12月21日 月曜日 15時45分 金沢市街

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12月21日 月曜日 15時45分 金沢市街
第七章 7
五の線 第六十八話.m4a.mp4
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佐竹は当てもなくただ社用車を走らせていた。

「どこで知り合ったのか分からんけど、俺に紹介したいって連れてきたんや。」

「は、はぁ。」

「何でも警察キャリアの大層おできになる男みたいでな。なんか鋭い目つきで眼鏡かけとっていかにもって感じで、俺は正直好かんかったんや。でも、久美子がやたらあいつの事を庇うっていうか、持ち上げるっていうか、何事にもあいつの事を会話の中に入れてくるんやて。ほんで、こりゃあ相当惚れてしまっとるなと思ったんや。」

「そうですか…。」

「カミさんにもあの男どう思うって聞いたんや。あいつは相手が公務員なら間違いないっちゅうて久美子の援護をする。まぁひとりの成人した女がこの男がいいって言い張るんやから、俺が駄目だしするこっちゃない。そんなこんなで婚約したんや。あの写真はその時のやつや。」

佐竹の運転する車は金沢港に近くにあった。山県はそこの適当なところに車を止めるよう指示を出した。

「変に頭がいい奴ってのはコミュニケーションの部分でどこか難があったりすっけど、別にそんなこともない。何回か話すと初めは取っ付きにくい感じの男やと思っとったけど、自然と慣れてくる。いつの間にか時々俺とサシで飲みにも行っとった。ほやけど、俺の中には何か引っかかるもんがあったんや。」

「引っかかるもの…ですか…。」

「そう…。あいつが警察やってところや。」

山県はポケットに手を突っ込んでその中をまさぐった。彼が取り出したのは捻り潰した空のタバコのケース。佐竹はそれを見て自分のものを差し出した。山県は受け取りを躊躇った。

「大丈夫です。ストックはありますので。」

そう言って佐竹は後席のカバンからもう一箱のタバコを取り出して見せた。山県はすまんと言って佐竹から一本拝借し、それに火をつけた。

「ふーっ。やめようと思ってもそんなに簡単にいかんな。」

「支店長にタバコやめられたら、俺とか次長の肩身が狭くなるじゃないですか。」

「そうやな…。」

山県は左手で自分の頭を掻いた。

「警察ってのは危険な仕事や。俺はその時まではあいつに何かの事があれば、久美子が悲しい目に遭う。そればっかりを気にしとったんや。」

山県は黙りこんだ。何かを考えている様子だった。

「俺はだらやった…。何がなんでも久美子にあいつを諦めさせるべきやった…。」

連続殺人事件の容疑者が自分の娘の婚約者。山県の世間的な対面もそうだが、彼自身の娘を思う心情を考えると、佐竹はかける言葉を見出せなかった。

「久美子は犯された。」

「え…。」

「俺はだらや。警察なんて仕事しとったら、下手すればその周辺も巻き添いに遭うかもしれん。ほんなことにも気が付かんかったんや。」

山県は悔しいというか不甲斐ないというか、えもいわれぬ複雑な表情を見せて肩を震わせていた。

「平和ボケやな…こんなこといくら言ってもあとの祭りや…。」

「そんな…。」

「佐竹、お前、北高の剣道部で一色と同期やったやろ。」

「え?」

「あいつから聞いとる。」

「あ、は、はい…。」

佐竹は混乱した。山県は自分の娘の婚約者が連続殺人事件の容疑者になってしまったことに衝撃を受けているのか、娘が犯されたことの憤りを感じているのか。それが佐竹には分からず、彼はなにも言葉が出なかった。

「一色は嵌められた。」

佐竹は山県が何を言っているのか分からない。

「あいつは人を殺すような人間じゃない。絶対にそれはない。だからお前は絶対にあいつを疑うな。信じてやってくれ。」

「な、何を言ってるんですか…。」

「あいつは俺と誓った。」

「誓った?」

「久美子に辱めを与えた男。こいつらを引き摺り出して相応の罰を与えると。」

「罰?」

「現在の法体系では集団強姦でもせいぜいで5年の懲役。これでは割に合わん。それにその裁きを与えるには、公判でその強姦の内容が再び明らかになる。仮にあいつらがその罪を否認するならば、その度に娘は当時の様子を掘り起こされ、人前で何度も犯されることになる。強姦事件の裁きっちゅうもんはむしろ被害者をさらに痛めつけることになるんや。」

