第十五話

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第十五話
五の線2 第十五話
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「課長。動きました。」

片倉のイヤホンに報告が入った。

「そのまま追尾。」

「了解。」

「金沢駅で何があるんですか。」

運転席でハンドルを握る神谷が言った。

「知らん。急げ。」

心なし神谷のアクセルの踏み具合が強くなったように思えた。

「下間芳夫。石川大学工学部教授。専攻は原子力工学。原発の専門家でありながらその推進に疑義を唱える。珠洲の原発立地活動では反対派の後ろ盾となり彼らを指導。しかし決して表には出てこない。あくまでも黒子。反原発の連中には神のように崇められる原子力工学の専門家だが、一般の人間にはあまり知られていない。こいつが原発推進派の中枢である石川経済振興会の事務局長の長尾と一ヶ月前に会っていた。」

「ああ、そうや。」

「その長尾が殺された。」

「自殺や。神谷。」

片倉の言葉に神谷は口を噤んだ。

「それはそれ。一課の事件は一課で処理。」

「でも…そんな事っていいんですか。」

「何よ。」

「警察がコロシを揉み消すってあり得ないし、あったら絶対にダメだと思うんです。」

片倉は黙った。

「黙ってしまうってことは、課長も何か感じてるんでしょう。」

「うるせえ。何青ぇこと言っとれんて。他のシマの事に首突っ込むなま。ウチは管轄外や。」

これ以上何も話すことがない。そういう雰囲気を全身から醸し出す片倉に神谷は何も言えなくなった。

「何のためにお前がここに派遣されたんかそろそろ分かれま。」

「はい?」

片倉は運転する神谷の頭を軽く叩いた。

「痛っ。」

「おめぇ公安やってもう3ヶ月経つやろいや。言わんでも分かれま。」

「分かりませんよ。課長はいつもちゃんと言葉で説明してくれませんから。何か察しろみたいなのやめてもらえませんか。」

「察することぐらいできんがやったら、とっとと辞めちまえ。」

「この部署が特殊過ぎるんですよ。」

確かに特殊だ。公安は警察と雖も他の部署とは一切の連携は無い。例え同じ事案を扱っていたとしても情報の交換はないのである。取扱う事案が特異であり秘密が保持されなければならないため、自然と発する言葉も少なくなるのである。雄弁に捜査について語ることは、機密情報の漏洩リスクを抱え込むことになる。それを恐れる片倉は捜査一課時代よりも言葉数が少なくなっていた。

「下間、店に入ります。」

「どこや。」

「金沢駅一階の喫茶店。」

「よし。辺りに変な奴は居らんか。」

「いません。」

「そのまま待機。周辺におかしな奴が居らんか見張ってくれ。」

「了解。」

「課長。」

神谷の呼びかけに片倉は反応しない。彼は現場から入る無線に聞き入っているようだった。

「課長。」

片倉は無線に耳を傾けながら眼を瞑っている。

「課長!」

「うるせぇな!黙って金沢駅に向かえって!」

「課長。変なバイクがこっちを付けてます。」

「何?」

ルームミラーを見ながら話している神谷の姿を見た片倉は、即座に振り向いて後方を目視した。全身黒ずくめでフルフェイスヘルメットを被った男の姿を確認した。その瞬間、バイクは加速し運転席の横にピタリと付けた。そしてどこから取り出したのか拳銃を手にしてそれを神谷に向けた。

「ブレーキ!」

神谷はブレーキを一気に踏み込んだ。タイヤがけたたましい音を立てた。バイクの男は一旦減速したようだったが、一瞬こちらの方を振り返るだけでそのまま走り去って行った。交通量がほとんど無い田舎道であったため、神谷が運転する車は幸い事故には至らなかった。タイヤの鳴き声が余程大きかったのだろうか、周辺の民家から人が出てきた。

「一体、何が…。」

神谷は呆然として前だけを見つめていた。一方片倉は何やら険しい表情で無線を聞き入っている。「下間、携帯のメール確認。なにやらニヤついています。」

片倉の携帯が鳴った。見知らぬ番号からである。彼は目を瞑ってそれに無言で出た。

「下間、本を読み出しました。」

「誰かをつける前に自分の周りに気をつけなさい。」

「お前は誰だ。」

「神。」

「ふざけるな。」

「あなたは今、私が誰だか分からない。だが私にはあなたが分かる。」

「下間依然として動きなし。」

「まさに神のなせる業。」

「ほうか、神さまか。じゃあ俺は神の声が聞ける神主みたいなもんか。」

片倉は怒りを覚えているのか、肩を震わせている。

「長尾と小松はお前が殺した。殺人鬼め。」

「下間立ち上がりました。」

「公安は人殺しが家業ですか?」

こう言って電話は切られた。

「課長。」

片倉は目瞑ったままである。

「課長。奴を追尾します。」

「頼む。」

力無く無線に答えた片倉はおもむろにタバコの火をつけた。そして神谷に本部に戻れと言い、乱れてしまった頭髪をサイドミラーを見ながら手櫛を入れて整え、煙を吸い込み吐き出した。手際よく車を操って神谷はその場から走り去った。

「課長。誰からです。」

「神さま。」

「はい?」

「こいつはどうも下手うったかもしれんな…。」

「天罰ですか?」

「ああそうかもしれん。」

 

 

