12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路

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12月21日 月曜日 20時09分 河北潟放水路
最終章 6
五の線 第八十話.m4a.mp4
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「俺はその鍋島を殺しただけだ。」

「え…。」

「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」

「な、なぜ…。」

「理由はいろいろある。」

村上はポケットに手を突っ込んで地面だけをみていた。

「いや…待て…俺はお前の言っていることがわからない…。お前、いま鍋島のような境遇にある人間を救うために政治家になろうとしているとか言ってただろう。」

村上は佐竹と目を合わせない。

「何でたらめなこと言ってんだよ…。」

村上は佐竹に背を向け、河北潟を見つめた。

「なぁ村上。これは何かの間違いだ…。なぁ間違いだよな。…そうだ嘘だ。そう嘘…。」

「佐竹。残念だが全て本当のことだ。」

佐竹は絶句した。膝から崩れ落ちた。体に力が入らない。

「お前が言ってること…矛盾するじゃねぇか…。」

「…そうかもしれないな…。」

「残留孤児の地位向上がお前の信条なんだろ?…なのに、何でその当人の鍋島を殺さないといけないんだ⁉︎」

村上は佐竹の方を見ずに俯いたままである。

「何でだよ…何でなんだよ‼︎それで、鍋島が何でお前が言うような殺人鬼みたいな事をしないといけないんだ?一色がお前にとって都合が悪かった⁉︎意味わかんねぇよ‼︎」

村上は佐竹の姿を見た。佐竹の顔は涙とか汗とか、憎しみとも悲しみともつかない表情をしていた。

「佐竹さぁ…。」

佐竹から見る村上には表情がない。

「俺だって鍋島を殺したくはなかった。佐竹…。でも結果として俺はこの手で人を殺めてしまった。」

村上は自分の右手のひらを見つめた。

「でも…こうするしかなかった…。」

「…。何故お前は救うべき対象のその鍋島を手にかけた。」

手のひらを見つめていた村上は顔を上げて佐竹の表情を見つめた。佐竹はまっすぐ村上を見つめている。

「…それに答えたらお前、俺に協力してくれるのか。」

「俺はそういうことを言ってるんじゃない。」

村上はため息をついた。そしてポケットに突っ込んでいた手で頭を掻いた。

「佐竹。お前もか…。」

「お前もか?」

「ああ。」

「村上、お前誰と一緒にしてるんだ。」

「お前もそうやって、いち日本国民としてなんの行動も起こさずに、俺の行く手を遮るのか。」

村上は自分の腰元にゆっくりと手をやった。左手でベルトのあたりを押さえつけ、右手を左腰のあたりに当てる。その様子を見ていた松永は即座に無線機に口をつけた。

「警備班。狙撃準備。村上に照準を合わせろ。」

「了解。」

「まて松永。早まるな。」

片倉が松永を制するように言った。

「被疑者を撃ったらダメや。今までの詰めが全部ぱぁになる。」

「片倉、心配するな。あくまでも保険だ。」

「しかし警備班が引き金に指をかけると、何かの拍子になんてことも考えられる。」

「管理官。片倉の言う通りですよ。ここはもう少し佐竹と村上のやりとりを見守りましょう。」

「古田警部補。もしものことがあればどうするんだ。」

「それは…。」

「人ひとりの命がかかってるんだぞ。」

「…確かにそうですな…。」

「お前ら、大事なことを見失うんじゃない。」

松永の一喝に古田と片倉は黙り込んだ。松永の言うことは間違っていない。

「佐竹。お前も結局何も分からんのだな。」

左腰に回した村上の右手になにやら黒い物体が握りしめられている。

彼はそれを取り出して佐竹に向けた。その様子を見ていた松永は呟いた。

