第十二話

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第十二話 前半
五の線2 第十二話 前半
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総務部情報管理課には夕方になった現在でも県警の捜査員が入り、パソコンや書類を調べていた。佐竹はその中で捜査員の対応に追われていた。外部から金沢銀行のシステムにアクセスする方法はどう言ったものが考えられるか、システムに入り込んで情報を書き換えるには何が考えられるかと言ったことを延々と佐竹は捜査員に聞かれていた。しかし捜査員に色々と説明をするも、彼らはどうもITに関して疎いらしい。誰かその手のことに明るい人間がいればすぐにでも説明は終わるのだが、所轄の金沢北署捜査一課には対応する捜査員がいないようである。

「佐竹。」

聞き覚えのある声が聞こえた。

「部長。」

振り返った先にはポケットに両手を突っ込んで佇む山県の姿があった。

「大変なことになったな。」

「はい。部長も大変でしょう。」

「ああ、ウチの管理責任も問われるわ。勿論お前の情報管理課もな。」

情報セキュリティを破られたために人事情報が改竄されたのは言うまでもない。佐竹は今回の事件の第一義的責任はやはり自分にあるのだと痛感し、肩を落とした。

「まぁ今はそんなことはどうでもいい。」

「え?」

「今から俺が総務部長や。お前もちょっとこっち来いま。」

山県は佐竹に向かって手招きした。佐竹が向かった先の経営企画部には総務部の課長と次長の松任が集まっていた。

金沢銀行総務部は佐竹が属する情報管理課の他、事務管理課、事務企画課、金融商品管理課の三つのセクションがある。それぞれ情管、事務管、事務企、金管と略して呼ばれている。情管は佐竹、事務管は常見、事務企は財部、金管は潮田である。皆、佐竹と同世代の40前後の人間。これら課長連中の仲は悪くなく、常日頃から仕事の上で連携をとっていた。彼らは佐竹の暗い表情を見てその心中を察していたようだ。5人を前に山県は座り口を開いた。

「俺が暫定的に小松部長の後を引き継ぐことになった。当面の間よろしく頼む。」

守衛殺害と部長の訃報を受けて総務部は混乱していていた。大将を失った組織というものはこんなに脆いものか。次長の松任は総務の実務を長年経験しているが、決断する立場にない。そのため今朝から今まで全ての事柄を常務の小堀に伺いを立てて課長たちに支持をしている。機動的ではない。全てが後手だった。朝からのさまざまな調整のため松任の疲労度合いは酷く、総務部のこの思わしくない状況を回復させることは急務だった。主を失った総務部に暫定的であれども長を頂くことになった彼らは内心安堵しているようだった。

「小松さんの葬儀は小堀常務が葬儀委員長になって全部段どるから、お前らは何もせんでいい。自殺ってことになっとるから、あんまり公にせんほうがいい。内輪でのひっそりとした葬儀になるやろ。お前らはそこに参列するだけにしとけ。」

「部内の社員はどうしますか。」

松任が山県はに伺った。

「今日のうちに電話で連絡しといてくれ。でも部内に留めるように。」

「営業店には発信しないということでよろしいですか。」

「小松さんと個人的に親しい奴はどっかから伝わるやろう。こっちから知らせる必要はない。無闇矢鱈に全社員の不安を煽る必要はない。訃報と葬儀に関しては常務と経企でやる。」

