第九話

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第九話
五の線2 第九話
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7月12日土曜日の正午。相馬と安井は共に熨子山の中腹にいた。盆の土日ということもあって、墓地公園がある熨子山に訪れるものは多かった。先程から途切れることなく車が二人の前を通過していく。その全てが相馬と安井に前で減速し、車の中の人間がこちらの方をチラチラ見てくる。普段街中で天気の画を押さえるためにカメラを持ってうろうろしているだけで、注目を浴びる。そんなことは慣れっこだ。しかし今は違う。相馬と佐竹の視線の先には警察によって黄色の規制線が敷かれていた。

安井はTシャツを胸のあたりをつまんでパタパタとさせ、ジーンズのポケットからタバコを取り出してそれを咥えた。

「暑ぃな。」

彼は煙を吹き出して、携帯灰皿を開きそこに灰を落とした。

視線の先から男が規制線を越えててくてくと歩いてきた。黒田である。

携帯をいじって時間を潰していた相馬はそれをしまった。

「どう?」

「多分自殺じゃないかって。」

「また?」

「靴が揃えてあったんですって。」

「それだけ?遺書は。」

黒田は首を振る。

「身元は。」

「金沢銀行総務部長小松欣也。」

「金沢銀行だって?」

「ええ。今朝、守衛が殺された金沢銀行ですよ。あそこの総務部ってのが警備の担当をしているらしいんです。」

「じゃあ何、今朝の事件を受けて責任感じて自殺ってか。」

「いやぁどうですかね。」

「って言うと。お前何か掴んだな。」

黒田は頷いた。

「どうやらこの遺体も様子がおかしいようなんですよ。」

「何だよ。」

「首がない。」

「えっ。」

「綺麗さっぱり首がないらしんですよ。それでそれも見つかっていない。でも現場の木にロープが括り付けられてて、靴も揃えた状態だったんで自殺って事らしいです。」

「マジか…。」

「信頼できる情報です。」

「おい…待てよ黒田…。一昨日の金沢港の件といい、この件といい一体何が起こってるんだよ。ってか警察の野郎何やってるんだ。一昨日のやつだってどう見ても殺人だろ。」

あまり大きな声を出すなと黒田は安井をたしなめた。警察を前にそんな事を聞かれたら取材どころじゃなくなる。

「俺も一体何がどうなっているのかわかりません。警察内部でも事情がつかめていない連中ばかりなんです。」

携帯灰皿をしまおうとした安井を止めて、今度は黒田がタバコを吸い始めた。安井もそれにつられて再び火をつけた。

「今朝の事件があってから警察は金沢銀行警備責任者の小松と何度も連絡を取ろうとしたそうなんですが、ダメだったらしいんです。守衛殺しはどうやら藤堂とか言う架空の金沢銀行行員に成りすました人間によるもの。守衛はその行員を行内に入れてもいいか小松にお伺いを立てている。小松はそれを承認し、二人は行内に入った。そこで守衛は殺された。変でしょう。」

「藤堂って奴は役員だって言ってたんだったな。それならその藤堂が架空の人間だって小松は直ぐに気がつくはず。」

「そうですよ。その時点で小松は死んでいたんじゃないですかね。」

「藤堂って男も、その当時の小松も成りすましってことか…。」

「ヤバいですよヤスさん。」

黒田と安井は目の前にいる捜査員たちを眺めた。

「何なんだよこいつら。なに隠してやがるんだ…。」

安井が呟いた。

「それを暴くのが俺たちの仕事っすよ。」

「お、おう…。」

「そうですよ。安井さん。」

ここで今まで二人の話を聞かない振りをしていた相馬が会話に加わった。

「なんだオメェ。」

「報道は真実を世の中に知らしめる。評価はそれを受け取った側ですればいい。これでしょう。」「相馬ぁオメェわかった口聞くんじゃねぇよ。」

「いいじゃないですか。俺だけ除け者にしないで下さいよ。俺もバイトですけどヤスさんとか黒田さんと一緒に仕事をしている間柄なんですから。」

安井は舌打ちして相馬から顔を背けた。それとは対照的に黒田は相馬をじっと見た。

「ただのバイトかと思っていたけど、土日とかもよく出てるし、なかなか根性がいいね。相馬は。今日も休みなんだったろ」

「ありがとうございます。俺も何かの役に立ちたいんですよ。」

「でもな相馬。これはヤバいヤマだぞ。」

「え?」

「俺もサツ周りやって長いけど、直感がそう言っている。」

「…でも、俺聞いてしまいしたよ。」

「聞かなかったことにすればいい。」

「相馬。悪いことは言わない。この件は俺とヤスさんで詰める。」

「俺もか?」

勝手に仲間に組み入れられたことに意表を突枯れた表情をした安井と対象的に、相馬は肩を落とした。

「あ、でもな。」

「なんすか。」

「お前、気になる情報とかあったら俺にくれ。」

「はぁ。」

「学生のお前だから分かる世の中の変化ってものがあるだろ。それを気がついた時に俺に流してくれないか。」

「それと今の事件、何の関係があるんですか。」

「今の事件と関係なくても、俺はほら、記者だろ。いろんなところにアンテナ張ってないといけないんだ。」

「相馬。お前気付けよ。」

「何ですか。」

「お前黒田に信用されてんだよ。」

黒田は相馬の肩を軽く叩いた。今まで入れ替わり立ち代わり学生バイトが北陸テレビ放送の報道部に入ってきた。大学を卒業したらそのまま放送局に就職させてくれという奴はいっぱい居たが、真実を一緒に暴こうと言ったバイトはいなかった。そう黒田は相馬に言った。

「とにかくこの事件については他言無用。お前はお前なりに俺に情報を寄こしてくれ。それが俺らへの協力になる。」

その時である。黒田は急に黙り込んだ。彼は自分たちの側を墓参り用の花を片手に男が追加して行った。彼はその姿を目で追っていた。