「M60。」

「51ミリの銃身。」

古田が続けて言ったのを聞いて、双眼鏡から目を離した片倉がこう言った。

「一色のやつや。」

「警護班、気を抜くな。あの距離なら村上は佐竹を撃てない。奴らの間合いが5mまで詰まったらスタンバイだ。」

「了解。」

銃口を向けられた佐竹は体が硬直していた。絶体絶命というのはこういう状態なのか。

「どうだ佐竹。」

声が出ない。このまま村上が引き金を引けば自分めがけて銃弾が飛んでくる。どうだなんて言われても、なんの返事もできない。

村上はそのままだらりと右腕を下ろした。

「だりぃんだよ。これ。以外と重いんだわ。」

その銃口が地面に向けられたことで、佐竹はホッとした。佐竹はとっさに高校時代の剣道の感覚を思い出した。高校剣道で使用する竹刀の重さは480g以上である。腕を地面と水平に上げて竹刀の切っ先を天に向けて持っていても、しばらくすれば肩や腕がだるくなる。よく映画やドラマで拳銃を片手で地面と水平に構えて、そのまま対峙するシーンを見るが、金属製のものをそのままの体制を保って突きつけるなんぞ出来っこない。村上はだるいと言っている。この言葉が佐竹にとって彼が持つ拳銃が本物であるとリアリティを持って受け止められた。

「俺はもうこれ以上、身内を巻き込みたくないんだよ。」

「何…。」

「佐竹。俺と一緒に組まないか。」

「何言ってんだ…おまえ…。」

「俺はいま追い詰められている。マルホン建設にはじきにガサが入るだろう。そうなりゃウチの事務所にも仁熊会もおまえのところの会社にも入る。」

「ガサ?」

「とにかくそうなるのが俺にとって一番絶望的なことなんだ。いままで俺が取り組んできた残留孤児の問題の解決なんてものは吹っ飛ぶ。その望みを頼りに、かつての親交を踏みにじってまで協力してくれた鍋島にも顔向けできない。なぁ佐竹…。頼むから協力してくれよ。」

自分が殺めておきながら、鍋島が浮かばれないとはどういうことだ。村上は佐竹の鍋島殺害の動機に関する問いかけに答えようとしない。さっきから自分の政治信条について語ったかと思えば、佐竹に銃口を向けたりと話をはぐらかしているかのようにも受け止められる。佐竹は憤りを通り越して、安定しない村上の精神状態を案じた。

「なぁややこしい話は無しだ。佐竹。俺と組んでくれ。悪いようにはしない。」

佐竹は沈黙した。

「なぁ頼むよ。」

村上は両腕をぶらぶらさせている。人にものを頼む姿勢ではない。

「おい佐竹。聞いているのか?ん?」

「…村上。てめぇなんだその態度は…。」

「なんだ?佐竹、怒ってんのか?」

佐竹の精神状態も一定しない。心配、驚き、悲しみ、怒り、呆れ。これらがループしている。この忙しない感情の振れ幅に佐竹は疲れ始めていた。

「あぁ、俺の態度が気に食わなかったか?」

「おう。」

「じゃあこれでどうだ。」

村上はぺこりと頭を下げた。

「お願いします。」

お望み通りにしましたよという雰囲気がありありとして伝わってくる適当なお辞儀に佐竹は爆発した。

「気に食わん。」

「あぁ?」

「気に食わんよ村上。」

「何が気に食わない?お前が望むように頭まで下げたんだぞ。」

「全部だ。」

「なにぃ?」

「お前の物言い、行動、態度その全てが気に食わん。」

「ほう…。」

「お前の存在そのものが気に食わん。」

佐竹は拳を強く握りしめて、村上に歩み寄り始めた。

「佐竹。お前も駄目か?」

「知らん。てめぇさっきから何言ってるんだ。」

「お前も一色と同じか?」

「一色⁉︎一色が何だ‼︎」

村上は手にしていた銃を握りしめた。そしてそれを再びゆっくりと佐竹に向けた。2人の距離はみるみる縮まってきていた。

「交渉決裂かな。」

「うるせェてめぇぶっ殺す。」

「せめてもの配慮だ。佐竹。心配するな一瞬だ。」

 

静寂の中、銃声が鳴り響いた。

 

目の前が真っ暗になった。

撃たれた。

俺は村上に撃たれた。

撃たれた?