「分かりました。」

山県はさてと言って松任を見た。

「次長。今日ここに皆に集まってもらったには別の理由がある。」

「はい。そこを私も気にしております。」

山県は頷いた。

「人事は経企が管轄しとるが、システムの運用は総務や。このシステムについて社内でも調べたいんや。」

「と言いますと。」

「今はセキュリティの不備とかの話はせん。誰がいつの段階でウチの人事情報を書き換えたんか突き止めたい。」

「しかし、システムは今警察の手が入っているので端末を触ることはできません。」

「バックアップとかでデータを復元とかできんがか?。最近のパソコンは定期的に自動的にバックアップを外付けのハードディスクとかにとるって聞いたことがあるぞ。」

「確かにそれと似たような物はあります。しかしそれも専用の端末を使用してのみアクセスが可能なんです。」

山県は腕を組んだ。

「ちゅうことはあれやな。外部からウチのシステムに入るのは不可能やってことや。」

「ええ。物理的にそれは不可能です。ウチの人事情報が書き換えられるとすれば、内部の犯行としか考えられません。外部からのハッキングは不可能です。」

「ふうむ…。」

「ちょっと待って下さい。」

佐竹が口を挟んだ。

「次長。次期導入予定のシステムのデモ機ってあったんじゃないですか?」

ハッとした松任は思わず手を打った。

「そうや。それがあった。」

「何やそれ。」

「部長もご存知でしょう。ウチのシステム変更。」

「ああ。聞いとる。」

「それのデモ機がありますよ。でも部長のキャビネットに入ってるんで鍵がかかっとります。」

「何や、それがあればデータの復旧ができるんか。」

「ええ。」

「鍵は?」

「部長と私が持っとります。でもほら、警察がね…。」

総務部は現在捜査関係者以外立ち入り禁止である。そこに堂々と立ち入って何かの探し物をするのは不自然だと松任は言った。しかし何事にも機というものがある。根拠はないがこのデータの検証は早くに自分らの手でやった方がいい気がする。なんとかできないか。そう山県は言った。

「そうだ。」

皆が佐竹を見た。

「仕事がありますよ。」

「何、仕事?」

「ええ。確か警察から紹介があったはずです。」

佐竹は昨日、退行する間際に警察からの捜査関係事項照会書のFAXが送られてきていたことを思い出した。あの時は事務管も部長も次長も皆が帰っていたので、週明けの対応にしようと判断した。しかし、期せずして今ここに総務の管理職が皆いる。この仕事を名目に総務部への立ち入りを申し出れば、彼らも入室を許可してくれるだろう。ということで佐竹は一旦総務部へ戻り、捜査員に仕事のFAXを確認したいと言ってFAXの方へ近寄った。

