第五話

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第五話
五の線2 第五話
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車内は沈黙が流れていた。運転者である長谷部は不機嫌そうな顔つきである。

それも先ほどまでいたコミュでの一件が尾を引いているためである。沈黙を破ったのは相馬だった。

「お前、もう少し落ちつけま。」

「あん?」

「あれ、どう見てもヤバい奴やがいや。」

「何がいや。あの中に入らんと本当にヤバいかどうかわからんやろいや。」

「だら。見りゃわかるやろ。」

「何が。」

「運営側の連中の目つき見たやろ。おまえ。みんな同んなじ目つきやった。」

相馬と長谷部はコミュといわれる会合を外から見学した。開会が宣言されると先ずはインチョウと言われる運営の責任者らしき男が壇上に上がり簡単な挨拶をした。次に80名程の人間を5人ずつのグループに分けた。そのグループごとに運営側の人間がひとり入り、彼らがそのグループの人間の発言を汲み取って議題を決める。多数決ではない。全会一致をもって決められるのである。あるグループは健康について、あるグループは経済的なことについてとバラバラである。先ずは運営側の人間がそのテーマに沿って話す。それについて参加者がどんどん意見を言っていく流れだった。

相馬が見ていたのは介護について話すグループだった。先ず運営側の人間が自分の祖母が実は認知症を患わせていると告白し、その介護がいかに大変かということを話す。世間では姥捨山はダメだと言うが、実際に介護をする立場になればそういうものがあった方が良いと赤裸々なことを語るのである。普通の会話ではここで批判意見が入ってくる。親の面倒は基本的に子供が担うもの。都合の良い時だけ甘えて、都合が悪くなったらポイという考えは短絡的で如何なものかと。しかしここでの議論はそういった否定的意見はタブーなのである。全てを受け入れなければならない。それが全てのグループのルールなのである。なのでテーマを受けて発言することが例え的外れであっても、全て許容される。そのためテーマに対する一定の結論を導き出すと言うより、とにかく喋る。これがどうやらこのコミュという集まりの目的のようである。

ダメ出し禁止の馴れ合い議論というものは相馬にとって初めて見る光景だった。参加者は皆笑顔。この空気感が彼にとって堪らなく気味悪く感じられた。相馬はその時気がついた。運営側の連中が皆、大袈裟に笑うのである。何処か芝居地味ている。一見笑っているように見えるが表面的なのだ。

「お前、考えすぎやって。皆笑っとったいや。」

「違う。あれは本心で笑っとるんじゃない。」

「どいや、あの岩崎さんも笑っとったやろいや。」

岩崎は運営側の人間ということで、あるグループの司会役を受け持っていた。議論が始まると、大学では見たことがない明るい表情で、参加者と接していた。

「大学じゃ誰とも喋らん人も、あそこじゃあれだけ感情豊かに喋る。それだけでもあの会は対した役割をもっとらいや。」

「だから。岩崎さんは運営側やって言っとらいや。」

「何いや。」

「お前、ちょっと考えてみぃや。あの会はな、一見民主的な手続きで成立しとっけど、全部運営側の思うように進んどれんぞ。」

「はぁ?」

「第一な。否定的な意見はダメって時点で参加者の自由な発言を抑制しとる。あるテーマに沿って一定の結論や合意を引き出そうとすれば、先ずはテーマに関する様々な情報を同じテーブルに乗せて、ひとつひとつ評価せんといかんやろ。その情報にはテーマに対して肯定的なものもあれば否定的なものもある。それなんにあそこではその作業を放ったらかしとる。」

「お前、今一定の結論とか言ったな。」

「ああ。」

「そりゃあおかしいわ。あそこは結論とかどうでもいいんやって。ただとにかくいろんな人のいろんな考えをテーブルに乗せて、なるほどそうですかって受け入れる力を身につける場ねんて。」

「だからそんな生産性がない議論なんかやって何になれんて。」

「相馬。お前の言わんとしとることはわかっけどな、あそこはそう言うとこねんちゃ。ただそれだけ。不毛な話をして、とにかく喋って、何でも受け入れる力をつけてお終い。それだけのとこなんやって。」

「それってただのガス抜きやがいや。」

「そうガス抜き。カラオケボックスに行っておもいっきり歌うとかと同じやわいや。」

「カラオケ?」

「カラオケなんてな、誰も他人の歌に興味なんか持っとらん。歌が上手かろうが下手だろうが、周りの人間はどうでもいい。歌そのものよりも楽しいとか馬鹿なことやっとるとかっていう共通体験が大事なんや。結局その場の人間と盛り上がることができればそれでOK。カラオケとか酒とかでうぇ~いって盛り上がる系のレジャーがちょっと苦手っていう人間にはコミュは多分うってつけの場所なんやろ。ほやから基本地味目の人間が多い訳や。」

