12月20日 日曜日 17時03分 金沢駅付近

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12月20日 日曜日 17時03分 金沢駅付近
第四章 3
五の線 第三十二話.m4a.mp4
MP4動画/オーディオファイル 8.0 MB

混み始めた幹線道路に一台のトラックが走行している。ウィンカーを出すタイミングとハンドルをきるタイミングが極端に短く、大きな車体を乱暴に操りながら車の間を縫うようにそれは走っていた。傍目から見ればかなり乱暴な運転である。

「あの…」

助手席にいた美紀が不安そうに口を開いた。が、運転席の赤松は無言である。

「危ないと思います…。」

美紀がそういうのも無理もない。赤松がハンドルをきる度に車体が傾き、遠心力で彼女の華奢な体がシートの座面を滑るほどである。赤松は彼女の言葉に反応を示すこと無く、ただひたすら前を向いて無言で運転している。焦っている様子はない。無表情に近かった。普段は美紀に気さくに話しかけ、丁寧な運転をする彼であるだけに彼女は不安になった。ヒヤッとするたびに両足に精一杯の力が入ってしまう。

「…社長。わたし、何か失敗しましたか。」

信号待ちとなり、ふと助手席に座っている美紀の顔を見ると、目に涙を浮かべ今にも泣き出しそうだった。それを見て赤松は我に帰った。

ーしまった…。桐本さんの娘さんのことがあったってのに、俺といったら…。

「すまん…。」

信号が青になった。発信するときの彼のクラッチの繋ぎはいつものようにスムーズなものになっていた。

「君には一切関係の無いことだよ。俺が悪かった。謝る。」

赤松の頭は母の文子から聞かされた、父親の死の真相でいっぱいだった。いや、真相かどうかは分からない。母の推測も多分にある。赤松は父が自分の知らないところで闘っていたことは初めて知った。しかも誰にも相談せずに、一人で抱え込んでいたようだ。そのために事故を装い、この世から葬られた可能性があるという事まで知った。

ー一体、親父は何に闘っていたんだ。

今日は凄まじい勢いで自分の周辺に変化が起きている。未だかつて無い激動の一日だ。自分の様子がおかしくなるのも無理もない。

店に帰れば、妻の綾は塞ぎ込んだまま。近所の桐本家にも弔問にいかねばならない。この両者にはいったいどう言葉をかけていいか、分からない。そうこう考えるだけで、精神的にまいって来てしまう。そこに父の死の謎という大きな問題がふって湧いて来た。旧友は連続殺人事件の容疑者。数年ぶりに訪ねて来た友人に、今自分の隣に座っている美紀はどうかと工作中。これほどまで自分の分身が欲しいと思った事はないだろう。

車が兼六園下の交差点で止まった。車窓から外をずっと眺めていた美紀がふと言葉を発した。

「今日は、天気が悪いのに人が結構いますね。」

赤松は美紀が見ている方を見た。そこの兼六園下の交番前には複数のアベックが手をつなぎ、信号待ちをしている。

ふと、赤松の頬に一筋の流れるものがあった。

ー桐本さんの娘さんも、今日はこうなるはずだった。

外は降雪のため非常に寒い。しかしアベック達は一様に笑顔である。 手と手を握りしめ、寒さに身をすくめながらも愛し合う者同士、共有する時間を満喫している。

山内美紀は彼の様子を見て何も言えなくなった。

降雪のため、普段より静寂さが増した車内には沈黙だけが続いていた。