12月21日 月曜日 13時10分 熨子山連続殺人事件捜査本部

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12月21日 月曜日 13時10分 熨子山連続殺人事件捜査本部
第六章 8
五の線 第六十一話.m4a.mp4
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松永は自席に座って右脚を小刻みに動かしていた。

「連れてきました。」

捜査員に連れられた一見するとヤクザかと思われる迫力の風貌をもった男は、松永に一礼した。

「組織犯罪対策課の十河です。」

「ああ、お疲れさん。」

松永はそう言うと自分の向かい側の座席にそごうを座らせ、先ほど捜査員が提出した穴山と井上に関する資料を粗雑に広げて彼に見せた。

「どうだ。なにか分かるか。」

十河は資料にさっと目を通して松永の問いかけに即座に答えた。

「ポンプ(注射器)が確認されますね。突きですからシャブ(覚醒剤)です。シャブとなるとこの辺りでは大体が仁熊会が元締めだと言われています。」

今回の事件の被疑者は一色貴紀である。彼は熨子山で穴山と井上を殺害し、その後桐本と間宮を殺した。そして一色かどうかは完全な確証を得たわけではないが、どうやら昨日の夕方にも七尾で男ひとりを殺して、彼は現在逃亡中。動機は依然として不明。

先ほど県警本部で松永は片倉と接触した。6年前の熨子山での事故をめぐる背景を片倉から聞かされ、松永の頭の中には仁熊会の存在がインプットされていた。

最初に殺された穴山と井上はどうやらシャブの売人の顔を持っていたようだ。十河の言うところではシャブの出処は仁熊会とかいう石川県の暴力団の可能性が高いそうだ。この仁熊会のフロント企業はベアーズデベロップメントと言い、6年前の熨子山での事故に関わっている可能性がある。その6年前の事故を殺しではないかと一色は個人的に捜査をしていた。別の事件と思われるものが仁熊会という組織で関連性が現れてきていた。

「十河と言ったな。お前、この穴山と井上のこと把握していたか。」

「いえ把握しておりませんでした。面目次第もありません。」

松永はうなだれた。

「じゃあ別の質問にしよう。覚醒剤のことは置いておこう。その写真の中に金沢のクラブらしきものが写っている。この店はお前知ってるか。」

十河は松永が指す写真が掲載されたページを見てすぐに反応した。

「ああこの店は分かります。仁熊会の関係者が時々使う店ですよ。」

「なに。」

「どちらかと言うと会の末端の人間が使う店ですね。」

「どこにあるか分かるか。」

「はい。」

「よし。おい。」

松永は捜査員を呼び出した。

「おまえはこのクラブを今から当たれ。穴山と井上の情報を聞き出せ。」

「管理官。出来ました。」

関が捜査本部へ入ってきた。彼は十河と話し込んでいる松永の横に立ち一枚の紙ペラを机の上に広げた。

「小西の協力を得て、彼が熨子町まで運んだ男の似顔絵を作りました。」

関が提出したものには丸型のサングラスをかけた男の似顔絵があった。厚手の下唇。エラが張った輪郭が特徴的だ。

「なんだこれは。今どきこんなサングラスかけているなんて、逆に目立つじゃないか。」

松永がこう言った直後、その場で一緒に似顔絵を見ていた十河が口を開いた。

「ちょっと待ってください。」

「なんだ。どうした。」

「これ...まさか...。」

松永と関はお互いの顔を見合わせた。

「鍋島じゃあないですかね...。」

「鍋島?」

「ええ。そっくりですわ。」

「鍋島って誰だ。」

「仁熊会に時々出入りしている奴ですよ。謎が多い奴でして、会の関係者もこの男の詳細は誰も知らないんです。」

「なんでそんな素性のよくわからない人間のことを、お前は覚えているんだ。」

「4年前にとある事件がありましてね。その時にちょっと話題になったんで覚えとりますよ。多分、自分以外の人間もその事件に関わったことがある奴なら、覚えとるでしょう。」

「なんだその4年前の事件って。」

十河は松永に4年前の私立病院をめぐる横領、殺人事件の顛末を松永に話した。

「事件から2年後に捜査二課の古田警部補がたまたま片町でこの男にそっくりの男を見かけたんですよ。4年前の目撃者に似とるって。」

「古田ねぇ…。で、どうした。」

「当時、二課の課長やった一色が何度も上に諮ったんですが、どこかで揉み消されたようなんですわ。」

「もみ消されたぁ?」

十河のこの言葉に松永は豹変した。

「もみ消された。はぁ?おまえ何言ってんの?なんでそんな大事なことを握りつぶす必要があるのかな?僕らは警察だよ。警察官。わかる?」

「あ、あの…。」

「正義の味方の警察官が、なんだかはっきりしない事を有耶無耶にするなんてあるわけないだろ。悪いもんは悪い。正しいもんは正しい。それをはっきりさせるのが俺らの仕事だろ。それがなんだ、ロクに調べもせずに疑わしきは罰せずで無かったことにするってか?もみ消すなんて言葉を間違っても使うんじゃねぇ!!」

