12月21日 月曜日 18時50分 県警本部

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12月21日 月曜日 18時50分 県警本部
最終章 2
五の線 第七十六話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 20.6 MB

「松永。」

片倉と古田は苦い表情をして彼を見た。

「採れたてのほやほやだ。」

松永は1枚の紙ペラを二人に見せた。

「何だこれは。」

「Nシステムで補足した19日からの村上の行動経路だ。」

「何?」

「そこでお前たちに知らせたいことがある。」

そう言って松永はここで立ち話をするのは控えたいとして、二人を県警の別室へ招いた。松永の存在に不信と疑念を抱いていた二人であるが、今は一刻を争う。そんなことは言ってられない。彼らは松永の求めに応じた。

別室の扉を閉じて松永は手にしていた紙を机に広げ、口を開いた。

「村上の行動がおかしい。」

「何がだ。」

「ここを見ろ。」

片倉と古田は松永が指す20日の箇所を見た。

「七尾?」

「そうだ。岡田が村上の行動に気になる点があると言っていたから、あいつの所有車ナンバーを追跡した。そしたらこうだ。」

片倉と古田は資料を読み込んだ。そこには村上の証言と今回のNシステムによる村上の行動履歴を時系列で整理した表が記載されていた。村上の証言によると彼は20日の12時ごろに熨子山の検問に会い、それから1時間かけて高岡に向かった。高岡に着くのは13時前後。そのまま氷見へ行くと30分後の13時半。そこのコンビニで30分滞在したので、14時まで氷見にいたことになる。そこから羽咋を経由して金沢にそのまま向かえば1時間50分程度だから16時ぐらいには金沢に入る。村上の氷見までの時刻に関する証言はNシステムのものとそう異なるものではなかった。しかしそれからが違う。Nシステムのものは14時10分に七尾。15時30分に羽咋。16時30分に金沢といったものだった。

「どうだ。あいつの証言と食い違っているだろう。」

片倉は自分と古田、そして岡田しか持ち合わせていない村上の情報を松永が得ていることを知って、一種の気味の悪さを感じた。しかし今は松永相手にいろいろ詮索している暇はないと考え、彼に合わせることとした。

「そうだな。」

「もうひとつ面白い話がある。」

「なんだ。」

「村上は氷見のコンビニの近くに車を止めて休憩したと言ったそうだな。」

「おう。」

「氷見のコンビニに村上が滞在した形跡がない。」

「なに?」

「コンビニの従業員に村上の車両を目撃したか確認したが、思い当たらないそうだ。ついでに付近の監視カメラも解析したが、それらしいものもない。」

「ということはあいつが言っていることは、全くのデタラメってことか。」

松永は頷いた。

「片倉。村上のこの七尾滞在時刻で気になるところはないか。」

片倉は再び資料を見た。

「14時10分から15時30分…。1時間20分か。少々時間がかかっているな。普通なら七尾から羽咋までの距離なら40分で移動できる距離やからその倍かかっとる。」

「七尾の殺し。」

古田が言った。

「あっ。」

片倉が声をあげた。

「この時間帯に七尾で殺しがあった。」

「その通り。」

松永は資料を丁寧に折りたたんで再び懐にしまった。

「七尾の殺しは熨子山のものの手口と同じだ。犯行が同一犯のものとすれば重要な証拠になる。」

「しかしそれだけでは村上の犯行を確定できない。」

「そうだ。念のためNシステムで村上の19日の行動も調べたが、この日は村上はほとんど移動らしい移動をしていない。深夜の犯行時刻付近にも熨子山あたりであいつらしい車両が移動した形跡はない。」

