12月21日 月曜日 9時5分 フラワーショップアサフス

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12月21日 月曜日 9時5分 フラワーショップアサフス
第五章 7
五の線 第四十八話.m4a.mp4
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桐本家の通夜は今日の19時からとの報が、町内の回覧板からもたらされた。赤松剛志の頭の中には昨日のうちに桐本家へ弔問した時の光景が巡っていた。

ひとの不幸を知り仮通夜というものに足を運んだことが何度かある。自宅の仏間にその亡骸は安置され、顔には白布が被せてある。遺族と二三言葉をかわして焼香。近しい人物ならば顔を見ていってくれと言われ、その白布をとって対面する。この通常の仮通夜での粛々とした営みが、桐本家では行われていなかった。一枚の紙が桐本家の玄関に貼られていたのみであった。その紙には『通夜 明日19時~ 告別式 22日10時~』と書いてあった。場所はここから最も近いセレモニー会館だった。

赤松は昨日の仮通夜へ駆けつけるかどうか最後まで迷っていた。事件が事件だ。突然のわが子の死を両親が受け入れるには時間がかかる。当の自分でさえそうなのだから。町内会長にも弔問に行くべきか相談したが判断はお前に任せるといわれ逡巡した挙句、訪れようと決めた。だが玄関に貼られた紙を見て赤松は立ち入れない雰囲気が充満する桐本家を前に立ち尽くすしかなかった。

邸内からは泣き叫ぶ声、それと同時に激しい怒号が聞こえた。間もなく勢い良く玄関の扉が開かれ、喪服を着た二人の男が追い払われるように外に出された。その男たちは跪き、雨で濡れた地面に頭をこすりつけるように土下座をしている。

「もうしわけございません。」

二人の男めがけて塩が撒かれる。

「帰れ!!二度と来んなま!!」

声の主は桐本由香の父親だった。

普段は温厚な由香の父親が阿修羅のごとく怒るさまを目の当たりにした赤松は呆然とした。這這々の体でその場を立ち去る二人の男に、再び塩を撒こうと玄関から外に出た時、彼は赤松と目があった。桐本は立ち止まり掴んでいた塩を力なく落とした。そして彼は赤松の方を見て大粒の涙を流し、その場に崩れ落ちるように座り込んだ。赤松はその場で桐本の嗚咽を黙って見るしかなかった。

この場で泣いていては風邪をひいてしまうと、桐本を抱えて家の中に運んだが、その後のことはあまりよく覚えていない。

アサフスは月曜定休としている。赤松は毎週この時間に朝食後の微睡む時間を過ごすのが日課となっていたが、昨日から自分の周辺でおこっている出来事に翻弄されろくに睡眠もとっていない有様だった。桐本家での顛末を目の当たりにした赤松には、一色に対する憎悪の念が湧き上がっていた。

朝から病院へ行っているため部屋に文子はいなかった。赤松は彼女の部屋に入ってそこにある仏壇と相対した。ろうそくに火をつけ、次いで線香にもつける。鈴を二度叩いて合掌ししばらく目をつむった。目を開けると仏壇の傍らに置かれた父、忠志の遺影と目があった。

赤松は昨日、桐本家の弔問から帰って文子から父に関する詳細な情報、一色と赤松家の関係性を聞いた。そのため桐本家から帰ってきた時に抱えていた一色に対する憎悪の念はやり場のない怒りとなり、そのもどかしい状況にあぐねていた。

赤松は合掌を解き、父の遺影を眺めて思いを巡らせた。

父は6年前、深夜の県道熨子山線を走行中に車ごと崖から転落。その翌日遺体で発見された。駆けつけた赤松は文子の憔悴しきった表情をみて、子として何かの手を差し伸べずにはいられないとの衝動から、このアサフスを継ぐ決意をした。親の仕事は幼少からこの目で見てきたが、実際にその仕事をするとなると全く勝手がわからなかった。急な代替わりは客を逃す。赤松がアサフスを継ぐために帰郷してからの3年間は、店の経営は非常に苦しかった。父についた顧客が他店に流れたり、不慣れな赤松の対応に業を煮やした客がアサフスに見切りをつけて他へ行ってしまうケースもあった。生活がかかっている赤松は必死だった。がむしゃらに働いた。客にも同業の連中にも一人前と認められるように昼夜を分かたず働いた。そのため父の死を悲しんでいる暇はなかった。事業が軌道に乗りだしてようやく赤松にも心の余裕が出てきた時に、ふとひとつの疑問が湧いて出てきた。

