第十話

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第十話
五の線2 第十話
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金沢銀行本店役員会議室には休日にも関わらず、全役員が一同に集まっていた。休日の急な呼び出しと言うこともあって、各々がてんでバラバラな服装である。ゴルフウェアの者もいれば、小洒落たジャケット姿の者もいる。ジーパンにTシャツといった非常にラフな服装の者もいた。

専務の加賀が全役員が出席していることを確認すると、彼は席を立った。

「皆さんは既にご存知の通り、当行の警備に当たる守衛が殺されました。」

議場は水を打ったように静まり返っている。

「さらに残念なお知らせがあります。」

役員たちは加賀から目を離さない。常務の小堀と経営企画部の山県だけが目を伏せた。

「小松部長が亡くなりました。」

役員たちはざわざわと騒ぎ始めた。言われてみればこの種の会議の進行役はいつも小松部長が行っている。普段彼が座っているはずの席は空席であった。

「自殺だそうです。まずは皆さんに直接報告するために、休日にも関わらず呼び出しました。」

「一体どういうことですか。」

小松部長と日頃親交が深かった営業推進部部長の篠井が震えた声で加賀に質問した。

「理由はわかりません。現在警察で捜査中です。」

篠井は革張りの椅子に身を委ねて天を仰いでいた。

「私としても大変残念です。」

「専務。それは本当のことですか。」

今度は融資部部長の小池田が涙を目に浮かべながら質問した。

「残念ながら本当のことですか。本日10時半頃、熨子山で小松部長と思われる遺体が発見されました。警察の話によると自殺とのことです。」

「自殺って…。いったい何で…。」

「詳しい状況は私にも警察からは知らされていません。」

「そ、そんな…。小松…。」

ゴルフ姿だった小池田はそう言うと目から大粒の涙を流し嗚咽し出した。

「小松部長に関しましては本当に残念です。何故そういうことになったのかは警察の捜査を見守るしかありません。我々としては彼をしっかりと弔うために、葬儀に関して段取りをしたく本日皆さんに集まっていただきました。しかし、彼亡き後業務に支障が出るのはマズい。そこで彼の後任人事についても皆さんに同意を頂きたいと思っています。」

役員のほとんどが突然の知らせに呆然としていた。篠井営業推進部長や小池田融資部長のように小松部長と普段から親交があった者は狼狽を隠せない。例えば派閥などの確執があっても日々同じ会社で同じ目標に向かって仕事をしている身。皆、小松の突然の自殺という事実は簡単に飲み込めなかった。

「当面は山県部長に総務部長を兼任してもらおうと思います。これは頭取にも了解を得ております。」

なぜ山県なのかと言う声も聞かれたが、山県本人から説明をさせるとの加賀の言葉にざわついていた役員たちは静まった。

山県は立ち上がり、役員たちに深々と頭を下げた。

「今朝の守衛殺害ですが、小松部長と私の名誉にも関わる事件です。事件について現在わかっている事を皆さんにご報告申し上げます。」

常務の小堀は神経質そうな表情で山県を見つめた。

「経営企画部部長、藤堂豪。」

役員たちは再びざわざわとし始めた。

「こんな人物は当行には存在しません。金沢銀行経営企画部部長は私、山県有恒です。この藤堂なる男、用意周到に偽造の社員証を持ってここにやって来ました。守衛はその社員証と社員データベースを照合し、藤堂が当行の経営企画部の人間であることを確認したのです。」

「なんだって…。社員情報がどこかで改竄されたと…。」

篠井が力弱い声で独り言を発した。

「社員の人事を司るのは私の経営企画部です。この点をまんまとすり抜けられた点は率直に皆さんにお詫び申し上げます。」

山県は頭を下げて言葉を続けた。

「先ずは人事管理の不備はなかったか点検をします。合わせて当行の情報セキュリティに関する話でもありますので、情報管理課とも連携して検証します。」

山県はここでしかしと言って発言を続けた。

「守衛はちゃんと手順を踏んで藤堂に接しました。彼はその藤堂を行内に入れても良いかと小松部長に確認を取る電話を入れています。守衛携帯の23時23分の発信履歴に小松部長の携帯番号があります。」

