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12月21日 月曜日 10時22分 熨子山連続殺人事件捜査本部

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12月21日 月曜日 10時22分 熨子山連続殺人事件捜査本部
第五章 12
五の線 第五十三話.m4a.mp4
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「そうですか。その小西とかという目撃者の話によると、穴山と井上は18時の段階ですでに一緒にいたってことですね。」

部屋の一角に設けられた会議スペース。大きなテーブルに様々な資料が雑多に置かれ、その中心に位置する席は主である松永が外出中であるため空席であった。関はその空いた席の横に座り、捜査員から上がってきた情報の取捨選択に暇がなかった。

「目撃された田上から事件現場までどれくらいの時間がかかるんですか。」

「30分から40分といったところでしょうか。」

「ならば事件発生時刻までの空白の時間が生じる訳ですね。」

関は捜査本部に掲示されている金沢市の地図を眺めた。

「どうですか。熨子山までに彼らが時間を潰しそうな施設などは、この辺りにあるんでしょうか。」

「田上周辺には国立や私立の大学があることから、それなりに商業施設はあります。なので彼らがしばらくこの辺りに滞在していても何ら不自然なことはありません。」

捜査員の一人が関に答えた。

「よし。田上地区のめぼしい商業施設の防犯カメラを調べてください。聞き込みもやりましょう。彼らがなぜ一色に殺されなければならなかったのか、何かの手がかりになるかもしれない。」

「はっ。」

関の指示を受けて捜査員は駆け足で本部をあとにした。

「ほかに穴山と井上に関する情報はないですか。」

別の捜査員が手を挙げた。

「穴山と井上の共通の知人にコンタクトをとりました。」

「どうぞ。」

「あいつら札付きのワルです。」

関をはじめとした捜査員たちの顔つきが変わった。

「具体的に。」

「これは生前の穴山と井上の写真です。」

そう言って捜査員は何枚かの写真をホワイトボードに貼りだした。捜査員たちはそれを見て反応を示した。

「これはこれはなんともゴージャスなことで。」

貼り出された写真にはヨットの船上で大勢の女と一緒に豪遊する穴山と井上をはじめとした男ども、ヨーロッパかどこかの地域の高級リゾートと思われるプールで、これまた複数の女達と一緒に写っている穴山と井上の姿があった。また別の写真では金沢の高級クラブでホステスたちと一緒に写った二人もある。

「これは一介のサラリーマンができる贅沢さを超えていますね。」

「穴山と井上がこのような浪費をし始めたのは3年前からのことだそうです。共通の知人、仮にこの場ではAとします。このAが言うには穴山と井上の浪費は3年前の春頃から突然始まったようです。二人は以前からパチンコなどのギャンブルに手を出して借金をしていたようでした。しかしこれがさっぱりでAにも金の無心をしている有様でした。しかし3年前の春を境に生活ぶりは一変。この手の浪費に金を使うようになったようです。Aが二人にその出処を聞くと、なんでもギャンブルで一山当てたとかで、詳細は一切明かしてくれなかったとのことです。Aには借りがあったので、この手の催し物には必ず同席させ、その借りを返していたようです。」

「しかし穴山と井上の住まいとか身なりはごく普通だったと報告が入っていますよ。」

「ええ、そのとおりです。彼らの住まいはどちらも平均的相場の賃貸住宅。所有する車も中古の軽と一見すると地味なもんです。しかしこの手の水物の出費には糸目をつけななかった。Aはこう言っていました。」

「Aに無心したお金はいくらなんですか。」

「50万。」

「それならAにはその金額と利息分だけを払って、後は自分たちのものにしようとするほうが合理的だと思いますが。」

「私もそれが引っかかっていたんでAに詳しく聞きました。Aも不思議に思ったようです。それだけの豪遊ができる金があるなら、現金で返してくれとAは言ったそうです。すると穴山と井上はそれはできない。現金で返すことができないからこれで返していると言っていたそうです。気味が悪くなったAは貸した金以上の見返りを貰うことはできないという理由をつけて、ある時点から彼らと連絡を取らなくなったそうです。Aは懸命な判断をしました。」

