第八話

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第八話
五の線2 第八話
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佐竹のもとに守衛殺害の報がもたらされたのは、翌12日土曜日の9時の頃だった。連絡をしてくれたのは直属の上司、総務部次長の松任であった。休日にも関わらず佐竹は金沢銀行本店へ急行した。佐竹が本店に到着した時には、警察によって規制線が引かれ、中に入るのはごく限られた人間のみといった具合であった。佐竹は規制線の外から携帯で松任に連絡を取った。しばらくして彼が本店の通用口から現れ佐竹の側まで駆け寄って来た。

「まずいわ。」

「一体どうしたんですか?」

「電話で言った通りや。守衛が殺された。」

松任は頭をかき乱した。

「まずいことはそれだけじゃない。」

「何なんですか。」

「守衛は行内で殺されとる。」

「行内?」

当直の守衛は行内巡回時に必ず施錠することとなっている。守衛小屋やその付近といった屋外で殺害されたと言うならばまだ分かるが、密室の行内で第三者に殺害されるなんて考えられない。もしも行内での殺人となれば、容疑者はずっと中で身を潜めていたということになる。佐竹はあり得ないと言った。この言葉に松任は頭を振り苦い顔をした。

「とにかくお前も中に入れ。警察が話を聞きたがっとる。」

「俺にですか?」

行内に入った佐竹は、鑑識活動を行う捜査員を目の当たりにした。多くの者が足をビニール袋のようなもので包み、帽子を被りマスクをしている。指紋を採取する者。写真を撮るもの。何やら打ち合わせをするもの。ドラマか何かで見たことがある光景が目の前で繰り広げられていた。それを横目に佐竹は本店に何室かある会議室の一室に連れて来られた。

「くれぐれも不用意な発言だけは控えとけよ。」

そう言うと松任は佐竹に入室を促した。佐竹は頷き部屋の中に入ろうとした瞬間、何かに気がついたような表情をして松任に言った。

「次長。部長は?」

松任は首を振りこう言った。

「連絡がとれん。」

「え…。」

「携帯が繋がらん。自宅にもおらんそうや。」

「何で…。」

「俺だって分からんわいや。とにかく中に入って話をしてこい。小堀常務には報告済みや。」

二人がやり取りしている中に、男が会議室から出てきた。タバコを右手に握りしめている。外に出て一服しようとする刑事であろうか。佐竹は男の横顔を見て驚いた。

「あ…。」

彼の視線に気が付いたのか、男がこちらを振り返った。男の方も佐竹を見て驚いた表情を見せた。「岡田さん。」

名前を呼ばれた男は手にしていた煙草をすかさずポケットにしまい、こちらに近付いてきた。

「佐竹さん。お元気でしたか。」

「あ、ええ…。」

「どうです?」

岡田はそう言って自分の二の腕あたりをトントンと叩いた。佐竹も岡田と同じく自分の二の腕をさすって気まずそうな表情を見せた。

「腕が折れたかと思いましたよ。」

「ははは。」

3年前の熨子山事件では、村上に対して発砲をする佐竹に岡田がタックルをすることでそれを防いだ。普通ならば殺意をもって拳銃を発砲したということで、殺人未遂として立件されるところであったが、当時の警察の捜査に協力した流れでそういった事態に陥ってしまったので、表向きは佐竹の村上に対する正当防衛として処理された。あの事件で佐竹は度重なる友人の死とその内情に直面し精神的に極端に追い詰められた。しかし正当防衛であれ何であれ、最終的に人を撃ったことには変わりはない。それがため佐竹は精神を病んでしまい、営業店勤務を外れ現在の総務部で仕事をしているのである。

岡田との再会は佐竹の当時の記憶を鮮明に蘇らせた。事件からそう日が経っていない時に岡田と再会していたら、彼の精神状態はまた不安定なものとなっていたかもしれない。しかし3年の年月が意外なほど彼を冷静にさせていた。

