12月21日 月曜日 19時08分 内灘大橋

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12月21日 月曜日 19時08分 内灘大橋
最終章 4
五の線 第七十八話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 15.6 MB

河北潟放水路に架けられた内灘大橋は、この辺りに飛来する白鳥と雪吊りをイメージした斜張橋である。この橋は夜になると色とりどりのライトで照らされる。漆黒の闇に鮮やかな光で浮き上がる内灘大橋の姿は美しく、これを目当てに訪れる者は多い。

彼は村上が言っていた大橋の袂に位置する駐車場に車を止めた。ここから見る大橋は美しかった。目の前に見える95mもの主塔の姿は雄々しくもあり、光によって照らされているため何処か幻想的でもあった。佐竹はエンジンをかけたまま車から降りた。そしてあたりを見回した。何台かの車がこの駐車場に止まっている。しかし村上らしき存在を確認できない。

ー早かったか。

佐竹は車内からコートを取り出して、それを纏った。橋からすぐ先の日本海が闇として見える。そこからの冬の海風は凍てつくという表現がぴったりだ。耳や手などの止む無く露出する肌の部位をその風は容赦無く痛めつけた。流石にこんなところで待っていられない。佐竹は再び車の中に移動した。矢先、電話がなった。村上である。

「お前どこだ。」

「お前が言った通りに橋の袂まできた。」

「じゃあそこで車を降りろ。そのまま歩いて橋の下の放水路のあたりまで来い。」

「何で歩きなんだよ。車で行くよ。さみぃだろ。」

「おい。佐竹おまえ、いま自分が立たされている立場を考えろ。」

「なんだよ。」

「お前は俺の指示通りに動け。いちいち口答えすんな。」

確かに村上の言う通りだ。今の佐竹は人質がとられている状態。もう少し村上には従順にふるまった方がいい。

「わかった。」

佐竹はエンジンを切ってそのまま橋の下に通じる、整備された細い遊歩道を歩き出した。

「下に降りたらそのまま海側まで進め。俺は放水路の袂にいる。」

そう言って電話は切れた。佐竹は身を竦めた。寒風が肌を刺す。

夜の山は闇だ。しかし海も同様に闇。山は闇が自分を覆い尽くすような感覚を覚えるが、海の場合は途方もない大きな闇の空間がぽっかりと口を開けているようにも思える。それは自分を吸い込む勢いを感じさせるものだ。佐竹は時折周囲を見回しながら、村上のいる方へ歩んだ。警察が万全の体制で自分と山内を守ってくれているらしい。しかし、それらしい人影も何もない。

 

「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」

 

古田はこう言っていたが、本当に警察は自分を守っていてくれているのだろうか。まだその要員はここに到着していないのだろうか。佐竹は悶々としながら足を進めた。橋の袂から15分ほど歩いただろうか、佐竹は30メートル先に見える放水路の傍に一台の車が止まっているのを目視した。マフラーから蒸気が出ていることから、エンジンをかけたままである事がわかる。

車から男が降りてきた。彼は濃紺のコートを纏っていた。

ー村上。

 

「佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」

 

