12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路

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12月21日 月曜日 19時49分 河北潟放水路
最終章 5
五の線 第七十九話.m4a.mp4
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「一色が死んでるよ。」
「え…。」
「見てみろよ。佐竹。」
「な、何を馬鹿なことを…。」
「見てみろよ‼︎佐竹‼︎そこを掘ってみろ‼︎」
佐竹は村上が指す場所へゆっくりと足を進めた。うっそうと茂る枯れ草を手と足を使って掻き分けて歩く。15歩ほど進んだところで、枯れ草がなくなっている箇所に出た。彼はライトアップされる内灘大橋からのわずかな灯りを頼りに、その地面を注視した。地面は周囲のものとは色が異なり、最近掘り起こされ再び土が被せられた様子が明らかに認められる。
「ま、まさか…。」
彼はその場にしゃがみ、被せられている土を手で掘り起こそうとした。しかしそれはしっかりと踏み固められ、寒さにかじかむ手を持ってでは難しい。何か硬いものが必要だ。佐竹はとっさに懐から折りたたみ式の携帯電話を取り出し、それを開いてスコップがわりに土を掘り起こした。夢中だった。何度か携帯で地面を掘り、そこが柔らかくなったのを見計らって両手で土を掻き分ける。その時、人の手のようなものが目に入った。
「うわっ‼︎」
佐竹は腰を抜かした。
「あ、あ、ああ…。」
後退りをするも、土の中から人の手が見えるという奇異な光景に不謹慎ながらも何か惹かれたのか、佐竹はゆっくりとそれに近づいて、再びその土を除け始めた。手の甲しか見えなかったものが、指が明らかになり、シャツとスーツを身につけていると思われる腕が見えた。佐竹は目の前の人間に触れないように注意深く周囲の土を除けた。そして肩が見え、首元が露わになった時、佐竹は手を止めた。大きく息を吸い込んで吐き出す。彼は意を決して顔が埋まっていると思われる周囲の土を退かした。口元が見えた。彼は暗闇の中で目を凝らした。
「一色…。」
佐竹の目には右口元の黒子が映っていた。一色の顔の最大の特徴である。彼はここで手を止めた。これ以上変わり果てた一色の顔は見たくない。
「おーい。佐竹ぇ。いたかぁ。」
佐竹は冷たくなった一色の手を握った。その握った手の甲にポツリと滴が落ちた。佐竹の目からは涙が溢れ出てきていた。握るその手は次第に震え出す。彼は一色の手をそっと置いて拳を握って立ち上がった。
「まぁこういうことだ。佐竹。」
「村上…。これか、お前が話したかったことは…。」
「そうだ。」
「俺にこんなこと話してどうする気だ‼︎」
村上は真っ暗な空を見上げて、白い吐息を吐き出した。
「お前にも分かって欲しかったんだよ。」
「は?」

「え?もう一度お願いします。」
「塩島は残留孤児なんだ。」
「残留孤児?」
片倉と古田、そして松永は内灘大橋の袂に駐車してある、誰もいない佐竹の車のそばで朝倉から入った無線に聞き入っていた。
「ああ、村上の政治信条のひとつには、この残留孤児問題の解決というものがあってな。あいつは中国残留孤児ネットワークの幹事も務めている。残留孤児というものはその大半が壮年期になって日本に帰って来た者ばかり。幼少期を中国で過ごしているため、ろくに日本語を習得できない。だからもちろん仕事もできず、その大半が生活保護やボランティアの寄付で生活をしている。そういう環境の中でもなんとか這い上がろうと努力する人間もあり、村上は特にそれらの者を私財を使ってでも支援していたようだ。」
「その村上の支援対象者が塩島だったってことですか。」
「そうだ。村上と塩島との接点はあいつが本多の秘書をやり始めた13年前からだ。その時塩島は57。その時は日本語もろくに話せず熨子町で生活保護を受けてほそぼそと生活していた。村上と出会い、あいつの献身的な支えもあってなんとか日本語を習得。いままで日本人でありながら日本語を話すことができず、しかもろくに働くこともできずに、常に世間から後ろめたさを感じていた。しかし日本語を習得し中国語会話教室などのボランティア活動を通して、地域住民と接点を持ち、ようやく日本に溶け込むことができた。70という高齢にも関わらず、この時期には近所の人間とスキーに行ったりできるまでになった。」
「それも全て村上の支えによるもの。」
「そうだ。塩島がゲンを拒んでいたのはこういった村上への長年にわたる義理があったからだそうだ。」
朝倉から塩島による証言の内容を一通り聞かされた三人は眼下の河北潟放水路の辺りにいる、村上の姿を眺めた。
「ということは…村上は、鍋島とも…。」
古田は呟いた。
「警備班現着。」
河北潟放水路の上からこちらに向かって明かりが3度明滅した。松永はその様子を確認し、警備班に指示を出した。
「よし無線を岡田にも渡せ。」
「了解。」
「…こちら岡田。」
「どうだ、何か聞こえたか。」
「はい…。」
「どうした岡田。何かあったか。」
「…管理官…。そこから見えますか…。」
「は?何だ。何のことだ。」
「佐竹の側を見てください…。」
松永は目を凝らした。彼の傍らには黒い穴のようなものがある。彼は手にしていた双眼鏡を覗き込みそこを見た。
「え?」
「どうした。何か見えるのか。」
「…マンジュウ。」
「何っ?」
片倉と古田も松永と同じ先を双眼鏡を使って見た。
「村上曰く、あのマンジュウは一色のようです…。」
この岡田の言葉に3人は戦慄した。古田は双眼鏡の倍率をあげ、その遺体の特徴を掴もうとした。しかし明かりが足りない。古田は全神経を視覚に集中させ、それを穴が空くほど見つめた。手のようなものが見えた。そこから腕、肩と追って首筋、そして口元あたりまでなんとか見えた。
「黒子…。」
「なにっ。」
「右口元の黒子が見える。」
松永は双眼鏡を外し、肩を落とした。
「やはりか…。」
「やはり?」
「おい岡田、これはどういうことだ。」
片倉が岡田に尋ねる。
「私にもよくわかりません。村上が言うには何度も警告を発したにも関わらず、一色の追求の手は緩まなかった。だから婚約者を穴山と井上にまわさせた。それでも一色は変わらないので話し合いを試みたがダメだった。だから殺した。」
「な、なに…。」

