12月21日 月曜日 15時35分 ホテルゴールドリーフ

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12月21日 月曜日 15時35分 ホテルゴールドリーフ
第七章 5
五の線 第六十六話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 19.6 MB

「一色貴紀。」

「そうです。」

松永はため息を付いた。

「あのバカ…。」

彼は下唇を噛んだ。そしてホワイトボードに貼られている顔写真を見つめ、再び十河と相対した。

「さっきも言っただろう。覚悟はできている。」

松永は彼の視線からは目を離さず、こう言い切った。暫くの沈黙を経て十河の目が充血し、瞳から一筋の涙が流れ落ちた。

「十河…。」

「管理官申し訳ございません…。私は嬉しいんです。若手警察官、しかもキャリアの貴方が一心不乱に真実を追い求めてひた走る姿を見ることができて…。」

「なんだなんだ。おまえやめろよ。本題はこれからだろう。調子が狂うじゃねぇか。」

松永は頭を掻いた。

「すいません。本題に移ります。先ほど私がお話したマルホン建設、仁熊会、金沢銀行の関係性に新たに加わるものがあるんです。それが国会議員本多善幸と我が県警です。」

「なに。」

「本多善幸と県警のつながりは10年前ほどからです。そのころ国政で大きな動きがあったのを管理官は覚えてらしゃいますか?」

「10年前?10年前って言うと…イラク戦争とかいろんな銀行が合併したとかそんなところしか思い浮かばん。国政レベルって言っても…あの時は…民政党の大泉総理の長期政権中だ…。いや、まて…そういえば、今の最大野党の政友党ができたのはそれぐらいだったかもしない。」

「そうです。政友党ができました。管理官。政友党の実力者は誰ですか?」

「小金沢だろ。」

「はい。小金沢は民政党を割って政友党を結成しました。小金沢は民政党で本多が幹事長になるまで権勢を誇った大物政治家でした。しかし奴はどちらかというと民政党の中でもリベラルな立ち位置。いつの頃からか小金沢は官僚に実質的に支配されているこの国の形を憂い、今一度改めて政治主導の国を作るという思想を高らかに叫ぶようになります。この小金沢の主張は民政党の中で物議を醸し出すことになります。そのころ彼に真っ向から対立する形で政治主導の思想に異を唱えたのが本多善幸でした。彼は昔ながらの利益誘導型の政治家。官僚の思惑と自分の票を上手くすり合わせることによって、その盤石な地盤を築いてきました。民政党自体がそういった背景を持つ議員ばかりで構成されていましたので、彼の意見は党内で一気にコンセンサスを得ることになります。ここで小金沢と本多の対立軸が表面化します。どちらも民政党のベテラン議員。両者の権力闘争は熾烈を極めます。二人の対立が激化したある時のことです。この県警に小金沢の秘書がやってきます。」

「秘書?何をしに。」

「どうやら当時はまだ明るみになっとらんマルホン建設と仁熊会の関係を匂わすようなことを、当時の上層部に吹き込んどったようなんですわ。」

「お前らはその時点でそのことに気づいていいなかったのか。」

「はい。我々がマルホン建設と仁熊会のことを調べ始めたのはこのリークがあったからです。」

「調べてどうした。」

「いま管理官に言ったようなことがぼろぼろ出てきました。」

「だが、それだけでは立件できない。」

「そうです。そこでガサを入れようとしたんです。しかし…。」

「しかし?」

「令状の請求時点でそれは握りつぶされました。」

「なぜ。」

「本多の上層部買収です。」

「何…。」

「管理官。当時のウチの本部長は誰だと思います。」

「…知らん…。」

「石田長官ですよ。」

「まさか…。」

「そのまさかなんですよ管理官。」

「警察庁長官、石田利三か…。」

松永は肩の力を落とした。そして手にしていたサインペンをそっとテーブルの上に置いて、椅子に座った。

「官僚との対決姿勢を打ち出した小金沢よりも、調整型の本多のほうが与し易かったんでしょう。小金沢からの働きかけにも関わらずウチは本多を取ります。ほんで臭いものに蓋をするわけです。」