「というと。」

捜査員は鞄の中からA4サイズにプリントアウトした写真を取り出して、関の前に広げた。

場所はどこかはわからない。高級ホテルの一室のようにも感じられる。豪華な調度品が写り込んでいた。そこには穴山と井上のほかに20代とおもわれる女性が4名裸で写っていた。

「反吐が出ますね。」

写真を見た関は不快感を露わにした。

「関係長。よく見て下さい。」

関はプリントを手にとって見た。その場にいる捜査員たちも関の後方にまわって写真を覗きこむ。野放図な様子の彼ら彼女らの奥にベットの上に横たわって、かろうじて写っている鋭利な物体を確認した。

「これは…。」

「そうです。クスリです。」

「なるほど。ようやくわかりましたよ。穴山と井上はただ豪遊していた訳じゃなかったわけですね。」

「そうです。初めは羽振りの良さを見せつけるただの豪遊だったのかもしれない。現にAが招待されたパーティーではクスリは一切使用されていなかったそうです。何回かの享楽的な体験すると人間の欲というものは際限がなくなる。快楽を極限まで追求するようになります。そこでクスリの登場です。薬物は快楽追求のリミットを外します。快楽の奴隷を創りだすことによって穴山と井上はその奴隷から搾取を始めます。自ら連絡を取らなくなったAは、その後何度か穴山と井上からパーティーに招待されています。そのときのメールに添付されていたのがこの写真だそうです。」

「となるとスポンサーが問題ですね。」

「はい。」

関は腕を組んで考えた。

「わかりました。この件については正午に管理官に指示を仰ぎましょう。あなたはそれまでにこの件を資料に取りまとめておいて下さい。」

「はっ。」

「さて。七尾の件はどうなっていますか。」

「死因は特定出来ました。」

別の捜査員が資料を関のデスクの前に並べる。そこには凄惨な現場の写真、遺体の解剖に関する情報などが記載されていた。

「被害者はいったん睡眠薬で昏睡状態に陥らされ、頭部を拳銃で撃ちぬかれています。その後、台所のコンロの受け皿で顔面を殴打されたと判明しました。」

「拳銃?」

常に平静を保つ関の顔つきが険しくなった。

「まさか、その拳銃は。」

捜査員は苦渋の顔つきで関の顔を見つめて言った。

「はい。ご察しの通りです。弾丸と薬莢を現在BIRI(ビリ)で照合していますが、鑑識が現状見る限り、県警で使用される拳銃と同型のものではないかとの話です。」

関はこの言葉に天を仰いだ。

「遺体の身元は。」

「全くダメです。」

これまた苦い顔をした別の捜査員が関に答えた。

「ダメとは。」

「身元を特定する手がかりが全くない状態です。」

「全く無いなんてあり得ませんよ。」

「身元特定のため現場の物件の賃貸借契約を調べました。借主は近藤里見という女性のようでしたが、遺体は男性です。現在はこの近藤里見について調べています。」

「契約書に添付してある身分証明書を見ればすぐにわかるでしょう。」

「それが…。」

「それが?。」

「どうやら偽造されたもののようなんです。」

「なんですって?」

「家賃の振込人も調べたんですが、この物件の家賃は契約時に一年分を一括で支払っているため近藤里見の銀行口座を抑えることができませんでした。」

「公共料金は。」

捜査員は首を横にふる。

「それもすべて現金払いです。」

「付近の住民の目撃情報は。」

「皆無です。そもそもこの部屋に人が住んでいたことすら知られていませんでした。」

関は腕を組んだ。気のせいか彼の顔に笑みが見えた。

「一色さん。用意周到ですね。」