「いや、村上には鍋島っちゅう仲間がおる可能性がある。鍋島と協力すればなんとかなるかもしれませんよ。」

「鍋島?」

「ええ。」

「6年前の熨子山の事故に関係しているとされる奴か。」

「そうです。」

松永はしばし考えた。

「まて。そうだ。」

「何だ。」

「6年前の熨子山の事件に、確か近藤里見という名前が浮上していたな。」

松永は今日の昼に県警本部の資料室で片倉と遭遇し、6年前の事故に関する操作状況を聞き出していた。

「その近藤里見という人間についてお前たち何かわかったか。」

この問いかけに片倉が答えた。

「ああ。コンドウサトミは多分鍋島惇と深い関わりがある。」

「と言うと?」

「お前にも言ったとおり、文子自身はコンドウサトミと面識はない。しかし赤松忠志が死ぬ前に口止め交渉を請け負っていたのが、鍋島惇だったということは判明した。」

「交渉が決裂し、忠志は事故に見せかけて殺され、その後現金が入った封筒だけが赤松家に届けられました。その包みにコンドウサトミと書かれていたんです。」

松永は腕を組んで考えた。

「因みに我々はこの6年前の事件については、村上が鍋島を使って赤松との交渉をさせ、その後の事故に見せかけた殺しを行ったと推測しています。」

「村上が鍋島を使う?」

「はい。」

「村上と鍋島は高校の同級です。彼らの結びつきが具体的にどうだったか定かではありませんが、村上は本多の秘書。鍋島は仁熊会の関係者。本多と仁熊会の繋がりを考えると、あの2人が何処かで結びついていても何ら不思議なことはありません。それにあの北高の連中には我々には計り知れない絆がありますから。」

「何だ絆って。」

「鍋島は残留孤児三世です。詳しい説明は置いておきますが、奴は生活に困窮する中、部活ではインターハイで優勝し、且つ学業ではしっかりと卒業している。並大抵の人間ではできないことを成し遂げる力の背景には、必ず周りの支えがあるはずです。だからあの同期連中には何らかの強い結びつきがあると思うんです。もしも1人で全てができるスーパーマンなら、卒業後もそのまま自分一人の力で真っ当な人生を送れるはずです。」

「確かに。」

「一歩足を踏み外した鍋島はどこで何をしていたかは誰もわからない。しかし何処かのタイミングで村上と接触した。そこから二人の間に再び何らかの関係ができたと判断しています。」

松永は目を瞑った。

「因みに6年前の事件以外にも、4年前の病院横領殺人事件の際にも嘘の証言をする立場で鍋島は顔を出している。この二つの事件に直接的関係を持つのが村上隆二だ。」

片倉が古田の説明に付け加えた。それを聞いて目を開いた松永は二人に尋ねた。

「ならば、七尾のガイシャは一体誰なんだ。」

「と言うと。」

「ガイシャが殺された物件の契約書にもお前らが言う、6年前の事件に出てくる近藤里見という女性が出てくる。」

「コンドウサトミ? 」

「そうだ。」

「今、女って言ったか?。」

「そうだ。女の名義で契約されているが、殺されたのは男だ。」

「ちょっと待ってくれ。コンドウサトミとは言ったが俺らは女とは言ってないぞ。」

「何言ってるんだ。どう考えても女だろう。」

「管理官。ひょっとして契約の本人確認書って、保険証か何かじゃないですか。それやったら写真も何も入っとらんから男か女か分からんですよ。」

「あ…。」

「七尾中署がはなから女と決めつけて不動産屋に聞き込んどるとしたらそれはいかん。この女の名前に心当たりがないかって聞いてしまっとるんやったら、それから何も進まん。もう一度その不動産屋に当時の契約について聞いて見た方がいい。里見という名前の男も世の中にはいますよ。」

「しまった…」

松永は頭をかき乱した。

「管理官、ついでにこう聞いた方がいい。鍋島と村上の写真を見せるんです。この人物ではないかとね。2人がコンドウサトミと何かの接点があるのは事実。仮に架空の人物でも誰かがコンドウサトミになり済まさないと契約は成立しませんからね。どちらとも見覚えがないと言われればガイシャは我々には未だ我々にはわからない人物です。」

