12月21日 月曜日 19時00分 金沢北署

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12月21日 月曜日 19時00分 金沢北署
最終章 3
五の線 第七十七話.m4a.mp4
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「ご苦労さん。捜査本部長の朝倉だ。」

北署では19時より熨子山連続殺人事件に関係する捜査員が集結し、朝倉を長とした体制での会議が開かれていた。朝倉は議事進行役の北署署長深沢から新たな捜査本部長としての挨拶を賜りたいということで、マイクを手にしていた。

「堅苦しい挨拶は抜きだ。本題から行く。」

つい1時間前までは松永が捜査本部長だった。しかし突然彼はそれを降ろされ、朝倉が指揮を取ることとなった。松永が引き連れてきた察庁組は全員撤収。松永だけがいまだに捜査本部に籍をおくという事態。現場捜査員は一体何が起こっているのか分からずに、みな一様に腑に落ちない顔つきで目の前の朝倉を見つめていた。

「片倉捜査一課課長と松永管理官には我々とは別に動いてもらっている。諸君は今後、村上隆二に関する情報と鍋島惇に関する情報を収集して欲しい。」

本部内はざわついた。今まで一色に関する情報を収集してきた自分たちに、全く別の人物の情報を収集せよと朝倉は突然言い放った。今回の事件の被疑者は一色貴紀であるとのことで、彼の行方に関する情報を集めることが捜査員に与えられた最大の任務であったのに、それを変更するとは一体どういうことだろうか。みな首を傾げて納得がいかない表情である。

納得がいかないのは一般の捜査員だけではない。彼の横に座っている警備を担当する警備部の三好課長も同様で、驚きを隠せない様子だ。

「深沢署長。写真を。」

深沢は捜査員の一人に指示を出して、プロジェクターに二人の顔写真を映し出させた。

「この髪の毛を真ん中で分けた男が村上隆二。丸型のサングラスをかけた男が鍋島惇だ。村上は本多善幸の選挙区担当秘書。鍋島は仁熊会に出入りする男だ。この2人は金沢北高の同期であり、現在行方が分からない一色貴紀の同期でもある。この2人が今回の事件に何らかの形で関わっている疑いがある。捜査員は全員、村上と鍋島の情報を収集せよ。」

