第十一話

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第十一話
五の線2 第十一話
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金沢大桑のとある公園でひとりの男がベンチに座り、アイスコーヒー片手に休息をしている。透明のプラスチック容器に緑のストローというところから、某有名コーヒーチェーン店のものと思われる。男はジーパンに半袖のチェック柄のシャツ。足元はサンダルだ。額から時折流れ落ちる汗をタオル生地のハンカチで拭いながら、男は目の前にある情景をサングラスの中の瞳で見つめていた。ごく普通の夏場の休日。小さな子供を連れた親が彼らと楽しそうに遊んでいる。ゴムボールのようなものを蹴ったり投げたりしている者もいれば、遊具で遊んでいるものもある。

隣に人の気配を感じた。サファリハットを被りカメラマンジャケットを身につけた老人である。老人はどっこいしょと言いながら、そこに腰をかけタオルで迸る汗を拭った。そして手にしていたカメラバッグの中からスポーツ新聞を取り出し、それを傍らに置いた。

「取り敢えずヤサ(住所)や。」

「仕事早ぇな。」

「あいつの正体はまだや。」

「そりゃそうやろう。たった1日2日で突き止められたら俺らの仕事なんか無くなるわいや。」

そう言って男はスポーツ新聞を筒状に丸めて、それで自分の膝をぽんぽんと叩いた。

「すまんね。」

「何もや。」

お互い一切目を合わせない。二人とも目の前に広がる絵に描いたような幸せな休日の家族の姿を見たまま会話を続けた。

「おい。今朝の事件やけど。」

「何や。」

「あれか。まさかお前んとこのヤマと何かかぶっとるんか。」

「何で?」

「いや、何となくな。金沢銀行っちゅうのが引っかかったんや。」

「金沢銀行ね。」

「お前言っとったやろう。3年前の事件はまだ終わっとらんって。」

「トシさん。相変わらず勘が鋭いな。」

男はタオル地のハンカチで口のあたりを覆い笑みを浮かべた。

古田はあたりを見回した。様々な年齢層の人間が公園内にいる。彼はその中の一組の家族を見た。年齢は30後半ぐらいだろうか。父親と思われる人物を車椅子に乗せてそれを押している男があった。男の傍らには妻らしき女性の姿が見えた。古田にも30代の子供がいる。しかし離婚のため全くの疎遠だ。自分が介護を必要とする立場となった時、誰が自分の面倒を見てくれるのだろうか。彼は子が親の介護をするという情景を目の当たりにし一種の寂寥を覚えた。

「片倉んとこの娘はいくつになったんや。」

「21。大学3年。」

「どこの大学や。」

「石大。」

「石大。そりゃあ大したもんやな。親としても鼻が高ぇな。」

片倉は頭を掻いた。

「まあな。確かに世間的にはそうや。自慢の娘や。けどな、俺はあんまり父親らしいことはできとらん。全部カミさん任せやからな。昨日もな、夜久しぶりに家に帰ったんやけどあいつ無視や。誰、このおっさんって感じ。こっちから最近どうやって聞いても適当にあしらわれる。」

