12月21日 月曜日 14時50分 フラワーショップアサフス

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12月21日 月曜日 14時50分 フラワーショップアサフス
第七章 8
五の線 第六十九話.m4a.mp4
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「いいか。絶対に何とかしろよ。おめぇだけじゃねぇんだ。長官にも先生にも迷惑がかかる。」

こう言ったそばから運転席の窓をノックする音が聞こえたため、村上は電話を切って窓の外に目を向けた。そこには見覚えのある笑顔があった。村上はドアを開けて男と向かい合って立った。

「久しぶりだな。赤松。」

「お前何してんだ、こんなところで。」

「いやな…ちょっとな…。」

「こんなところじゃ何だから、うちにでも入ってけよ。」

「いや、ここでいいよ。」

「何言ってるんだ。水くせェな。」

「そうだドミノにでも行かないか。」

「ドミノ?はははは。」

赤松は頭を掻いて笑い出した。

「何だよ。」

「すまんすまん。いやな、ここ2日ほど俺はドミノばっかりなんだよ。」

「何で。」

「あの事件があったからだよ。」

「そうか…。」

「で、お前何かわかったのか。」

「は?」

「佐竹から聞いたよ。お前ら今も随分と仲がいいそうじゃないか。あいつはどちらかと言うと一色は他人のようなものだから、無視しときゃいいってスタンスみたいだったけど、お前は違うんだろう。」

村上は佐竹から赤松と接触したことは聞かされていなかったため、この発言を受けて戸惑った。

「違うのか?」

「…遠くない。」

「なんだよ。そのはっきりしない言葉。」

「あいつ、お前に何話してたんだ。」

凍てつく風が2人に吹きつけた。そのため赤松は身をすくめた。

「暫くなら時間が取れる。ウチに入ってくれ。風邪引くぞ。」

「…いや、ここでいい。赤松、車に乗れよ。」

「何だよ。母さんも喜ぶぞ。久しぶりの村上だからな。お前、いっつもウチに来てゲームしてたじゃないか。母さんもたまにお前のこと気にかけてんだぞ。」

「すまない。ちょっとそんな気分じゃないんだよ。」

村上は文子のことを話す赤松と目を合わせずに、赤松に車内に入るよう促した。赤松は勧めに応じて助手席に乗り込んだ。

「これいい車だな。」

「そうか。」

「お前、本多の秘書やってるんだって?佐竹から聞いたぞ。」

「あ、ああ。」

「いつから?」

「…そうだな…もう12、3年になるか。」

「大変だろう。政治家の秘書って。」

「まあな。」

「でもその分、稼ぎもいいんだな。こんな車乗れるんだから。」

「何言ってんだ。社長のお前に比べたら底辺だよ。これも精一杯の背伸びさ。」

「なんだなんだ。お前ってそんなに謙虚な男だっけ?はっはーやっぱり政治家の秘書って奴は、誰にでも謙虚に接さないといけないんだな。」

村上は苦笑いした。

「赤松さ。佐竹と何話したんだ。」

「どうした。喧嘩でもしたか。」

「いや、喧嘩ってほどのことでもないけどちょっとな…。」

「お前も変わらないな。昔っからお前は佐竹と喧嘩すると、こっそりあいつの情報を聞き出す癖がある。今でもそうなんだな。」

「俺にそんな癖なんかあったか?」

「あるある。」

「マジか。」

村上は天井を仰ぎ見て両手で顔を覆った。その様子を見て赤松は笑い出した。

「やめてくれ。そんなに俺変わってないか。」

「ああ、見た目はパリッとしたやり手のサラリーマン風だけど、話すと昔と何にも変わってない。」

「そうか…。」

こう言って村上は暫く両手で顔を覆う体制を保った。

「佐竹はな、怖いんだよ。」

「なんだそれ。」

村上は何度か顔を両手でこすって、赤松と顔を合わさずに窓の外を眺めながら受け答えをした。

「熨子山の事件は一色の犯行だと言われてる。あいつとは高校の同級だけど疎遠だから他人だって決め込みたいんだけど、全く関係が無いわけじゃない。何かの拍子で事件に巻き込まれそうな感じがして不安で仕方がないんだよ。だからお前とちょっとした口論にもなった。」

「不安か…。」

「分からないわけでもない。俺も去年の6月にあいつと会ってるからな。他人事とは思えないよ。」

「何だって?」

「俺の親父の事故死のことを母さんに聞きに来てたようなんだよ。」

「そ、そうだったな…お前の父さんは事故で亡くなったんだったな。その時は弔問にも行けずにすまなかった。」

「いいよいいよ。北高の連中は誰も来ていないよ。事故だからさ、ひっそりと内輪で葬式したさ。」

村上は再度赤松に向かって済まないと頭を下げた。

「やめてくれよ村上。別にお前が悪いわけじゃないだろ。」

「…そうだけど。」

「ただな…。」

「なんだ?」

「お前、鍋島のこと知らないか?」

「鍋島?」

「ああ。」

「鍋島がどうかしたか?」

「…いや、知らないならいい。」

「まてよ赤松。どうしたんだよ。」

「いや、いい。」

赤松はこのことは忘れてくれと言って話を続けた。

「容疑者はかつての友人。殺された女の子はウチで昔バイトしていた子。まぁ俺のウチはいま大変なんだよ。」

「なに?」

「ほら、殺された中に桐本って子いただろ。あの子、むかしウチでバイトしてもらってた近所の子なんだよ。」

「な…なんだって…。」

「ほんと訳がわからなくなるよ。そこに来て事件の聞き込みって警察も来るしさ。」

赤松は村上を見た。彼の顔からは血の気が無くなっていた。

「おい、どうした。村上。」

「あの娘が…赤松の…。」

「おい大丈夫か、村上。」

「まさか…何てことだ…。」

「おいしっかりしろ‼︎」

村上は身体を震わせ始めたため、赤松は即座に彼の身体をさすった。そして何度か大きな声で彼の名を読んだり、頬を平手で叩いた。しかし彼はそのまま気を失ってしまった。

 