松永は頭を抱えた。

「本多を狙ったスキャンダル事件は発覚することはなくなりました。ほんで形勢は本多の方に傾きます。党内の保守派の意見を取りまとめて党内の基盤を固め、あいつは次なる一手を撃ちます。」

「検察上層部も取り込んで公共事業口利き事件をでっち上げる。」

「ご明察です。ありもしないことを検察リークという形で大々的にマスコミに報じさせるわけです。このニュースは一時期世の中を騒がせました。本多はいろいろやったんでしょう。今は退官していますが、前の検事総長も本多の息がかかっとると噂されとりましたからね。結果、小金沢の権威は失墜します。奴は民政党から半分追い出されるように離党。以前から親交があった野党と合流し、政友党を結成するわけです。本多のスキャンダルは司法関係のグリップを聞かせとるから明るみにはならん。しかし小金沢はグリップがきかんため、現在も公判中ですわ。」

「警察も検察も本多とずぶずぶってわけか。」

「検察に関しては畑が違いますんで、私はよくわかりませんが、少なくともウチに関してはマルホン建設と仁熊会、そして金沢銀行の関係は歴代上層部で秘匿事項として引き継がれとります。」

「引き継がれているからこそ、そこに手を入れようとした一色の捜査請求をもみ消した。」

「管理官。さっき北署で言ったように、私には一色の捜査請求をもみ消した当事者はわかりかねます。しかしこれだけは分かるんですよ。県警上層部と察庁上層部が何かを寄って集ってもみ消しとるってことはね。長い間ここにおったら、それぐらいのことは調べんでも空気でわかるようになりますわ。」

「なるほど。よくわかった。」

松永は立ち上がって部屋の奥に続く扉を開いた。

「おい。こういうことだそうだ。」

部屋の奥からヘッドフォンをつけたままの男が二名現れた。突然の彼らの登場に十河は驚きを隠せない表情である。

「あ…」

「ということは俺らが聞かされていた情報はどうやら本当のようだな。」

容姿端麗な男はつけていたそれを外し、松永の方を見て口を開いた。

「そのようだ。」

「しかし、お前も役者だな。」

「何が。」

「お前、上層部からの指示で捜査本部の指揮をとってるんだろう。」

「宇都宮だけならいざしらず、石田長官まで絡んでるとは思わなかったよ。」

「松永さんはまさに埋伏の毒ってところですか。」

小太りの男が会話に入り込んできた。

突然繰り広げられる男三人の様子に唖然としていた十河は、なんとか口を開いて言葉を発した。

「管理官…これは一体…。」

「ああ、十河。言っとくがおれは管理官でも何でもねぇ。」

「はい?」

「監察だ。」

「え…。」

「国家公安委員会特務監察専任担当官。松永秀夫だ。」

「何ですって…。」

「この二人は東京地検特捜部機密捜査班の人間だ。」

直江は松永の方を見て何でそんな事を十河に話す必要があると詰め寄ったが、本人を前にしてお互いが言い争うのは良くないとの高山の諌めを受けて、襟を正して十河と向き合った。

「こんな紹介を受けてしまっては機密も何もあったもんじゃありませんが、よろしくお願いします。直江といいます。」

「同じく高山です。」

「今聞かせてもらった話の続きは北陸新幹線に繋がっていくということで宜しいでしょうか。」

直江は十河に切り出した。

「え、ええ…。」

「確認のためにお話します。十河さん。私の話に齟齬があるようでしたら、違うと言ってください。逆の場合はそのままお聞きください。」

「はい。」

「仁熊会のマルホン建設に対する侵食は田上地区の開発にとどまることは無かった。彼奴らは関わった連中から全てを毟り取る。すでにマルホン建設と仁熊会は蜜月の関係。そこは慶喜が勤める金沢銀行の存在すら介在している。気付けば三者は一心同体の運命共同体のようになっていた。本多はいまあなたが言ったように司法関係に手を回し、グリップを効かせている。こんな状況下で仁熊会は放っておきません。マルホン建設は石川県では一番のゼネコンです。そして金沢銀行も石川の経済を支える有力第一地銀。両者とも石川の経済の屋台骨をになっている。そこで仁熊会は更なる見返りをマルホン建設に要求するようになる。」