「待て。山県部長。そんなはずはないだろう。小松部長が君とその藤堂とかという男を取り違えるわけがない。」

小堀と加賀は黙って山県の様子を見つめた。山県は深呼吸をしてゆっくりと口を開いた。

「その通り。あり得ないんです。日頃顔を合わせている人間を聞いたこともない人間と取り違えるなんて考えられません。小松部長は残念ながら亡くなられました。自殺と言われています。いつどの段階で亡くなられたかは今だにわかりませんが、これだけは言えます。」

役員たちは固唾を飲んで山県の説明を聞いた。

「誰かが小松さんに成りすました。」

「そんな…。いや、そうとしか考えられない…。」

小池田は拳を握りしめて肩を震わせていた。

「そうとなると、私には疑念が湧いてくるんです。」

「何だ。」

篠井が山県に尋ねた。

「小松さんはその時すでに誰かによって殺されていたのではないか。」

「何っ⁉︎」

「小松部長になりすました者は一体どのタイミングで彼の携帯を手に入れたというのでしょうか。成りすまされたのは昨日の23時23分。この時には小松さんの携帯は誰かの手に渡っていたということになります。自殺をする時の事を考えてみてください。誰も今から自殺しますって言ってする奴なんかおりませんよ。人知れずどこかで自殺する。こんなもんです。仮に小松さんが自殺したとするならば、どうして携帯が他人の手に渡っていたんでしょうか。しかも守衛からかかって来た電話に不自然なことなく対応している。結果、守衛はそれを信じて鍵を開けた。」

「確かにあなたの言う通りだ。不自然極まりない。」

「こんな杜撰な事を小松さんがやることは無いのです。あり得ないんです。皆さんも小松さんのことをよくご存知でしょう。私は彼の汚名を注ぎたいんです。社員の人事を司るのは経営企画部部長のは私です。この司の私が藤堂という男によって乗っ取られた。これは非常に不名誉なことですどうか私自身の汚名も挽回する意味で、この件の処理をお任せくださいますようお願い申し上げます。」

篠井も小池田も山県の意見に賛同している。他の役員も同様であった。

「よろしいですか。皆さん。」

加賀がそう言うと皆が頷いた。

「葬儀委員長は小堀常務にお願いします。丁重に小松部長を弔って下さい。」

「はっ。」

 

会議を終えた役員たちは皆、一旦自宅へ帰宅し、そこで待機する事となった。山県と加賀、小堀の3名は専務室に移った。山県は応接用のソファに腰をかけてタバコを加えてそれに火をつけた。

「山県。お前心当たりあるんか。」

山県と同じく腰をかけた小堀もタバコを吸い始めた。

「何でしょう。」

「藤堂とかって奴や。」

「わかりませんし、初めて聞く名前です。先ずはどの段階で私の情報が誰の手で改竄されたか調べる必要がありますね。後は何で犯人はウチの中にあの時間に入らんといかんかったかっちゅうこともはっきりさせんといかん。」