うっすらと開いた目の前には和風の飾り付けがされた照明器具が見えた。この瞬間、村上は自分が仰向けになって寝ていることに気がついた。彼はゆっくりと身を起こした。畳敷きの部屋に布団が敷かれ、その上に自分は毛布と羽毛ぶとんをかけられて横にされていたことに気づいた。

「あっ気づいたんですね。」

声をかけられた方向に彼は体を向けた。そこに座っていた若い女性は立ち上がって襖を開け、声をかけた。しばらくして奥から赤松と文子が部屋に入ってきた。

「ここは…。」

「俺のウチだよ。」

「村上君、大丈夫?」

「俺は…。」

「お前疲れてんじゃないのか。車の中で震え出したと思ったら急に気絶したんだよ。」

村上は自分の前に座る赤松と文子の顔を呆然として見た。

「村上君。久しぶりやね。ゆっくり休んでってね。」

「お母さん…。」

村上は文子の顔を見て我を取り戻した。そしてすぐさま左腕を見た。しかしそこにはいつも身につけている時計はない。

「ああっこれ。」

山内が部屋の片隅に置かれていた腕時計を手渡してくれた。

「ありがとう。」

村上は時計を見た。

「4時‼︎」

彼は即座に立ち上がった。

「おいおい。大丈夫か。急に動いたらまた倒れるぞ。」

「すまん。俺といったら仕事中のお前に迷惑をかけてしまって…。」

「心配せんでいいわ、村上君。ウチは月曜定休なんよ。」

文子が笑顔で答えた。

「そうですか…。」

村上は山内の顔を見た。彼と目があった山内は頭をたれた。村上は赤松の方を見て言葉をかけた。

「奥さん?」

「ははっ。こんな若い娘が?」

「まさか…娘さん?」

この村上の言葉にその場にいた一同が声を出して笑った。

「そんなわけないだろう。バイトだよバイト。」

「バイト?」

「そうバイト。」

「って、今日は休みなんじゃ…。」

「ああ、休みだけど仕事熱心な娘でね。時々休みのときも普段片付けられない仕事をしに出てるんだ。」

「そうなんだ…。」

「ウチのカミさんはちょっと具合が悪いから今は休んでる。」

「すまん。本当にすまなかった。」

村上は皆に向かって深々と頭を下げた。下げた頭を上げると部屋の片隅にある仏壇が目に入った。そこには忠志の遺影が置かれていた。

「お父さん…。」

村上はおもむろに仏壇の前に座った。そしてしばらく合掌した。

「すいませんでした。」

彼はこう言って忠志の遺影に向かってまたも頭を下げた。

「おいおい。何でお前が親父に謝るんだよ。」

「そうやぁ、お父さんも村上君の顔見れて喜んどるわよ。」

これには村上は返事をしなかった。彼はただ黙って忠志の遺影を見つめていた。

携帯電話が震える音が聞こえた。どうやら山内のものからによるもののようだ。彼女は部屋を出て行った。

「本当にお世話になりました。」

「ゆっくりしていけばいいんやよ。」

「すいません。僕も仕事中ですんで。」

「また来いよ。」

赤松がかけたこの言葉には村上は笑みを浮かべるだけだった。

村上は部屋を出た。廊下には携帯電話も持ってメールを打つそぶりを見せる山内がいた。

「ありがとう。」

「いえ、村上さんもがんばって下さいね。」

「え…俺も?」

「ええ。村上さんって佐竹さんとお友達なんでしょ。いつまでも仲が良い関係っていいですよね。」

「佐竹…か…。」

見送りのため廊下に出た赤松は、この村上と山内のやりとりを見て笑みを浮かべた。

「村上、あんまりこの娘にちょっかい出すんじゃねぇぞ。」

「何だよ。そんなんじゃねぇよ。」

「その娘に何かしたら、それこそお前佐竹と大変なことになるからな。」

村上は山内の顔を見つめた。村上にとっても魅力的な容姿をしている彼女は、顔を赤らめて俯いてしまった。その彼女の初心な仕草を見て村上は微笑んだ。

「君、名前は。」

「…山内です。」

「そっか。頑張れよ。」

そう言って村上はアサフスを後にした。自分の車に乗ってアサフスがバックミラーから消えるのを確認して、彼は独り言をつぶやいた。彼の表情は浮かないものだった。

「あの女が赤松の家と関係があったのか…。」

「…あの家にはまた、申し訳ないことをしてしまった。」

「警察は赤松のところまで来ている。」

「毒を食らわば皿まで…か…。」

何か覚悟を決めた顔つきで村上はコーナーを曲がった。

「それにひきかえ佐竹の奴、なに浮かれたことやってんだよ。」

村上の表情は豹変し、不敵な笑みを浮かべた。

「山内ね。こりゃあいいネタになるな。」

彼はアクセルを思いっきり踏み込んで、高らかに笑いながら車を走らせて行った。