12月20日 日曜日 21時12分 中華料理 談我

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12月20日 日曜日 21時12分 中華料理 談我
第四章 12
五の線 第四十一話.m4a.mp4
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金沢のオフィス街南町。その裏通りから一本横に逸れた場所に談我はあった。このあたりは金沢の金融機関が軒を並べており、この談我はこれらの業界関係者の御用達となっていた。創業20年。外観は古ぼけたよくある近所の中華料理屋の体であるが、その客足は途絶えたことはない。日中はこの南町を本拠とし、金融機関たちは鎬を削る競争を繰り広げている。しかしそれは食を楽しみ、酒を飲む場である談我においては関係がなくなる。背広という戦闘服を纏った男達が日中の気忙しさから解放され、身も心も開放的になり同業同士の情報交換を行う場所として談我は利用されていた。しかし今日は日曜日。金融関係者の姿は見受けられなかった。

「マスター、もう一本もらえる。」

店のカウンター席に座り店主と向い合って、銚子の首の部分を人差し指と親指で持ち上げて、ぶらぶらとさせている男がいた。

「村上さん、どうしたんですか。」

「あん?」

「そんなに飲める口でしたっけ?」

そう言いながらも店主は熱燗の準備をしている。

「あのねぇ…俺だって飲まなきゃやってられんのよ…。」

「大丈夫ですか。ろれつが回ってないですよ。」

「ああ、そう。」

ここの名物である餃子に箸をつけて村上はそれを頬張った。

「はい熱燗。」

「ったくよぉ。なんだってんだよぉ。外野がぐちゃぐちゃ言ってんじゃねーよ。」

「仕事のことですか。」

「マスターには関係ない。あんたは立派だ。20年もこの店を切り盛りしとる。」

「村上さんも頑張ってるじゃないですか。」

「頑張っていても報われないことがあるんだなぁー。」

「なんですか、きっと報われますよ。」

「…たぶん報われないよ…。」

「どうしたんですか。村上さん。しっかりしてくださいよ。」

店主のかけた声に村上は反応を示さなかった。しばらく無言になりゆっくりと口を開いた。

「マスター。あんた自分の仕事のために友人を犠牲にしたことある?」

「えっ。」

「自分がやりたいことがある。でもそのためには友人の出世を阻む必要がある。そんな状況に追い込まれたら、マスターはどうする。」

さっきまで酔いつぶれた風の村上だったが、このときは思いつめた表情だった。そんな村上を見て、店主は言葉を選んだ。

「友情か欲望か…それって天秤に測ることじゃないような気がするなぁ。」

「何、それ。」

「村上さん、やりたいことがあるんでしょ。それって何かわからんけど世の中のためになることなん。」

「…おれはそう思っとる。」

「今すぐどうこうなるものじゃないかもしれない。でも、将来的に世の中のためになるって思っとるん。」

「ああ。」

「じゃあ、自分の思っている方面で突き進んだほうがいいと思うよ。最終的に世のためになるんなら。だって村上さん、あんたの人生でしょ。」

あんたの人生。いつから人生というものは所有するものになったのだろうか。他人様のための人生。自分のための人生。自分はひとりでは生きて行くことはできない。自分の物だと思っている人生も、実のところ他者によって形成されているという側面を持つ。

「じゃあ友情はどうなるん、マスター。」

「相手に黙って、こそこそするからダメなんじゃあ無いのかなぁ。なんて言うのかな、こうちゃんと向きあって、俺はこう思っている、君はどう思うって。」

「いやぁ、なかなか面と向かって言えないよ。」

「そうかなぁ。でもそういう本音の部分を話せるの間柄って言うのが、友達の良い部分じゃないのかなぁ。」

こむずかしいことは言わない。単純な意見だがスッと胸に落ちてくるものがある。創業20年の中華料理店を一代で築き、人生の機微を知っているからこそ出てくる自然な言葉なのかも知れない。

「まぁ、ちょっと考えるよ。」

そう言って村上は手酌酒をくいっと飲んだ。

ふと、自分の後ろ側のボックス席に陣取っている3人組の会話を耳にした。

「そうねんて、こんなクソ寒いんげんにサングラスかけとったんや。なんも喋らんと、こっちから聞いたことには、はいとかいいえとかしか言わんかったんや。あんなもんなんかなぁ、都会の人間っちゅうのは。」

「第一さぁ、熨子町までタクシーって不自然だよな。あんなところにタクシーで行く奴っているもんかなぁ。」

盃を傾けている村上の動きが止まった。

「マスター。あの後ろで話している人、どういう人達?」

「あぁ、北陸タクシーの人。ときどきウチ使ってもらってる。」

「ふうん…。」

「まぁ居らん事ないやろ。あのあたりは交通の便も悪いし、バスとかも通ってない。あそこに行こうと思えばタクシーか自家用車しかないからな。」

「でもノリさん。あの辺りって会社とかもないよね。」

「そうや。」

「しかも送ったのは夜の七時頃。変だよねぇ。」

「ほんなこと言うけど、熨子町やって人住んどるんやぞ。たまたま実家に返ってきた奴かもしれんがいや。」

「とにかく明日は警察で事情聴取やな。ノリさん。はははは…。」

「やめて下さい。はははは。」

後ろの席で笑い声が起こった。村上はその楽しげな声を背に酒も途中のまま、物憂げな表情で五千円札を一枚カウンターに置いた。

「あれっ、村上さん。お帰りですか。」

「あぁ明日も早いから今日はこれで帰るよ。」