「ほやけど、システムは警察に抑えられとるぞ。ほやから今はなんもできん。」

山県は頬を撫でた。休みの急な出勤と言うこともあって、顔を剃るのを忘れてしまったようだ。ヒゲがジョリジョリと音を立てる。

「常務。ほらあの手のシステムってバックアップとかとっとるんじゃないですか?」

「ああ。わしも専門外やけど確かとってあるはずや。」

「ほんならそこから当時の情報を遡って見れたりせんがかね。」

「警察ごっこか。山県。」

タバコを灰皿に捻りつけてその火を消し、山県は勢い良く煙を吹き出した。

「常務も専務もおかしいと思っとるでしょう。」

窓の外を眺めていた加賀も煙草を吸っていた小堀も動きを止めた。

「篠井さんも不自然極まりないって言ってましたよ。」

二人とも黙っている。しばしの沈黙が専務室を覆った。それを破ったのは加賀だった。

「小堀常務。」

「何でしょう。」

「ドットメディカルの件はどうですか?」

突然関係のない話題を加賀は切り出した。

「ドットメディカルですか?」

「営推と融資部には話が上がっているはずですが。」

小堀は口籠った。その様子を見ていた山県は小堀の困惑する表情を確認した。

「専務。それと今回の件、何の関係があると仰るんですか。」

状況を掴めていない山県は小堀に質問した。

「常務。何なんですか。ドットメディカルって。」

「常務。山県部長にも話してあげなさい。」

小堀は再度、その件は今この場で話す内容のことではないと加賀に言ったが、命令ということもあり口を開いた。

「ドットメディカルとマルホン建設の提携解消や。」

「何やって。」

「お前も知っとる通り、マルホン建設はあすこと提携してから息を吹き返した。しかしそれもドットメディカルによるところが大きい。ドットメディカルの資本がマルホン建設に入ってから日に日に発言権を増しているのは知っとるな。」

「ええ。」

「その中でドットメディカルはマルホン建設を上場させることを期待しとる。株を高値で売り抜けてキャピタルゲインを得たい。ほやけど善昌は首を縦に振らん。何故なら不特定多数の株主が出てくることで、長期的展望に立った経営ができなくなることを恐れとるからや。」

「なかなか成長しましたよ。彼は。」

「確かに随分と成長したもんや。まぁそこでドットメディカルが動き始めたんや。提携解消の噂を流すことでマルホン建設の評判を落とそうという動きがあるらしい。今のマルホン建設はドットメディカルの後ろ盾があって金が回っとる。仕事もドットメディカルとの提携によって回っとる。しかしここが手を引くとなると、マルホン建設の資本を誰が担うことになる?本多一人の力ではどうにもならん。それに何にせよウチがあすこの株の5パーを引き受けとる。これが困ったことになるやろいや。」

「そんな悪さをはじめたんですか。」

山県は呆れた表情で小堀を見た。小堀はそのまま続けた。

「ドットメディカルはマルホン建設の情報システムを握っとる。仮に提携解消となってもマルホン建設の最も肝となる情報を掻っ攫うことだってできる。ほんで、また何処かに同じようなビジネスモデルを提示しそこと組むこともできる。」

「そうなるとマルホン建設はまた一気に実破に転落ですか。」

小堀が頷いた。

「山県部長。どうですか。当時の担当者としてあなたはこの動きについてどう見たてますか。」

この加賀の質問に山県が答えるには時間を要さなかった。

「ドットメディカルを支援する体制がよろしいでしょうな。」

加賀も小堀も表情を変えない。そのまま山県を見た。

「中長期的にも当行に利益をもたらすのはドットメディカルの方でしょう。提携解消もやむを得んでしょう。」

「シビアやな山県。」

小堀の言葉に山県は口元を緩めた。

「銀行員として当然の判断です。」

「しかしなかなかどうして、話は複雑なんやわ。」

「と言うと?」

「仁熊会。」

「は?」

「仁熊会がドットメディカルの後ろにチラつくんや。」

加賀は自席に深く座り、大きな机の中から書類を取り出した。

山県は加賀の側まで寄って、その書類にさっと目を通した。その書類の中には一枚の画像が添付されていた。

「まさか…。」

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コメント: 2
  • #1

    ゆら馬 (木曜日, 30 10月 2014 23:59)

    2の配信ありがとうございます。
    毎週楽しみに聴いてますし、一週間が待ち遠しいです。
    前作との関係も少しづつ明らかになって来て、次回が気になって仕方ありません。

    前作の登場人物も出てくるので、それだけでもドラマに親近感がもてます。

    これからも頑張って配信を宜しくお願いします。

  • #2

    yamitofuna (日曜日, 02 11月 2014 10:57)

    ゆら馬さん

    前作に引き続きお聴き下さいましてありがとうございます。
    今作も毎週一話ずつの更新を心がけてまいります。
    皆様のご期待の添えるような展開、内容にできればと考えています。
    今後共宜しくお願いします。