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12月20日 日曜日 17時30分 フラワーショップアサフス

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12月20日 日曜日 17時30分 フラワーショップアサフス
第四章 5
五の線 第三十四話.m4a.mp4
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開発が進んでいるとは言え熨子山の麓に位置する田上は、金沢の中でも雪深い地区であった。車の窓から外を眺めるとアサフスのある一帯は一面銀世界となっていた。アイドリングしたままの車内にいる佐竹はアサフスに入店する機会を伺っていた。駐車場には彼の他に1台、客のものと思し召しき車両が止まっていた。

ーさっきもこの店に来て、今またここに来るなんて不自然じゃないか?

客が店を離れるのを待ちながら、ふと彼は思った。よくよく冷静になって考えて見れば、佐竹の気づきは至極当然のこと。先程は旧友に会いに来たついでに、社交辞令的に花を購入した。その理由は対応してくれた女性店員があまりにも魅力的であったため。アサフス社長であり友人でもある赤松の情報提供により、彼女に接近するきっかけを得て急に馴れ馴れしい振る舞いをするなんて不自然極まりない。不自然な言動はかえって相手に疑念を抱かせることになる。また、赤松家は桐本由香の死をうけて、日常を保っている状態ではない。こんな時に手土産持って、再度お伺いというのは不謹慎ではないか。

先程と同じく客がいなくなるのを見計らって店に入ろうとしたが、ここで佐竹は浮き足立っている自分と向きあって立ち止まった。

功を焦るあまり必敗の地へ誘われ、見事討ち取られた先人たちの姿が、ふと彼の脳裏に浮かんだ。

ー焦るな

佐竹は自分に言い聞かせた。しかし一方で自分の行動を擁護する自分がいることにも気づく。兵法に「天地人」という言葉がある。天の時、地の利、人の和。地の利や人の和というものは自分の行動や努力如何で何とかできるもの。言い換えれば人智が及ぶ範囲。しかし天の時となるとそうはいかない。こればかりはタイミングだ。

佐竹には今、赤松という味方と地元金沢という地の利がある。奇しくも今日は12月20日。世の中がカップルムードで染まるクリスマスの直前である。この点で今は天の時と捉えようとする自分がいた。山内美紀はクリスマスを共に過ごす相手がいないことは事前に赤松から聞いている。

ーどうする。

そうこう考えているうちに、客が店から出てきた。

ーええい、ままよ。

とりあえず彼は助手席に置いてあった、ケーキを手にしてアサフスへ向かった。

「こんにちは」

はっきりしない声色で発せられたかれの挨拶は、気持ちの整理がついていない様子を表している。その彼の声を聞いて店の奥から応える声が聞こえた。山内美紀のものではない声を耳にして、佐竹は一気に落胆した。声の主は赤松の母親の文子であった。

佐竹を見た文子は意外そうな表情だった。

「あら、ひょっとして…佐竹くん?」

「ええ…。」

高校時代に佐竹は赤松の家にときどき遊びに来ていた。その度に文子とも話をした。部活動のこと、勉強のこと、先生は怖くてかなわないなど。文子は面倒見が良い女性で、剣道部の仲間が遊びに来ると彼らの話に耳を傾けいつも茶と菓子を出し、彼らをもてなしてくれた。剣道部の連中にとっては第二の母親がわりのような存在でもあった。佐竹にとって文子との再会は高校卒業後以来のことだ。

「久しぶりねぇ、元気しとった?」

「ええ…まぁこのとおり、ぼちぼち生きています。」

「何年ぶりになるかしらねぇ。」

「高校卒業以来ですから、18年ぶりですかね。」

18年の歳月が皺を刻みこんだ文子の表情を作り出していた。

「で、どうしたん?剛志け?」

「ええ、ちょっと渡したいものがあって…」

文子はそう言う佐竹の手元を見た。左手に洋菓子屋らしき印刷が施された紙袋を下げているのを確認した。

「あらぁ、どうしたん佐竹くん。久しぶりに来たと思ったらお土産なんて。」

「いえ、別に…」

このやりとりから分かるように、文子は先ほど佐竹がアサフスに来店したことは知らないようだ。

「赤松は、どこですか。」

「あぁ剛志は今外に出とるんよ。そうやねぇあと10分か15分ほどしたら戻ってくるんじゃないかしら。」

「そうですか。」

佐竹は文子と話しながら店の様子を探った。店には文子以外の誰もいない。佐竹がお目当ての山内美紀もいないように見受けられた。

「ここじゃなんだから、家にでも入ってゆっくりしていって。って言いたいところやけど、いまちょっと家の中バタバタしとって…。」

ーしまった、変に気を遣わせると邪魔者になってしまう。

「あ、いえ、僕は大丈夫です。赤松がいなんだったらこいつを皆さんで召し上がってください。」

そう言うと佐竹は手に持っていた袋を文子に差し出した。

「いややぁ、佐竹くん、困るわぁ。」

文子は遠慮しながらも佐竹が差し出す袋を受け取った。

「仕事、大変でしょう。仕事のちょっとした合間にこいつでも食べて元気を出してください。」

佐竹の顔を見てにこりと笑を浮かべ文子は言った。

「ありがとう。」

文子の笑みをみて佐竹はどこかほっとした。

「じゃあ僕はこれで。」

そう言って佐竹は店を後にしようとした。

「佐竹くん。」

背後から文子が呼んだ。

「佐竹くんは一色くんと連絡とっているの?」

思いもかけない問いかけに佐竹の体は硬直した。

「え…いま、何て…」

「佐竹くんやったら一色くんと連絡取り合っているかもって、ちょっと聞いてみただけなんやわ。」

「いや、僕は高校卒業してからあいつとは連絡とってないです。」

毅然とした態度で文子に言い放った佐竹は、足早にアサフスを後にした。