12月21日 月曜日 13時15分 金沢銀行本店 役員会議室

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12月21日 月曜日 13時15分 金沢銀行本店 役員会議室
第六章 6
五の線 第五十九話.m4a.mp4
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金沢の南町に居を構える金沢銀行。大正期に当時の著名な建築家の手によって建てられた石造りの重厚な外観は権威的でもあり、その中も当時の面影を色濃く残した作りとなっている。10メートルほどの高さを持った一階営業店フロアは圧巻であり、中でもその背後の中央から左右に別れるように広がる階段は翼を広げた鷹を彷彿させ、来店する皆を圧倒する迫力を持っていた。金と権力が集まる石川県の第一地銀金沢銀行の中枢には、この階段を登って行かねばならない。赤絨毯が敷かれた階段の先には役員と関係者のみが出入りを許される、役員会議室と頭取室があった。

「では小堀部長続けてお願いします。」

会の進行は総務部の担当である。総務部長は上座窓側に立って資料に目を落としながら議事を進めた。Uの字を思い起こして欲しい。この文字の底辺となる場所に頭取は座る。その両サイドの直線となったところの最も底辺に近い位置に専務取締役の本多慶喜。常務取締役の加賀京三が向かい合って座り、それから順に取締役達が並んでいる。これらの男どもが、口を真横一文字に噤んで権威的な建造物が作り出すこの重厚な空間に負けじと踏ん反り返っている様は、第三者がみると滑稽に映るかもしれなかった。

「マルホン建設に関して、今般一億の手貸の承認を求める稟議が金沢駅前支店より上がっています。」

融資部から検討用の稟議の写しが会議室の全役員に配布された。資料がひと通り全役員に行き渡ったあたりで役員たちがざわざわと騒ぎ始めた。本多はそれを鎮めるように役員室全体に響くほどの声を発した。

「小堀部長!!  何だこの稟議は。支店長の判子がないじゃないか!!」

「申し訳ございません。」

「バカも休み休みにしたまえ!!こんな不完全な書類でマルホン建設の融資が承認されるとでも思っているのか!!」

「まぁまぁ専務。落ち着いてくださいよ。」

常務の加賀は正面に座る本多をなだめるように言った。

「小堀部長。どうしてこんな稟議をこの場で提出したんですか。これは支店長の承認がない時点で否決案件ですよ。ねぇ専務。」

不敵な笑みを浮かべて加賀は本多の方を見た。金沢銀行では本多慶喜率いる派閥が過半数を占めている。この役員会でもそうだ。加賀は財務省からこの金沢銀行に三ヶ月前に天下ってきた40代後半の男である。

「金沢駅前支店支店長山県有恒に代わって、私がマルホン建設の融資についてご説明申し上げます。なので融資部直轄案件として皆さまにはお聞き願いたくここで伺うものです。」

「なんだその融資部直轄案件ってのは!!いつからマルホン建設はそんな扱いになったんだ!!いいから山県支店長を今すぐここに呼びたまえ!!」

先ほどから大声を張り上げる本多は冷静さを欠いているとしか思えなかった。

「本多専務、先ほどから大きな声でどうされたんですか。いいじゃないですか。小堀部長がご自分でこの場でマルホン建設の融資について説明するっていうんですから。聞いてあげましょうよ。」

加賀は同席する役員たちの顔を眺めた。誰も彼も困惑した表情である。

「お願いします。何卒よろしくお願いします。」

小堀は深々と頭を下げて役員たちの同意を願う。専務の本多は彼と目を合わせようとせず、ただひたすらに提出された稟議を手にして肩を震わせている。

「マルホン建設の明日がこれにかかっています。」

「ほら皆さん。金沢の有力企業の明日がこの融資にかかっているんですよ。苦しんでいる企業があればその言葉に耳を傾ける。地元経済の発展を願う地方銀行としてはあたりまえのことじゃないですか。ましてやマルホン建設はここにおられる本多専務のご実家ですよ。みすみす否決にもできないでしょ。まぁでも、小堀部長の説明を聞いてからでないと何とも言えませんがね。」

加賀はそう言って頭取である前田平八郎の顔色をうかがった。前田は黙って頷いた。その様子を見て小堀は頭を下げた。

「ありがとうございます。ではご説明申し上げます。」

小堀はマルホン建設の与信状況の説明を始めた。

「マルホン建設はお手元の三期分の決算書をご覧の通り、二期連続の赤字でございます。幸い今のところ決算書上では債務超過ではないことから当行の与信判断からは要注意先と判断されています。しかし先方の強い申し出から貸出条件は緩和しており、試算表から見るところ今期の業況も思わしくなく、このまま行けば今期も赤字。そのための累損、債務超過は必至です。これらのことを総合的に勘案しますと、実質は要管理先いや破綻懸念先と言えます。」

「何だ君は‼現状の与信判断は要注意で留まっているというのに、君の勝手な予想と見解をこの場で述べるな‼」

本多は私見をこの場で述べる小堀を叱責した。

「ふーん。なるほど。続けてください。」

本多とは対象的に加賀は小堀に説明を続けるように促す。

「マルホン建設はご存知の通り公共事業を主たる業務としています。現在、北陸新幹線に係る仕事を自治体から請け負うことで営業を続けております。なので急激に業況が悪くなるという懸念はありません。それに先ごろ国土建設大臣になった本多善幸は公約のひとつに新幹線事業のさらなる拡充というものを掲げています。なので、ひょっとするとマルホン建設は来期以降、工事受注額が増えて持ち直す可能性もあります。今般の一億円の手形貸付は当該先の年末の資金ショートを回避するための限定的なものです。返済原資は売掛金の回収によってなされる見通しです。」