佐竹は村上から15メートルの距離で立ち止まった。

「山内さんは。」

村上は車を指差した。

「心配すんな。何もしていない。」

「彼女を帰せ。」

村上は肩をすくめてやれやれといった風の素振りを見せた。

「まだだ。」

佐竹は拳を強く握りしめた。彼の物言いにこのまま村上の側までいって、渾身の一撃を喰らわせてやろうと思った。しかし古田の依頼がある。佐竹は思いとどまった。

「何だ、話って。」

「そんな遠くで話なんかできるか。こっち来い。」

「いや、ここでいい。」

村上はニヤリと笑った。

「何だお前、なに警戒してんだ。」

「警戒ぐらいするわ。お前こそなんだよ。」

佐竹は焦った。自分の行動が村上に怪しまれているのではないか。もし自分が警察と連携していることがバレると、村上は何をするかわからない。

「ははははは。そりゃそうだ。お前の言う通りだ。わかった。そこでいい。」

佐竹は胸を撫で下ろした。

「お前、とんでもない事してくれたな。」

「何が。」

「マルホン建設だよ。お前、あそこの人事に首突っ込んだだろ。」

確かに自分はマルホン建設の担当だ。そして山県の企てに賛同しその補助をした。直接的にやったことではないが、自分がやったといえばそうかもしれない。

「そうだ。」

「お前の発案か。」

「…違う。」

「そうか…。お前の上司の企てか?」

「そんなことお前には関係ないだろう。」

「関係あるよ。大ありだ。マルホン建設には手が出せないようにしてあった。それなのにこんな事になっちまった。となれば、自ずと首謀者はわかる。」

「どういうことだ。」

「支店長の山県か。」

山県の名前を簡単に言い当てた村上に、佐竹は驚きを隠せなかった。

「なぜ…支店長だと…。」

この佐竹の声は呟きであったため、おそらく村上には届いていない。しかし遠くに見える佐竹の表情の変化を村上は察知し、彼が何を口に出したか大体のことを察知した。

「やっぱりな。ああー‼︎」

村上は大声で叫んだ。

「だから駄目なんだよ。何で佐竹なんかと同じ店にするんだ。」

頭をかき乱す村上の姿を見て佐竹は言葉を失った。

「そんなだからヘマ打つんだ。あの野郎。でなんだ?佐竹の出世は自分が握っているから、自分の思い通りに俺に動けって?っんなことハイハイって聞けるかよ。」

村上は何度も何度も頭を掻き乱した。そして誰に言うわけでもない大きな独り言を発している。佐竹には村上が錯乱しているかのようにも見えた。

「まぁでも、これであいつも終わり。首釣っちゃったからね。」

「え?」

「慶喜ちゃん。残念でした。」

今の村上の言葉の中に二つの驚くべき内容が入っていた。ひとつは自分の出世をネタに村上に何かをしろと慶喜が働きかけていたこと。もうひとつは既に村上が慶喜の自殺のことを知っていることである。

「佐竹。おまえ山県から聞いたのか。」

髪を振り乱し、顎を上げ、村上は佐竹に向かって白い息を吐きながら言った。

「な、何を。」

「聞いたのかって言ってんだ。」

「だから何だっていってんだ。」

「久美子ちゃん。」

「え?」

この時、放水路の上から佐竹に向かって2、3度光が点滅した。放水路は村上の頭上であるため彼はそれに気がついていない。佐竹は警察側の何かの合図であると推測した。

「岡田。河北潟の放水路に待機。佐竹と村上現認。応援を待つ。」

岡田は携帯でこう言って一方的に電話を切り、その電源を落とした。

「お前…今…何て…。」

「久美子ちゃんだよ、久美子ちゃん。いい子だよねー。」

「まさか…本当にお前が…。」

「おい、何とか言えよ佐竹。」

体の力が抜けた佐竹の声は独り言程度である。村上に彼の声は届いていないようだ。

「まあ黙ってるってことは知ってるってことか。」

「お前か…。」

「あん?」

「お前が一色の婚約者を‼︎」

「ああ、犯った。」

あっさりと言い放たれたこの言葉に、佐竹は力なくそこに膝をついた。

「まぁでもな。正確に言うと俺じゃない。犯ったのは穴山と井上だ。」

「てめぇ…てめぇが指図したんだろうが‼︎」

「何言ってんだ佐竹。悪いのは一色だ。」

「はぁ?」

先ほどから深刻な内容のことを飄々として話す村上の様子を佐竹は目の当たりにして、怒りが込み上げていた。佐竹はゆっくりと身を起こし再び立ち上がった。

「一色なんだよ悪いのは。あいつが余計なことに首を突っ込みすぎるからこうなった。言わばこれは必然ってやつよ。」

「何言ってんだお前。お前が首謀者なんだろう‼︎」

「おいおいでかい声出すな。いくらひと気がないっていっても、ものには限度があるぞ。落ち着けよ。」

「てめぇ絶っ対ぇ許さん‼︎」

「待て待て。ちゃんと話そう。そうだ話し合いが重要だ。話し合いで何事もその殆どが解決する。」

さっきまで気が狂った様な村上であったが、憤怒の状態の佐竹を前に急に態度を変えた。

「一色も話せばわかると思ったんだけどな。」

「一色?馬鹿いうな。婚約者がレイプされて話し合いで済ませましょうなんて、馬鹿みたいなお人好しがこの世にいるか‼︎」

「だから、そうなる前にちゃんと話し合えば久美子もああならなかったってことだよ。」

「そうなる前?」

「ああ。」

「お前頭おかしいんじゃねえの。」

「おかしくない。」

一見冷静さを保っているように見える村上であるが、言うことがどうも支離滅裂である。

「でもさ、佐竹。俺は仇を打ってやったんだよ。」

「仇?誰の。」

「一色の。」

「お前なに言ってんださっきから。」

「お前こそ何も分かってないな。一色は首を突っ込んだらダメなところに突っ込んだ。だからその警告を俺がした。それでも突っ込みやがる。手に負えないからお灸を据えるために婚約者って奴にちょっといたずらさせた。一時はおとなしくなったが、それでもあいつは突っ込んでくる。だから俺は久美子にいたずらした奴らをやっつけた。」

「え?」

「それでも話し合いで済ませることはできないって言われたら、お前ならどうするよ。」

「ちょ、ちょっと待て…。お前何言ってんだ。本当に頭がおかしくなったんじゃないのか…。」

「なぁお前ならどうする?」

「おい…村上…。」

明らかに村上の様子がおかしい。高校時代からの付き合いである佐竹でも、こんな村上は見たことがない。気が触れるというのはこういうことを指すのだろうか。

「どうするかって言ってんだよ‼︎…答えろ…答えろよ…。なぁ佐竹。答えてくれよ‼︎」

佐竹は何も言えなかった。目の前にいる村上が普通の状態でない。彼は今、村上とどう接していいかわからなかった。

「お前、俺のこと気狂いかなんかだと思ってるだろう。」

図星だ。いやむしろそう思わない方がおかしい。

おもむろに村上は右手を上げて佐竹を指差した。そしてそのまま佐竹から見て左の方に指先を移動させた。

「そこ。」

「おい。大丈夫か村上。」

「そこだよ。」

「何だよ…。」

村上の指先は茂みを指している。

「一色。」

「は?」

「一色が死んでるよ。」