本部内は落ち着きがない。突然の重要参考人の登場に皆が浮き足立っている。

「ちょ、ちょっと待ってください。」

朝倉の横から声が聞こえた。彼が声のする方を見ると、隣に座っている三好警備課長が拳を握りしめて、肩を震えさせていた。

「どうした。三好警備課長。」

「本部長。いったいどうされたんですか?何なんですか突然。」

「重要参考人だ。」

「被疑者はもう決まってるんです。こんな二人の情報より、被疑者の情報でしょう‼︎」

突然の大声に本部内は水をうった静けさとなった。

「本部長。しっかりして下さい。要らぬ情報で捜査本部を混乱させてはいけません。被疑者は一色です。奴をどうにかすればそれで終わりですよ。」

朝倉は胸元で震える携帯を手にした。

「失礼。緊急だ。」

「何ですか、こんな重大会議の最中に携帯なんて…。」

「どうした。…そうか…わかった。警備部の精鋭を送る。…了解。」

朝倉は携帯をしまって三好に言った。

「警備部の精鋭を内灘大橋に派遣しろ。」

「はぁ?」

「はぁじゃないだろう。命令だ。今すぐ送れ。」

「ちょっと…本部長…どうされたんですか?」

「命令に従えないのか?」

「は?」

「命令に従えないのかと聞いている。」

眼鏡の奥に潜む朝倉の細い目から三好に対して恐ろしいまでの鋭い視線が浴びせられた。彼の凄みに三好は言葉を失った。

「三好。お前、検問情報を改竄しただろう。」

朝倉のこの言葉に一堂が騒ついた。

「な、何を…お、おっしゃってるんで…。」

「更迭だ。」

「は、はい?」

「イヌは貴様だな。」

朝倉は警備部から提出された検問状況報告書を三好の前に突き出した。

「ここを見ろ。」

彼は20日の氷見、七尾間の県境で行われた報告書を指差した。

「ここに何故、村上の情報がないんだ?」

「本部長…。どうされたんですか…私は改竄なんぞ…。」

「じゃあ、これは何だ。」

朝倉はNシステムによって洗い出された村上の移動経路をまとめた書類を三好の目の前に叩きつけた。

「あ、あれ?」

「お前、松永が宇都宮の手先と思ったか?」

「な、何をおっしゃいます。」

「現場の意見を無視して、情報だけを捜査本部に吸い上げ、机の上で考えた指示ばかりを出す典型的な頭でっかちキャリアだとでも思ったか。」

三好は言葉を失っていた。

「残念ながらその反対だ。氷見七尾間の検問人員には村上の通過を確認してある。貴様はたった今から総務部付だ。追って沙汰する。」

朝倉は警務部長の別所を呼んで、三好を謹慎させるよう命令した。別所は二人の署員に三好を拘置所まで移送するよう指示した。

「ま、まって下さい本部長。」

署員に腕を抱えられた三好は抗うように声を発した。

「こんな事して、あなたただで済むと思ってるんですか…」

「どういう意味だ?」

「本庁が黙ってませんよ。」

「本庁?」

「石田長官も宇都宮課長も黙ってませんよ。あんたも同じ穴の狢だろ。いいのかよ⁉︎」

朝倉は三好に詰め寄った。そして凄みのある表情を一変させて穏やかなものとした。そして三好の首筋に手を当てて口を開いた。

「心配するな。松永が良くやってくれたよ。」

「え?」

「今頃、長官は公安委員長からお呼び出しだ。」

「は?」

「お前もここをよく洗っておけ。」

そう言って朝倉は三好の首をトントンと軽く叩いた。

そして目障りだからさっさと拘置所にぶち込めと言って席に座った。

「警備部課長補佐。」

「はっ。」

該当する若手の職員が立ち上がった。

「今この時点からお前が警備部課長代理だ。キンパイだ。速やかに警備部の精鋭を内灘大橋に派遣せよ。くれぐれも対象に気づかれるな。念のため狙撃班も連れて行け。警備部長には話を通してある。」

「はっ。」

朝倉の指示を受けた彼はその場から駆け足で去って行った。

朝倉が出す凄みと警備課長の更迭が捜査本部内を空気を引き締めていた。それに加えて狙撃班の出動を朝倉が命じたことで場の雰囲気は張り詰めたものとなっていた。

「諸君。今まで察庁の机の上の指示によく耐えてくれた。これも本件を確実に立件するために必要なことだった。しかし今からは違う。私が全責任を負って指揮を取る。諸君は今まで培ってきた経験と勘、知識、人脈の全てを動員して、この2人の情報を集めて欲しい。本件捜査は明日ロクマルマルを持って終結させる。」

朝倉がなぜ捜査に期限を区切るのか。この場の捜査員も片倉と同じく疑問を感じた。しかし目の前の朝倉の表情から覚悟のほどが受け止められる。捜査員たちは誰も何も言わず、彼の命令の意を組もうとした。

ひとりの捜査員が手を上げた。

「鍋島に関してですが、報告したいことがあります。」

「所属は。」

「北署捜査一課です。」

「よし聞こう。」

「小西が小松空港から熨子町まで乗せた、鍋島と思われる人物についての追加情報です。小松空港からタクシーに乗ったということで、当時の小松空港着の飛行機の搭乗履歴を調べました。」

「おう。」

「しかし、鍋島惇という名前はありませんでした。なので小西の供述をもとに作成した鍋島と思われる男の似顔絵と、鍋島惇という男が同一人物かの確証がありません。」

この報告に場内の捜査員からは落胆の声が漏れた。

「おい、ちょっとそれ見せれま。」

彼の側に座っていた別の捜査員が、彼が手にする搭乗履歴を奪い取って指を指しながらしげしげと読み込んだ。

「これ、まさか…。」

「どうした。」

「…コンドウサトミの名前があります。」

「なにっ?」

周囲にいた捜査員たちは男の元に集まってきてその資料を読み込んだ。この場にいる捜査員たちはコンドウサトミが6年前の熨子山の事故で登場したことは知らない。しかし七尾の殺しの現場となった物件の契約者がその名前であったため、彼らはガイシャのことを暫定的にコンドウサトミと読んでいた。現場捜査員は機械であるとの松永の方針に、今まで捜査本部が出す指示どおりの行動しかとれなかった捜査員たち。彼らは縦割りで、誰がどういった捜査をしているかわからず、横の連携が全くなかった。しかし今、鍋島の追加情報がこの場で発表され、それを受けてコンドウサトミの名前が発見された。この男たちの行動が、彼らの間に立ちはだかっていた縦割りの壁を壊した。一気にその場の捜査員たちは意見を交換し始め、各々が自身の経験や知識を総動員して推理し、議論を始め出した。

「コンドウサトミは鍋島ということか。」

「となると、七尾で殺されたのは鍋島か。」

ここで朝倉の携帯が震えた。松永からである。

「どうした。」

「いま、七尾中署から連絡が入りました。コンドウサトミは鍋島のようです。不動産屋にサングラスをかけた鍋島の顔、鍋島の高校時代の顔、村上の写真の三つを見せたところ、サングラスを外した高校時代の鍋島の顔が似ているとのことです。」

