12月21日 月曜日 14時55分 ホテルゴールドリーフ

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12月21日 月曜日 14時55分 ホテルゴールドリーフ
第七章 4
五の線 第六十五話.m4a.mp4
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かつては金沢城の大手堀があったこの辺りはその一部を残して埋め立てられ、今では道路が走っている。この道路に沿うように何件かの宿泊施設が並んでいた。近江町方面からこの辺りまで歩いてきたひとりの男は立ち止まって見上げた。そこには背は低いが真新しい5階建てのホテルがあった。この辺りは金沢城や兼六園のすぐ近くであるため、景観保持ということで建物の高さに制限が設けられていた。無論それは宿泊施設においても例外ではない。彼は握りしめていた拳を開いて、そこに目を落とした。そして建物の正面玄関に掲げられている看板に目をやった。

「ここやな。」

彼は寒さに身を竦めながらその中へと足を進めた。自動ドアが開かれるとすぐそこはフロントロビーだった。ロビーの中央には大きなクリスマスツリーが配され、様々なオーナメントによって凝った飾り付けがされていた。彼は左腕の時計を見た。今日は12月21日の月曜日。今週の木曜日はクリスマスイブということもあって、このロビーの客層はガラリと変わるのだろう。彼は周囲を見回した。平日の夕刻ということもあって、客はまばら。せいぜいが暇を持て余した老年層がロビーにある喫茶店で、日常会話に興じる程度だった。彼はそれを横目にエレベーターの前に立った。しばらくしてそれは開かれ、彼を5階まで運んだ。扉が開かれるとそこに男が立っていた。

「よう。」

先ほどまで北署で一緒だった松永が声をかけた。突然のことだったので彼は返答に苦慮した。

「あ、ああ…。」

「部屋は奥だ。」

そう言うと松永は十河を手引きした。

「512号室なんて部屋はここにはない。」

彼は苦笑いをした。

「秘匿性が求められる場合は、これぐらいの気遣いがホテルには求められる。」

部屋の前で立ち止まった彼は扉に記されている部屋番号が1512であることを確認した。松永はカードキーを取り出して扉を開いた。そして部屋に入ってすぐの壁に手にしていたカードを差し込み、室内の全ての照明を灯した。

部屋に通された十河だったが、3歩歩んだところで彼は足を止めた。

「何ですかこれは…。」

ゴールドリーフの1512号室は60㎡の豪華な作りのスイートルームであった。上質で機能的、そして贅沢でくつろぎのひとときを提供するというのが、スイートルームの本来の用途。しかし今、十河が目にしている情景はそう言ったものとは程遠いものだった。本来ならばこの部屋から隣接する金沢城址公園を望み、眺めの良さを楽しむはずの大きな窓はホワイトボードが置かれることで、その魅力を見事にを失わせていた。そしてそのホワイトボードには様々な人物の顔写真、そして殴り書きに近い文字の羅列が見受けられる。側にあるテーブルにはノート型のパソコンが2台配され、そこにも数多くの書類が山積みとなっている。足元を見るとこれまた数多くの書類が乱雑に置かれ、部屋の隅には多くの段ボール箱がうず高く重ねてあった。

「捜査本部みたいなもんだ。」

松永はそう言うと部屋の隅にあるソファに腰をかけた。それはおそらく有名なデザイナーによるものだろう。しかし書類によって部屋が占拠されているので、その存在感は薄い。十河は落ち着かない様子で松永と対面するようにそれに腰をかけた。

「捜査本部って…。」

十河はソファに腰をかけて再度部屋全体を眺めた。

散らかっている。それが十河の素直な感想だった。そこかしこに散らばっている書類が目立つ。お世辞にも綺麗とは言えない。捜査本部もいろいろな人間が出入りし、様々な情報を吸い上げるためするため随分な状況だが、この部屋はそれに輪をかけたような有り様だ。