「すいません。恐縮ですが、仁熊会は決して見える形で要求はしません。」

十河が直江の言に口を挟んだ。

「ああ、すいません。言葉が悪かった。仁熊会は運命共同体であるマルホン建設と金沢銀行の慶喜との間で更なる利権を作り上げることを画策する。それが北陸新幹線にかかる用地取得のインサイダー取引です。」

「そうです。北陸新幹線事業はベアーズが土地を国に売り払った頃から本多が唱え始めた政策です。あの頃はまだ単なる構想にすぎなかったはずなのに、既に彼奴らは準備をしていました。」

「ベアーズデベロップメントは、バブル崩壊後、地価が下がり続けているにも関わらず、田上地区の土地だけでなく、田舎の山や田畑を宅地開発の名目で買います。なぜ構想間もないこの頃にベアーズが土地に当たりをつけていたか。既にこの段階である程度の素案が国建省で作成されていたからです。それを建設族の本多が入手しリーク。土地購入資金の用立ては弟の慶喜が関与。二束三文で買った土地はしばらくの間適当に開発され、計画が行き詰まったとかの理由で放置される訳です。」

「あなたのおっしゃる通りです。そして田上の頃とは比べものにならん程の壮大な工作活動が始まるわけです。」

高山が十河に缶コーヒーを差し出した。十河はそれを開けて口をつけ、口元を拭って再び口を開いた。

「そこまで調べ上げてるんでしたら、皆さんお分かりでしょう。」

「まぁ大体のことはな。」

松永も高山から提供された缶コーヒーに口をつけた。

「ここが闇の本質です。さっき10年前に本多と小金沢の政争の道具に警察が使われたと言いましたね。」

「はい。」

「私はそこで金が動いたと言いました。」

「そうだな。」

「それですよ。原資は。」

皆と同じく缶コーヒーに口をつけた高山は咳き込んだ。

「ですよね。文脈からいくとそうなりますよね。」

「松永さん。直江さん。これは大疑獄事件なんですよ。」

全員が沈黙した。しかし彼らの表情は何ひとつ変わることはない。

「単なる疑獄事件じゃない。我々検察も、そして警察も、銀行も、政治家も、ヤクザもみんなグルになった重大事件です。二束三文で買い付けた土地を税金を当てに売却。その多額の利鞘は関係者で山分け。」

「ここにあいつは切り込もうとした。」

「そうです。当時、一色はこっちに赴任してきて間もない頃だったんで、そこまでの関係性を把握しとらんかったでしょうが、上層部は横領事件に絡む仁熊会へのガサをきっかけに事が明るみになるのを拒んだ。だから一色の捜査請求も取り上げられんかったわけです。」

松永は再び大きな用紙が置かれたテーブルに移動した。

「しかし、そんな大掛かりな枠組みを作るためには誰かを統括する立場に据えなければならない。本多自身が全てを仕切れるわけもない。」

彼は大きな紙に書かれた人物の名前を目で追った。

そしてそこに書かれているひとりの男の名前を指差した。

「こいつか…。」

室内の全員がその名前を見た。

「よし。松永。俺は今から部長に報告する。お前もすぐに段取りを整えてくれ。」

「わかった。」

「私は関係各所に連絡します。」

直江と高山は奥に部屋へ戻って行った。

「一体…何が起こってるんですか…。」

松永は十河を見た。彼の口元には緩んだ。

「時は今、雨がしたたる、師走かな。」

「…雨、ですか…。」

十河は辛うじて外の様子が見える窓を眺めた。

「雨なんか降っていませんが…。」

「今にわかる。十河。ありがとう。ここでのやり取りは一生記憶から消してくれ。」

「は、はい。」

「お前のような警官ばかりだと、この世も少しはまともなんだろうがな…。」