「キツイな。」

「キツイわいや。まぁろくにあいつとちゃんと向き合って来んかった俺に非があるんやろうけどな。」

「ほうか。」

「まぁ俺はあいつが普通に大学出て、普通に就職して、普通に結婚してくれりゃそれだけでいいんや。そしたらさっさとこの世界から足洗って、カミさんに尽くす。」

「はぁ?尽くす?」

「そうでもせんと、あそこの車椅子の爺さんみたいに俺の老後の面倒見てくれんやろう。」

片倉は古田が何を見て何を考えていたかわかっていたようだ。

「トシさん心配すんな。あんたの面倒は俺が見るよ。」

「まだそんなに耄碌しとらんわ。」

「まぁあんたの仕事の早さを見れば大丈夫そうやな。」

片倉はくすくすと笑った。古田もそれにつられて笑みを浮かべた。

「その調子で頼むよ。」

「あぁ任せとけ。」

「本題や。」

「何や。」

「こいつが本当に今川かどうかそれを調べてくれ。」

そう言って片倉は新聞片手に立ち上がった。彼が一歩足を踏み出した瞬間、古田が後ろから声をかけた。

「注意しとけや。」

片倉の足は止まった。

「ワシはお前らが何を調べとるんかよく分からん。けどな肌で感じるんや。」

「…。」

「とてつもなく大きなもんが動き出しとる。」

片倉は黙ったままである。

「お前自身もそうやけど、大事なカミさんと娘もちゃんと守ってやれや。」

その場で立ち尽くした片倉だったが、手にしている丸めたスポーツ新聞を使って再び膝を叩きながらその場から立ち去って行った。この公園で2人は最後まで目を合わすことはなかった。

 

 

局に帰ってきた相馬はカメラマンの控え室でテレビをつけた。ここは北陸新聞テレビ。一応ここのチャンネルしか基本的に見ることができないことになっている。土曜の夕方のこの時間ではゴルフの中継を放送していたので、それに関心が一切ない相馬は適当にチャンネルをザッピングした。大して見たい番組が無いことを知った相馬はそれを消して、スマートフォンでウェブを検索し始めた。キーワードは首吊り自殺である。そう、黒田が小松の遺体には首がなかったと言っていたことを自分なりに理解するためである。

ー首吊りしてその勢いでそれが吹っ飛んで行くことなんてあるんかな。

相馬は様々なウェブサイトを見た。用心深く。この種のキーワードで検索をかけて不意にとんでもない画像と遭遇することがある。それをとにかく避けるために彼はリンク先に飛ぶ瞬間、目を細めて画面をぼんやりと確認した。そこにグロテスクであると思われる画像があれば即座に戻り、別のサイトへという具合で相馬は情報を収集した。しかしどこを見てもそんな情報は無い。冷静に考えれば黒田が言う状況はあり得ない。首が無いのに首吊りなんかできるはずはない。仮に首を吊ってその勢いでそれが何処かに飛んで行ったとしても、首は見つかるはず。しかし黒田が言うにはそれすらも見つかっていない。普通の人間ならこれで自殺なんて判断するわけがない。相馬は黒田に今日の小松の自殺の件には深入りするなと言われた。流石に危険な雰囲気漂う世界に自分の身を投じるほどの根性は持ち合わせていない。だが、ウェブ上で情報を得るくらいのことならば、危険も何もない。相馬は過去に今朝のような不自然な自殺がなかったか調べた。

ー結構あるな。

自殺とは到底思えない現場状況に関わらず、自殺と判断されたものが複数列挙されていた。所謂まとめサイトである。そこには当時の報道記事などのソースは明示されていない。これらは暴力団と癒着した警察の暗部だとか、都合の悪い情報を隠蔽するために大きな力が動いたなどの陰謀論が飛び交っていた。普段ならば単なる噂として受け流してしまう情報の数々である。何故ならその情報の出処を示す報道記事などのソースが貼られていないためだ。しかしこの時の相馬は違った。実際に現場に居合わせて、報道記者の口から遺体の状況を聞いたのである。どう考えても自殺ではないものが自殺として処理される様を肌で感じているのである。