「…支店長、しかし我が国は法治国家です。法の裁きしか現状は手立てがありません。」

「確かにお前の言う通りや。法治国家である以上、罪は法によって裁かれるべきや。しかし、その量刑が現実世界のものと乖離しとるとするならば、条文にすがる意味がない。」

「支店長の気持ちはよく分かりますが、他に手立てがあるとでも言うのですか。極論ですが法律そのものを変えないことにはどうにもなりません。」

「あいつは俺に言ったんや。方法はあると。」

「何ですか…。」

「その全貌は俺にもわからん。ただひとつだけ言えることがある。」

「何でしょう。」

「今、報道で被害者が公表されとるやろ。熨子山の事件。」

「…って…まさか…。」

「あの中の穴山と井上って奴が、久美子を犯したクソ野郎や。結果的に犯罪者は処刑された。」

「…そんな…それならますます一色がやった事ってなるじゃないですか‼︎」

「だら‼︎佐竹‼︎言ったやろ。あいつは絶対にやっとらん。穴山と井上以外の人間は久美子とは全く接点がない奴や。あいつは全く関係のない人間を殺めるようなキチガイめいた奴じゃない。理性はしっかりともっとる男や」

山県は鬼の形相で佐竹を睨みつけた。

「何なんですか、支店長。支店長の言うことがさっぱり分かりません‼︎」

「いいか、佐竹。木を見て森を見ろ。ひとつの事柄の背景には無数の事象がある。目の前の現実も大事やが、その背景にあるものをもっと見ろ。」

「支店長…。」

「しかし…。」

「マルホン建設の融資でもそうや。目先の利益確保ばかりを求めず、企業の成長を支援するための長期的視点に立った融資が銀行にとっては最も大事なことや。そうお前もそう思ったやろう。」

「…はい。」

「俺はそれと同じことを言っとるだけなんや。」

佐竹は正直なところ、未だ山県の真意を汲み取ることができないでいた。

「お前はマルホン建設が反社会勢力と繋がりがあるということを知っとるか。」

「反社会勢力?どうしたんですか支店長。何なんですか、って…ま、まさか…。」

「仁熊会。」

「そんな…」

「代々の担当者の重要引き継ぎ事項や。」

「ちょっと待ってくださいよ、支店長。私は前任の次長からそのことは引き継がれていません。」

「俺が橘にお前にはその事を引き継ぐなと言ったからや。」

「なんでですか…」

「お前の人となりは一色から聞いとる。一見平凡そうに見えるが、あるところに火が付くと、急に覚悟を決めたかのように捨て身の行動を取ることがある。それが勝つか負けるかわらからんというのにや。よく言えば思いっきりがいい。悪く言えば山師や。そんな人間に何でもかんでも引き継ぐと、どっかで暴走するかもしれん。ことを起こす前にお前が何かの突拍子もない動きをすると、相手側に俺らの企てが露見するかもしれん。俺はそれを恐れてお前にその事を話さんかった。」

「何なんですか企てって…。って言うか、あいつ、そんなことまで…。」

佐竹は気に食わなかった。一色が自分の性格分析まで山県に教える必要はないはずだ。自分と一色は高校時代だけの繋がり。その時の体験だけを元に自分の人となりを判断されるのは心外だ。

「佐竹、お前面白くないげんろ。」

「い、いえ…。」

「顔にでとる。」

「そんなことありません。」

山県はまあいいと言って話を続けることにした。

「マルホン建設は仁熊会と蜜月の関係や。それも20年前からな。」

「20年前…ですか…。」

「話せば長くなるが、とにかくあの二つは切っても切れん関係なんや。そこに風穴を開ける。そしてクソみたいな関係を断ち切る。それが俺の企てやった。」

「しかし、善昌以外の役員を総取っ替えして、仁熊会の影響は消すことができるんですか。」

「おう。マルホン建設と仁熊会の繋がりを作ったのは本多一族や。正確に言うと善幸世代の連中や。つまりその事を知らんのは善昌だけ。他はみんな仁熊会と繋がっとる。石川一のゼネコンが反社会勢力とこねこねっちゅうのは誰が見ても不味い話や。ほやけど今までに築かれた関係は簡単に絶つことはできん。何せ相手は反社会勢力やからな。それに身内ばっかりの関係やとどうしても傷の舐め合いになっから、思い切った改革はできん。そこに付け込まれて仁熊会にどんどんしゃぶられる。」

「だから外部の人間である支店長がその関係を断ち切ったんですか。」

山県は佐竹の問いかけに答えなかった。

「仁熊会とマルホン建設だけの話なら、俺やって首は突っ込まん。しかしこれにうちの会社と俺個人の事情が絡んでくっと話は別や。」

「何ですか、ウチの会社って。それに支店長個人の事情って。」

山県はそう何でも焦って聞くなと佐竹を諭した。順を追って話すと言って彼は再び佐竹から一本の煙草を恵んでもらい、それに火をつけた。

「佐竹、20年前の駅前支店長は誰や?」

「分かりません…。」

「専務や。」

「専務…ですか…。」

「専務は当時、20億の大型融資を実行した。それ以降一気に金沢銀行の出世街道をひた走った。…なんか分かってこんか?」

「まさか、20億の融資先が仁熊会って言うんじゃないでしょうね…。」

「当たり。」

「そんな…。」

がっくりと肩を落とした佐竹だったが、しばらくして拳を強く握りしめて肩を震わせ始めた。

「融資先はベアーズデベロップメントっちゅう不動産投資会社やが、ここは仁熊会のフロント企業。この反社会勢力企業に専務は多額の融資をし、自分の実績を作ってとんとん拍子に出世したって訳や。」