「そうか。こちらもコンドウサトミが鍋島であると思われる情報が入った。」

朝倉は今さっき判明した搭乗履歴に関する情報を松永に伝えた。

「こうなると、七尾のガイシャは鍋島である可能性があるな。」

「はい。」

「松永、鍋島については俺らに任せろ。お前らは村上を頼む。いま警備部がそっちに向かっている。指揮はお前に任せる。」

「了解。」

「本部長。お耳に入れたいことが。」

警務部の別所が朝倉に耳打ちした。

「宇都宮課長は石田長官によって更迭されたようです。」

「そうか。」

「しかし…。」

「なんだ。」

「長官はお咎め無しです。」

朝倉は目を瞑った。

「無念です。」

別所の言葉に目を開いた朝倉はニヤリと笑って彼を見た。

「心配するな。織り込み済みだ。」

「本部長。」

矢継ぎ早に朝倉の元に情報がもたらされる。

「何だ。」

「今、熨子駐在所の鈴木巡査部長から一課に連絡が入っているようです。」

「熨子駐在所?」

「ええ。何でも第一通報者の塩島から重要なことを聞き出したとのことです。」

「その無線、こっちに繋げるか?」

捜査員は頷いた。そして通信司令室に鈴木の無線を捜査本部に繋げるよう指示を出した。

「本部長の朝倉だ。何だ、重要なこととは。」

「第一通報者の塩島一郎がある男と接触していたようなんです。」

鈴木の声は捜査本部全体に聞こえていた。そのため、この鈴木の言葉を受けて本部内は静まり返った。

「ある男?」

「村上です。」

「何っ⁉︎」

本部内は騒がしくなった。

「塩島は19日の夜に村上を熨子山まで送っています。ちなみに第一通報は塩島自身によるものではなく、村上によるものです。」

「おい待て一体どういうことだ。」

「はなからおかしいと思っとったんです。自分が塩島と接触した時、あいつはひどく震えとったんです。体をえらいガタガタさせとりましてね。よくこんな状態で警察に通報したもんだと当時から疑問を持っとりました。そもそも塩島が何で深夜にあの山小屋まで行ったのかも不思議に思っとったんです。しまいにで塩島は自分に置いていかんでくれとか言っとったんです。その時思ったんですよ。ひょっとしてこいつは誰かに置いてかれたんじゃないかって。」

「誰かに置いてかれた?」

「はい。整理して話します。自分が言う時刻は塩島が言ったものなのでおおよそのものとしてお聞きください。」

「わかった。」

「塩島は19日の22時30分ごろに片町の付近で村上を乗せて熨子山まで行きました。そして私が塩島と接触した場所に車を止めて、村上を降ろしたんです。このとき23時30分。村上はすぐ戻ると言って山小屋の方に消えて行きました。それから間もなく一色の車が塩島の横を通過し、山小屋のほうへ走り込んで行ったんです。」

穴山と井上が殺害されたと思われる時刻は19日の23時40分。村上と一色が彼らが殺害された時刻に同じ場所に居合わせていた事になる。

「それから30分ほどして村上はその場に走って戻ってきました。その時の村上の姿は異様だったそうです。」

「異様?」

「はい。白いシャツに大量の血液らしきものをつけていたそうなんです。」

鈴木の報告を本部内の皆が固唾を飲んで聞き入った。

「そこで村上は塩島の携帯を奪って110番したんです。第一通報者は塩島でもなんでもありません。村上です。」

「その後、村上はどうしたんだ。」

「そのまま熨子山の闇に消えて行ったそうなんです。」

「一色は。」

「塩島は村上以外の人間は見ていないと言っています。」

「それ意外に何か情報はないか?」

「ここまでです。塩島は村上の異様な姿を見て、自分はひょっとして恐ろしいことに加担したのではないかと、恐怖を感じたそうなんです。これなら自分が接触した時の塩島の震えも、置いていくなという発言も腑に落ちます。」

「わかった。鈴木巡査部長ご苦労だった。しかし何故、塩島はそのことを隠していたんだ。」

本部内の皆も朝倉と同じ考えだった。何故一介の善良な市民が、夜中に村上を片町から熨子山まで運ぶのか。もともと塩島と村上は何かの接点があったのか。この疑問に鈴木は答えた。

「塩島は残留孤児なんです。」

「何っ?」

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コメント: 2
  • #1

    古今烏丸 (金曜日, 21 2月 2014 17:16)

    いつも " 素敵な声 " で、配信してくださってありがとうございます。
    毎週楽しみにしながら、通勤電車の中で「五の線」を聴いています。

    このドラマも大詰めになってきましたが、果たして佐竹は村上を吐かせることができるのか....
    そして一番気になるのが、一色が生きているのかです。

    それから相関図ですが
    自分自身の中で登場人物(方言や癖で)のイメージができ上がっていたので
    相関図を拝見したときは、私がイメージしていた人物(顔)とかけ離れていたのが
    「松永秀夫」です。(笑)

    「五の線」が終われば寂しくなります。
    次のオーディオドラマはあるのでしょうか?
    あれば、iTunes にダウンロードします!

  • #2

    管理者 (金曜日, 21 2月 2014)

    古今烏丸さん

    いつも五の線をご視聴くださいましてありがとうございます。
    通勤電車でとのこと。古今烏丸さんがどういった風景を見ながら、このお話をお聴きになっているのか気になります。

    古今烏丸さんのような声は本当に励みになります。ありがとうございます。

    相関図に関しては期待を裏切るようなイラストで申し訳ございません。(笑)
    人物の顔があれば物語の登場人物の整理ができるのではないかと思って書きましたので、あくまでも参考にして下さい。

    次のお話は現在のところいつから配信ができるか未定です。
    できることなら、また郷土石川を舞台とした話をお届けできればと思っています。先ずは今は最終話まで遅滞なく配信できることに努力しています。

    今後とも「五の線」を最終回までよろしくお願い申し上げます。