山内をアサフスまで送り、佐竹は車を走らせていた。

「はじめはまるで救世主のように振舞っていたあそこも、結局のところ得られるものが少なくなったら、どう手を引くか考えるようになるんです。」

「どういうことでしょう。」

「佐竹さん。ウチがドットメディカルと資本提携までやってるのはご存知でしょう。」

「はい。」

「ウチの買収を企み始めたんです。」

「買収?。」

「ええ。現在のウチの資本関係は稟議書とか見ればお分かりだと思いますけど、私が4割でドットメディカルが3割です。残りの3割の殆どは本多家となんらかの関係がある人たちによって支えられている。なのでドットメディカルが現状うちを買収することは難しい。」

「そうですね。」

「そこでドットメディカルはおたくが保有するうちの株に目をつけた。」

「うちですか?。」

本多は頷く。

「金融機関が保有して良いとされるのは発行株式の5%。総量から考えれば微々たるものです。ですが、取引銀行がその株を手放したとなれば、他の投資家に変な疑念を抱かせることになります。ドットメディカルは最近、我が社との提携解消の噂を関係者に吹いています。そのためそれは本当の事かもしれないと投資家等は疑心暗鬼にかかり、それを売りたがる可能性が出てくる。いくらうちと縁戚関係にある投資家と言っても、自分の資産が目減りもしくは損害を被るとなると変わるもんですよ。金の切れ目は縁の切れ目と言いますからね。売り先を探す彼らにドットメディカルとなんらかの関係がある会社が手を差し伸べて、あそこが実質的なオーナーとなる。」

「それが社長が言っていた、狼が牙を剥くってやつですか。」

「ウチはあそこに情報システムという業務の基幹を握られている。資本対策をしたところで、あそこが提携解消しますわなんて言い出したら、こっちは仕事が立ち行かなくなる。あそこに買収されればおそらく更なる経営の合理化が進むでしょう。そうなれば私を信じてついてきてくれた社員に申し訳が立たない。しかしドットメディカルが買収を諦めてウチから手を引くと、後ろ盾を失った我が社の社会的信用は一気に失墜する。プラス基幹システムの運用停止。」

「最悪ですね。」

「はい。最悪です。」

佐竹の車は金沢駅前の交差点でバーゲンセールのための渋滞に捕まった。ふと窓の外を眺めると古ぼけたビルが目に入ったため、彼はその一階を見つめた。視線の先には3年前に自分が勤務していた金沢銀行駅前支店の姿があった。

彼は携帯を取り出した。そしてその中の電話帳を見た。

ー私には借りがあります。佐竹さん。もしもお困りのことがあれば携帯に連絡下さい。警察は辞めることになりましたが、一個人としてできる限りのことをさせていただきます。

佐竹は古田の携帯番号を見つめた。退官してからの古田とは一切連絡をとっていない。3年の月日を経ていきなり電話をかけて彼は出てくれるだろうか。佐竹は古田と初めて顔を合わせた当時の金沢銀行駅前支店の様子と警察の聴取というものを体験した喫茶店ボンを思い出していた。

「今川惟幾か…。」

こう呟いた瞬間、佐竹の前方からクラクションの音が鳴り響いた。渋滞に捕まってイライラが募った者がそのはけ口としてこのような行動をとったのだろうか。そんなみみっちい人間は一体どんな奴かと確認するように、佐竹は音が鳴った方を見た。すると対向車線を猛スピードでこちらに向かって走ってくる車があった。黒塗りのセダンだ。

「ヤクザかよ。」

その車は武蔵ケ辻目がけて走り去っていった。それだけならばただやんちゃな運転をする車と言うことで片付けられるが、黒塗りのセダンが走り去った後に、1台のシルバーのセダンがその車を追うかのようにこれまた猛スピードで走り去っていったのである。血の気が多い連中が何かのきっかけで暴れでもしたんだろうと佐竹は呆れた風だった。その暴走車のせいか車はまだ動かない。佐竹は辺りを何と無く見回した。するとイヤホンらしきものを身につけて口を動かしている男の姿が何個か見受けられた。それらの者は合流し何処かに消える者もあれば、そのままそこに立っている者もいる。

「変だな。」

確かに様子が変だ。しかし詮索しても自分にとっては特に関係の無いことであると佐竹は再び携帯を手にした。そして古田の電話番号をしばらく見て意を決するかのように発信ボタンを押し込んだ。

「いやいやどうも佐竹さん。お久しぶりですね。お電話ありがとうございます。」

「古田さん…。」

「どうされましたか。」

「古田さんはどうですか。引退されてから3年経ちますけど。」

「ははは。佐竹さん。暫く振りに電話してきて世間話なんてことはないでしょう。」

「ええ、まあ。」

「心配せんでもワシは今は通りただの人です。腹の探り合いみたいなことは無用ですわ。」

「そうですね。」

「で、なんでしょう。電話じゃ言えん内容のことですか。」

「久しぶりに電話して、いきなり頼み事ってのもなんか妙な感じがしますから直接お会いして話せませんか。」

「いいですよ。いつにします。」

「今日はどうですか。」

「おおう。急ですな。さては御行で起こったコロシの件でしょうか。」

どうやら古田にはお見通しのようである。

「いいでしょう。今ちょっと出先でしてね。1時間程後なら合流できますよ。」

「じゃあボンでどうでしょう。」

「あぁ久しぶりですな。あのマスター元気ですかね。先に行っとって下さい。」

「古田さん。」

「はい。」

「嫌な予感がするんです。」

佐竹のこの言葉に古田は沈黙した。

「今川ですか。」

「どうしてその名前を。」

「…佐竹さん。ワシも貴方とおんなじ心境ですよ。あなたから連絡がなければこっちから電話をかけとった。兎に角1時間後に合流しましょう。詳しい話はそん時に。」