「お前、俺がなぜ政治の世界に入ったか知ってるか。」
「そんなもん知らん。」
佐竹は村上に歩み寄り始めていた。
「お前の講釈なんか聞くつもりはない。俺はお前を許さん。」
「ははは。佐竹、お前怒ってるな。」
「うるせェ。この気狂いめ。」
「待て。言っただろ話し合いが重要だって。」
「話して何になる。」
「お前こそどうするつもりだよ。あん?」
村上は自分の車を指さした。
「山内がどうなってもいいのか。」
佐竹は歩みを止めた。そうだ、自分は山内を救うためにこの場所に来た。警察にはできるだけ遠巻きに村上と接するように言われていることを思い出した。
「まぁそこで聞け。佐竹、鍋島のこと覚えているか。」
「鍋島?」
「ああ、鍋島。」
「あいつ卒業してからなにやっていたか知ってるか。」
「…しらん。」
「マフィアだよ。」
「マフィア?」
「東京の方でな。お前も聞いたことがあるだろう。残留孤児のマフィア化ってのをよ。」
「鍋島が?」
「以前よりも残留孤児をめぐる環境は改善されつつあるが、相変わらず社会から取り残される奴は多い。日本語の問題とか、いじめの問題とかいろいろあるが、それは別に問題の本質じゃないんだよ。鍋島のような境遇の人間が一生抱える問題はただひとつ。」
「何だ。」
「アイデンティティだ。」
「アイデンティティ?」
「ああ。もちろん歴史的に見ればあいつの様な奴らはどう考えて見ても日本国民。しかし、社会がそれを受け入れてくれないんだ。その中で自身が日本人なのかそれとも中国人なのか分からなくなる。残留孤児1世のあいつの爺さん婆さんは、この日本に帰ってきたが結局のところ、ろくに日本語も話ことができず、仕事もできず、年金ももらうことができず死んでいった。あいつの母ちゃんについては鍋島と自分の親を放り出して中国に戻っちまった。どうしてこんな事になるんだ。そう、寄って立つアイデンティティが欠如してしまっているからだ。」
佐竹は雄弁に語り出した村上を黙って見つめた。
「アイデンティティってもんは自分ひとりの力で醸成されるもんじゃない。他者との関係性で構築されていくもんなんだ。鍋島は北高に来るまではあっちこっちで随分な仕打ちを受けてきた。佐竹、あいつが北高の剣道部に来た時のこと覚えてるだろ。」
覚えている。当時の鍋島の日本語は片言だった。第三者が見れば明らかに普通の日本人じゃない雰囲気だった。先輩からは中国人と言われいじめの対象となっていた。
「俺も当時は、異質な人間が自分と同じ環境にいるということを受け容れられなくて、先輩のいじめに加担したこともあった。お前もそうだろう。」
佐竹は胸が苦しくなった。確かにそういう時代があった。
「それに敢然と立ち向かったのが、一色だった。」
一色は両親を不慮の事故で無くし、親戚の家に居候をする身であった。彼の家庭環境も決して良いものではなく、いつも居候先の家族の顔色を伺う毎日だった。両親が亡くなったことによる保険金がまとまって入っていたため、生活に困ることはなかったが、やはり血は繋がっていると言えども、人の家に居候するというのは気が休まることはない。そんな彼が拠り所とするのは家庭の束縛から解放される学校での時間だった。彼は常々周囲の人間にこう漏らしていた。他人によって自分がある。しかしその他人も自分によってある。だから自分は出来るだけ精一杯努力をしようと思う。努力によって自分が成長できれば、周囲も成長する。結果、世の中は良くなると。
「あいつは体をはって先輩とやりあった。それを見た鍋島も一色と一緒に先輩に立ち向かった。あのときの稽古は稽古っていうよりも喧嘩だったな。男ってもんは不思議なもんだ。殴り合うぐらいの向き合い方が事態を変える。あの時俺は気づかされたよ。周りが変わるのをただ黙って待っていては、結局何も変わらない。自分が何かの行動を起こさないと、周りはそのまま流れて行くってな。」
鍋島に対するいじめは無くなった。周囲も鍋島を積極的にバックアップしようという雰囲気になった。彼はその時を境に剣道の練習と学業に勤しみ、2年で北高のレギュラーとなり、その後の活躍へと成長を遂げていった。