「俺は欲しい情報にすぐアクセスできないと気が済まないたちでな。この通りだよ。」

「で、早速なんだが。」

身をかがめていた十河は背筋を伸ばした。

「仁熊会とマルホン建設の関係性を詳しく教えてくれ。」

松永はソファに腰を掛けたまま地べたに落ちているA2サイズの用紙を拾い上げて、それを持って立ち上がった。そして山積みの書類をテーブルから退かして空いたスペースにその紙を広げた。

「どこから話せばいいでしょうか。」

「はじめから順を追って。」

十河は自分の額に手をやった。どのように話せば効率的に松永に情報を伝えることができるだろう。マルホン建設と仁熊会の関係は簡単に説明できない複雑さを持っているため、彼はそれを整理するためしばしの時間をかけた。

「…マルホン建設は国会議員の本多善幸の実家です。仁熊会とマルホン建設が関係を持ったのはこの善幸が社長だった時からです。」

一体何を書いているのか分からないが、松永は十河の言に従ってサインペンを走らせた。

「続けて。」

「私もマルホン建設と仁熊会がくっついたきっかけまでは知らんがですが、仁熊会の影があの会社にちらついてきたのは、バブルが崩壊したころからです。マルホン建設は金沢のいろんなところに土地を購入しとりました。勿論バブル期の投資目的です。それが弾けてしまって、あの会社は随分な含み損を抱えたんです。しかし毎年価値が下がるもんを誰も買いません。しかしそれを何故かそんぐりそのまま買い取ったところがあった。それが仁熊会のフロント企業と言われるベアーズデベロップメントっちゅう会社ですわ。しかもバブルが崩壊して1年もたたんころの話です。」

「何だそれは。」

「正確な数字ではありませんが、確か全部で20億ぐらいやったと思います。」

「20億?」

「はい。これからどんだけ価値が目減りするかわからん物件をベアーズは全部買い取りました。その後も地価は毎年下落します。ほんでもベアーズは手放さんかった。」

「それじゃあベアーズがみすみす損をするだけだな。」

「そうです。しかしあいつらがそんなボランティアなんかする訳ありません。あいつらがそのタイミングで土地を購入したのは訳があったんです。」

「何だ。」

「バブル崩壊から2年後に本多は国会議員選挙に打って出ます。その時にも仁熊会の影がちらほら見えとるんですわ。あいつの選挙運動をバックアップしとったイベント会社ってのがありまして、それがこれまたどうやら仁熊会系列の会社のようなんですよ。」

「ほう。」

「あいつらを侮ってはいけません。あいつらはあいつらなりのネットワークっちゅうもんを持っとります。その組織票も馬鹿になりませんしね。始めての選挙にもかかわらず、結果的に本多は圧勝し国会議員となるわけです。しかしこんな選挙ビジネスだけで仁熊会の損は取り返せません。マルホン建設は土地の売却あたりから、建設工事の下請けに仁熊会のフロント企業を使うようになります。暴対法では暴力団が自分のところを使えと要求することは禁じられておりますが、マルホン建設が進んで使うならば話は別です。あいつらは上手くマルホン建設に潜り込んで行くわけです。」

「そうか…所謂ズブズブってやつだな。」

「はい。そんなこんなで月日は経ち、本多が国会議員になって3年後の頃、田上地区の区画整理事業が突如として持ち上がったんです。」

「区画整理?」

「ええ。バブル崩壊から年々下落していた地価はそこで下げ止まりました。あの辺りに幹線道路が作られるとか、大学が建設されるとかいろんな話が噂され、田上あたりの地価は高騰を始めます。まぁこの噂っていうのも仁熊会が積極的に流したやつなんですけどね。噂には尾ひれ背びれがついて、田上地区あたりだけがバブル再来のようになります。結局、地価はマルホン建設が手放した時とほとんど同じ価格になりました。そこで区画整理事業が始まったんです。」

「用地取得か。」

「はい。田上には新たに国道が敷かれました。またうまいぐあいにこの国道っちゅうのが仁熊会が持っとる土地にことごとく引っかかっとったんです。あいつらは何かしらの理由をつけて取得価格を釣り上げます。結果的にあいつらは三割高値の売却に成功。20億の3割ですから6億の丸儲けですわ。」

