12月21日 月曜日 15時24分 金沢市街

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12月21日 月曜日 15時24分 金沢市街
第七章 6
五の線 第六十七話.m4a.mp4
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走行する白色のなんの変哲もない一般的な社用車。その助手席に山県は座り、唯ひたすらに窓の外を眺めていた。

「支店長。どうしましたさっきから。」

「なんだ?」

「珍しく煙草も吸わずに、何かずっと黙ってますよ。」

山県はポケットに左手を突っ込んで、煙草を取り出した。そしてそれを佐竹に見せる。

「無くなったんや。」

彼はそれを握りつぶして再びポケットにしまった。

「コンビニでも寄りますか。」

「あぁいいわ。これも何かあれや。止めっかな。」

「え⁉︎」

赤信号のため佐竹は車を停車した。しかし山県が発した意外な発言は彼のブレーキを踏むタイミングを間違えさせた。佐竹の運転する車は前につんのめるようにカクンと止まった。

「なんや。その反応。」

「いや、支店長と言えば煙草じゃないですか。」

山県は苦笑いした。

「これで少しは楽になれそうや。」

「何言ってるんですか。これからでしょう。」

「…ほうやな。」

「それにしても支店長凄いですね。」

「何が。」

「マルホン建設の支店長、凄みが違いましたよ。」

「ほうか。」

「何というか、ドラマで鬼気迫るやり取りとかあるじゃないですか。それみたいでしたよ。」

山県は笑みを浮かべた。

「自分もこの会社入って15年ぐらいですけど、あんな場面に立ち会ったのは始めてです。」

「…佐竹、あんな事はやらん方がいい。やらんのが普通なんや。」

「…」

「しかし、ウチとマルホン建設を取り巻く状況は普通じゃない。だからあんな荒療治も必要になったんや。」

彼がそう言ったと同時に信号が青になった。佐竹はゆっくりとアクセルを踏んだ。

「佐竹。取り敢えずは首尾よくいった。どうや、今晩。」

そう言うと山県は杯をいただくような素振りをみせた。

「今晩ですか?」

「おう。次長と三人でどうや。」

「支店長。戦いは始まったばっかりですよ。祝杯を挙げるにはちょっと早すぎるんじゃ無いですか。」

この佐竹の言葉に山県は口をとがらせた。

「なんや、せっかく酒が飲めると思ったんに。」

山県は窓の外を眺めた。彼の視線の先には青のLEDライトで電飾された街路樹たちがあった。

「クリスマスか…。」

「そうですね。」

「はぁーわかった。佐竹お前、あれやな。」

「はぁ?」

「あれや。女や。ほらさっきマルホン建設出た時にお前、携帯弄っとったやろ。…ったく、こっちはえらいやり取りしとったっちゅうげんに、お前なんかマルホン建設出た瞬間に携帯やもんな。」

マルホン建設を出る際に佐竹の携帯にメールが入った。それは山内美紀からのものだった。今日は6時でバイトを上がることができるので、その後なら食事はできるという内容だった。女を誘うときにはスピードが必要だ。相手を連れ去るぐらいのスピード感が最大の演出になる。佐竹はものの本を読んでそう理解していた。それを彼は山内攻略戦で実践していた。佐竹は昨日入手した山内のメールアドレスに早速、今晩食事に誘う文章を送っていたのである。

「いや、まぁ、ちょっと…。」

心の奥底を見透かされた佐竹はばつが悪そうに、ただ正面だけを見て運転を続けた。

「あぁ図星やな。」

山県は佐竹を見て、お前も隅に置けない男だと言った。

「支店長もこの時期ぐらいは家族サービスしてあげないと、奥さんも娘さんに叱られるんじゃないですか。」

山県は窓の外を見てため息をついた。さっきまで佐竹を茶化していた彼の表情は一転して暗いものになった。この山県の表情の変化に佐竹は気まずくなった。立ち入ってはいけない家族の事情に、自分は踏み込んだのかもしれない。山県は奥さんや娘さんとうまくいってないのかもしれないのに自分は相手の背景を考えずに、適当な言葉をかけてしまった。こちらはお目当ての女性から誘いに応じる連絡を受けてすべての事が上手く運んでいる。それに浮き足立って軽率な発言をしてしまった自分の思慮の足りなさを佐竹は恥じることとなった。

「申し訳ありません。軽率でした。」

「なーん。いい。お前、何歳やったけ。」

「36です。」

「ほうか…やわらあれやな。」

「何ですかあれって。」

「何言っとれんて、結婚やわいや。」

「やめて下さいよ、支店長。おれはまだそんなんじゃないですよ。」

「ほうなんか?どいや、もうやわら結婚せんと加齢臭漂わせるただのおっさんになってしまうぞ。」

「いえいえ、支店長。本当にぜんぜんなんですよ。」

「どいや、女ねんろメール。」

「すんません。気になる人がいまして…。」

「ほら、やっぱりやがいや。」

「まだ付き合ってもいませんよ。」

「はいはいはい。なるほど、クリスマスに向けて勝負ってやつか。」

「まぁそんな感じですか…。」

「いいねぇ。若いねぇ。」

そう言うと山県はおもむろに懐から携帯を取り出して、その待受にある画像を見て目を細めた。

佐竹は運転しながら、その写真を横目で覗き見した。

瞬間、彼は急ブレーキをかけた。タイヤがけたたましく音を出し、車は急停車した。

「だらァ、佐竹。お前なにしとれんて。」

「支店長…」

佐竹は山県が手にしている携帯電話を憚ることなく覗き込んだ。

「何なんですかこの写真…。」

「何って、ウチの写真やわいや。」

「いえ…支店長のウチって奥さんと娘さんの3人家族でしょう…。」

佐竹はそう言って写真の中の1人の人物を指差した。

「これ…一色じゃないですか…。」

山県は佐竹と目を合わせずにただ黙っている。

「支店長…。この男…いま報道されている熨子山の事件の容疑者じゃないですか…。」

「…そうや。」

佐竹は山県の顔を見た。

「何で…。」

「娘の婚約者やったんや。」

佐竹は改めて写真を覗き込んだ。写真の中央に山県本人とその妻が座り、その後ろに娘の久美子と一色が立っていた。

山県は携帯をしまい、思い出したかのように左腕につけている時計に目をやった。そして佐竹にこのまま車を停車していると交通の妨げになるから、どこでもいいので走らせろと指示を出した。

「は、はい。」

「4年前のクリスマスになる。久美子がこいつを家に連れてきたのは。」