「何なんですか…そのやり口は…。」

「付け加えると、ベアーズデベロップメントっちゅう会社はもう無い。あの債務はある時点で完済される。それと同時に姿を消した。」

「返済原資は?」

「用地取得費用。田上の区画整理と北陸新幹線のな。」

「税金。」

「そう。血税。」

「不確かな血税を当てに融資実行ですか?いつも融資の際にコンプライアンスとか、保全とか返済とかガチガチに査定されるのに、専務はヤクザに金を貸したんですか。」

「あのな、これは出来レースなんや。」

「まさか善幸が役所に口利きしたとか。」

「それに近い。」

「馬鹿な‼︎」

佐竹はダッシュボードを叩いた。

「そんな馬鹿な事があっていいんですか支店長。俺らは毎日毎日ノルマノルマで融資だけじゃなく、保険とか投信とか売れ売れって言われて、需要もないところに飛び込んで、何とか数字を作っている。そのきつすぎるノルマのために精神を病んで辞める奴もいっぱいいるんです。数字数字って言ってるわりに、一方でコンプライアンスがどうだとか、書類の不備をなくせとか、訳のわからん難癖つけて、責任を現場に押し付ける。その主体が、今じゃ考えられない不正な融資をしてたんですか?完済すれば全てが丸く収まるって言うんですか。」

山県は感情高ぶる佐竹を黙って見た。

「あの野郎。絶対に許さん。絶対に許さん。」

「お前、やっぱり一色の言っとった通りやがいや。」

佐竹は凄まじい形相で山県を見た。

「やれやれ。俺はお前にそんな目で見られることはしとらんぞ。少しは落ち着けま。」

山県のなだめに我を取り戻した佐竹は煙草を取り出してそれに火をつけた。

「まぁそんな専務も時期だめになる。」

「…マルホン建設の社外取締役を解任されるからですか…。」

「いや、あいつはそれだけでは足りん。もっともっと償ってもらうことがある。そのためには先ずは制裁を与えんとな。」

「制裁?」

「それは俺のやることじゃない。別の人間がきっとやる。」

「他の人間とは?」

「俺もわからん。だが、きっとそうなる。」

「どうしてそんなことが言えるんですか。」

「佐竹、これはあいつのシナリオどうりなんや。」

「あいつ?あいつって…一色ですか。」

「おう。」

「でもあいつは連続殺人事件の容疑者ですよ。」

「嵌められたんや。」

「どうしてそう言い切れるんですか。」

「俺には分かる。仮に一色が今回の連続殺人事件の犯人やったとしよう。これで得するのは一体誰だ?」

「…私にはわかりません。」

「久美子を蹂躙したのは確かにあの2人や。一色があいつらを殺して一体何になる。捜査の段階で警察は一色の動機を探るために久美子を聴取するやろう。そしたら久美子は当時の忌まわしい過去を再び見知らぬ奴に話さなければならんくなる。しかも婚約者は殺人者。久美子が全く救われんやろ。」

「確かに。」

「得るものがなく、失うものばかり。そんなだらなことはあいつはせん。あいつは目には目の直接的な報復措置をとるよりも寧ろ、あの穴山と井上っちゅうだらどもの背後にあるもんを一気に崩壊せしめようとした。」

「何ですか、その背後にあるものって…。」

「仁熊会とその周辺や。」

「仁熊会?」

「おう。あの2人は仁熊会の関係者なんや。」

「そんな…」

「あいつが重大事件の犯人になれば、得をするのは穴山と井上の背後に控える仁熊会や。俺の娘を犯した厄介もんを消すこともできるし、ついでに一色も社会的に抹殺できる。」

「…となると、一色は一体…」

「だから嵌められたんや。」

「もしも支店長が言ってることが本当だとすると、あいつは恋人の無念を晴らすために、背後に潜む巨悪の真相を暴いて、それを一気に正そうとした…。」

「そう。奇襲や。しかし決行直前であいつは反撃を受けた。」

「支店長。一色と連絡はとれないんですか。」

山県は頭をふる。

「ほんなもん俺やって何回も電話しとる。ほやけど電源は切られとる。」

「くそっ‼︎」

「佐竹。俺はお前にひとつだけ言いたいことがある。」

「…なんですか。」

「お前、女おれんろ。」

そう言って山県は携帯電話を持つ振りをした。

「まだそこまでじゃないですが…。」

「気をつけろ。」

「は?」

「念のため気をつけろ。俺は久美子とカミさんを事件の後から別の場所に匿っとる。もし何かのことがあるとヤバいからな。」

「というと?」

「あいつら何をすっか分からん。俺もお前もマルホン建設に引導を渡して、仁熊会と手切れさせようとしとる当事者やからな。」

「窮鼠猫を噛むですか。」

山県は頷いた。

「ほやから、お前が守れ。」

「は、はい…。」

「いいか、絶対にお前が守るんやぞ。犠牲者をまた出すことだけは絶対に阻止しろ。」