「しかし卒業後、自衛隊に入った鍋島は今まで築き上げたものを壊された。」
「何?」
「北高のあいつは日本人、鍋島惇だった。しかし自衛隊では違った。」
「どういうことだ?」
「隊内では中共のスパイとか、アカとか言われ、日本人鍋島惇としての尊厳を傷つけられた。」
村上は地面に転がっている石ころを河北潟向けて思いっきり蹴飛ばした。
「日本人鍋島惇として、日本国のために身命を賭す覚悟で勤労の義務を果たそうとした奴に、あろうことか、あの中の連中はあいつのアイデンティティを真っ向から否定することをやった。」
「そんな…。」
「あいつの寄って立つものが音を立てて崩れていった。あいつはしばらくして除隊。しかし爺さん婆さんには金を作らなければならない。各地を点々とし、最終的には自分と同じような境遇を持つ残留孤児2世3世が組織する地下組織と接点を持ち、金を作るようになった。」
村上は佐竹の方へ足を進め始めた。佐竹は彼との距離を詰めないように少しずつ後ずさりした。
「俺はこの現状が許せなかった。育った環境が違うだけで、同じ日本国民でありながら生き方の修正を余儀無くされるなんてあってはいかん。何が法の下の平等だ。法治国家だ。そんなもん糞にもならんお題目だ。」
佐竹に向かって歩いてくる村上の言葉に熱が帯びてきた。
「お前には何度も言っているだろう。この国の国会議員って奴はどうにもならん奴ばかりだって。利益を以下に地元に引っ張ってくるか。そのために政争でいかに勝利するか。どうすれば選挙に勝つことができるか。そんな事ばっかりで、本当に大事な国としてやるべきことを放ったらかしにしてるんだよ。俺はこんな腐った政治を立て直したい。自分の力ではどうにもならないことで、足掻き、苦しみ、救いを求めている人間を何とかして助けてやりたい。そのためにはいつまでも俺は秘書なんかやってられないんだ。俺が議員にならないといけないんだ。」
「村上、だから何なんだ。」
「何っ。」
「お前が言っていることは正しいとしても、だから何なんだ。お前は何を言いたいんだ。お前が何を言っても、お前は…。」
佐竹は口籠った。
「お前は?」
「お前は…。」
「お前は、何なんだ?ん?佐竹。」
「…人殺しだ。」
「…ほう。」
村上は足を止めた。
「俺が人殺しだと?」
「そうだ…。」
「どうしてお前、そんなことが言えるんだ。」
「何言ってるんだ。そこにいるのは一色だ。あいつはおまえが殺したんだろう‼︎」
「違う。」
「え?」
「あいつは鍋島が殺した。穴山も井上も鍋島が殺した。」
「な…。」
「俺はその鍋島を殺しただけだ。」

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コメント: 2
  • #1

    古今烏丸 (水曜日, 05 3月 2014 22:08)

    いつも配信、ありがとうございます。

    さて、五の線 第七十九話についてですが、iTunes 配信の「第七十九話」と、上記の文章「七十九話」の内容とズレていませんか?

    iTunes の「第七十九話」の冒頭は:
    「一色が死んでるよ。」
    「えっ」
    「見てみろよ佐竹」
    「な、なにをバカなことを」

    上記の「七十九話」の文章内容の冒頭は:
    「俺はその鍋島を殺しただけだ。」
    「え…。」
    「確かにお前が言うとおり、俺は人殺なんだろう。しかしお前は事実関係を間違って認識している。」

    ------------------------------------------------
    おそらく上記の内容は「第八十話」だと推測します。
    読んでしまいました(苦笑)

  • #2

    管理者 (水曜日, 05 3月 2014 23:25)

    古今烏丸さん

    この度はご指摘大変ありがとうございます(汗
    私の不手際でした。
    大変申し訳ございません。
    私もどうやら混乱しているようです。
    気をつけます。