「あれ?」

排紙トレーに手を突っ込んで受信FAXの束を確認するも、昨日佐竹が目にした捜査関係事項照会書は発見できなかった。

「どうしました。」

捜査員が佐竹に声をかけた。

「あ、いや。確か昨日、警察からFAXが届いていたと思いまして。」

「照会書ですか?」

「ええ。」

捜査員は他の人間にFAX用紙について尋ねた。しかしここには捜査には何も関係がないものばかりだということで、何も手をつけていないそうだ。

ーおかしい。絶対にあった。

「すいません。自分の思い違いでした。キャビネットの中にしまったんでした。ちょっとそこだけ確認させてもらえませんか。」

捜査員は渋々ながらも警察からの照会書のことなのですぐに確認してくれと言った。

佐竹は松任から預かった鍵でキャビネットを開けて、そこに保管されていたデモ用のノートパソコンを確認した。

「おかしいなぁ。俺の思い違いかなぁ。」

「思い違いでしょ。そんな紙なかったって言ってますよ。」

捜査員はこちらを見ていない。佐竹の独り言に適当に受け答えしている。

「すいません。ちょっとトイレ行ってきます。」

そう言って佐竹は捜査員に隠れてパソコンを抱え、そそくさと総務部を後にした。

加賀達が待機する経営企画室へパソコンを持ってきた佐竹はすぐさまそれに電源を入れた。

「お前、仕事早ぇな。」

次長の松任が驚きの表情で佐竹を見た。

「警察にはトイレに行って来るって言ってるから、次長、ちょっとバトンタッチしてあっちのほう対応してくれませんか。あ、俺、下痢がひどいみたいってことにして。」

「わ、わかった。」

松任は佐竹の代わりに総務部へ向かった。佐竹はパソコンが起動するまでの合間に深呼吸を何度かした。

「佐竹。照会書は。」

事務管の常見が尋ねた。

「無かった。」

「え?」

「無かったんだ。昨日、帰る前に絶対にこの目で見た。なのにそれが無い。」

「どう言うことだよ。」

「わからん。警察にも聞いたけど、そこは触っていないって言うんだ。」

「まさか、ひょっとしてそれが藤堂とかって言う奴の…。」

「かもしれんな。」

山県は顎髭をじょりじょり摩って眉間にシワを寄せた。

「佐竹。そのこと警察は知っとるんか。」

「わかりません。」

パソコンが起動した。佐竹は起動画面に表示されるユーザーネームとパスワードを手慣れた手つきで入力した。

「部長。どうします。」

「ああ、とにかくいつの段階で俺の情報が書き換えられたかを知りたい。」

佐竹は経営企画部にLANケーブルがないか山県に聞いた。しかし山県はどうもその手のことには疎いようで、何がLANケーブルなのか分からない。佐竹の問いを補足するように金管の潮田が山県にLANケーブルと言うものはこういうものだと、近くのパソコンに刺さっているケーブルを指して説明した。山県はその手の備品は経営企画部の次長課長に管理させていると言う。これでは埒が明かないと言うことで、潮田は山県からキャビネットの鍵を預かり、財部と一緒に手当たり次第部屋の中を調べた。話がわかる人間がいるだけで事は円滑に運ぶ。それを探すにはそうも時間はかからなかった。佐竹は渡されたケーブルをパソコンに繋ぎ、サーバへのアクセスを試みた。そして一体何をどうしているのか一般の人間には分からない操作をして金沢銀行の人事情報にアクセスした。画面には経営企画部の人間の名前が並んでいる。あいうえお順のそれを部屋にいる人間全員が見た瞬間、沈黙が流れた。

「藤堂なんかおらん。」

山県が沈黙を破った。

「佐竹。これは何時のデータや。」

「…現時点でのデータです。7月13日土曜日15時44分現在のものです。」

佐竹は山県有恒の名前をダブルクリックして、彼の詳細情報を表示させた。

「何も変わっとらんのう。」

守衛は藤堂という人物を照合し、小松に彼を行内に入れても良いか確認している。山県のデータが藤堂に置き換わっていないのはおかしい。佐竹は昨日の正午時点でのデータを復元した。しかしその画面にも藤堂の名前は無い。佐竹は正午から1時間ずつ時間を進めてデータの復元を試みた。15時のデータを復元した時のことである。

「これか。」

山県が言った。

佐竹は藤堂のデータをダブルクリックしてその詳細情報を表示した。守衛が藤堂という男の存在を確認する一番の手がかりは顔写真。少なくともこの写真の男に似た男が、その日金沢銀行に来た男である。画面に藤堂という男の顔写真が表示された。齢50代後半と思われる男。眼鏡をかけ神経質そうな感じが写真からも伝わって来る彼の表情は、いかにも銀行員といった風貌そのものだ。

「誰や。」

「わかりません。」

佐竹は取り敢えずその写真をハードコピーしパソコンの中に落とし込んだ。そして藤堂のデータが山県のものに戻された時間を探るために再び、パソコンを操作し始めた。

「佐竹。昨日の15時頃、ここにアクセスしたパソコンは特定できるか。」

「それには時間がかかります。」

「どれくらい。」

「やってみないとわかりません。運が良ければすぐにでも見つかるでしょうし、運が悪ければどれだけ時間がかかるかわかりません。」

そもそもその手の捜査は警察がやっている。ここで彼らと重複する作業をして無駄な時間を費やすよりも、何か身のある情報が欲しい。佐竹の側にいる事務企画課の財部はそう考え視点を変えることを試みた。

「なぁ佐竹。話は変わるけど、捜査関係事項紹介書って誰のことか覚えとるか。」

「確かコンドウサトミって書いてあったと思う。」

「それが無いんやな。」

「そう。」

「って事はひょっとするとそれが犯人が消したい情報なんかもしれん。」

「確かにそうや。」

財部の誘導に常見が同調した。

「佐竹、顧客情報のアクセスはこのデモ機でできるんか。」

「できる。」

「ちょっとその人間を調べてみてくれ。」

「わかった。これが終わったらやってみる。」

佐竹がエンターキーを軽快に叩いた。

「昨日の23時50分に山県部長にもどっている。」

常見は画面を覗き、天を仰いで考えを巡らせた。

「守衛が警備を解除したのは23時半。それと一緒に藤堂が行内に入ったとすれば、そのタイミングで奴がデータを元通りにしたってことやな。」

「そう考えるのが妥当だと思う。」

「データを元通りにするって、やっぱり大変なんか。」

「いや、そうでもないよ。15時以前の山県部長のデータを呼び出して、それを置き換えるだけでいい。でもそのオペレーションはシステム管理しているウチの課の人間ぐらいしかわからない。」

