第七話

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第七話
五の線2 第七話
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23時をまわった金沢銀行本店はすべての部署で明かりが消され、誰もいない状態だった。かろうじて灯りがついているのは24時間人が詰める守衛小屋ぐらいである。

金沢銀行本店がある南町は昼間は車や人の往来が激しいが、この時間にもなるとどちらも疎らになる。むしろそれらが行き交う方が不自然なくらい静まり返る。そんな中、車のヘッドライトが守衛室を照らしたため、守衛は何事かと小屋から飛び出した。

「何ですか?」

黒塗りのセダンの運転席からクールビズ姿の男が降りてきた。彼は軽く右手を挙げて守衛に挨拶した。

気安く挨拶するあたり、金沢銀行の関係者だろうか。守衛自身は金沢銀行の行員の顔や名前を知らない。兎に角夜の銀行に人ひとりも入れるなと会社から言われているため、そんな情報は必要ないのである。

一旦空になった会社の中に入るためには、それなりの権限がある人間に承認が必要だ。金沢銀行もそうだ。一旦施錠された行内の警備は警備会社が責任をもって管理する。警備会社の権限で勝手に鍵を開けることは許されない。取り敢えず守衛はマニュアル通り男に社員証を見せるよう言った。

金沢銀行の社員証にはIDナンバーと氏名、顔写真が印刷されている。守衛は小屋にある端末で人物を照合し、この男が何者かを把握した。しかし守衛は原則、施錠された行内には誰も入ることができないことになっている事を男に説明し、この場から立ち去ることを求めた。しかしどうやら彼は私用の携帯を忘れたらしく、これがないと週末の家族との予定がぱあになると言って食い下がった

守衛は困惑した。IDを照合した結果、金沢銀行の中でも重要なポストの人間であることが分かった。しかし規則は規則。どうしてもと言うならば金沢銀行の警備責任者と連絡をとって、承認を受けてからということにしてもらえないかと打診した。男はこの守衛の申し出に快く応じてその場で待つことにした。

守衛は小屋の中に入り、端末を操作して警備責任者の携帯電話に電話をかけた。それは5回の呼び出しを経て繋がった。

「夜分すいません。本店守衛室です。」

外で待たされている男はその場から動かず、周囲を見回してながら守衛のやりとりを聞いていた。しばらくして守衛は許可が下りましたと言い、通用口の鍵をもって外に出てきた。そこで男は頼みがあると守衛に切り出した。

「ついて来い?」

どうやらひとりで暗い行内に入るのがどうも怖いようだ。金沢銀行本店の建物は大正期に建てられた石造りの権威的雰囲気を持っている。そして行内の所々に石像が配されているため、確かに見方によってはどこか洋館型のお化け屋敷のようでもある。それがこの男にとってどうも苦手のようなのである。守衛は男の子供っぽい依頼に表情を緩めたが、持ち場を勝手に離れることは許されていない。気合いを入れて行って来てくださいと言った。

しかし男は行内に入ることに躊躇している。そこで男は提案した。

守衛は2時間おきに行内を巡回することになっている。その時まで待つから一緒に行内に入れてくれないかとのことだ。

守衛は時計を見た。時刻は23時28分。あと2分で定例巡回の時刻だ。なんともタイミングの良い申し出だ。この男、鼻から守衛の同伴を期待してこの時間にやって来たのではないだろうか。

「わかりました。」

金沢銀行の主要ポストにある大の男が、日中勤務している会社の中に怖くて入れないというギャップが守衛の警戒心をすっかり解いてしまっていた。

明朝7時にこの守衛は交代で来た別の守衛によって遺体で発見されたのである。