12月21日 月曜日 10時35分 喫茶ドミノ

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12月21日 月曜日 10時35分 喫茶ドミノ
第五章 11
五の線 第五十二話.m4a.mp4
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「コンドウサトミって誰だよ。」

赤松剛志は誰に言うわけでもなく、コーヒーをすすりながら呟いた。

「自分の頭のなかだけで考えていても整理ができない。」

そう言うと彼は胸元からヘミングウェイやピカソがかつて愛用していたメモ帳のようなものを取り出して、そこに今回の事件について自分が知った情報を書きだした。

ーこの際6年前の事件のことを中心に話を展開してみよう。今回の事件は我が赤松家も関係していることろ大だからな。

赤松は父親の忠志を中心にしてそこから放射状に人物を書き出し始めた。先ずは6年前の事件の相関関係。マルホン建設とベアーズデベロップメント、そして本多善幸。その構造を知ったのが父。その情報を共有していたのが母の文子。誰が直接手を下したかは知らない。捜査上では事故で解決しているが、一色はこれが事故ではないということでアサフスにやってきた。キーワードはコンドウサトミという偽名。500万の現金は回収されたはずなのに再びウチへ戻ってきた。

この辺りまで書きだした赤松は筆を止めた。

ーここだよ。やっぱりここだ。誰が500万をウチに持ってきたのか。

ため息をついて赤松は天を仰いだ。

「誰ですか。コンドウサトミさんって。」

野太い声が赤松の世界に割り込んできた。

「誰だ。」

体勢を元通りにした赤松の目の前に、髪を短く刈り込んだ強面の男が立っていた。

「失礼しました。私こういうものです。」

「警察本部捜査2課…。」

「古田と申します。赤松剛志さんですね。」

突然自分の世界に割り込んできたかと思えば、この古田という男は自分の名前さえ知っている。名刺を見る限り目の前の男はどうやら警察官。警察という人種はこうも無粋なものなのか。憤りを感じながらも赤松は「はい」と返事をし、テーブルの上のメモ帳を閉じた。

古田は店内を見回した。客らしき人間は自分と赤松だけ。店の調度品の類はみな年期が入ったものばかり。木製のソファーにはあずき色のスエード地でクッションが誂えてある。純喫茶の雰囲気をもつ喫茶ドミノは、先ほどまで古田が滞在していた喫茶BONと対照的な作り、客の入りであった。

「やはり月曜のこの時間ですと、喫茶店を利用するの客層っていうのは限定的ですな。」

赤松と向かい合う席を指でさして、彼が着席を許可するのを確認して古田はそこに座った。

「今日はお休みですか。」

「ええ。ウチは月曜定休と昔から決めてあるんです。」

「そしたら暫くお時間を頂戴してもよろしいでしょうか。」

古田は出された暖かいおしぼりでもって自分の顔を拭いた。

「ひょっとして事情聴取ってやつですか。」

赤松は腕時計を見て小一時間ぐらいならば話に付き合えると返答した。古田は赤松の申し出に謝意を表し、コーヒーを一杯オーダーした。

「実はですね、さっき佐竹さんと合っていました。」

「佐竹…ですか。」

赤松の動きが止まったのを古田は見逃さなかった。

「赤松さん。まぁそう緊張されずに構えてくださいよ。そうそう先ほど書かれてたメモ帳ですが、良かったらもう一度見せていただけますか。」

ー馬鹿な。これはあくまでも自分の家の事情を整理するために書き記してるだけのもの。プライベートを覗きこまれるなんてゴメンだ。

「コンドウサトミさんもそうですが、あなた、その相関図みたいなものに一色の名前を書かれていましたね。それを知っちゃあ事情を聞かざるを得ない。」

古田はどうやら赤松が書いていたメモの一部始終を別の席に陣取って観察していたようだった。どのタイミングでこのドミノへやってきて、そういう術で赤松のメモを覗き見したかは知らないが、古田がメモの中身を把握しているのは間違いないようだった。

「その相関図は一体何を示しているんですか。」

赤松は思った。そもそも警察が父の訴えに聞く耳を持たなかったことが事の発端だ。警察が父の訴えをしっかりと聴いて、何かしらの行動を起こしていれば父の命は奪われなかったかもしれない。

「いまさらかよ。」

「なんだって。」

「そもそもあんたらのせいなんだよ。俺の家がめちゃくちゃになったのは。」

「赤松さん。申し訳ないが私はあなたが何に対してお怒りなのかわからないのです。お聞かせくださいませんか。」

「こっちは警察に裏切られっぱなしなんだよ。あんたらに話すことはないよ。」

赤松の言葉を受け止めた古田は少しの間をおいて口を開いた。

「赤松さん。我々警察は全体の奉仕者です。市民にそのような感情を抱かせてしまっていることに対しては、率直にお詫び申し上げねばならない。しかし…。」

「どうして私は貴方の正面に座ることを許されたんでしょうか。」

「…。」

「座ることはおろか、小一時間の聴取にも同意を頂いたというのに、手のひらを返したように突然、話すことはないとおっしゃる。おかしいですな。」

古田の問いかけに赤松は沈黙を保っていた。

「あなたが今回の熨子山連続殺人事件をうけて、精神状態が穏やかでないというのはわかる。しかしどうやらあなたの精神的不安定をもたらしている要因は、そのメモに在る何かによるもののようですな。」

赤松は手元の閉じられたメモ帳に目を落とした。

「私はあなたから事件に関する話を聞きたい。そのためにはあなたの精神を侵すその何かについても受け止める必要がある。」

「どうですか、赤松さん。私に話してくれませんか。」

顔を上げて古田の目を見た赤松は彼の眼光の鋭さに圧倒されそうになった。彼の視線は赤松の目を通り越してその奥に潜む心の中までも覗きこみ、心理の変容さえも捕捉するかのようだった。

「わかりました。」

古田は頷いた。

「6年前にさかのぼります。」