その場から松永は七尾署に連絡した。そこで古田から指摘されたことをそのまま告げると、すぐに確認するとのことであった。松永は電話を切って呟いた。

「コンドウサトミがその中のどちらかだとしたら…。」

片倉は室内のパイプ椅子を雑に用意してそこに腰をかけて言った。

「どちらにせよコンドウサトミに成りすまして、その物件を手配し誰かをそこに囲った。それだけだ。」

「何れにせよコンドウサトミと思われる人間は死んだ。コンドウサトミと関係があると思われる人物は鍋島と村上。鍋島は行方不明。村上はコンドウサトミが死んだ時刻に七尾に滞在。この状況が物語るものはただひとつ。」

「七尾のガイシャは鍋島惇である可能性がある。」

松永のこの発言に室内は静まり返った。

ここで無線が入った。十河からである。

「こちら十河。女の正体が判明しました。」

片倉と同じ無線を聞いていた古田は、無線の音が松永にも聞こえるようにイヤホンジャックからイヤホンを外した。

「管理官。聞いておいてください。」

古田の言葉に松永は頷いて十河の声に耳を傾けた。

「あの女はアサフスのバイトで山内美紀というらしいです。アサフスは月曜定休ですが、仕事熱心な女で時々休みの日にも細々とした仕事を片付けに来ることがあるそうです。」

「その山内と村上はどういった関係だ。」

「関係ってほどのものはないです。今日の15時ごろに村上がアサフスに来たようなんです。その時にあいつは突然気を失ってアサフスで休んで行ったそうなんですよ。そのときに看病しとったのが山内やったってだけです。」

「なんだただそれだけか。」

「ええ、それだけなんですよ。ただ、その山内っていう女ですが、佐竹とちょっといい感じになっとるそうでして。」

「佐竹?」

「ええ。」

「分かった。十河。そのままアサフスを見張っていてくれ。」

片倉は無線を切った。

「トシさん。どう思う。」

「こんな切羽詰まった時に村上が色恋沙汰に首を突っ込むとは思えんな。」

「そうやろ。」

「まさかその山内をネタに佐竹をゆすって、自分に都合のいい証言をさせようとしているとか。」

松永のこの言葉に古田と片倉ははっとして彼の顔を見た。

「それだ。」

「佐竹と村上の向かう先は方角としては同じ。佐竹は内灘に向かっている。となるとひょっとするとそこで村上と接触するのかもしれない。」

「確かに佐竹は何か焦っとった雰囲気やった。山内美紀と佐竹の関係が十河のいう通りやとすっと、あいつの焦りも理解できる。」

「片倉課長。古田警部補。現場に急行してくれ。」

松永はおもむろに二人に指示を出した。

「でどうする松永管理官。」

片倉が言った。

「佐竹か山内が危険に晒されている。とにかく村上を確保してくれ。」

古田は考えた。このまま村上の確保をすれば二人の身の安全を図ることができるが、証拠がない。単なる任意同行だ。被疑者の供述に頼る逮捕は立件の決め手にかける。何かの証拠が欲しい。

「待って下さい管理官。」

「なんだ。」

「ここは佐竹の力を借りましょう。」

「どういうことだ。」

「佐竹に村上を吐かさせるんです。」

「なにっ?」

「本部長からは明日の六時までに詰めろと言われとります。ほやけど今から犯行にかかる村上の証拠を抑えるとなると時間がかかる。仮に任意同行したところでワシら警察にはあいつは絶対に口を割らんでしょう。何かとグリップが効く立場ですからね。」

「じゃあどうするんだ。」

「ほやから今回の事件とは特に関係がなさそうな佐竹に聞き出してもらえばいいんです。ワシらが聴取するよりか佐竹の方が、村上の警戒心を解くことができるでしょう。幸い村上は今から佐竹と接触するようですからね。」

