステムを起動し逃走したとある。しかし行内に荒らされた形跡は無く、犯人が守衛を殺した動機が不明であるそうだ。現在警察では守衛を殺害した犯人を追っているようである。

どうにも唾液の収まりが悪くなってしまったので彼は再び洗面所へ行き、洗顔を済ませてリビングへ戻ってきた。

「お母さんは今日これからどうするがん。」

「あんた何言っとらん。昼からお墓参りやよ。」

「あ、ごめん。」

「昨日お墓参りするから筈やったんに、あんたバイトに行くとか言うから今日にしたんやがいね。そしたらお父さんはお父さんで友達と釣り行ってくるとか言ってまだ帰って来んし。」

台所でコーヒーを淹れていた尚美は明らかに不機嫌そうである。

「本当に男って勝手やわ。」

「それにしてもお父さん、最近釣りにハマっとるね。」

「あれや。橘さんや。」

「ああ、釣り仲間の橘さんね。」

尚美から渡されたコーヒーに口をつけた相馬はそこで動きを止めた。

「お母さん。橘さんって確か金沢銀行じゃなかったっけ?」

「そうや。」

「金沢銀行って昨日ほら、そこの守衛が殺されたとか言っとるがいね。」

「そうやけどあの人それに直接関係ないんじゃ無いの。ほやから朝っぱらから釣り行っとるんじゃないの。」

「えー?橘さんって確か本店のそこそこ偉いさんやろ。そんなもんなん?釣りどころじゃ無いんじゃないが。」

尚美は言われてみればちょっと変ねと言って黙ってしまった。

そこに玄関で鍵を開ける音がし、男が慌ただしくリビングに入ってきた。父の卓である。

「ごめんごめん。待ったけ。」

彼はほらと言ってクーラーボックスを開いた。中には釣果であるキスが10匹ほどあった。

「大漁大漁。これで晩飯は決定やな。」

今日の釣りのことを得意げに話す卓と裏腹に尚美の表情は不機嫌そのものである。それを察したのか卓は声のトーンを落とし、尚美と正対し頭を下げた。

「すいませんでした。以後注意します。」

「何を?」

「何をって?」

「何を注意するの?」

改めて尚美の顔を見ると誠に冷淡な表情で手元の女性誌に目を落としていた。

「今後は出かける時は、尚美の都合もちゃんと聞いてから出かけるようにします。」

尚美は表情を変えない。卓は咄嗟に息子の寝間着姿を見て何かを悟ったようだ。彼は周に立つように指示しお前もお母さんに謝れと言って、2人揃って尚美に頭を下げた。

「我々男子はこれからはもう少し家庭のことを考えて、行動します。」

こう卓が言うと尚美は表情を緩めた。どうやら少しは気が治まったようである。彼女は口を開いた。

「橘さんと一緒やったの?」

「あ、ああ。」

「あの人、今釣りどころじゃないんじゃないの?」

「え?どういう事かな。」

「金沢銀行で守衛さんが殺されて、その責任を感じて役」

「あ、そ、そうやね。」

「何それ。はっきりせん返事。」

「いや…実は…。」

この卓の対応に再びリビングに不穏な空気が漂った。気まずくなった周はそこからの脱出を試みた。しかし尚美にここに居なさいと言われソファに座った。

「実は…。」

「実は何?」

卓はフィッシングジャケットの中から小さな箱を取り出した。

「何それ。」

「時計。」

「は?」

尚美の表情が険しくなった。それを見た周は頭を抱えた。

「お前にプレゼント。」

「え?」

「結婚25周年やろ。明日で。」

そう言って卓は尚美にそれを渡した。突然の事に尚美は困惑を隠しきれない。

「明日渡そうと思っとったんやけど、喧嘩しとると渡しそびれると思ったんや。」

箱を開けるとそこには今世間で話題のスマートウォッチがあった。それは決してギークな形状ではなく、女性が身につけてもしっくりくるファッション性が高い物だった。

「着けてみてよ。」

そう言われ尚美はそれを腕に巻いた。

「25年間ありがとう。」

卓のこの言葉に尚美の目から涙が溢れ出した。みんなで一緒にランチでも食べて墓参りに行こう。そう言って卓は周に早く着替えて来いと言った。起き抜けに夫婦喧嘩のみならず戯れごとなんか見せつけられるのはごめんだ。周はそそくさとリビングを後にした。

周がいなくなったのを確認し、卓は尚美を引き寄せ抱きしめた。

「ありがとう。あなた。」

「何もや。こっちこそや。」

「私、幸せ者やわ。」

「何が?」

「だって片倉さんとこの奥さんなんか、旦那さんとほとんど会うこともできんって。」

卓は黙って尚美の言葉に耳を傾けた。

「ほやからあそこの奥さん、よく友達とかと一緒に出かけてウサ晴らしとるんやって。それに比べて、ウチはあなたも周もなんやかんや言って家のこと大事にしてくれる。」

「友達とか?」

「そうやわ。でも噂立っとるげんよ。」

「何?」

「男。」

「マジか。」

「噂やよ噂。何か時々若い男が出入りしとるって話。」

「そうか…。」

「それに比べてウチは…感謝せんといかんわ…。」

こう言った尚美を卓は強く抱きしめた。ウチはウチ。他は他。いくら近所だからといっても変な噂話を他人に広めてはいけないと彼は彼女の耳元で囁いた。尚美は頷き卓の胸元に顔を埋めた。しかしこの時の彼の表情には不敵な笑みが浮かんでいた。

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コメント: 2
  • #1

    とまこず (火曜日, 16 12月 2014 18:06)

    五の線1から、ずっと聴かせていただいてます。私は、歯科技工士なのですが、仕事中に聴いてます。聴き入って仕事が止まるときがあるくらいです。繰り返し聴いて覚えちゃいそうです。
    今後の展開が楽しみです。一体どの人がどのように関係してくるか。予想するのも楽しいです!
    あと、石川県には行った事がないので、是非行ってみたいと思いました。きりこ?の事も初めて知りました。そんな風習があるのですね。
    これからもずっと楽しみにしてるので、頑張ってくださいね!

  • #2

    yamitofuna (木曜日, 18 12月 2014 22:55)

    とこまずさん

    この度はコメント下さいましてありがとうございます。五の線1からのリスナーさんですね。長い長い話をお聴きくださって本当にありがとうございます。
    お仕事中にポッドキャストが聞ける環境にあるんですね。歯科技工士という職業については知識がありませんが、細かい作業をしているイメージが有ります。聴き入ってくださるのは本当にありがたいのですが、あまりそれでお手元を狂わせないようご注意ください(笑
    3月には劇中に出てくる北陸新幹線がいよいよ運行開始となります。とこまずさんがもしも関東方面在住の方でしたら、これを機会に足を運んでください。劇中にはところどころに石川の慣習・風俗をいれて行きます。これをきっかけに石川とのご縁をいただければ幸いです。
    今後とも五の線、宜しくお願いします。