「陰謀か…。どうねんろう…。」

こう呟いた瞬間、黒田が部屋に入って来た。

「お疲れ。」

「お疲れさまです。」

「何調べてた?」

相馬は咄嗟にスマートフォンをスリープ状態にしてそれをポケットにしまった。

「今は何でもすぐに調べられるからなぁ。」

「あ、あの…。」

「どう?世間は今日の自殺の件、何て言ってる?」

「せ、世間ですか?」

「あれ?お前SNSとかやってないの?」

「ええ、まぁ。」

「そうか。今時珍しいな。」

「俺、あの手の馴れ合いとかあんまり好きじゃないんで。」

「気持ちいい。」

「え?」

「いや、俺もあの手の奴嫌いなんだよ。リア充自慢大会じゃん。」

「リア充…。まさか黒田さんからそんな単語を聞くとは。」

「誰も他人の自慢話なんか聞きたくもないって。な。」

「ええ。」

黒田の年齢は42歳。この世代の人間が大っぴらにインターネットスラングを使用する姿を見たことがなかった相馬は戸惑った。

「ソーシャルって誰がそんな名前つけたんだろうな。どこがソーシャルなんだよ。」

「そうですか?」

「表向き当たり障りの無い情報を発信して、一定の仲良しがそれに形だけの共感を示す。あれじゃあみんながみんな大本営だって。」

「大本営ですか。」

「知り合いとか友人だから誰もそれは違うって言わないだろ。言ったら言ったで何だあいつってシカト。結果、異を唱えた人間は変人扱い。コミュニティから抹殺さ。上辺だけのコミュニティなんかにしがみ付いて何が繋がってるってんだよ。」

この言葉、何処かで聞いたことがある。そう、相馬自身が長谷部に言ったコミュに対する否定的な言葉だった。

「常日頃からいろんな人間と上辺の付き合いをしてるってのに、何であの世界でも自分を取り繕うことを皆するんだろう。」

「黒田さん。あれですよ。」

「何?」

「カラオケですよ。」

「カラオケ?」

相馬は自分の友人が言っていたこととして、長谷部のコミュ分析の一説を引用してSNSを解説した。

「へぇ。面白い見方だね。その彼ってのはSNSをやっているの?」

「いえ、でもそれっぽいところに試しに行ってみようとしているみたいですよ。」

「それっぽいところって、何?」

相馬は再びスマートフォンを取り出してコミュのウェブサイトを表示し、それを黒田に見せた。そしてその団体がどういったことをやっているのかを、昨日の体験を元に簡単に黒田に説明した。

「リアルSNSか。」

「今の黒田さんの話を聞いていて、俺もそう感じました。」

「こんなもんが世の中にあるんだな。」

黒田はスマートフォンを相馬に返した。

「相馬。ちょっと頼まれてくれない?」

「何ですか。」

「そのコミュってところに行って、実際に体験した感想とか、どんな雰囲気なのか、どういった人たちが参加しているのか、どんな人が運営しているのか知りたいんだ。」

「俺がですか。」

黒田は頷いた。

「俺みたいな人間が突然そんなところに出入りすると怪しまれるから。」

「でも俺はあの雰囲気が嫌なんですよ。」

「分かる分かるよ。でもな報道ってもんは好き嫌いじゃないんだ。こんな事が世間では行われていますって事実を伝えなきゃいけないんだ。お前もちょっとだけ報道人を味わってみたらどうだ。」

「でも…。」

「まぁお前がどうも気が進まないって言うんだったら、それでいいけどね。」

「俺がそこに入って、何かの情報をとってきたら黒田さんはどうするんですか。」

「裏とって改めて取材して、デスクにかけあって流す。」

「マジですか。」

自分の行動次第でひとつのニュースが出来上がる。その可能性を感じた瞬間、相馬の腰は急に軽くなった。

「やってみます。」

黒田は流石と相馬の肩を叩いた。

「やっぱりお前は何か違うよ。お前が感じたままの情報を俺にくれ。

そう言うと黒田は財布を取り出して1000円札を2枚取り出して相馬に渡した。

「ヤスさんとデスクには内緒な。これで晩飯でも食え。」

「え。」

「相馬。頼んでおいてなんだけど、これだけは気をつけてな。」

「何でしょう。」

「もしも、もしもだけど、何かマズいなって思ったらそれで引き上げろ。」

「何です、マズいって。」

「何て言うか直感。直感に素直に従うんだぞ。」

「は、はい。」

「まぁコミュってところはそんな危ないことはないだろうけどね。だって馴れ合いの場なんだから。一応念のために言っただけ。」

そう言って黒田は部屋から出て行った。相馬は手にしていた2000円を財布にしまい、再びスマートフォンを触り始めた。