なぜ父は当時深夜に熨子山を車で走行していたのか。

このことについて文子に何度か尋ねたことがある。そのたびに文子は「よくわからない」とか「たまたま通ったのではないか」とはっきりとした答えを示さなかった。事故当時の母の憔悴しきった表情を見ている赤松は、文子が父の事故のことを思い出したくないがために、話をはぐらかしていると思っていた。しかし自分が知りたいと思っていたこのことを、あろうことか文子は他人である一色に話していることが昨日わかった。そのため感情的になり文子を詰問した。

一色は父の死に疑問を抱いて赤松家にやってきた。彼がアサフスにやってきたのは今から3年前になる。亡き父の事故に不審な点があると警察が再びやってきたこと、その担当が息子の友人だった一色だったことで文子は二重の驚きだった。

このとき既に赤松はアサフスの2代目社長として店を切り盛りしていた。一色は彼がいない時を見計らってアサフスに来ていたようだった。

見ず知らずの警察官ではない。昔は時々このアサフスに剣道部の連中と一緒に遊びに来ていた男だ。そのため文子は彼に対して警戒感を抱くことなく、素直に聴取に応じた。

「何度当時の捜査資料を読み返しても、ブレーキ痕が確認できないんです。」

一色はこのように文子に言っていたようだ。

「ただでさえ暗い夜道。注意深く運転するのが普通の人間です。なのに熨子山のカーブでブレーキひとつ踏まずに崖から転落なんて、僕にはちょっと考えられないんですよ。」

しかし警察では事故と判断されてすべてが解決している。自分たちは事故の分析に関しては素人だ。この手のことに対してプロである警察がそういうのだから間違いはないと思っていると文子は言った。

「お母さん。申し訳ないんですがちょっと私なりに調べさせてもらいました。」

そう言うと一色は何枚かのコピー用紙を文子に見せた。

「忠志さんの通帳の写です。」

左から順番に日付、摘要、払い出し金額、預入金額、差し引き合計の欄がある。忠志の通帳に記載されている殆どが払い出し。ATMで現金を払い出したり各種引き落としの形跡が確認できる。預入は月一回の給与分しか見受けられない。しかしこの通帳をざっと眺めていると不自然な額の金額が突然入金されているのに気づく。金額は500万。振込だ。振込人はコンドウサトミ。日付を見ると忠志が事故で死亡する1週間前だった。

「お母さん。このコンドウさんとお父さんは一体どういう関係なんでしょうか。」

この質問を投げかけられた文子は黙ってしまった。

「この件に当時の捜査官から質問を受けましたか。」

首を横に振った文子を見て一色はため息を吐いた。当時の捜査官の無能さを嘆いたものであったのかもしれない。

「お母さん。僕は別にあなたを詰問しているわけじゃないんですよ。このお金を亡くなったお父さんが受け取ったから罪になるとか言ってるんじゃないんです。ましてや忠志さんの女性関係を詮索しているわけでもありません。」

文子は依然として黙ったままだ。

「わかりました。こちらからお話をさせてもらいます。お母さんは私の質問にイエスかノーかの返事だけして下さい。よろしいですか。」

無反応でだんまりを決め込んでいる文子に念を押した。

「イエスですかノーですか。」

文子は頷いた。

「結論から言いましょう。 これは仁熊会からの入金ですね。」

彼女の体は硬直した。

「いいですか、私の質問にはイエスかノーの二通りだけで答えて下さい。」一色を見て文子は首を縦に振った。

「イエスですね。わかりました。ここからは僕の推理も多分に入っています。聞いている間に違う点があればそこで違うと行って下さい。概ね合っていると判断すればそのまま話を聞いてください。」

一色は腕時計に目を落とした。

「現在時刻は15時13分。手短に済ます予定ですその間に赤松本人と奥さんがここに帰ってくることはありませんか。この内容は当面はお母さんだけとの話にとどめておきたいので。」

「大丈夫です。」