「なんだ、よくある話じゃないですか。専務。年末の資金ショートは何もマルホン建設だけに限った話ではありませんよ。」

加賀は本多の方を見て不敵な笑みを浮かべた。

「私はいいと思いますよ。今回の融資は。皆さんはどうでしょう?」

手元の稟議を見ながら気難しそうにしていた役員たちは一様に頷いた。

小堀は役員に向かって一礼した。

「ありがとうございます。」

「専務。皆さんが賛同されていますよ。良かったじゃないですか。」

本多は自分の実家の財務的窮状を役員全員の前で晒されたことで怒りに震えていた。

「なにもそこまで取り乱すことじゃないでしょう。そうですよね頭取。」

頭取の前田は役員会が開かれてから一度も口を開いていない。彼はただ頷くだけだった。

「でもですよ。金融検査では指摘されるでしょうね。この先は。」

この加賀の言葉に役員室は静まりかえった。

「仮に実質破綻先に格付けされたら、引き当ても随分と積まなくちゃいけませんからね。」

「山県支店長はことのほか、そのことを気にしているようです。」

小堀は加賀に答えた。

「確か金融庁が入ったのは二年前でしたっけ?」

「はい。」

「じゃあさっさと改善させておかないとまずいですね。」

「はい。いつまた入るかわかりません。」

「それなら話は変わってきますね。マルホン建設の早急な経営改善を私は求めます。でなければ、私はこの融資に賛同しかねます。」

役員たちは加賀の初議にざわめいた。

「はははは。加賀常務。一体あんた何なんですか。」

「え?金沢銀行常務取締役ですけど、何か?」

「さっきから黙って聞いていれば、随分と好き放題にご意見されていらっしゃる。たった三か月前に財務省から天下ってきたご身分だというのにご主張が過ぎるのではありませんか。」

本多は加賀の言い分についに堪忍袋の緒が切れたようだ。

「はて、本多専務。私はおかしなことをいいましたか?金融庁検査はだいたい二年ごとに入ると相場は決まっています。いやね、別にこの先が優良先ならいいですが、ほら、際どいでしょう。」

「際どいもんですか。今まで当局から指摘など受けたことはないですよ。」

「いやいや。だって二年前のことでしょ前回の検査は。お手元の決算書を御覧なさい。ほら、要注意の二期連続の赤字、それでもって貸出条件緩和債権あり。これはいけませんよ。で、なんですか。融資部の見立てでは今期も随分と残念な見通しのようじゃないですか。私が検査官の立場ならジッパですよ。」

「ジッパ…。だと…。」

本多は拳を握りしめた。

「専務さん。お気持ちはわかりますけど、あなたも銀行員として長いキャリアを持ってらっしゃるから言わなくてもわかるでしょ。ジッパになったら引き当て積まないとねぇ。そうなったらマルホン建設の心配よりも当行の財務が心配になっちゃうでしょ。」

「加賀常務。どうやらあなたはお分かりになっていないようですね。」

「何のことでしょうか?」

「金融検査があるのは百も承知ですよ。そのために貴方がいらっしゃるんでしょ。」

加賀は首を傾げた。そして隣に座る別の役員に自分の役割について尋ねるも、彼は明確な答えを示さなかった。

「何でしょうか本多専務。あなたのお言葉はいまいち良く分からない。もうちょっと噛み砕いてご説明くださいませんか。」

「おやおや本当にお解りでないようですね。皆さん。これは困りましたよ。はははは。」

本多に合わせるように役員の過半は笑い出した。

「働きかけるんですよ常務。」

「働きかける?」

「まったく分からない方だな。あなたの仕事はお上相手の調整ですよ。それ以外に考えられないじゃないですか。通常の銀行業務は我々にお任せください。あなたは霞が関の方だけ見ていればいいんですよ。」

加賀は本多とほかの役員連中を見回した。彼らの視線は厳しく、そして威圧的でもある。

「分かりました。それが私の仕事というならそうしましょう。」

「何だ、素直じゃないですか。加賀常務。」

「しかし、あなた達の期待している結果とは真逆の事になるかもしれませんよ。」

「なにい?」

役員たちはお互いの顔を見合わせる。

「確かに私は財務相からの天下り。一般的な見方はあなた達のおっしゃる役割を期待されているんでしょう。それはあなた達の世界での出向と似た性格を持っている。」

「馬鹿言え。君たちの役人の給料は我々民間企業が負担しているんだ。中央官庁でお役御免となった連中に我々は税金を払い、尚且つ給料も払う。こんな破格の待遇で貴方を当行は雇い入れているんだ。それなりの働きをしてもらわないと困るんだよ。出向と同じに扱うんじゃないよ。」

「俺が自ら希望してここに入ってきたとしたらどうだ?」

先ほどから失笑渦巻く役員室が水を打った静けさとなった。

「俺が志願してここに入ってきたらどうなんだと言ってるんだ‼」

激しく机を叩いた加賀は鬼の形相で本多はじめ全役員の顔を睨みつけた。

「いいかひとつだけ覚えておけ。役人の世界でなし得ないこともあるんだ。そのためにその世界を飛び出すモノ好きなやつもいるんだよ。」

「な…。」

本多は会議開催時から沈黙を保っている頭取の顔を見た。彼は本多と目を合わせずにただ正面だけを見つめている。

「専務。あなたがおっしゃる通りに働きかけますよ。どうやら金沢銀行の融資審査はザルの部分があるってね。さっさと検査した方がいいんじゃないですかってね。」

「ま、待ってくれ…。」

「え?働きかけを期待されているんでしょう。ねぇ皆さん‼」

加賀の発言に役員たちは狼狽を隠せないようだ。それとは対象的に前田頭取は身動きひとつせず静観の構えを保っていた。

「これだから田舎の銀行員は困るんですよ。」