痛くない。

そうか脳をやられたか。

いや、ならばこんなに頭が働かないはずだ。

眩しい。

なんだこの光は。

そうか俺は死ぬのか。

寒い。

風が寒い。

地面も冷たい。

地面?

なんで地面が冷たいってわかったんだ。

手が動く。

痛くない。

まさか。

 

佐竹は目を開いた。

彼は無意識のうちに目を瞑って地面に倒れこんでいたようだ。彼は即座身を起こした。すると村上の姿が目に飛び込んできた。彼はその場にうずくまって自分の右腕を抑えていた。腕からは血が滲み出ていた。

「ふーっ。ふーっ。」

佐竹は気がついた。さっきまで闇であった周囲が明るい。まるで昼間のようだ。その光源はどうやら放水路の上からのもののようである。

 

「よし。確保だ。」

双眼鏡を外した松永は無線で警備班に指示を出した。それを受けて放水路の上に待機していた警備班が一斉にそれを降り始めた。

「どうだ。保険ってもんはかけておくべきだろう。」

古田と片倉は唖然としていた。

「動機の部分は明らかにはされていないから、決定的とは言えない。しかしやむを得んだろう。これ以上、佐竹を危険に晒せない。」

「ああ、そうだな。」

「片倉。古田。お前たちは村上の怪我が落ち着いたら取り調べを頼む。俺はここまでだ。俺は一色を回収する。」

松永は眼下に見える二人の姿を背にした。

「待って下さい管理官。」

双眼鏡を覗き込んでいた古田が言った。

「まだです…。」

 

佐竹の目の前にいる村上の腕からは止めどなく血が流れ出していた。

「ふーっ。ふーっ…。」

村上の息遣いは荒い。彼が息をするたびに白いものが吐き出される。

「佐竹…。てめぇ…。俺を嵌めやがったな…。」

「動くな!そのままその場にうつ伏せになれ!」

遠くの方から拡声器を使った声が聞こえる。この指示は何度も繰り返された。

「くそっ…。これで俺も終わりか…。」

村上は警察の指示に従って、そのままうつ伏せになった。

その様子を見ていた佐竹の目に、地面に落ちた拳銃が飛び込んだ。

「さ、佐竹…。」

村上の後頭部に冷たい金属の感覚があった。

「ま、待て…。」

「動くな!そのままその場にうつ伏せになれ!」

「ほ、ほら…。佐竹。警察がああ言ってるぞ…。」

「ああ言ってるな。」

撃鉄を起こす音が村上の後頭部に響く。

「な、なぁ。佐竹…落ち着け…。そこで引き金なんか引いたら真実は闇の中だ…ぞ…。」

「動くな!銃を置け!」

「せめてもの配慮だ。」

佐竹は銃口を後頭部から外した。

「そうだ…。そうだ。それでいい…。落ち着け…な…佐竹…。」

「心配するな。」

 

銃声がこだました。

 

「あ…あ、あ…。」

うつ伏せになったままの村上から大量の血液が流れ出した。

「ぐはっ…。さ、佐竹…。マジか…。」

「佐竹!銃を捨てろ!」

「ひ、ひひ…。」

佐竹は再び村上に銃口を向けた。

「これで、お前も…人殺しだ…。」

放水路の門が開くサイレンがなった。佐竹は口を開いた。しかしこのけたたましい音によって彼の発する言葉が聞こえなかった。

「構わんよ。」

佐竹は引き金に指をかけた。

それからの記憶は無い。

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コメント: 2
  • #1

    光と鯖 (木曜日, 13 3月 2014 23:43)

    いよいよですね。ポッドキャストなのに『ながら聴き』ができない面白さ。通勤中も就寝前もこれだけは読書を止めて聴き入ってます。終わるの残念。でも最後楽しみにしています

  • #2

    yamitofuna (金曜日, 14 3月 2014 18:57)

    光と鯖さん

    いつも五の線をご視聴下さいまして、本当に有難うございます。
    光と鯖さんは通勤、就寝前にお聴きくださっているようで、リスナーさんの視聴情景を思い浮かべると、なんだか楽しくなります。最終回もどうぞよろしくお願い致します。