12月20日 日曜日 18時32分 古田宅

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12月20日 日曜日 18時32分 古田宅
第四章 9
五の線 第三十八話.m4a.mp4
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「鍋島惇。」

「まさか。どうしてここであいつに繋がるんや。」

「ふっ、どうしてって、しゃあねぇやろ。高校時代の同級生やからな。しかも奴さんは戦友と来たもんや。繋がってしまったからにはどうしようもない。」

「でも、今回の事件と鍋島は関係あるんか。」

「さぁ、それは分からん。そいつはこれからの捜査次第で関係性が出てくるかもしれんし、まったく関係がないかもしれん。とにかく、一色の周辺を洗っとったらこんなもんが出てきましたってことや。」

「トシさん、あんた情報集めてくるのは良いんやけど、頭こんがらがってこんか。」

「だら、これが仕事やろいや。」

4年前、金沢市内のとある私立病院をめぐって横領事件が発生した。経理担当の病院職員が診療報酬を水増しして国に請求し、その差額分を横領するというものだった。この捜査にあたっていたのが古田であった。被疑者である病院職員はすぐさま逮捕されたが、その使徒がなかなか判明しなかった。当初はギャンブルですったとか、散財したとかその男は話していたが、その裏が取れなかった。古田のスッポン捜査で被疑者の周辺を虱潰しにあたっても彼が散財した形跡を見つけることはできなかった。そこで疑念を抱いたのが当時捜査二課課長として赴任してきて早々の一色だった。現金だけが領収書もレシートも目撃者も無く跡形もなく消えている。しかもその横領金額は5億円。何回かに分けて横領されていたことはわかるが、忽然とその大金が消えていることが腑に落ちない。ひょっとすると闇社会への資金還流ではないかと目星をつけた一色は、金沢市内で一大勢力を誇る指定暴力団、神熊会の家宅捜索を行うために裁判所へ令状を請求した。しかしその捜索を行う直前に事件が発生した。神熊会構成員である男が何者かに殺害されたのだ。この事件が発生してから数時間後に今度は先述の私立病院理事長の息子が殺害されるという事件も発生した。この立て続けに発生した殺人事件のため、神熊会への家宅捜索は一旦中止となる。事件の被疑者はそれからまもなく出頭し、事件は解決することとなったが、彼は暴力団関係者でもなく、一般の市民であった。殺害の動機はむしゃくしゃしたからやったというもの。駐車場に車を止めようと思ったら、男がそこに止めるなと因縁をつけてきたので、邪魔だったからナイフでメッタ刺しにした。その後、車で逃走中にたまたま見た男がこれまたムカついたので、後をつけて人気のないところで刺殺したというものだった。

一色と古田は捜査二課所属であったために、この殺人事件には直接的に関わってはいない。しかし、横領事件との関わりがないわけではないので捜査の進展を注視していた。不自然なほど出来すぎたシナリオ。古田も一色もこのコロシについてはあまりにも話しが出来すぎていると疑念を抱いた。しかし凶器から検出された指紋は名乗り出た被疑者のものであり、目撃者の証言もある。そこでこの殺人事件と先の横領事件の捜査は終了した。

スッポンの異名を持つ古田は捜査終了後も心に引っかかるものがあり、再度目撃者とコンタクトを取ろうと試みる。しかしその目撃者はすでにどこかへ引っ越しており、行方は分からなかった。

事件から2年経ち、古田は夜の片町で行きつけの居酒屋で一杯引っ掛けて帰宅しようとしていた。こちらから通りをはさんで反対側のある高級クラブの前に一台の高級車が横付けし、誰かを待っているようだった。運転席には運転手らしき男の姿が見えた。間もなくクラブからひとりの男が女を侍らかして出てきた。それを迎え入れるように、運転席に座っていた男は車から降りた。その瞬間、古田の動きが止まった。サングラスをかけているとは言え、その体格、顔の骨格に見覚えがあった。そう、2年前の殺人事件の目撃者に似ている。古田はふと彼が迎え入れようとしている男の顔を目視した。女を侍らかしているのは神熊会金沢支部代表、熊崎仁であった。古田はその側まで向かおうとしたが、サングラスをかけた男は熊崎を車に乗せるとその場から立ち去った。

後日、そのことが県警内で報告された。二年前の事件の目撃者が神熊会の関係者だとすれば、変わり身を立てて犯人を出頭させた疑いがある。仮にそうだとすると例の事件はさらに奥が深いものになる。しかも誤認逮捕、冤罪といった社会的影響を及ぼす可能性があるということで、当時捜査二課課長だった一色は再捜査を行うよう、上に働きかけた。しかしそれは取り上げられず、結局サングラスの男と目撃者の関係性は立証されることはなかった。また、横領金の使途も判明しないままだった。

それから暫くして、組織犯罪対策課が別件で捜査をしているときに、偶然撮った写真の中に例の男と同一人物でないかと思われる男が写り込んでいた。その写真がこれだった。撮影場所は神熊会事務所の前。この写真を撮影した後、男は迎えに来た別の車に乗ってその場を去ったようだった。目撃者と神熊会との関係性を疑う古田は、組織犯罪対策課の人間と接触。そこで得られた情報では、年に何回か会の事務所にそういった男がくることがある。男の名は「鍋島」というが、彼がどういった素性の男かは誰も知らないというものだった。会の関係者でさえ、その素性を知らないようだったのでこれ以上調べる事ができない。結局、その事件の目撃者と鍋島の一致を決定づける事はできなかった。