そう言った佐竹は手を止めた。

「そもそも部長の承認キーが無いと情報の変更はできないから、犯人がどうやってシステムに侵入して情報を書き換えたのか…。」

佐竹は手を止めた。

「ハッキングか。」

「ハッキング?」

佐竹は独り言を呟き始めた。わけのわからない専門用語を並べて、いや違うそんなはずはないなどと言いながら様々なシミュレーションをしているようだ。

「ハッキングって言うけど佐竹、お前はそれできるんか。」

黙って課長たちの様子を見ていた山県が口を開いた。

「いえ、できません。俺にはそこまでのスキルはありません。」

「じゃあ実働部隊は。」

佐竹はあくまでもシステムに関する大きな画を把握し、彼らを効果的に使うことでシステムの保全と改良に責任を負うという立場。彼らを使用するため一定のシステムに関する知識と経験を持っているが、専門のエンジニアに比べれば力量は劣る。山県はそのエンジニアの力量を尋ねたのである。

「できると思いますよ。目には目、歯には歯、ハッキングにはハッキング。彼らも相応のスキルを持っています。」

「そうやな。なら何となく見えてくる。」

現時点では情管の外部エンジニアが情報を変えた線が濃いのではないかと山県は踏んだ。しかし佐竹は、彼らはそんなことをする人間たちではないと山県に反論した。

「証拠は?」

「証拠ですか?」

「証拠もないげんに、はいそうですかとはなかなか言えんよ。」

佐竹は何も言えなくなった。

「どこや。業者は。」

「ドットメディカルです。」

「ドットメディカル?」

山県の動きが止まった。

「ドットメディカルの情報戦略事業部からの出向です。」

「まさか…。」

「どうしたんですか部長。」

潮田が山県の異変に気がついた。どんな時でも悠然と構える山県がこの時だけは明らかに違っていた。彼の顔から表情が消え失せていた。

「佐竹。取り敢えず今日は警察の捜査に付き合って切りのいいところで帰れ。」

山県は他の課長達にも小松の訃報を伝えたら、今日のところは帰っていいと言ってその場から立ち去った。

「何ねんろ。部長の表情が一変したな。」

「ドットメディカルの名前だした途端やしな。何か心当たりがあるんかもしれん。」

潮田と常見は首を傾げた。

「佐竹。さっき言ったコンドウサトミってやつ見てみろよ。」

「でも、部長どっか行ったぞ。」

「いいから。」

佐竹は事務管理課の常見を見た。彼はいいんじゃないかと言って財部に同調した。

「わかった。」

佐竹は再びパソコンを操作をした。カタカタとキーボードを叩き何かのコマンドを入力している。この場の課長達には佐竹がやっていることがさっぱり分からなかった。

「出た。」

画面にはコンドウサトミという名前の顧客一覧が表示された。

「佐竹、どこの支店やった?」

「それを今思い出してる途中。」

佐竹は手をキーボードに添えたまま目を瞑って考えている。コンドウサトミという名前はカタカナだった。対象支店は確か「西」の文字が入っていたように思う。金沢銀行の支店にその漢字が使用されているのは合計5店舗あった。佐竹はその5店舗にあるコンドウサトミを絞り込んだ。該当は22件である。

「22件もあったらこれ以上絞り込めんぞ。佐竹、何とか店名思い出せんか。」

そんなことを言っても、昨日の帰る間際にさらっとだけ目を通した書類だ。しかも照会の回答は自分が直接関わる業務ではない。事務管理課の業務だ。彼は僅かの記憶をなんとか呼び出そうと再び目を瞑った。

「あれ?」

常見が何かに気がついたような声を発した。

「どうした。」

「このコンドウサトミ見てみろよ。」

常見は居並ぶコンドウサトミの名前の中のひとつを指差した。

「ほらアスタリスクが振ってある。」

金沢銀行のシステムでは口座がなくなっても、顧客情報は残る。顧客情報そのものを抹消するには顧客からの申し出を受けて然るべき手続きを経ないとそれができないことになっている。常見が指したアスタリスクはそういった手続きを全て完了した証拠なのである。

「佐竹、この金沢西部支店のコンドウサトミの顧客情報がいつ抹消されたか確認できんか。」

目を瞑って自分の記憶を辿っていた佐竹はハッと目を開いた。

「それだ。金沢西部支店だ。」

佐竹は常見が指すコンドウサトミの名前をダブルクリックしてその情報を表示させた。抹消されているので勿論何の情報も表示されない。画面に映し出されるのは抹消した日付だけである。しかしその日付を見て、その場の課長達は息を飲んだ。

「昨日の23時45分だと?」