「そんな冗談を言えるようなら大丈夫そうですね。」

「断言はできませんけど。」

岡田は佐竹に笑顔で応えた。
「佐竹さんは今、こちらでお仕事を?」

「はい。」

「どういったお仕事をされていらっしゃるんですか。」

「総務部の情報管理課で課長をしています。」

笑顔だった岡田は表情を一変させて神妙な面持ちになった。

「そうですか…。」

そう言って岡田は佐竹にを部屋の中に招き入れた。

「どうしたんですか岡田さん。」

「…佐竹さん。この男のことご存知ですか?」

岡田は守衛室にあった来訪者名簿の中に記載されていた人物の名前を指差した。

「藤堂…ごう?」

岡田は佐竹の顔をしばらく見た。

「…そうですね。普通ならばそう読むでしょう。」

「何ですか?何て読むんですか。」

「藤堂豪(とうどうつよし)って言うんです。」

「なるほど。で、この人物が何か。」

「御行の経営企画部部長。」

「は?経営企画部?」

経営企画部部長は佐竹の以前の上司、山県有恒である。そんな事はあり得ない。

「御行の社員データベースがそうなっているんですよ。」

「えっ。」

「つまりどこかのタイミングで情報が改竄された。」

「待ってくださいよ岡田さん。」

佐竹は情報管理課の端末を操作して今すぐ確認したいと岡田に申し出た。

「端末は現在、ウチの方で検証しています。なので佐竹さんは今、何もできません。」

佐竹は情報管理課の課長である。社員の情報は経営企画部の人事課で管理されているが、システムのセキュリティに関しては情報管理課の管轄である。それが破られたとなれば佐竹の管理責任を問われかねない。佐竹は自分の管理不行き届きに絶望感を味わった。しかもそれが殺人事件のひとつの要素になっている。彼の額は汗が滲み出ていた。握られた彼の手のひらにもびっしょりと汗が出ている。佐竹の息遣いが荒くなってきていた。

「佐竹さん。大丈夫ですか?」

岡田が佐竹を案じて声をかけた。

「は、はい…。」

「実はまだお聞きしたいことがあるんです。」

「な、何でしょうか。」

「警備担当責任者についてです。」

「あ、ああ…ウチの部長です。」

「そうですよね。お宅の警備を統括管理しているのは小松総務部長です。夜間の来訪者は原則行内に立ち入らせないことになっている。しかし御行の要職にある藤堂という男が中に入れろと言うので、守衛は小松部長に確認をとった。23時20分にそのような通話履歴が確認されます。」

「と言うと…。」

「小松部長が山県部長と藤堂を聞き間違えたり、取り違えることは無い。つまり小松部長は藤堂の来訪を事前に知っていて、守衛に不審がられずに行内に入ることを許した。」

「小松部長が?」

岡田は頷いた。

「守衛は2時間おきに行内を巡回することになっています。セキュリティシステムが解除されたのはその時ですから、おそらく藤堂と守衛が一緒に行内に入ったんでしょう。そこで守衛は藤堂に殺された。その後、20分ほどしてセキュリティシステムを再び起動させ施錠。藤堂は何処かに消えた。藤堂が外に出たと思われる時刻にも小松部長に向けて電話をかけた形跡が確認できます。私共としましては、小松部長の行方を現在追っています。」

さっきまでの自分の不手際のを悔いる気持ちは吹き飛んでいた。自分の上司がこの殺人事件に関与している。しかも現在行方不明。

「佐竹さん。小松さんについて何か変わった様子は無かったですか?」

「いえ…。」

総務部長の小松は非常に細かい男。いわゆる完璧主義者で、何事も自分のチェックを通さないと気が済まない性格の持ち主である。そのため夜遅くまで会社に残ることが多かった。しかしそれは部下を信用しないと言うことではなかった。全てを部下に任せすぎるといざという時、責任は部下にかかる。それでは上席者として役目を果たせない。最後は全て自分が責任をとる。そういう親分肌の姿勢が完璧主義という形で仕事に現れていたのである。そんな彼が昨日は定時で帰った。何か特別な用事があるとは聞いていない。言われてみれば昨日の小松の退社時刻が引っかかるものがあると佐竹は岡田に言った。

「他には何か変わったことは?」

佐竹は昨日を振り返った。朝の8時頃に出行した。小松は始業ギリギリの8時半直前にいつも出行する。昨日の彼もそうだった。その日小松は現在進行中の金沢銀行のシステム改良に関する書類を精査していたように思う。時々目をこすりながら、そして掌のツボを刺激する道具のようなものを握りながら、難しい顔をしていた。これはいつものことだ。時々佐竹や松任に次期システムの改良に関する意見も求めた。確か昨日はセキュリティの事よりもユーザビリティの強化をいかに図るのかといったことだった。夕方には役員会に出席し17時に総務部へ戻ってきた。それから業界誌にさっと目を通して、今日は事務管理課の飲み会もあることだから帰るよと言ってそのまま17時半の定時で退行した。振り返って見ても特段様子がおかしいとは思えない。

ーいや、待てよ。いつもより携帯を気にしていたような。

佐竹の脳裏には映像が流れていた。バイブレーションの音がし、小松が時折携帯を開いて何かを確認してそれを閉じる。そんな事が朝から3回程あったように思える。電話以外に携帯を使用しない小松が、何を見ていたというのか。

佐竹が小松の様子に思いを巡らせているところに、ひとりの捜査員が岡田に耳打ちした。それを聞いた岡田の表情は極めて険しいものとなった。

「佐竹さん。残念です…。」