12月21日 月曜日 15時40分 本多善幸事務所

ダウンロード
12月21日 月曜日 15時40分 本多善幸事務所
第七章 9
五の線 第七十話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 15.0 MB

「村上は外出中です。」

「何処に?」

「わかりません。しばらく戻らないと言って出て行きました。」

古田は振り返って片倉を見ると彼はこちらを見て頷いた。

「分かりました。失礼しました。」

2人は急ぎ足で事務所を後にし、素早く車に乗り込んだ。エンジンをかけた片倉は動きを止めて切り出した。

「やっぱりあいつ。なんか知っとる。」

「行き先も告げんと外出。俺らが来るのをどっかで察知したな。」

片倉はヘッドレストに自分の頭を預けた。

「なぁトシさん。マルホン建設と仁熊会、警察上層部って言う構造的なものよりも、この村上っていう男の存在が一色の捜査に二の足を踏ませたんじゃねぇのか。」

「高校時代の同期やしな。」

「しかし、こうも高校時代の交友関係が尾を引くもんかな。」

「普通ならあり得んな。」

「ほうやろう。今も頻繁に連絡を取り合っとる親密な間柄ならわかっけど、そうじゃないやろ。」

「まぁな。佐竹と村上は今も親交があるが、他の連中は疎遠やからな。」

「そんな関係で一気に繋がりが出てくるもんかなぁ。」

古田はしばらく考えた。

「ひょっとすっと、俺らには計り知れん何か特別な人間関係があるのかもしれん。」

「特別な人間関係?」

「鍋島は残留孤児三世。あいつの母親は高校入学後しばらくして中国に戻ってしまい、祖父母と生活することになる。年老いた祖父母が生活を支えるほどの稼ぎができるわけもなく、鍋島は働きながらギリギリの生活や。しかしそんな中でも鍋島はちゃんと卒業し、部活じゃインターハイで優勝さえしとる。こんな大変なこと、並の人間にできることじゃねぇ。きっとその剣道部の連中の支えもあったはずやろう。」

「なるほどな。」

「ほやから、あの五人の中には俺らには分からん絆みたいなもんがあると思うんや。」

「確かにトシさんの言うとおりや。しかしその深い絆によって結ばれた男たちが、どこでどう転んだか対立関係になった。」

「全ては六年前の熨子山の事故に見せかけられた事件からくる。事件の背景にはマルホン建設と仁熊会。それに警察が絡んどる。そしてその事件で消された人物が赤松忠志。この時、赤松家と接触しとったのが鍋島やった。」

「どうして鍋島がむかし世話になった家とこんな形で接点を持つようになったんやろうか。」

「ほうやなぁ、鍋島って奴の正体はよくわからんが、仁熊会の人間じゃない。それだけははっきりしとる。」

「とすると請負業か。」

「そんなとこやろ。」

「ほうやからって仕事を請け負うか請け負わんかはあいつ自身が決めることやろ。なんでそんな胡散臭い事件の交渉窓口なんてもんをあいつは請け負ったんや。」

「わからん。わからんが、村上ならそのことを知っとるかもしれん。」

片倉は眼前の本多事務所を眺めた。

「マルホン建設、仁熊会、県警を握る本多善幸。その地元担当責任者、村上隆二か。」

「六年前の熨子山の事件のステークホルダーに共通して関わりを持つのが本多善幸。その選挙区担当秘書が当時の事件の事情を知らんってことはないやろう。ひょっとすっとこいつ自身が鍋島の発注元なんかもしれん。」

「村上が鍋島を使って、忠志の口を封じさせようとしたが、上手くいかんくて口封じのために殺したか。」

古田は腕を組んだ。

「片倉。あの五人の間には俺らには分かりきれん絆がある。その絆がせめてもの罪滅ぼしっちゅうことで、再び500万の現金を赤松の家に送りつけさせたって考えられんか。」

「なるほど。結果的に友人の家庭を巻き添えにしてしまった詫びってことか。」

古田は頷いた。

「そうなるとあいつにはちょっとは良心ってもんがあるってことになるか。」

「まぁあくまでも仮定の話やけどな。」

「しかし村上を黒幕に据えると話がうまいこと展開するな。」

「ああ。4年前の病院横領殺人事件もガサ入れ情報を何処かで入手した村上は、鍋島を使って証拠をでっち上げた。仁熊会の直接的な関係者ではない男のため警察はマークが薄かった。そのため事件は結果的にお宮入り。」

「その後、一色がマルホン建設、仁熊会、警察の関係性をある程度把握。その事実がまた警察内部の何処からか漏れて村上の耳に入り、穴山と井上っちゅう仁熊会の下っ端を借りてあいつの交際相手をレイプ。」

「なぜそこまでの徹底した対応を村上がしたか。」

「一色の行動は警察上層部のタブーだけじゃなく、マルホン建設とか仁熊会、お役所、そして間に入っとる金沢銀行の全ての闇の部分が、世の中の耳目にさらされる事態に発展する恐れがあった。」

「トシさん。金沢銀行もか?」

「ああ。金沢銀行の専務は本多善幸の弟の慶喜っちゅう奴なんや。ワシは二課やさかい、金関係の情報は入ってくる。この金沢銀行の慶喜は20年前にベアーズに確かでけぇ金を融資しとった筈や。この実績がもとで慶喜は今の専務の地位に登りつめたと言われとる。」