松永はペンを走らせていた手を止めた。

「聞いたことがあるような話だな。」

「ええ。」

「それが闇なのか。」

「いいえ。まだです。」

「なんだ?本多善幸の国建省への働きかけか?」

「それもありますが、順を追って話します。」

「いったいどんだけあるんだよ…。」

「管理官。深いということはその闇がそれなりに広範に渡ってあるということです。要点だけを掻い摘んで説明するというのを困難にさせます。それにあまり端折ると物事の本質が見えにくくなります。なので簡単に説明できるものではありません。」

「わかった。わかったよ。続けてくれ。」

松永は両手を上げて万歳するように身体を伸ばした。

「はい。まず疑問に思うのが、仁熊会が20億の金をあっさりと用立てた点です。ひとくちに20億と言いますが、ここらの中小企業が簡単にキャッシュで出せる金じゃありません。」

「確かにそうだ。」

「仁熊会もそれだけのキャッシュをポンと出せるほどの体力はありません。」

「…銀行か…。」

「はい。本多善幸の弟の慶喜は金沢銀行の行員です。彼は当時、とある支店の次長でした。彼がどうやらその時にベアーズデベロップメントにこの金を融資しとるようなんです。」

「なに?」

「マルホン建設は損を出す資産を売却したい。しかしバブル崩壊で誰もそんなもん買わん。何とかしてこらからどんどん目減りしていく資産を売却したい。そこでマルホン建設は仁熊会を噛ませることで、金沢銀行に損失を補填させた。」

「しかしその損失を補填する資金はあくまでも金沢銀行から仁熊会に対する貸付資金。借りたものは返さなければならない。仁熊会が倒れてしまってはその資金は回収不能となる。そうなるとマルホン建設と仁熊会は別にどうでも良いが、金沢銀行が大損するハメになる。」

「そうです。本多慶喜はこのベアーズに対する巨額の融資案件を実行することで、かれは次長から支店長に昇進します。しかしそれが不良債権化すると、彼の出世のどころか金沢銀行の経営にも影響を及ぼす悪影響が出ます。そこでマルホン建設の善幸は仁熊会と密約を結ぶんです。自分が政治に影響のある立場になることで、仁熊会に売却した土地の含み損を解消させると。それが確実に売りさばけるようにすると。それが善幸が国会議員になって3年後に持ち上がった田上地区の区画整理事業やったって訳です。仁熊会としては当初の予定通りといったところでしょう。区画整理事業までの間、本多の選挙にまつわるビジネスや、マルホン建設からの工事を受注することで利益を得る。別に自分たちがマルホン建設にが要求するわけじゃない。マルホン建設が自ら依頼してくるんですからね。暴対法に何ら抵触しない。これで日銭は稼ぐことができる。ほんで最終的には買った土地の価格高騰と売却先も斡旋すると約束してるわけですから、仁熊会にとってこれ以上ないうまい話になる。」

「区画整理事業が着手されるまでの期間、仮にベアーズの資金繰りが難しくなっても、慶喜も自分の立場を守るために追加の融資をせざるを得なくなくされる。慶喜は同支店の支店長になることで融資を続ける。そうしないと金沢銀行は多額の不良債権を抱えてしまうからな。」

「どうです。酷いもんでしょう。」

「政官業の癒着だな。」

松永は手にしていたサインペンを床に投げつけた。

「管理官。これからですよ闇は。」

十河は立ち上がった。そして松永を真剣な面持ちで見つめた。

「管理官…。本当に突っ込むんですね…。」

念を押すように十河は言った。

「過去に1人だけここに突っ込もうとした人が居ました。」

十河の顔を見ていた松永はホワイトボードの方へ視線をそらした。そして彼はそこに貼られている一枚の顔写真をしばらく見つめた。

「しかし、その人間は今、連続殺人事件の被疑者となっています。」

「一色貴紀。」