この長谷部の例え話が妙に腑に落ちた。そのため車内には再び沈黙が流れた。

「これなんやって。長谷部。」

「あん?」

「普通。議論とか会話って自分の思ったことを投げ合ってどっか落とし所を見つける。」

長谷部は相馬をちらりと見たが、そのまま運転を続けた。

「俺とお前の今みたいなやりとりがない話し合いの場なんか、俺には無理やわ。ガス抜きどころか溜まってしまうわ。」

信号が赤になりギアを手早くニュートラルへ入れ、彼は胸ポケットからタバコを取り出してそれに火をつけた。そして運転席側の窓を少しだけ開けて、そこから吸い込んだ煙を勢い良く吐き出した。

「確かにな…。確かにあそこは気持ち悪ぃ。けどな。」

「何や。」

「岩崎さんがあそこにおる。」

「あ、ああ…。」

そう言うと長谷部はスマートフォンを取り出して、コミュのウェブサイトを表示した。

「次は来週か。」

「お前、行くんか。」

長谷部は頭を掻き、加えていたタバコの火を消して車を発進させた。

「ちょっと行ってみるわ。」

岩崎のために盲目的になって、コミュがやっているガス抜きに全面的に共感しているわけではない。長谷部はコミュの得体のしれない薄気味悪さもしっかりと感じ取っている。そのことを理解した相馬にそれを止めることはできなかった。

「あんないきいきしとる岩崎さんの顔、初めて見たわ。」

「…確かにな。」

 

 

30坪の敷地いっぱいに建物を建ててしまったので、自宅から少し離れた駐車場を借りてそこに車を止めている。片倉はエンジンを切りため息を付いた。顔を2,3度両手で叩いて気合を入れ直した。安住の地である自宅へ帰るというのになぜ気合を入れねばならないのだろうか。

片倉は助手席にあるブリーフケースを持って車を降りた。車に映り込む自分の姿を見て頭髪が乱れていることに気がついた彼は手櫛を通し、口を大きく開いて閉じ、笑顔を確認にした。

ーしまった。おみやげ。

トランクを開け、そこを弄った。

ー東北のやつあったはずや。

彼は新潟県のずんだ豆の成分を含んだせんべいを手にとった。そしてそれをブリーフケースに入れ自宅へと足を進めた。

公安になってからというもの極度のストレスが彼を襲っていた。そのストレスの原因は自分を偽ること。今はOBが経営する商社で営業をする一民間人。そう家族には伝えている。警察官は不規則勤務が当たり前。家に帰らない日が日常的にある。しかし一般の民間企業に勤務する人間がそのようでは家族に疑念を抱かれる。そのため出張などが多い商社を自分の転職先としているのである。今日も2泊3日の東北方面の出張から帰ってきたことになっている。トランクにある全国各所の土産菓子はS(エス=協力者)のひとりから仕入れたものだ。

全国各地へ旅行をし、観光地の土産物屋で販売されている菓子の類を購入して気がついている人もいるだろう。あの手の商品の製品表示の箇所に製造者が明記されていないものがある。記載されているのは販売者のみ。実はその手の菓子を販売者から委託を受けて製造だけを請け負う会社が存在するのである。

石川県の加賀地方は昔から菓子を製造する会社が多くある。それらが観光菓子を作っていることも案外有名だ。なので北海道で買った土産菓子が、実のところ中身は石川県で製造していましたということも想定できるのである。

片倉は加賀方面のSに依頼し、全国各地の日持ちがする菓子を時折仕入れ、それらを使って家族に対する出張のアリバイ工作をしているのである。

公安警察というものはそういうものだ。自分という存在を世の中から消さなければならないのだ。咄嗟に片倉は身を隠した。

―誰や。

自宅前の車道に一台の車がアイドリングしたまま止まっていた。片倉は即座にその車種とナンバーを記憶し、運転席にいる人物を確認した。黒のセルフレームのメガネをかけ、手帳のようなものを開いてそれを読み込んでいる。

「黒田…。何やってんだあいつ…。」

片倉は一旦自分の車に戻って携帯電話を操作した。

「おいオメェ、俺んちの前で何やっとれんて。」

「あ、見つかりました?」

「見つかるもクソもあるか。完全な出待ちやがいや。いいからそこから離れろ。会うのは公園かサウナやって言っとったやろう。」

「片倉さん。今日は記者としてお話を聞くために来たんですよ。」

「だから場所を変えろ。」

「どこにします?」

片倉は左手の腕時計に目を落とした。時刻は20時をちょっと回ったぐらい。家族には21時には帰ると言っておいた。少し早めに帰って普段はやらない家事を手伝って、妻と娘のポイントを稼ごうと思っていたが、目算が狂ってきた。彼は諦めて顔をゴシゴシと左手で拭き、そしてため息をついて口を開いた。

「セバストポリ。少しだけやぞ。」

「了解です。」

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コメント: 3
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