「も、申し訳ございません…。」

「わかったら言葉の使い方に気をつけろ!!」

「はいっ。」

机を激しく叩いて松永は思いっきり息を吸い込んだ。

「関。おまえこの鍋島って男を調べろ。いまから仁熊会の親分にでも会って直接話を聞いてこい。」

「わ、わたしがですか…」

関はどこか落ち着かない表情で松永の指示に返事をした。

「あら?まさか…君、ヤクザの親分が怖いのかな。」

「い、いいえ…。そのような現場仕事は現場に任せておけばよろしいのでは…」

「何言ってんだ関。お前しっかりしろ。現場が無能だからお前がきっちりと仕切ってくるんだよ。」

「しかし…。」

「おいおい。まさかお前俺に金魚の糞みたいについてくれば、それで立派な実績になるとでも思ってんのか。」

「い、いえ…。」

「組織犯罪対策課の連中から何人かピックアップして行って来い。おれはもう少し十河から聞くことがある。他を当たれ。」

「ですが…。」

「なにビビってんだ。今回の捜査はお前の働きぶりにかかっているところが大きいんだ。俺はお前に目立つ実績を作って上に上がるチャンスを与えてんだよ。それぐらい分かれよ。」

「かしこまりました…」

関は一礼し松永に背を向けて捜査本部を後にしようとした。

「あ、そうだ。関。熊なんとかって奴ががたがた抜かすんだったらこう言っとけ。」

「は?」

「警察なめんじゃねーぞこらぁ。」

松永は関を熊崎に見立てて彼に向かって中指を突き上げた。

「って本庁のイカレた捜査員が言ってましたってな。」

「は、はい。」

松永は元気の無い背中を見せながら、捜査本部を後にする関の後ろ姿を見送った。そしてため息をついて十河と向き合った。

「管理官…大丈夫ですか…」

「なにが?」

「今の関課長補佐を見る限り、熊崎相手に渡り合えるか…」

松永はニヤリと笑うだけで十河の言葉には答えなかった。

「おい。さっきの件だが聞きたいことがある。」

そう言って松永は周囲を見回した。捜査員たちは皆、自分のすべき仕事に没頭しているようだ。

「誰だ。揉み消したのは。」

「え?」

「誰だって言ってんだよ。」

「え…でも管理官、さっき…」

ついさっき、治安を司る警察組織が何かの訴えを揉み消すような、自分の存在意義そのものを否定することはあり得ないと松永は十河を糾弾した。それなのに今は揉み消しの犯人は誰かと十河に聞いてきた。いったい松永という人間はどういう思考回路を持っているのだろう。周囲の人間は彼に翻弄されるばかりだ。

「管理官。それは私には分からないんですよ。ただ、上がそうしたとしか聞いていません。」

「上とは?」

「わかりません。当時の一色の上司かもしれませんし、そのさらに上の方かもしれません。」

「…なるほどわかった。そういうことが過去にここで有ったんだな。」

「は、はい。」

「記憶にとどめておく。」

松永は額に手を当ててしばらく考えた。そして向かい合って座っている十河の瞳を直視した。

「十河。お前を組織犯罪対策課のベテランと見込んで頼みたいことがある。」

「私にですか?」

松永は頷いた。

「マルホン建設と仁熊会の関係を教えてほしい。」

そう言うと松永は手元のコピー用紙の端を手でちぎって、そこにある施設の名前を記した。

「ここに15時に来い。部屋は512号室。」

「管理官…。」

「何だ?」

ヤクザのような強面の十河であるが、この時の彼の眼差しは人を威嚇するものではなく、どこか少年のような純粋さを感じさせるものだった。

「どうした。」

「突っ込むんですか…」

「何がだよ。」

「あそこに…手を突っ込むんですか。」

「あそこって、お前昼間からいやらしいこと言うんじゃねぇよ。そんなお楽しみなんかとんとご無沙汰だ。」

「茶化さないでください管理官。あなた本気なんですか。」

松永は十河の目を直視した。

「覚悟はできている。」