今古田が提案する方法は前例のない捜査方法だった。捜査員を犯行グループと思われる者に潜り込ませる囮捜査でも何でもない。囮捜査ですら違法の疑いがあるというのに、あろうことか古田は警察の代わりに、佐竹という一民間人に被疑者から情報を聞き出すよう依頼している。百歩譲って囮捜査が合法であるとしても、捜査員を危険に晒すならばまだ理解できるが、古田が提案するものは民間人を危険に晒す前代未聞のもの。松永は額に手をやって目を閉じ考えた。彼が目を開くにはしばしの時間を要した。

「どうやってやる。」

目を開き覚悟を決めたような表情で言葉を発した松永を見て、古田はおもむろに無線に口をつけた。

「岡田。今どこや。」

「内灘です。内灘大橋に向かって走行中です。」

「佐竹を止めろ。」

「え?」

「いいから止めろ。」

「了解。」

「トシさん。止めてどうすんだ。」

三分後、岡田から無線が入った。

「佐竹確保。」

「よし岡田、そのままお前の無線を佐竹に渡せ。話す時だけ無線機のリモコンのボタンを押せって言え。」

「りょ、了解。」

そに場にいた片倉と松永は唖然とした顔で古田を見ていた。

「佐竹さん。古田です。」

「何なんですか刑事さん‼︎」

「佐竹さん。村上さんと会うんでしょう。」

無線の向こう側の佐竹は沈黙した。

「あなた、山内美紀さんを助けに行くんですね。」

「…刑事さん。時間がないんです。」

「わかりました。あなたそのままイヤホンをして直ぐに現場に向かってください。」

「わかりました。」

「そのまま聞いてください。我々はあなたにもしものことが無いように万全の態勢で警備します。」

「あいつはひとりで来いと言いました。」

「それならあいつに分からんように、人員を配備するだけですわ。」

古田のやりとりを見ていた片倉は松永に、内灘大橋付近に複数の人員を派遣するよう進言した。

「今、本部長は北署の捜査本部で会議中だ。」

「何言ってんだ。一刻を争う事態だ。会議中でもなんでもいいから本部長に連絡して、人員配備だ。本部長なら分かってくれる。」

「わ、わかった。」

松永は携帯電話を取り出して朝倉に電話をかけた。案の定朝倉は会議中であったが、彼は電話に出て松永の応援派遣要請に快く応じてくれた。警備部の精鋭を極秘裏に内灘へ送ってくれるそうだ。

一方、古田は佐竹と無線で話し続けていた。

「佐竹さん。我々は村上の供述が欲しいんです。」

「供述?」

「ええ、村上からもろもろを聞き出して欲しい。」

「何ですか、もろもろって。」

「何でもいい。あなたが思ったことをぶつけて下さい。」

「そんな…急に言われても…」

「大丈夫。無線機は車に置いてください。佐竹さんはなるべく遠巻きに村上と接してください。」

「遠巻き?」

「はい。」

「それだと、山内さんが…。」

「大丈夫です。彼女は絶対に救出します。」

佐竹は不安だった。今、村上と接触するのは山内を助けるためだ。山内は村上の手の内にある。それなのに奴と距離をおいて話をしろとは一体どういうことだ。

「そろそろつきます。内灘大橋の袂です。」

「了解。佐竹さん。頼みます。我々を信じてください。」

古田は無線を切り、松永を見た。彼は大きく息をついてやむを得んと言った。一方片倉は古田を見て頷いた。

「さぁ、我々も岡田と合流しましょう。」

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コメント: 2
  • #1

    ゆら馬 (水曜日, 12 2月 2014 23:04)

    いよいよ大詰めですね。手に汗握って聞いてます。佐竹さん!頑張って!

  • #2

    管理者 (木曜日, 13 2月 2014 21:42)

    ゆら馬さん

    いつもお聴きいただきありがとうございます。
    とうとう最終章までいきました。
    ひとえに皆様の支えがあってのものです。

    佐竹はどうなるのか。
    村上はどう出るのか。
    古田や片倉は。

    最後までお聴き下されれば幸いです。

    今後ともよろしくお願いします。