「金沢銀行っていうと、佐竹の勤務先やがいや。」

「ほうや。金沢銀行は佐竹。警察は一色。マルホン建設は間接的に村上。仁熊会も間接的に鍋島。これらの結びつきを何らかの形で発見したのがアサフスの忠志であり、その息子は赤松剛志。五つのもんが線を作って結びつく。」

「全部繋がった…。」

「片倉、話を元に戻すぞ。これらの関係が世の中に知れ渡ることで直接的に損するやつは誰や。」

片倉はしばし考えた。

「村上や。マルホン建設を出身母体とする本多善幸の秘書。村上隆二や。」

「ほうや。」

「あいつは本多善幸の選挙区担当秘書。本多が政治家である限り、あいつの手となり足とならんといかん。しかしスキャンダルがきっかけで雇い主が政治家でなくなったら秘書として失職するのはおろか、その後の人生も大きく狂うことになる。その逆も然り。」

「そうやな、うまいことすれば働きぶりが評価されて、次期選挙の有力候補者にすらなれる。ハイリスクハイリターンってやつや。」

二人はお互いを見合った。そして古田は続けた。

「自分の目的を達成するために友人の父親を謀殺し、さらに病院事件の証拠をでっち上げる。」

「そしてその真相を暴こうとした友人の恋人を反社会勢力の末端の人間を利用してレイプさせ、操作を撹乱させた。」

「さらにそれでも矛先が鈍らない一色を連続殺人事件の容疑者にしたてあげる。」

「手段を選ばん男や。高校の同期の鍋島を使って、同じ高校の同期を嵌める。」

「やばい。やばいぞ片倉。そうやそれなら今までのことが納得いくわ。」

「村上がそういう人格の男だとすれば…。」

片倉は目を瞑った。そして独り言を呟き始めた。

「俺は目的を達成するためには手段を選ばん。俺に不利益をもたらす存在はどんなことをしても消す。そうだ。それが例えどんな繋がりがあろうとも…。」

片倉はハッと目を開いた。

「トシさん。」

「なんや。」

「佐竹と赤松が危ない。」

片倉はそう言うとアクセルを踏んで勢い良く車を走らせた。

「村上がそんな男やとすっと、次は佐竹か赤松を狙うはずや。マルホン建設とか仁熊会は組織的な繋がりがあっから、口裏合わせも容易や。ほやけどただの友人は利害関係なし。素の人間関係や。こいつらは警察に過去のことをべらべら喋る可能性が高い。ほやから何とかしてここを口封じさせんといかん。」

「まさか、村上が佐竹か赤松を殺すとか。」

「あいつには鍋島がついとる。その気になれば2人で一気に攻めることだってできる。」

「わしらが同時に佐竹と村上を聴取したように、せーのでって事か。」

「おう。まずい。」

「片倉、俺を金沢銀行で降ろせ。お前はこのままアサフスに行け。張り込むぞ。」

「わかった。トシさん。」

「本当なら警備部に依頼すればいいんかもしれんが、マルホン建設と仁熊会が絡んでくるんなら、上層部にはあんまり情報が漏れん方がいい。」

「トシさん。上層部とその関係やけど…。」

「おう。」

「本部長はどうなんや。トシさんなんも知らんがか?」

「…あの人は大丈夫やろ。」

「本当か。」

「ああ、あの人はああ見えて刑事魂の塊みたいなお人や。そうでもせんとわしらに本件の捜査を独自でやれって言わんわ。それにわざわざ俺らと検察を合わせるような事もせん。むしろあの人よりも、取り巻き連中の方が用心せんといかんわ。」

片倉は俊敏にそして軽快に車を走らせる。

「おそらく、本部長は何か知っとる。何か知っとるからこそ、事件発生直後にワシに電話をかけてきた。察庁の意向を無視して記者会見したり、松永とは別に捜査しろって指示を出すとか県警タブーを引きずる男がすることじゃねぇわ。」

「そうやな。」

「本部長は本部長で警察としての筋を通したいんやろう。」

そうこうしている間に、車は金沢銀行駅前支店についた。時刻は16時40分をまわっていた。古田はすぐさまシートベルトを外した。

「トシさん。これからどうする。」

「わしは佐竹と接触する。あいつは今晩空けてあるはずやから、先ずは朝の続きを聞き出す。その後は佐竹自身が自宅へ安全に帰るまで見届ける。」

「じゃあ俺もトシさんと同じように赤松を見張るわ。」

「片倉。気を抜くな。何かあったらすぐに連絡しろ。」

「わかった。」

「そうや。」

そう言うと古田はズボンのポケットから鍵を取り出した。

「お前、岡田に言って俺の車をここまで持ってくるように言ってくれんか。」

「岡田にか?」

「俺は身動きが取れん。ほやから俺ん家から俺の車を持ってきて欲しいんや。」

「わかった。トシさんも気をつけろや。」

古田は車から降りて片倉と別れた。そして彼は眼前の金沢銀行駅前支店が入居するビルを仰ぎ見た。築年数は30年と言ったところか。古ぼけたビルであるが、金沢銀行がテナントで入る一階部分だけは真新しい作りである。その金沢支店のシャッターは閉められていた。15時を回った銀行はATMコーナーだけが開かれ、そこにだけが近隣で働く者たちを定期的に吸い込んでいた。

「金沢銀行か…。」

古田はそう呟いて、道路を隔てて向かい側に建つホテルの一階にある外の様子が見える喫茶店へと足を進めた。ここならば金沢銀行の人の出入りが手に取るようにわかる。

ー一色よ。お前は今、何処におるんや。