当時から片倉は捜査一課に所属していたので、この事の経緯は知っていた。そのため、片倉は鍋島という男の存在を認識していた。

「そこでこのリストや。」

そう言って古田は押入れの中かから一枚の紙切れを取り出した。その紙には鍋島姓の人物リストが記載されていた。

「当時、鍋島っていう姓を語る人間を片っ端から調べた。この石川県に本籍と住所を持っとる奴全部な。」

片倉はそのリストを手にとってしばらくながめた。

「トシさん…。ここには惇って奴、おらんぞ。」

「ほうや。やから、分からんかったんや。」

「と言うと?」

「つまり、鍋島はここの人間じゃない。よそ者や。」

「まてまて、トシさん。あんたが言っとることを整理させてくれ。一色の高校の同級生に鍋島惇という男がいた。そして別件で関係性が疑われる鍋島って言われる男と顔が非常に似とる。しかしその確たる証拠は無い。何故なら、戸籍と住民票を見る限り石川県にそういう名前の男がいない。それだけのことやろ。」

「ほうや。」

「それじゃあ、何にもならんよ。」

「片倉ぁ、お前わかっとらんなぁ。」

「何が」

「わしはさっきまで北高におったんやぞ。」

「…あ。」

「あそこはしっかりしとる。当時の入学書類とかもきっちり保管してあったわ。」

「鍋島の戸籍か。」

古田は片倉の肩を小突いた。

「こいつには驚かされたわ。」

古田は当時の戸籍抄本のコピーを片倉に見せた。

「あいつ残留孤児3世や。」

「なんやって?」

「1972年の日中友好条約の締結を受けて鍋島の母親と祖父母が帰国。その後母親は日本人の男と結婚。そこで生まれたのが鍋島惇や。」

古田は話を続ける。

「どうやら鍋島は中学卒業と同時に、この石川県に来たみたいや。それまでは各地を点々としとる。それもおそらく鍋島の幼少期に両親が離婚したことが原因やろうな。あいつは母親に引き取られとる。」

「それなら、その母親と直接会って鍋島のことを聞き出せばいいがいや。」

「ほんなうまくいかん。鍋島の母親は入学時までは一緒に住んどったみたいやけど、高校の途中で中国へ戻ってしまったんや。子供を置いてな。ほやから、その後の消息は分からん。鍋島惇ひとりが石川県に残ったってことや。」

「そうか、それなら卒業と同時に就職っていうのも理解できるな。」

「ほうや。」

「各地を点々か。おそらくいろんな酷い目に会ってきたんやろうな。」

「そうやろうな。元を正せば同じ日本国民。戦争が理由でかってに中国人扱いや。」

「こっちやったらあんまり聞かんけど、都会のほうやったら残留孤児のマフィア化なんてもんもあるそうやがいや。」

「そこや。」

「北高からこっちに来る間に、自衛隊に照会したんや。鍋島惇について。」

「おう。」

「そしたら、あいつしっかり入隊とった。やけど1年で除隊しとる。」

「なんやって…。」

「その後の消息は不明。ひょっとするとそれから流れ流れて、地下組織に潜り込んだかもしれんな。」

古田の仮定の話は続く。

「仮にそうやとしよう。話は振り出しに戻る。あの手の奴らはこっちのシノギの人間と性質が違う。」

「おう。」

「手段を選ばんことだってある。」

「ってことは。」

「病院の横領にまつわる殺人事件にあいつが関わっとっても不思議じゃあない。」

「その仮定に沿うなら、神熊会との関わりもあっておかしくないな。」

「それと、今回の一色の件。俺はどうも腑に落ちんがや。」

「なにが。」

「あの一色やぞ。頭脳明晰で難解な事件をことごとく解決するあいつや。こんなに分かりやすく、『私がやりました』って証拠を残して連続殺人事件を起こすなんていうのが信じられんがや。」

「というと、トシさんはあれか。」

「…ほうや。現段階では一色とこの鍋島が何かの形で接触をし、鍋島が実行した可能性があると踏んどる。」

「一色がトシさんに言った言葉か。方法はあるって…。」

少々話が飛躍をしている。片倉はそう思ったが長年、スッポン捜査を実行し結果を出してきた古田の推理を無碍に否定することはできなかった。今回の事件は証拠が多い。証拠から判断すれば犯人は一色だ。百歩譲っても重要参考人。とするならば推理などは必要ない。一色の手がかりを掴んで奴を確保すればよいだけ。しかし、その作業は捜査本部が現在やっている。ならば、こちらは捜査本部とは別の角度からこの事件の捜査するのもよいだろうと片倉は自分の考えを整理した。

「片倉ぁ。わしは今回の事件に北高の交友関係が密接に関わっとる臭がするんや。」

「なんでや。」

「考えてみいや。剣道部の同期のひとりでこんだけ話が膨れる。あいつの同期は12名。そのうち最も親しかったのが鍋島、佐竹、村上、赤松。」

片倉は目の前の卒業アルバムの写を並べ直した。そして一色を中心に鍋島、佐竹、村上、赤松の4名を彼を挟むように配置した。5人の顔写真が平行に並んだ。

「わかった、トシさん。この五つの線を洗いなおしてみよう。」